『65歳、延長雇用を終えた日、妻に離婚届を渡された ― 未婚男性の死亡中央値67.2歳から始まる、僕の再就職人生 ―』

かおるこ

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第18話 雑誌三冊

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第18話 雑誌三冊

朝の空気は少し乾いていた。

病院へ向かう途中、駅前の小さな本屋の前で恒一は足を止めた。
ガラス越しに雑誌が並んでいる。

色の明るい表紙。
笑顔の女性。
大きな文字。

恒一は腕を組む。

「……何か持っていくか」

昨日は苺だった。
今日は何にするか考えていなかった。

志保は病院のベッドの上で、わりと退屈そうにしていた。

テレビを見てもすぐ消して、窓を見ていた。

恒一は呟く。

「暇だろうと思って……」

自分に言い訳するみたいに。

ドアを押して店に入る。

チリン、と小さなベルが鳴る。

紙の匂い。
インクの匂い。

暖房の温かい空気。

恒一はゆっくり雑誌コーナーへ行く。

女性誌の棚。

色とりどりの表紙。

恒一は一冊手に取る。

**『素敵なあの人』**

表紙の女性は笑っている。
明るい服。

恒一はページをめくる。

パラ。

春のカーディガン。
靴。
ストール。

「……服の雑誌か」

志保は服が好きだった。

買い物に付き合わされたことを思い出す。

「これ似合うと思う?」

そう聞かれても、恒一はいつも

「いいんじゃないか」

としか答えなかった。

恒一は表紙を見る。

「……今なら」

少し笑う。

「ちゃんと見るかもな」

カゴに入れる。

---

隣の棚。

**『ハルメク』**

健康特集の文字。

恒一は開く。

ページいっぱいの見出し。

**「60代からの体の整え方」**

「……これは」

少し苦笑する。

志保は健康情報をよく読んでいた。

「塩分控えめにしないと」

「野菜食べて」

「歩きなさい」

恒一はそのたびに

「うるさいな」

と言っていた。

今は、自分が健康の本を読んでいる。

恒一は小さく呟く。

「……逆だな」

それもカゴに入れる。

---

もう一冊。

落ち着いた表紙。

**『サライ』**

渋い写真。

古い町並み。

日本酒。

恒一はページをめくる。

静かな写真。

古い宿。
温泉。
職人。

「……これは」

少し気に入る。

志保と旅行に行ったのは、何年前だろう。

思い出す。

海。
温泉。
浴衣。

志保が笑っていた。

恒一はカゴに入れる。

「三冊か」

自分で言って、少し笑う。

---

レジ。

店員の女性が雑誌を重ねる。

「プレゼントですか?」

恒一は少し考える。

「……まあ」

女性が言う。

「素敵ですね」

恒一は苦笑する。

「そうか?」

「きっと喜びますよ」

レジの音。

ピッ。

ビニール袋がカサッと鳴る。

恒一は袋を持つ。

雑誌の重み。

紙の重み。

「どうも」

外に出る。

風が少し冷たい。

袋の中で雑誌が揺れる。

恒一は言う。

「……暇つぶしには」

少し笑う。

「なるだろ」

---

病院。

廊下。

白い床。

消毒液の匂い。

恒一はドアをノックする。

コンコン。

「どうぞ」

志保の声。

カーテンを開ける。

志保がベッドで雑誌を見ている。

昨日のカーディガン。

「また来たの?」

「来た」

恒一は袋を出す。

「土産」

志保は眉を上げる。

「また?」

袋から雑誌を出す。

三冊。

志保が驚く。

「……雑誌?」

恒一は言う。

「暇だろうと思って」

志保は一冊取る。

**『素敵なあの人』**

表紙を見る。

「……これ」

少し笑う。

「私、前よく読んでた」

恒一は言う。

「そうなのか」

志保はページをめくる。

パラ。

「このブランド懐かしい」

「ほら」

ページを見せる。

「このコート」

恒一は覗く。

「似合いそうだな」

志保は止まる。

少し驚く。

「……あなた」

「ん?」

「ちゃんと見てる」

恒一は笑う。

「今はな」

志保は次の雑誌を取る。

**『ハルメク』**

「健康特集?」

「風邪だからな」

志保は笑う。

「気遣い?」

恒一は肩をすくめる。

「一応」

最後の一冊。

**『サライ』**

志保が言う。

「渋い」

恒一は笑う。

「俺の趣味」

志保はページをめくる。

温泉の写真。

志保がぽつりと言う。

「……旅行」

恒一は聞く。

「行きたいか」

志保は少し笑う。

「元気になったらね」

恒一は頷く。

「そうだな」

窓から光が差す。

雑誌の紙が光る。

志保は言う。

「ねえ」

「ん?」

「ありがとう」

恒一は言う。

「どういたしまして」

志保は雑誌を抱える。

「これ、読むの楽しみ」

恒一はその様子を見て、少し安心する。

袋の中はもう空だった。

だが、胸の中は少しだけ満たされていた。

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