妹に婚約者を取られるなんてよくある話

龍の御寮さん

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旅立ち 1

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 そして翌日の早朝。
 用意してあった荷物を持ってノエルは屋敷を出た。
 もう二度と帰ることのない屋敷を見上げてわずかにこみ上げる感傷を振り払った。
 ノエルは踵を返し、もう振り返ることなくアランとの待ち合わせに急いだ。


 待ち合わせ場所には馬車と御者のオムロ、そして先日と同じく髪がぼさぼさのアランが待っていた。乗合馬車よりも早く着き、また融通もつくだろうと貸し切り馬車も手配しておいたのだ。
「今日からよろしくね。アラン、オムロさん」
「はい、よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
 ノエルは愛情を与えてくれることのなかった家族や婚約者と離れ、期待と不安を胸に新たな一歩を踏み出した。


 旅は順調に進んだ。
 昨日、顔合わせしたアランは気さくに話しかけてくれた。髪で顔を隠すようにしているアランはあまり人と慣れ合いたくないのかと思っていたが、初めての長旅のノエルが疲れないように色々教えてくれたり気を配ってくれていた。
 御者のオムロもちょくちょく馬車を止めて休憩を入れ、食事やトイレの心配がないように行程を組み、体がつらくないようにクッションや毛布なども積み込んでくれていた。
 二人とも話し上手ながら押しつけがましくはなく、穏健なノエルと相性がよかった。いろいろ心配をしていたノエルだったが楽しい道中となり、漠然と抱えていた不安は霧散し、幸先のよさにノエルは胸をなでおろした。
 そうしてそのまま、初日は何事もなく無事に宿に到着した。
 ノエルが一人部屋、他の二人は二人部屋に分かれて宿泊し、ノエルの記念すべき独立一日目は穏やかに終えることができたのだった。


 そしてその翌朝、旅を再開すべく、身支度を済ませてから受付におりていくと一階が何やら騒がしいのに気が付いた。
「だから! アランという客がいるかどうかだけでいいって言ってるでしょ!」
「ですからお客様の情報はお教えできません」
「私はれっきとしたギルド所属の護衛なの。アランの相棒なのよ。遅れて合流する予定だったの、だから教えても問題にならないわ」
 自分を護衛だと名乗った女は周りの迷惑も顧みず、大声で騒ぎ立てていた。
「では、その相棒ともっとしっかりと約束しておかれればよろしいのでは? 私どもの宿では信頼が一番ですから、何と言われようともお教えできません」
「あんた! そんなこと言ってどうなるかわかってるんでしょうね! ここの宿の態度が悪いと言いふらすわよ」
「どうぞ。他のお客様がどういう噂をされるのか楽しみです」
 いくら脅されようとも毅然とした態度で宿の主は言い返した。
 回りの客から思わず拍手が沸く。
 それに苛立ち周りを見渡すようににらみつけた女護衛は、僕とオムロと一緒に立っていたアランを見るなり歓声を上げた。

「アラン! ここにいたのね! 探したのよ、本当にここの宿の奴らは不親切なんだから」
 そう言いながらアランの側に駆け寄ってくる。
「お前はこんなところで宿に迷惑をかけて何をしている」
「迷惑なんてかけていないわ。あなたを追いかけてきたの。パートナーの私を置いて行くなんてどういうつもり?」
「パートナー?」
「そうよ。サーシャが怪我で護衛を辞退したのだから、二番手の私が護衛になる予定だったの。それなのにもう出発したというから、追いかけてきたのよ」
「……」
 アランは冷ややかな目で女性護衛のエミリーを見た。
「ここでは迷惑だ、外で待っていろ」
「わかったわ。あなたが依頼人ね? 今日から私もあなたの護衛に入るわ。挨拶は後でね、じゃあ」
 ノエルが何のことだと聞き返す暇もなく、エミリーは宿の主や周囲の客に謝りもせず、上機嫌で出て行った。
 アランは溜息をつくと、みんなに騒がせて申し訳なかったと謝った。
 そしてノエルにも少しの間付き合って欲しいと、断りを入れ外に出てエミリーと対面した。オムロは「先に馬車の用意をしてくる」とその場を離れた。

「で?」
「で? って。さっきも言ったじゃない。サーシャの代わりが私なの。置いて行くんだからひどいわ。男女組の護衛って依頼なんでしょ? 必死で追いかけてきたんだから」
「ギルド長から、俺一人で頼むと言われ、依頼人も承知した事だ。お前の話など出ていない」
「そんなはずないわ。一番の女性護衛のサーシャが駄目になったら二番手の私に声がかからないはずがないもの」
「俺一人で十分だ。勝手に来たところでお前に報酬は支払われないし、迷惑だ。帰れ」
「ね、依頼人さん。この場で私も雇ってちょうだいよ」
 エミリーはノエルに向かって迫ってきた。
「いえ。前払いで契約は締結していますので……」
「だから手違いがあったのよ。それとも私じゃ頼りないとでも言いたいの?」
「そういう事ではありません。そちらの内情は知りませんが、こういうやり方が真っ当だとは思えないのですが?」
 怪我をして依頼ができなかった女性の護衛というのがサーシャなのだろう。
 これがギルドの顔合わせの時に、サーシャの代わりとして紹介されているならともかく契約が締結され旅が始まってから追いかけてくるなんてギルドの規約に沿っているとは思えないし、情報が漏れていることも気持ちが悪い。
 何より、初対面だがこのエミリーという女性を全く好きになれない。

「不正とでも言いたいの? ただ連絡が間に合わなかっただけだと言っているでしょ」
「エミリー。お前はギルドのルールや契約を何だと思っているんだ。依頼人と自分たちを守るためのルールを守らない貴様に、ギルドの依頼を受ける資格はない。俺から報告しておく」
 眉間にしわを寄せて言うアランにエミリーは媚を売るような笑みを見せる。
「もう、堅苦しいことを言わないでよ。せっかくここまでやって来たのに」
 それでも厳しい顔のアランが引きそうにもないと判ると、
「わかったわ。でも依頼を果たしたら帰るでしょ? 一緒に帰りましょうよ。これは別に規約違反でもないものね」
「はあ?」
「それまで勝手にするから私のことは心配はいらないわ。じゃあね」
 雇うと言わなかったからか、エミリーという女性護衛はノエルを一睨みしてから去っていった。
 
 ノエルはため息をついて彼女を見送ったのだった。
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