痴漢を捕まえたら女の子だったので、好きに触らせてみた結果、私が百合にハマった話。

木立 花音

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第一章「関係の始まり」

【捕まえた痴漢は女の子(2)】

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 少女は赤嶺あかみねりの、十七歳、高校二年生と名乗った。ホームのベンチに座らせて、じっと見下ろす。怒りと恐怖で酸欠状態になっていたが、ようやく一息つけた。

「ねえ、なんでこんなことしたの? あんた見た目は普通の女の子なのに……」

 理由を聞かせてほしいのに、りのは無言で顔を背けた。自分の立場がわかっているの?
 苛立ちを抑え、目の前の少女を観察する。身長は百五十センチ半ばくらい。体の線は細く、長い髪は毛先に少しくせがある。雨の日は広がって大変だろうな、と親近感を抱きかけて頭を振る。化粧気はない。制服を着崩してはいないので、垢ぬけた雰囲気はない。本当になぜこんな子が。
 唇をかみ、りのが声を絞り出す。

「えーっと……お金に困っていて」
「お金がほしいなら、普通は触らせるもんでしょ?」
「実家の母の体調が悪くて」
「それも嘘でしょ?」

 適当なこと言って逃げられると思うな。

「ごめんなさい。……触れると、安心するんです」
「え? ……ええ? 何それ、意味がわからない。安心?」

 りのが頷いた。
 意味がわからない。触れると安心する? 痴漢をしておいて? そんなわけないでしょ!
 ふざけないで、と声を荒らげると、ホームにいた乗客が一斉にこちらを見た。愛想笑いをして声量を落とす。

「あなた、自分がしたことわかってるの? 犯罪よ? 女同士とか関係ないから!」
「……はい」
「もう……なんで……」

 怒りを抑えこむために腕を組み、深呼吸をする。落ち着こう。まずは理由を聞くのよ……と自分に言い聞かせるが、血の気の多い私の血流はなかなか言うことを聞いてくれない。
 りのいわく、触ったのは今日が初めてじゃないらしい。触れるのは女性のみ。手をつかまれたのは今日が初めて、とのこと。またずいぶんと危ない橋を渡ってきたものだ。

「今日が……初めてじゃない?」

 常習なの? とこれには眩暈が。「はい」と肯定するりのに苛立った。何に対する怒りか、自分でもわからない。

「安心するって、どういうこと? 人に触らないと落ち着かないってこと?」
「……わからないんです。触れると、頭の中が静かになるっていうか」
「頭の中が静か? 何を言ってるのかよくわからないよ。……女が女にこんなことするなんて……」

 強い口調になってしまったと少し反省する。一度息を吐いた。

「ねえ、それってさ……あなたは、同性愛者ってことで合ってる? 男には興味はない、とか?」

 気になっていたことを率直に訊ねる。りのは私と視線を絡ませ、すぐ逸らした。
 それはどういう反応?

「……わからないです。男の人は怖いからあんまり……。でも、女の人だからとかじゃないんです。人に触れると、安心するんです。ただ、温もりが欲しいというか」
「温もりが欲しい?」

 今一つ要領を得ない答えで、眉間にしわが寄ってしまう。

「……安心? だからって痴漢するの? それでいいわけないでしょ。人に迷惑かけて、平気なの?」
「……平気じゃないです。でも、リスクがあるとわかっていてもやめられなくて……。ごめんなさい、ほんとにごめんなさい」

 性的指向なのか、それとも別の何かか。
 学生証によると、文京区にある進学校に通っているようだ。大学進学率の高い、学力重視の教育方針を取っている名門校だ。そんな学校に通っている生徒が? と思ってしまうが、親や教師からの期待や、クラスメイトの信頼の目が重圧となって、反動から癒しを求めているのだとも考えられた。

「バカみたい。こんなことで安心するなんて、危なすぎるよ。もっと自分を大事にしなよ」
「ごめんなさい」
「うん。もう、いいよ。とにかくさ、もう二度とこんなことしないでね? 私、本当にびっくりしたんだから。勝手に触られて、気持ち悪いって思ったよ。どんな理由があっても、許可なく触っちゃダメでしょ?」

 りのは頷く。

「……ごめんなさい。悪気はなくて」

 大きな黒い瞳に涙が溜まる。それを見ていると、私がひどいことをしている気分になってくる。待て待て、私は被害者だぞ。

「うん……わかった。わかったからもう謝らないで」

 そう言って私はため息をついた。安心したせいか急に喉の渇きを覚えた。バッグから水筒を取り出して一口飲むと、冷たい麦茶が体に染み渡る。

「ねえ、ちょっとは落ち着いた?」
「……はい」
「このこと、親御さんは知っているの?」

 りのはふるふると首を横に振る。

「お母さんは知らないです。お父さんは、うち、いないので」

 まあ、そりゃそうだよね。親にバレているのにやめられないとしたら重症だ。今すぐなんらかのカウンセリングを受けたほうがいい。

「そうなんだ。じゃあ、誰も知らないのね?」

 頷くりのに、しゃがんで目線を合わせる。

「あのさ、こんなこと言うのなんだけど……。あなたって、とっても危なっかしいの。見てると心配になる」
「え?」
「だからその……痴漢とかやめてよ? もうしないと思うけどさ。でもまた今日みたいなことがあったら困るし……」

 ああ、私は何を言おうとしているんだ。相手は痴漢だぞ。女だとか女子高生だとか関係なく。

「私に、何か手伝えることあるかな?」
「え?」
「あなたがしたことは、もちろん悪いこと。ちゃんと反省して」
「警察に通報するんですか?」

 りのの顔に怯えの色が浮かぶ。

「うん、と言いたいところだけど、やめておくよ。未成年だからってのもあるけど、女の子突き出して『痴漢です』と訴えたところで信じてもらえなさそうだしね。逆に私が変な人扱いされてしまうかも。とはいえ、あなたがまた今日みたいなことをするのは困る。……そこで提案があるの」

 痴漢被害者は、恥ずかしい思いをしたと感じ、他人に知られるのを恐れる。「隙を見せた」「服装が原因」などと非難される不安を抱く。性的被害というタブー視されがちな話題について声を上げるのは容易ではない。
 特に、同性からの被害となると申告するハードルがさらに上がる。女が女に痴漢行為をするなんて、誰も信じないかも。言いがかりだと責められる恐れがある、と不安になってしまうのだ。
 それでも、相手が同性だとしても罪は罪。誰でも、性的に触られるのは耐え難い苦痛だ。
 だからこそ、私は声上げるべきなのだろう。りのを可哀そうだと見逃さず、警察に突き出して罪を自覚させ、償わせ、再犯させない。
 それが、きっと大人としての務めだ。
 でも、そうする気になれなかった。
 彼女の切実な表情を見ていると、強く責められない自分がいる。彼女はどう見ても普通の女の子で、私に触る理由なんて本来ない。きっと、何か理由があるんだ。
 それを取り除かない限り、警察に引き渡してもこの子は必ず再犯する。そうなるとの予感がある。そうなったとき、捕まえた人が私のように理解ある対応をしてくれるとは限らない。
 なら、私がこの子を更生させるべきだ。

「あなたの苦しみが少しでも軽くなるように、手伝わせて」

 おかしなことを言っている自覚はある。でも、この子が痴漢行為を繰り返さないために、何かできるならしたい。

「どうしようもなく、女性に触れたくなるときがあるんだね?」
「はい」
「その衝動が抑えられなくなったら、私に連絡して。私で良かったら、力になるから」

 ――私が、なんとかしてあげる。
 女の子に触りたくなる気持ち、少しだけ理解できるから。
 スマホを取り出して、りのと連絡先を交換する。

「困ったことがあったら連絡してね」

 それが、私と赤嶺りのとの出会いだった。

【好きでもない女の子に身体を触らせることを、奈緒はどう思う? やっぱり、おかしいって思うかな】

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