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第16話 67.2歳の手前で
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第16話 67.2歳の手前で
病院の待合室は、白くて静かだった。
蛍光灯の光。
壁の時計が、カチ、カチと音を刻んでいる。
恒一は椅子に座り、両手を膝の上で握っていた。
指先が少し震えている。
「……落ち着け」
小さく呟く。
ポケットから診察券を出す。
プラスチックの角が冷たい。
受付の番号が電光掲示板に出る。
**「再検査 内科」**
恒一は天井を見る。
白い天井。
換気口の音。
ウィーン。
胸の奥がざわつく。
医師の言葉が頭の中で何度も繰り返される。
**「小さな異常があります」**
**「念のため検査を」**
**「場合によっては手術も」**
恒一は手を見つめる。
指が少し震えている。
「……やっぱり」
喉の奥が乾く。
「俺は67.2で終わるのか」
その数字は、ずっと頭の中にいた。
**未婚男性の死亡中央値 67.2歳**
あと二年。
いや、もっと早いかもしれない。
恒一は目を閉じる。
胸の鼓動が速い。
ドクン。
ドクン。
そのとき、ふと別の声が思い出される。
---
「おじさん!」
晴斗の声。
夕方の廊下。
ランドセルが揺れていた。
「これ」
晴斗が紙を差し出す。
「なに?」
「手紙」
恒一は笑う。
「なんで」
晴斗は照れくさそうに言う。
「宿題」
紙を開く。
子どもの字。
少し曲がっている。
**「おじさん 百歳まで生きて」**
恒一は吹き出した。
「無茶言うな」
晴斗は言う。
「だって」
「なんだ」
「卵焼き作れる人、いなくなると困る」
恒一は大笑いした。
---
待合室。
恒一は小さく笑う。
「百歳か」
隣の老人が不思議そうに見る。
恒一は咳払いする。
「……いや」
目を閉じる。
統計。
数字。
グラフ。
それと。
小学生の字。
どちらが本当だろう。
恒一は小さく呟く。
「……今は」
少し笑う。
「こっち信じたいな」
---
夜。
アパートの机。
スタンドライトの黄色い光。
ノートが開いている。
だが、そこにはもう数字は書かれていない。
**784日**
**783日**
そのページは閉じた。
代わりに新しいページ。
恒一はペンを持つ。
「……遺書」
小さく言う。
首を振る。
「違う」
ペンを走らせる。
**やりたいこと**
少し笑う。
「ガキみたいだな」
一つ書く。
**御宿の海を見る**
恒一は思い出す。
ハーレー。
海風。
波の音。
「もう一回行くか」
次。
**うまい鰻を食う**
恒一は笑う。
「高いけどな」
次。
**晴斗に卵焼きを教える**
ペンが止まる。
「それは」
少し笑う。
「簡単だな」
さらに書く。
**志保にもう一回謝る**
ペンが少し止まる。
「……これは難しい」
ノートを閉じる。
ほうじ茶をすする。
温かい。
香ばしい匂い。
恒一は窓を開ける。
夜風が入る。
遠くで電車が走る。
ゴトン。
ゴトン。
恒一は夜空を見る。
黒い空。
星は少ない。
だが、街の灯りが揺れている。
恒一は小さく言う。
「……俺」
胸に手を当てる。
鼓動がある。
ドクン。
ドクン。
恒一は続ける。
「まだ終わりたくないな」
その言葉は、初めてだった。
怖い。
でも。
生きたい。
それは、静かな執着だった。
恒一はノートをもう一度開く。
最後に書く。
**百歳まで生きる**
少し笑う。
「無茶だな」
でも。
その無茶が、少し嬉しかった。
病院の待合室は、白くて静かだった。
蛍光灯の光。
壁の時計が、カチ、カチと音を刻んでいる。
恒一は椅子に座り、両手を膝の上で握っていた。
指先が少し震えている。
「……落ち着け」
小さく呟く。
ポケットから診察券を出す。
プラスチックの角が冷たい。
受付の番号が電光掲示板に出る。
**「再検査 内科」**
恒一は天井を見る。
白い天井。
換気口の音。
ウィーン。
胸の奥がざわつく。
医師の言葉が頭の中で何度も繰り返される。
**「小さな異常があります」**
**「念のため検査を」**
**「場合によっては手術も」**
恒一は手を見つめる。
指が少し震えている。
「……やっぱり」
喉の奥が乾く。
「俺は67.2で終わるのか」
その数字は、ずっと頭の中にいた。
**未婚男性の死亡中央値 67.2歳**
あと二年。
いや、もっと早いかもしれない。
恒一は目を閉じる。
胸の鼓動が速い。
ドクン。
ドクン。
そのとき、ふと別の声が思い出される。
---
「おじさん!」
晴斗の声。
夕方の廊下。
ランドセルが揺れていた。
「これ」
晴斗が紙を差し出す。
「なに?」
「手紙」
恒一は笑う。
「なんで」
晴斗は照れくさそうに言う。
「宿題」
紙を開く。
子どもの字。
少し曲がっている。
**「おじさん 百歳まで生きて」**
恒一は吹き出した。
「無茶言うな」
晴斗は言う。
「だって」
「なんだ」
「卵焼き作れる人、いなくなると困る」
恒一は大笑いした。
---
待合室。
恒一は小さく笑う。
「百歳か」
隣の老人が不思議そうに見る。
恒一は咳払いする。
「……いや」
目を閉じる。
統計。
数字。
グラフ。
それと。
小学生の字。
どちらが本当だろう。
恒一は小さく呟く。
「……今は」
少し笑う。
「こっち信じたいな」
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夜。
アパートの机。
スタンドライトの黄色い光。
ノートが開いている。
だが、そこにはもう数字は書かれていない。
**784日**
**783日**
そのページは閉じた。
代わりに新しいページ。
恒一はペンを持つ。
「……遺書」
小さく言う。
首を振る。
「違う」
ペンを走らせる。
**やりたいこと**
少し笑う。
「ガキみたいだな」
一つ書く。
**御宿の海を見る**
恒一は思い出す。
ハーレー。
海風。
波の音。
「もう一回行くか」
次。
**うまい鰻を食う**
恒一は笑う。
「高いけどな」
次。
**晴斗に卵焼きを教える**
ペンが止まる。
「それは」
少し笑う。
「簡単だな」
さらに書く。
**志保にもう一回謝る**
ペンが少し止まる。
「……これは難しい」
ノートを閉じる。
ほうじ茶をすする。
温かい。
香ばしい匂い。
恒一は窓を開ける。
夜風が入る。
遠くで電車が走る。
ゴトン。
ゴトン。
恒一は夜空を見る。
黒い空。
星は少ない。
だが、街の灯りが揺れている。
恒一は小さく言う。
「……俺」
胸に手を当てる。
鼓動がある。
ドクン。
ドクン。
恒一は続ける。
「まだ終わりたくないな」
その言葉は、初めてだった。
怖い。
でも。
生きたい。
それは、静かな執着だった。
恒一はノートをもう一度開く。
最後に書く。
**百歳まで生きる**
少し笑う。
「無茶だな」
でも。
その無茶が、少し嬉しかった。
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