9 / 13
第8話「暴発」
しおりを挟む
第8話「暴発」
「ちゃんと薬、飲んでるの?」
母の声は、台所から聞こえた。
鍋の蓋が鳴る。
**カタ、カタ。**
味噌の匂いが部屋に漂っている。
蓮はテーブルの前に座っていた。
湯のみの茶はもう冷めている。
「……飲んでる」
小さく答える。
母は振り向かない。
「ほんとに?」
その言い方が、胸に刺さる。
「……飲んでるって」
「でも先生は、まだ不安定だって言ってたでしょう」
蓮の指がテーブルを叩いた。
**トン。**
小さな音。
母は鍋をかき混ぜながら続ける。
「夜も眠れてないんでしょ?」
「……」
「この前だって、廊下で変な声出してたって叔母さんが——」
「うるさい」
言葉が、思ったより強く出た。
母が振り向く。
「……何?」
蓮の胸の奥で、何かがざらつく。
「……うるさいって言った」
「心配してるのよ」
「してないだろ」
蓮は笑った。
乾いた笑い。
「迷惑なんだろ?」
「そんな言い方——」
「だってそうだろ!」
声が急に大きくなる。
台所の空気が揺れた。
母が驚いた顔をする。
「蓮、落ち着いて」
その一言。
それが、
**火をつけた。**
「落ち着けってなんだよ!」
蓮は立ち上がった。
椅子が床をこする。
**ギィッ。**
「俺は普通だって言ってるだろ!」
「普通じゃないから病院に——」
「黙れ!」
テーブルの湯のみを掴む。
次の瞬間、
壁に叩きつけた。
**ガシャッ!**
陶器が砕ける。
茶色い染みが壁に広がる。
母が息を呑む。
「蓮……」
「うるさいんだよ!」
胸の奥で、何かが膨らむ。
熱い。
怒りが、止まらない。
「みんな同じことばっかり言いやがって!」
蓮はテーブルを蹴った。
**ドン!**
皿が揺れる。
一枚、落ちた。
**パリン。**
割れる音。
それが妙に気持ちいい。
「やめて!」
母が叫ぶ。
「やめなさい!」
その声が、
また蓮の神経を擦る。
「やめろってなんだよ!」
蓮は皿を掴んだ。
投げる。
**パリン!**
また割れる。
破片が床に散る。
味噌汁の匂いが濃くなる。
鍋が焦げ始めている。
「蓮、お願いだから——」
「うるさい!」
手が震えている。
でも止まらない。
怒りが体の中で暴れている。
まるで、
**誰かに押されているみたいに。**
そのとき。
背中が、ぞくっとした。
蓮はふと振り向く。
リビングの奥。
窓の前。
そこに、
影があった。
「……」
黒い。
濃い。
人の形。
でも、
今までより大きい。
天井に届きそうなくらい。
「……またお前か」
蓮の声がかすれる。
影は動かない。
ただ、
**揺れている。**
まるで笑っているみたいに。
「……見えるの?」
母が震えた声で聞く。
「何が」
「今……誰と話してるの」
蓮は答えない。
影は、ゆっくりと広がっていく。
壁を這う。
天井に伸びる。
「……楽しいか」
蓮が呟く。
影がわずかに震えた。
本当に、
**笑っている。**
蓮の胸の奥で、怒りがまた膨らむ。
「そうかよ」
歯を食いしばる。
「俺が怒ると楽しいのかよ」
影が揺れる。
まるで頷いたみたいに。
「ふざけんな」
テレビの前に歩く。
古いテレビ。
重たい。
両手で掴む。
母が叫ぶ。
「蓮!やめて!」
蓮は振り返らない。
「見てろよ」
影に向かって言う。
「そんなに好きなら——」
持ち上げる。
腕が震える。
でも、
そのまま床に叩きつけた。
**ドォン!!**
画面が割れる。
ガラスが飛び散る。
電子の焦げた匂い。
母が悲鳴を上げる。
「何してるの!」
蓮は荒い呼吸をしている。
胸が上下する。
汗が首を伝う。
影を見る。
それは、
大きく、
大きくなっていた。
壁いっぱいに広がっている。
そして、
はっきりわかった。
影の口。
裂けたような形。
そこが、
**大きく開いている。**
笑っている。
「……やっぱりか」
蓮の声は震えていた。
「俺の怒り、食ってるんだろ」
影は答えない。
でも、
さらに揺れる。
歓喜しているみたいに。
母が蓮の腕を掴んだ。
「蓮!もうやめて!」
その手を振り払う。
「触るな!」
母がよろける。
皿の破片を踏む。
**ジャリ。**
血の匂いがわずかに混じる。
部屋はめちゃくちゃだった。
割れた皿。
倒れたテーブル。
壊れたテレビ。
味噌の焦げた匂い。
そして、
黒い影。
蓮は息を整えながら呟く。
「……満足か」
影は、ゆっくり揺れた。
まるで、
**もっと寄こせ**と言っているみたいに。
蓮の胸の奥で、
怒りがまた、
小さく燃え始めていた。
「ちゃんと薬、飲んでるの?」
母の声は、台所から聞こえた。
鍋の蓋が鳴る。
**カタ、カタ。**
味噌の匂いが部屋に漂っている。
蓮はテーブルの前に座っていた。
湯のみの茶はもう冷めている。
「……飲んでる」
小さく答える。
母は振り向かない。
「ほんとに?」
その言い方が、胸に刺さる。
「……飲んでるって」
「でも先生は、まだ不安定だって言ってたでしょう」
蓮の指がテーブルを叩いた。
**トン。**
小さな音。
母は鍋をかき混ぜながら続ける。
「夜も眠れてないんでしょ?」
「……」
「この前だって、廊下で変な声出してたって叔母さんが——」
「うるさい」
言葉が、思ったより強く出た。
母が振り向く。
「……何?」
蓮の胸の奥で、何かがざらつく。
「……うるさいって言った」
「心配してるのよ」
「してないだろ」
蓮は笑った。
乾いた笑い。
「迷惑なんだろ?」
「そんな言い方——」
「だってそうだろ!」
声が急に大きくなる。
台所の空気が揺れた。
母が驚いた顔をする。
「蓮、落ち着いて」
その一言。
それが、
**火をつけた。**
「落ち着けってなんだよ!」
蓮は立ち上がった。
椅子が床をこする。
**ギィッ。**
「俺は普通だって言ってるだろ!」
「普通じゃないから病院に——」
「黙れ!」
テーブルの湯のみを掴む。
次の瞬間、
壁に叩きつけた。
**ガシャッ!**
陶器が砕ける。
茶色い染みが壁に広がる。
母が息を呑む。
「蓮……」
「うるさいんだよ!」
胸の奥で、何かが膨らむ。
熱い。
怒りが、止まらない。
「みんな同じことばっかり言いやがって!」
蓮はテーブルを蹴った。
**ドン!**
皿が揺れる。
一枚、落ちた。
**パリン。**
割れる音。
それが妙に気持ちいい。
「やめて!」
母が叫ぶ。
「やめなさい!」
その声が、
また蓮の神経を擦る。
「やめろってなんだよ!」
蓮は皿を掴んだ。
投げる。
**パリン!**
また割れる。
破片が床に散る。
味噌汁の匂いが濃くなる。
鍋が焦げ始めている。
「蓮、お願いだから——」
「うるさい!」
手が震えている。
でも止まらない。
怒りが体の中で暴れている。
まるで、
**誰かに押されているみたいに。**
そのとき。
背中が、ぞくっとした。
蓮はふと振り向く。
リビングの奥。
窓の前。
そこに、
影があった。
「……」
黒い。
濃い。
人の形。
でも、
今までより大きい。
天井に届きそうなくらい。
「……またお前か」
蓮の声がかすれる。
影は動かない。
ただ、
**揺れている。**
まるで笑っているみたいに。
「……見えるの?」
母が震えた声で聞く。
「何が」
「今……誰と話してるの」
蓮は答えない。
影は、ゆっくりと広がっていく。
壁を這う。
天井に伸びる。
「……楽しいか」
蓮が呟く。
影がわずかに震えた。
本当に、
**笑っている。**
蓮の胸の奥で、怒りがまた膨らむ。
「そうかよ」
歯を食いしばる。
「俺が怒ると楽しいのかよ」
影が揺れる。
まるで頷いたみたいに。
「ふざけんな」
テレビの前に歩く。
古いテレビ。
重たい。
両手で掴む。
母が叫ぶ。
「蓮!やめて!」
蓮は振り返らない。
「見てろよ」
影に向かって言う。
「そんなに好きなら——」
持ち上げる。
腕が震える。
でも、
そのまま床に叩きつけた。
**ドォン!!**
画面が割れる。
ガラスが飛び散る。
電子の焦げた匂い。
母が悲鳴を上げる。
「何してるの!」
蓮は荒い呼吸をしている。
胸が上下する。
汗が首を伝う。
影を見る。
それは、
大きく、
大きくなっていた。
壁いっぱいに広がっている。
そして、
はっきりわかった。
影の口。
裂けたような形。
そこが、
**大きく開いている。**
笑っている。
「……やっぱりか」
蓮の声は震えていた。
「俺の怒り、食ってるんだろ」
影は答えない。
でも、
さらに揺れる。
歓喜しているみたいに。
母が蓮の腕を掴んだ。
「蓮!もうやめて!」
その手を振り払う。
「触るな!」
母がよろける。
皿の破片を踏む。
**ジャリ。**
血の匂いがわずかに混じる。
部屋はめちゃくちゃだった。
割れた皿。
倒れたテーブル。
壊れたテレビ。
味噌の焦げた匂い。
そして、
黒い影。
蓮は息を整えながら呟く。
「……満足か」
影は、ゆっくり揺れた。
まるで、
**もっと寄こせ**と言っているみたいに。
蓮の胸の奥で、
怒りがまた、
小さく燃え始めていた。
0
あなたにおすすめの小説
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
冷遇された没落姫は、風に乗せて真実を詠う ─残り香の檻─
あとりえむ
恋愛
「お前の練る香など、埃と同じだ」
没落した名家の姫・瑠璃は、冷酷な夫・道隆に蔑まれ、極寒の離れに追いやられていた。夫の隣には、贅を尽くした香料を纏う愛人の明子。
しかし道隆は知らなかった。瑠璃が魂を削って練り上げた香は、焚く者の心根を映し出す「真実の鏡」であることを。
瑠璃が最後に残した香の種を、明子が盗み出し、手柄を偽って帝の前で焚き上げた瞬間。美しき夢は、獣の死臭が漂う地獄へと変貌する。
「この香りの主を探せ。これほど澄み切った魂が、この都に在るはずだ」
絶望の淵で放たれた一筋の香りに導かれ、孤独な東宮が泥の中に咲く白蓮を見つけ出す。
嘘と虚飾にまみれた貴族社会を、ひとりの調香師が浄化する、雅やかな逆転劇。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる