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第五章「友人からのメッセージ 」
【自分の罪から逃げるな一ノ瀬詩】
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「あたしが自分と同じ属性だって、奈緒は気づいてたんだと思う。だから、あたしなら気持ちをわかってくれるって、そう考えて相談してきたんだろうね」
自嘲気味に、明日香は語った。
「同性愛者がさ、周囲に受け入れてもらうのってすごく大変なことなんだよ。あたしだってレズビアンなの? バイセクシャルなの? それとも……って、ずっと悩んでだ。だからさ、奈緒に相談されたとき最初に頭に浮かんだのは、そんな簡単にうまくいくわけないじゃん、だった。……いや、もしかしたら、うまくいかなければいいのにって思ったのかもしれない。奈緒だけが幸せになるなんでズルいって思ったのかもしれない。だから奈緒に言ったんだ。ノンケの女なんてやめときなよって。どうせその恋は実らないし、実ったとしても、いつか男に走るよって」
「そう、だったんだ。でも、それはある意味事実でしょ? 実際、そうなったんだし」
奈緒の恋は実らなかった。男に走ったことも、事実だ。
「そうだけどさ……でも、そうじゃないんだ。奈緒が詩のことを好きだって噂が立ったとき、あたし、クラスのみんなに話したの。奈緒に相談されてたこと、全部。あたしが、奈緒を追い詰めたようなものなんだよ」
息が止まった。明日香が何を言っているのか、理解が追いつかない。
「この話、誰にも言ってなかったんだけどさ」
唇が渇いて、カサカサする。さっきまで普通に話していた相手を、急に遠い世界の住人みたいに感じる。
そんな。
どうして。
心中で渦巻いている戸惑いを察したように、明日香が眉を下げて力なく笑った。
「『あんた、奈緒と仲が良かったから知っているんじゃないの? この噂の真相』、とあの当時クラスの中心にいた子に訊ねられたの。それで、ついこう言ってしまった。『藤田奈緒が好きなのは、一ノ瀬詩なんだって』と。あたし、知ってるよって」
「どうしてそんなこと言ったのよ? 奈緒の気持ちを知っていて、どうしてそんなことができるの!」
私と奈緒は一緒にいることが多かったから、ごく自然に持ち上がった噂だとばかり思っていた。それなのに、本当は明日香が広めていたなんて。
「ごめん、詩……」
明日香の目から涙が溢れ、声を詰まらせる。
「なんで詩なんだろうって、思ったの。あたしはずっと前から奈緒を見てたのに、なんで詩なんだろうって、不満で……。だから」
「待って、じゃあ」
「奈緒が詩に振られたら、二人の関係がダメになったら、あたしにも、チャンスあるかなって……」
「明日香は奈緒のことが好きだったのね?」
世界の終わりに直面したみたいな沈痛な顔で、明日香が頷いた。
それじゃあ、私に振られて、明日香に裏切られて、クラスで孤立して……居場所を失って、それらが原因で奈緒は自殺したのか。
「こんなことを言っても信じてもらえないかもしれないけど、あたしもずっと後悔してきたの。あたしは、利己的な理由で奈緒のことを裏切ったから。でも信じて。それが理由で奈緒が死ぬなんて、思ってなかったの……!」
視界が揺れる。奈緒の告白、私の拒絶の声、教室の冷たい空気。明日香の言葉が、過去の破片を無理やり繋げていく。
私はテーブルを叩き、立ち上がった。
「あなたが……奈緒を孤立させたの? どうして、黙ってたの!」
わかっていた。明日香がしたのは奈緒に対する裏切り行為だが、直接何かをしたわけではない。ただ、真実を伝えただけにすぎない。本当に悪いのは、普通の枠組みから外れているという事実だけで奈緒を誹謗中傷し、孤立させて、追い込んでいったクラスメイトだ。そもそも、最後の引き金を引いたのが私であるのも変わらない。
それを忘れるな。自分の罪から逃げるな一ノ瀬詩。
「ごめんなさい、詩。ずっと言えなかった。あたしも、自分を許せなくてずっと苦しかったの」
明日香の手が伸びてくると、反射的に手を引いた。奈緒の悲しげな顔がフラッシュバックして胸が締め付けられる。だけど――悪いのは明日香じゃない。深呼吸をして、ゆっくりとその手を取った。
「わかったよ。明日香だけが悪いわけじゃないからね。いろいろな要因があって、それが複雑に絡み合って、きっとああなってしまったのよ。ありがとう、明日香。勇気を出して話してくれて」
明日香は顔を覆い、嗚咽を漏らした。
「奈緒の死は、私のせいよ。でも、詩……奈緒はあなたを恨んでなかった。ずっと、あなたのことを大好きだったって……」
「そう、なのかな」
奈緒は生前、明日香にこう語っていたらしい。
自分が女の子しか愛せないことで辛いことがたくさんあったけど、詩と出会えてから、同性愛者に生まれて良かったって思えた、と。
「詩、奈緒はあなたを恨んでない。どうか、自分を許してあげて」
目を閉じて奈緒のことを思う。「奈緒、ごめん。そして、ありがとう」心中でそう呟くと、身体の真ん中にあった重苦しい塊が、静かに溶けていく気がした。かすかな光が、心の奥に広がり始める。
自嘲気味に、明日香は語った。
「同性愛者がさ、周囲に受け入れてもらうのってすごく大変なことなんだよ。あたしだってレズビアンなの? バイセクシャルなの? それとも……って、ずっと悩んでだ。だからさ、奈緒に相談されたとき最初に頭に浮かんだのは、そんな簡単にうまくいくわけないじゃん、だった。……いや、もしかしたら、うまくいかなければいいのにって思ったのかもしれない。奈緒だけが幸せになるなんでズルいって思ったのかもしれない。だから奈緒に言ったんだ。ノンケの女なんてやめときなよって。どうせその恋は実らないし、実ったとしても、いつか男に走るよって」
「そう、だったんだ。でも、それはある意味事実でしょ? 実際、そうなったんだし」
奈緒の恋は実らなかった。男に走ったことも、事実だ。
「そうだけどさ……でも、そうじゃないんだ。奈緒が詩のことを好きだって噂が立ったとき、あたし、クラスのみんなに話したの。奈緒に相談されてたこと、全部。あたしが、奈緒を追い詰めたようなものなんだよ」
息が止まった。明日香が何を言っているのか、理解が追いつかない。
「この話、誰にも言ってなかったんだけどさ」
唇が渇いて、カサカサする。さっきまで普通に話していた相手を、急に遠い世界の住人みたいに感じる。
そんな。
どうして。
心中で渦巻いている戸惑いを察したように、明日香が眉を下げて力なく笑った。
「『あんた、奈緒と仲が良かったから知っているんじゃないの? この噂の真相』、とあの当時クラスの中心にいた子に訊ねられたの。それで、ついこう言ってしまった。『藤田奈緒が好きなのは、一ノ瀬詩なんだって』と。あたし、知ってるよって」
「どうしてそんなこと言ったのよ? 奈緒の気持ちを知っていて、どうしてそんなことができるの!」
私と奈緒は一緒にいることが多かったから、ごく自然に持ち上がった噂だとばかり思っていた。それなのに、本当は明日香が広めていたなんて。
「ごめん、詩……」
明日香の目から涙が溢れ、声を詰まらせる。
「なんで詩なんだろうって、思ったの。あたしはずっと前から奈緒を見てたのに、なんで詩なんだろうって、不満で……。だから」
「待って、じゃあ」
「奈緒が詩に振られたら、二人の関係がダメになったら、あたしにも、チャンスあるかなって……」
「明日香は奈緒のことが好きだったのね?」
世界の終わりに直面したみたいな沈痛な顔で、明日香が頷いた。
それじゃあ、私に振られて、明日香に裏切られて、クラスで孤立して……居場所を失って、それらが原因で奈緒は自殺したのか。
「こんなことを言っても信じてもらえないかもしれないけど、あたしもずっと後悔してきたの。あたしは、利己的な理由で奈緒のことを裏切ったから。でも信じて。それが理由で奈緒が死ぬなんて、思ってなかったの……!」
視界が揺れる。奈緒の告白、私の拒絶の声、教室の冷たい空気。明日香の言葉が、過去の破片を無理やり繋げていく。
私はテーブルを叩き、立ち上がった。
「あなたが……奈緒を孤立させたの? どうして、黙ってたの!」
わかっていた。明日香がしたのは奈緒に対する裏切り行為だが、直接何かをしたわけではない。ただ、真実を伝えただけにすぎない。本当に悪いのは、普通の枠組みから外れているという事実だけで奈緒を誹謗中傷し、孤立させて、追い込んでいったクラスメイトだ。そもそも、最後の引き金を引いたのが私であるのも変わらない。
それを忘れるな。自分の罪から逃げるな一ノ瀬詩。
「ごめんなさい、詩。ずっと言えなかった。あたしも、自分を許せなくてずっと苦しかったの」
明日香の手が伸びてくると、反射的に手を引いた。奈緒の悲しげな顔がフラッシュバックして胸が締め付けられる。だけど――悪いのは明日香じゃない。深呼吸をして、ゆっくりとその手を取った。
「わかったよ。明日香だけが悪いわけじゃないからね。いろいろな要因があって、それが複雑に絡み合って、きっとああなってしまったのよ。ありがとう、明日香。勇気を出して話してくれて」
明日香は顔を覆い、嗚咽を漏らした。
「奈緒の死は、私のせいよ。でも、詩……奈緒はあなたを恨んでなかった。ずっと、あなたのことを大好きだったって……」
「そう、なのかな」
奈緒は生前、明日香にこう語っていたらしい。
自分が女の子しか愛せないことで辛いことがたくさんあったけど、詩と出会えてから、同性愛者に生まれて良かったって思えた、と。
「詩、奈緒はあなたを恨んでない。どうか、自分を許してあげて」
目を閉じて奈緒のことを思う。「奈緒、ごめん。そして、ありがとう」心中でそう呟くと、身体の真ん中にあった重苦しい塊が、静かに溶けていく気がした。かすかな光が、心の奥に広がり始める。
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