『放課後の同居人 ―元教員夫婦の卒婚日誌―』

『放課後の同居人』

チャイムは もう鳴らない
それでも 朝は来る

白い湯気の向こうで
言いかけた言葉が 冷めていく

「そこに置かないで」
「それは私の」
そんな小さな正しさを
三十五年 重ねてきた

黒板はもうないのに
私たちは まだ
正解を探している

――夫婦とは何か
――距離とはどこまでか

冷蔵庫に引いた線は
まっすぐで きれいで
どこか少し 寂しい

でもその線の上を
ときどき 指が越える

醤油を足す手
豆腐を買い足す手

誰にも見えない採点で
今日も 少しだけ加点する

「自由でいい」
そう言いながら
同じ夕焼けを見ている

隣じゃなくていい
向かい合わなくてもいい

背中合わせで
同じページをめくるように

放課後は 終わらない
ただ 静かになっただけ

あなたがいて
私はいて

名前をつけない関係で
今日も 同じ家に帰る

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