7 / 13
第6話「金縛り」
しおりを挟む
第6話「金縛り」
夜は、静かすぎた。
時計の秒針が鳴る。
**カチ。
カチ。
カチ。**
まるで部屋のどこかで小さなハンマーが打たれているみたいに、乾いた音が響く。
「……うるさいな」
蓮は天井を見ながら呟いた。
消したはずの蛍光灯の残像が、まぶたの裏に焼き付いている。
目を閉じても白い輪がちらつく。
眠りたい。
眠れば、全部止まる。
そう思って薬を口に放り込んだ。
錠剤は苦い。
水で流し込むと、喉の奥にざらつきが残る。
「効けよ……頼むから」
誰に言うでもなく言う。
布団に潜り込む。
部屋の匂いが鼻につく。
腐った水の匂い。
泥の匂い。
金魚の水槽は片付けたのに、まだ消えない。
「……気のせいだ」
目を閉じる。
時計の音が遠くなる。
体が沈む。
眠りが、ゆっくり降りてくる。
---
どれくらい経ったのかわからない。
ふっと、目が覚めた。
部屋は暗い。
カーテンの隙間から街灯の橙色が細く差し込んでいる。
「……」
体が重い。
いや、
**動かない。**
「……え?」
指を動かそうとする。
動かない。
腕も、足も、首も。
まぶたと呼吸だけが動く。
「……うそだろ」
喉から空気だけが漏れる。
声にならない。
胸の上が重かった。
何かが、乗っている。
布団越しに、はっきりわかる。
重さ。
人の体重に近い。
「……誰だ」
もちろん返事はない。
心臓が速くなる。
どくん。
どくん。
耳の奥で血の音が鳴る。
そのとき、
ふ、と。
耳元で空気が動いた。
「……っ」
誰かの息。
温かい。
すぐ横。
顔のすぐそば。
「だれ……」
声にならない。
その代わり、
**声が聞こえた。**
囁き。
低い。
濁った音。
「……ァ……」
意味がわからない。
言葉ではない。
それでも、
耳の奥にまとわりつく。
「……やめろ」
蓮の喉が震える。
囁きは続く。
「……ゥ……ラ……」
舌が絡んだような音。
水の中で話しているみたいに、ぐちゃぐちゃだ。
でも、
**怒りの響き**があった。
呪いみたいに。
蓮の胸の上の重みが、わずかに動く。
ぎし、と布団が沈む。
「……っ」
息が苦しい。
肺が押される。
吸っても、空気が入らない。
「やめろ……」
涙が滲む。
そのとき。
顔に、
何かが触れた。
「……!」
冷たい。
ぬるい。
皮膚ではない。
ぬめった感触。
ゆっくり、
頬をなぞる。
「……触るな」
指だった。
長い。
細い。
影みたいに黒い。
街灯の薄い光の中で、
それが
**輪郭を持っていた。**
「……お前……」
蓮の視線が、ゆっくり動く。
胸の上。
そこに、
何かがいる。
暗い塊。
人の形。
でも、顔がない。
煙みたいに揺れている。
「……来るな」
指が、頬から唇へ移る。
冷たい。
ぞわ、と鳥肌が立つ。
影の声が、また囁く。
「……ァ……ァ……」
耳元。
近すぎる。
吐息が頬に当たる。
湿っている。
泥の匂いがした。
「……なんなんだよ」
涙がこぼれる。
「なんなんだよ、お前……」
影は答えない。
ただ、
**笑った気がした。**
声ではない。
空気の揺れ。
震え。
それが笑いに聞こえる。
影の指が、蓮の目の下をなぞる。
涙をすくうみたいに。
「……やめろ」
そのとき、
時計が鳴った。
**カチ。**
その瞬間。
体が動いた。
蓮は勢いよく起き上がる。
「はぁッ!」
空気を吸う。
肺が痛い。
胸が焼ける。
「はぁ……はぁ……」
部屋は静かだった。
誰もいない。
布団の上にも、
何もない。
「……夢?」
呟く。
でも、
頬が冷たい。
触る。
指先が震える。
そこに、
濡れた跡があった。
泥のような匂い。
「……違う」
蓮はゆっくり部屋を見渡す。
暗い。
静か。
ゴミ袋。
机。
壁。
何もいない。
「……いないよな」
言いながら、壁の隅を見る。
そこ。
影が一番濃い場所。
そこに、
何かがある気がする。
「……いるのか」
沈黙。
そのとき、
パキ。
壁の奥で音がした。
木が割れるみたいな乾いた音。
蓮の背筋が凍る。
「……やめろよ」
声が震える。
パキ。
また鳴る。
まるで、
**誰かが中から叩いているみたいに。**
蓮は毛布を握りしめた。
そして気づく。
さっき見た影。
あれは、
煙みたいだったのに。
今は違う。
はっきり思い出せる。
腕。
肩。
指。
形がある。
「……なんで」
喉が乾く。
「なんで、はっきりしてきてるんだよ」
部屋の隅。
暗闇が、わずかに揺れた気がした。
蓮は目を逸らせない。
もし、あそこに
**もう一度立っていたら。**
そう思うと、
まばたきすら怖かった。
時計が鳴る。
**カチ。**
その音のたび、
影が少しずつ
**近づいている気がした。**
夜は、静かすぎた。
時計の秒針が鳴る。
**カチ。
カチ。
カチ。**
まるで部屋のどこかで小さなハンマーが打たれているみたいに、乾いた音が響く。
「……うるさいな」
蓮は天井を見ながら呟いた。
消したはずの蛍光灯の残像が、まぶたの裏に焼き付いている。
目を閉じても白い輪がちらつく。
眠りたい。
眠れば、全部止まる。
そう思って薬を口に放り込んだ。
錠剤は苦い。
水で流し込むと、喉の奥にざらつきが残る。
「効けよ……頼むから」
誰に言うでもなく言う。
布団に潜り込む。
部屋の匂いが鼻につく。
腐った水の匂い。
泥の匂い。
金魚の水槽は片付けたのに、まだ消えない。
「……気のせいだ」
目を閉じる。
時計の音が遠くなる。
体が沈む。
眠りが、ゆっくり降りてくる。
---
どれくらい経ったのかわからない。
ふっと、目が覚めた。
部屋は暗い。
カーテンの隙間から街灯の橙色が細く差し込んでいる。
「……」
体が重い。
いや、
**動かない。**
「……え?」
指を動かそうとする。
動かない。
腕も、足も、首も。
まぶたと呼吸だけが動く。
「……うそだろ」
喉から空気だけが漏れる。
声にならない。
胸の上が重かった。
何かが、乗っている。
布団越しに、はっきりわかる。
重さ。
人の体重に近い。
「……誰だ」
もちろん返事はない。
心臓が速くなる。
どくん。
どくん。
耳の奥で血の音が鳴る。
そのとき、
ふ、と。
耳元で空気が動いた。
「……っ」
誰かの息。
温かい。
すぐ横。
顔のすぐそば。
「だれ……」
声にならない。
その代わり、
**声が聞こえた。**
囁き。
低い。
濁った音。
「……ァ……」
意味がわからない。
言葉ではない。
それでも、
耳の奥にまとわりつく。
「……やめろ」
蓮の喉が震える。
囁きは続く。
「……ゥ……ラ……」
舌が絡んだような音。
水の中で話しているみたいに、ぐちゃぐちゃだ。
でも、
**怒りの響き**があった。
呪いみたいに。
蓮の胸の上の重みが、わずかに動く。
ぎし、と布団が沈む。
「……っ」
息が苦しい。
肺が押される。
吸っても、空気が入らない。
「やめろ……」
涙が滲む。
そのとき。
顔に、
何かが触れた。
「……!」
冷たい。
ぬるい。
皮膚ではない。
ぬめった感触。
ゆっくり、
頬をなぞる。
「……触るな」
指だった。
長い。
細い。
影みたいに黒い。
街灯の薄い光の中で、
それが
**輪郭を持っていた。**
「……お前……」
蓮の視線が、ゆっくり動く。
胸の上。
そこに、
何かがいる。
暗い塊。
人の形。
でも、顔がない。
煙みたいに揺れている。
「……来るな」
指が、頬から唇へ移る。
冷たい。
ぞわ、と鳥肌が立つ。
影の声が、また囁く。
「……ァ……ァ……」
耳元。
近すぎる。
吐息が頬に当たる。
湿っている。
泥の匂いがした。
「……なんなんだよ」
涙がこぼれる。
「なんなんだよ、お前……」
影は答えない。
ただ、
**笑った気がした。**
声ではない。
空気の揺れ。
震え。
それが笑いに聞こえる。
影の指が、蓮の目の下をなぞる。
涙をすくうみたいに。
「……やめろ」
そのとき、
時計が鳴った。
**カチ。**
その瞬間。
体が動いた。
蓮は勢いよく起き上がる。
「はぁッ!」
空気を吸う。
肺が痛い。
胸が焼ける。
「はぁ……はぁ……」
部屋は静かだった。
誰もいない。
布団の上にも、
何もない。
「……夢?」
呟く。
でも、
頬が冷たい。
触る。
指先が震える。
そこに、
濡れた跡があった。
泥のような匂い。
「……違う」
蓮はゆっくり部屋を見渡す。
暗い。
静か。
ゴミ袋。
机。
壁。
何もいない。
「……いないよな」
言いながら、壁の隅を見る。
そこ。
影が一番濃い場所。
そこに、
何かがある気がする。
「……いるのか」
沈黙。
そのとき、
パキ。
壁の奥で音がした。
木が割れるみたいな乾いた音。
蓮の背筋が凍る。
「……やめろよ」
声が震える。
パキ。
また鳴る。
まるで、
**誰かが中から叩いているみたいに。**
蓮は毛布を握りしめた。
そして気づく。
さっき見た影。
あれは、
煙みたいだったのに。
今は違う。
はっきり思い出せる。
腕。
肩。
指。
形がある。
「……なんで」
喉が乾く。
「なんで、はっきりしてきてるんだよ」
部屋の隅。
暗闇が、わずかに揺れた気がした。
蓮は目を逸らせない。
もし、あそこに
**もう一度立っていたら。**
そう思うと、
まばたきすら怖かった。
時計が鳴る。
**カチ。**
その音のたび、
影が少しずつ
**近づいている気がした。**
0
あなたにおすすめの小説
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
冷遇された没落姫は、風に乗せて真実を詠う ─残り香の檻─
あとりえむ
恋愛
「お前の練る香など、埃と同じだ」
没落した名家の姫・瑠璃は、冷酷な夫・道隆に蔑まれ、極寒の離れに追いやられていた。夫の隣には、贅を尽くした香料を纏う愛人の明子。
しかし道隆は知らなかった。瑠璃が魂を削って練り上げた香は、焚く者の心根を映し出す「真実の鏡」であることを。
瑠璃が最後に残した香の種を、明子が盗み出し、手柄を偽って帝の前で焚き上げた瞬間。美しき夢は、獣の死臭が漂う地獄へと変貌する。
「この香りの主を探せ。これほど澄み切った魂が、この都に在るはずだ」
絶望の淵で放たれた一筋の香りに導かれ、孤独な東宮が泥の中に咲く白蓮を見つけ出す。
嘘と虚飾にまみれた貴族社会を、ひとりの調香師が浄化する、雅やかな逆転劇。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる