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第14話 再会は赦しではない
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第14話 再会は赦しではない
電話が鳴ったのは、夜の九時だった。
六畳の部屋。
机の上のスタンドライトだけが点いている。
テキストのページは「給排水設備」で止まったままだ。
恒一はペンを置く。
スマホを見る。
**娘**
胸の奥が少しざわつく。
「もしもし」
電話の向こうで、娘の声がする。
「お父さん?」
「どうした」
少し間。
「お母さん、入院した」
恒一は椅子から立ち上がる。
「……何?」
「大した病気じゃないって」
娘が言う。
「でも、熱と咳が続いてて」
恒一は黙る。
窓の外で風が鳴る。
娘が続ける。
「お父さんに言うか迷ったんだけど」
「……どこの病院だ」
娘は小さく息を吐く。
「やっぱり来るんだ」
「……場所」
---
病院の廊下は、白かった。
蛍光灯の光。
床はワックスの匂い。
消毒液の匂いが鼻に刺さる。
恒一は受付で名前を書く。
「付き添いです」
その言葉を口にするのが、少し不思議だった。
エレベーターが開く。
チン。
四階。
廊下には白いカーテンが並んでいる。
乾いた咳の音。
カーテンを開ける。
志保がベッドに座っていた。
少し痩せている。
顔色は悪くないが、前より小さく見える。
志保は驚いた顔をする。
「……来なくてよかったのに」
恒一は少し笑う。
「そう言うなよ」
椅子を引く。
ギシ、と音がする。
二人とも少し黙る。
窓の外で救急車のサイレンが遠く鳴る。
志保が言う。
「娘が呼んだの?」
「まあな」
「大げさなのよ」
恒一は聞く。
「医者はなんて」
「風邪」
志保は苦笑する。
「歳とると長引くって」
恒一は頷く。
「そうだろうな」
沈黙。
志保が咳をする。
コン、コン。
恒一は立ち上がる。
「水あるか」
棚を見る。
空のコップ。
恒一は廊下へ出る。
自販機で水を買う。
冷たいペットボトル。
手に冷たさが伝わる。
戻る。
「ほら」
志保が受け取る。
「ありがとう」
少し飲む。
喉が鳴る。
ゴク。
志保は言う。
「あなた」
「ん?」
「こういうの、前はしなかった」
恒一は苦笑する。
「そうだな」
---
その夜。
恒一は受付へ行く。
「付き添い手続きです」
書類を書く。
住所。
名前。
電話番号。
ペンが紙を擦る音。
そのあと、コンビニへ行く。
果物。
ヨーグルト。
歯ブラシ。
ビニール袋がカサカサ鳴る。
病室へ戻る。
志保が言う。
「買い物?」
「足りないもんあるだろ」
袋を置く。
志保は中を見る。
「……こんなに」
恒一は肩をすくめる。
「管理人やってると」
「こういうの慣れる」
志保が少し笑う。
「管理人」
「そう」
「似合ってる?」
恒一は言う。
「たぶんな」
志保はしばらく黙る。
それから言う。
「あなた」
「ん?」
「変わったのね」
恒一は少し笑う。
「遅すぎたけどな」
窓の外で夜の風が鳴る。
カーテンが少し揺れる。
志保は恒一を見る。
その目には、怒りも恨みもない。
ただ、少し遠い時間がある。
志保が言う。
「でも」
「なに」
「今のあなた」
少し微笑む。
「嫌いじゃない」
恒一は笑う。
「それは光栄だ」
二人で小さく笑う。
---
面会時間が終わる。
廊下に出る。
蛍光灯が白い。
志保が言う。
「もう帰っていい」
「そうか」
恒一は頷く。
ドアの前で立ち止まる。
志保が言う。
「ねえ」
「ん?」
「復縁とか」
少し笑う。
「そういうの、考えてないから」
恒一は答える。
「俺も」
二人は少し笑う。
志保が言う。
「でも」
「なに」
「こうやって話せるのは」
少し目を細める。
「悪くない」
恒一は頷く。
「そうだな」
別れ際。
志保が言う。
「恒一」
「ん?」
「あなた」
少し間。
「やっと自分の人生を生き始めた顔してる」
その言葉は、静かだった。
だが温かかった。
恒一は何も言わない。
ただ、少しだけ頭を下げる。
廊下を歩く。
白い光。
足音がコツ、コツと響く。
胸の奥に、志保の言葉が残る。
それは赦しではない。
復縁でもない。
だが。
静かな祝福だった。
外に出る。
夜の空気が冷たい。
恒一は空を見る。
そして、小さく呟く。
「……ありがとう」
電話が鳴ったのは、夜の九時だった。
六畳の部屋。
机の上のスタンドライトだけが点いている。
テキストのページは「給排水設備」で止まったままだ。
恒一はペンを置く。
スマホを見る。
**娘**
胸の奥が少しざわつく。
「もしもし」
電話の向こうで、娘の声がする。
「お父さん?」
「どうした」
少し間。
「お母さん、入院した」
恒一は椅子から立ち上がる。
「……何?」
「大した病気じゃないって」
娘が言う。
「でも、熱と咳が続いてて」
恒一は黙る。
窓の外で風が鳴る。
娘が続ける。
「お父さんに言うか迷ったんだけど」
「……どこの病院だ」
娘は小さく息を吐く。
「やっぱり来るんだ」
「……場所」
---
病院の廊下は、白かった。
蛍光灯の光。
床はワックスの匂い。
消毒液の匂いが鼻に刺さる。
恒一は受付で名前を書く。
「付き添いです」
その言葉を口にするのが、少し不思議だった。
エレベーターが開く。
チン。
四階。
廊下には白いカーテンが並んでいる。
乾いた咳の音。
カーテンを開ける。
志保がベッドに座っていた。
少し痩せている。
顔色は悪くないが、前より小さく見える。
志保は驚いた顔をする。
「……来なくてよかったのに」
恒一は少し笑う。
「そう言うなよ」
椅子を引く。
ギシ、と音がする。
二人とも少し黙る。
窓の外で救急車のサイレンが遠く鳴る。
志保が言う。
「娘が呼んだの?」
「まあな」
「大げさなのよ」
恒一は聞く。
「医者はなんて」
「風邪」
志保は苦笑する。
「歳とると長引くって」
恒一は頷く。
「そうだろうな」
沈黙。
志保が咳をする。
コン、コン。
恒一は立ち上がる。
「水あるか」
棚を見る。
空のコップ。
恒一は廊下へ出る。
自販機で水を買う。
冷たいペットボトル。
手に冷たさが伝わる。
戻る。
「ほら」
志保が受け取る。
「ありがとう」
少し飲む。
喉が鳴る。
ゴク。
志保は言う。
「あなた」
「ん?」
「こういうの、前はしなかった」
恒一は苦笑する。
「そうだな」
---
その夜。
恒一は受付へ行く。
「付き添い手続きです」
書類を書く。
住所。
名前。
電話番号。
ペンが紙を擦る音。
そのあと、コンビニへ行く。
果物。
ヨーグルト。
歯ブラシ。
ビニール袋がカサカサ鳴る。
病室へ戻る。
志保が言う。
「買い物?」
「足りないもんあるだろ」
袋を置く。
志保は中を見る。
「……こんなに」
恒一は肩をすくめる。
「管理人やってると」
「こういうの慣れる」
志保が少し笑う。
「管理人」
「そう」
「似合ってる?」
恒一は言う。
「たぶんな」
志保はしばらく黙る。
それから言う。
「あなた」
「ん?」
「変わったのね」
恒一は少し笑う。
「遅すぎたけどな」
窓の外で夜の風が鳴る。
カーテンが少し揺れる。
志保は恒一を見る。
その目には、怒りも恨みもない。
ただ、少し遠い時間がある。
志保が言う。
「でも」
「なに」
「今のあなた」
少し微笑む。
「嫌いじゃない」
恒一は笑う。
「それは光栄だ」
二人で小さく笑う。
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面会時間が終わる。
廊下に出る。
蛍光灯が白い。
志保が言う。
「もう帰っていい」
「そうか」
恒一は頷く。
ドアの前で立ち止まる。
志保が言う。
「ねえ」
「ん?」
「復縁とか」
少し笑う。
「そういうの、考えてないから」
恒一は答える。
「俺も」
二人は少し笑う。
志保が言う。
「でも」
「なに」
「こうやって話せるのは」
少し目を細める。
「悪くない」
恒一は頷く。
「そうだな」
別れ際。
志保が言う。
「恒一」
「ん?」
「あなた」
少し間。
「やっと自分の人生を生き始めた顔してる」
その言葉は、静かだった。
だが温かかった。
恒一は何も言わない。
ただ、少しだけ頭を下げる。
廊下を歩く。
白い光。
足音がコツ、コツと響く。
胸の奥に、志保の言葉が残る。
それは赦しではない。
復縁でもない。
だが。
静かな祝福だった。
外に出る。
夜の空気が冷たい。
恒一は空を見る。
そして、小さく呟く。
「……ありがとう」
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