9 / 46
旅立ち 3
しおりを挟む
ノエルは気がつくと、ベッドに寝かされていた。
なんでこんなところに? ……と一瞬訳が分からなかったが、すぐに先ほどの事が脳裏に浮かんだ。
真っ赤な生温かい血が顔にかかり、自分の腕に残る盗賊の手首。
男の叫び声が耳から離れず、苦痛に歪む顔が頭から離れない。
ノエルはぎゅっときつく目を閉じた。
それでも瞼に浮かぶ血まみれの男と、今もつかまれているような右腕のおぞましい感触が消えない。
ノエルの腕には男につかまれた時の痣がくっきりと残っていた。首も絞められているような苦しさを感じる。ノエルは体の震えが止まらず、呼吸が乱れてうまく息が吸えなかった。
「はぁ……はっ、はっ」
呼吸をしているのに息が苦しい。
震え強張る体をなだめようと自分を両腕で抱きしめるが、無意識に腕に指を立てる。
肌の色が白く色が変わるほど腕を強く握りしめているとノックがあった。
そんな音にさえ驚いてノエルはびくりと体を跳ねさせた。
「入っていいか、アランだ」
ノエルはほっとして扉を開けた。
アランはノエルの荒い呼吸と腕の痣や爪の後を見て痛ましそうに表情が曇らせる。
「気がついた? 大丈夫かい?」
ノエルはぶんぶんと首を横に振った。
いまだ呼吸が乱れ真っ青な顔をしたノエルをソファーに座らせ、アランが背中を優しくゆっくりとさすった。
「済まなかった、もう大丈夫だから」
背中を撫でてくれるアランの温かい手と穏やかな声に少しずつ呼吸が落ち着き、息苦しさがましになってくる。
「大丈夫だ。もう大丈夫だ。ほら、ゆっくりと息を吸ってみて。そうだ、その調子だ」
大丈夫だと繰り返し、背中をなでてくれるアランの手がノエルを守ってくれているようで、その安心感に少しづつ体のこわばりも解けていった。
「あの場所を越えればもう危険なところはないから。何があっても俺とオムロが守るから」
次第に落ち着くと気を取り直したようにノエルは大きく一つため息をついた。
「ごめんなさい。僕のせいで……馬車に酔ったせいで盗賊と行き遭ってしまった。僕が護衛を頼んだせいであなたに嫌な仕事をさせてしまった。本当にどうお詫びしたらいいか……ごめんなさい」
ノエルは自分の恐怖が少し落ち着くと、今度はアランやオムロの事が気になった。
アランもオムロもその手で、人を何人も切ったのだ。
護衛といえど、気持ちのいいはずがない。恐怖だって、嫌悪だってあるに違いない。自分が依頼しなければ、もしくは酔ったりなんてしなければこんなことにはならなかったのだ。
たかが婚約者に裏切られ、家族に失望し八つ当たりのように家出をしたせいで、アランやオムロに辛い仕事をさせ、盗賊といえども命を奪ってしまった。
すべて自分の短気と浅慮が招いたこと。
恐怖だけではなく後悔、そして罪悪感の気持ちに苛まれた。
「エル、君という人は……。俺は護衛だ。そういうことも含めて覚悟しているし、初めての事でもない。だから心配ないよ。君の心を守れなくて済まなかった。切り捨てず、拘束すればよかったな」
「ううん、そんなこと考えてたらこちらが殺されていたよ。アラン達の判断は間違ってない。僕が世間知らずで甘かった。もっと護衛をたくさんつけて襲われないようにするとかできることはいっぱいあったと思う。そうすればだれも傷つけなくて済んだのに。ごめんなさい」
「それは違う。君が複数人の護衛を依頼したのにこちらの不手際で俺一人で護衛をすることになってしまったんだ。そのうえ、エミリーに足止めされたせいでこのような目に合わせてしまった。すべてこちらの失態だ、申し訳なかった」
アランは頭を下げた。
「でも遅れたのは僕が馬車に酔って停めてもらったせいだ……アランにつらい思いをさせちゃったのは確かだから。オムロさんだっていやな役目を負ってもらって申し訳なくて。本当に、ごめ……」
「エル、もういいから」
アランはノエルが謝罪をしようとするのを遮った。
「君の気持ちは十分伝わってるから。君が責任を感じることなど何もない。それよりもあんなものを見せてしまってすまなかった。アクシデントがあったとはいえもっとルートや移動時間、移動方法を考えていれば防げたかもしれない。護衛としての俺のミスだ。申し訳ない」
頭を下げたアランにノエルは慌てた。
アランに何一つ悪い所はないのだ。
「アランが謝ることない。悪いのは盗賊なんだから! あ……」
何かに気がついたノエルにアランは優しく笑った。
「そうだな。悪いのはあいつらだな。俺でも君でもない」
ノエルはまだ恐怖心と罪悪感を完全に払しょくすることはできなかったが、アランのおかげで少し心が軽くなった気がした。
なんでこんなところに? ……と一瞬訳が分からなかったが、すぐに先ほどの事が脳裏に浮かんだ。
真っ赤な生温かい血が顔にかかり、自分の腕に残る盗賊の手首。
男の叫び声が耳から離れず、苦痛に歪む顔が頭から離れない。
ノエルはぎゅっときつく目を閉じた。
それでも瞼に浮かぶ血まみれの男と、今もつかまれているような右腕のおぞましい感触が消えない。
ノエルの腕には男につかまれた時の痣がくっきりと残っていた。首も絞められているような苦しさを感じる。ノエルは体の震えが止まらず、呼吸が乱れてうまく息が吸えなかった。
「はぁ……はっ、はっ」
呼吸をしているのに息が苦しい。
震え強張る体をなだめようと自分を両腕で抱きしめるが、無意識に腕に指を立てる。
肌の色が白く色が変わるほど腕を強く握りしめているとノックがあった。
そんな音にさえ驚いてノエルはびくりと体を跳ねさせた。
「入っていいか、アランだ」
ノエルはほっとして扉を開けた。
アランはノエルの荒い呼吸と腕の痣や爪の後を見て痛ましそうに表情が曇らせる。
「気がついた? 大丈夫かい?」
ノエルはぶんぶんと首を横に振った。
いまだ呼吸が乱れ真っ青な顔をしたノエルをソファーに座らせ、アランが背中を優しくゆっくりとさすった。
「済まなかった、もう大丈夫だから」
背中を撫でてくれるアランの温かい手と穏やかな声に少しずつ呼吸が落ち着き、息苦しさがましになってくる。
「大丈夫だ。もう大丈夫だ。ほら、ゆっくりと息を吸ってみて。そうだ、その調子だ」
大丈夫だと繰り返し、背中をなでてくれるアランの手がノエルを守ってくれているようで、その安心感に少しづつ体のこわばりも解けていった。
「あの場所を越えればもう危険なところはないから。何があっても俺とオムロが守るから」
次第に落ち着くと気を取り直したようにノエルは大きく一つため息をついた。
「ごめんなさい。僕のせいで……馬車に酔ったせいで盗賊と行き遭ってしまった。僕が護衛を頼んだせいであなたに嫌な仕事をさせてしまった。本当にどうお詫びしたらいいか……ごめんなさい」
ノエルは自分の恐怖が少し落ち着くと、今度はアランやオムロの事が気になった。
アランもオムロもその手で、人を何人も切ったのだ。
護衛といえど、気持ちのいいはずがない。恐怖だって、嫌悪だってあるに違いない。自分が依頼しなければ、もしくは酔ったりなんてしなければこんなことにはならなかったのだ。
たかが婚約者に裏切られ、家族に失望し八つ当たりのように家出をしたせいで、アランやオムロに辛い仕事をさせ、盗賊といえども命を奪ってしまった。
すべて自分の短気と浅慮が招いたこと。
恐怖だけではなく後悔、そして罪悪感の気持ちに苛まれた。
「エル、君という人は……。俺は護衛だ。そういうことも含めて覚悟しているし、初めての事でもない。だから心配ないよ。君の心を守れなくて済まなかった。切り捨てず、拘束すればよかったな」
「ううん、そんなこと考えてたらこちらが殺されていたよ。アラン達の判断は間違ってない。僕が世間知らずで甘かった。もっと護衛をたくさんつけて襲われないようにするとかできることはいっぱいあったと思う。そうすればだれも傷つけなくて済んだのに。ごめんなさい」
「それは違う。君が複数人の護衛を依頼したのにこちらの不手際で俺一人で護衛をすることになってしまったんだ。そのうえ、エミリーに足止めされたせいでこのような目に合わせてしまった。すべてこちらの失態だ、申し訳なかった」
アランは頭を下げた。
「でも遅れたのは僕が馬車に酔って停めてもらったせいだ……アランにつらい思いをさせちゃったのは確かだから。オムロさんだっていやな役目を負ってもらって申し訳なくて。本当に、ごめ……」
「エル、もういいから」
アランはノエルが謝罪をしようとするのを遮った。
「君の気持ちは十分伝わってるから。君が責任を感じることなど何もない。それよりもあんなものを見せてしまってすまなかった。アクシデントがあったとはいえもっとルートや移動時間、移動方法を考えていれば防げたかもしれない。護衛としての俺のミスだ。申し訳ない」
頭を下げたアランにノエルは慌てた。
アランに何一つ悪い所はないのだ。
「アランが謝ることない。悪いのは盗賊なんだから! あ……」
何かに気がついたノエルにアランは優しく笑った。
「そうだな。悪いのはあいつらだな。俺でも君でもない」
ノエルはまだ恐怖心と罪悪感を完全に払しょくすることはできなかったが、アランのおかげで少し心が軽くなった気がした。
1,875
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された悪役令息は隣国の王子に持ち帰りされる
kouta
BL
婚約破棄された直後に前世の記憶を思い出したノア。
かつて遊んだことがある乙女ゲームの世界に転生したと察した彼は「あ、そういえば俺この後逆上して主人公に斬りかかった挙句にボコされて処刑されるんだったわ」と自分の運命を思い出す。
そしてメンタルがアラフォーとなった彼には最早婚約者は顔が良いだけの二股クズにしか見えず、あっさりと婚約破棄を快諾する。
「まぁ言うてこの年で婚約破棄されたとなると独身確定か……いっそのこと出家して、転生者らしくギルドなんか登録しちゃって俺TUEEE!でもやってみっか!」とポジティブに自分の身の振り方を考えていたノアだったが、それまでまるで接点のなかったキラキライケメンがグイグイ攻めてきて……「あれ? もしかして俺口説かれてます?」
おまけに婚約破棄したはずの二股男もなんかやたらと絡んでくるんですが……俺の冒険者ライフはいつ始まるんですか??(※始まりません)
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
もう殺されるのはゴメンなので婚約破棄します!
めがねあざらし
BL
婚約者に見向きもされないまま誘拐され、殺されたΩ・イライアス。
目覚めた彼は、侯爵家と婚約する“あの”直前に戻っていた。
二度と同じ運命はたどりたくない。
家族のために婚約は受け入れるが、なんとか相手に嫌われて破談を狙うことに決める。
だが目の前に現れた侯爵・アルバートは、前世とはまるで別人のように優しく、異様に距離が近くて――。
もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか
まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。
そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。
テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。
そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。
大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン
ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。
テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。
炊き出しをしていただけなのに、大公閣下に溺愛されています
ぽんちゃん
BL
希望したのは、医療班だった。
それなのに、配属されたのはなぜか“炊事班”。
「役立たずの掃き溜め」と呼ばれるその場所で、僕は黙々と鍋をかき混ぜる。
誰にも褒められなくても、誰かが「おいしい」と笑ってくれるなら、それだけでいいと思っていた。
……けれど、婚約者に裏切られていた。
軍から逃げ出した先で、炊き出しをすることに。
そんな僕を追いかけてきたのは、王国軍の最高司令官――
“雲の上の存在”カイゼル・ルクスフォルト大公閣下だった。
「君の料理が、兵の士気を支えていた」
「君を愛している」
まさか、ただの炊事兵だった僕に、こんな言葉を向けてくるなんて……!?
さらに、裏切ったはずの元婚約者まで現れて――!?
お前が結婚した日、俺も結婚した。
jun
BL
十年付き合った慎吾に、「子供が出来た」と告げられた俺は、翌日同棲していたマンションを出た。
新しい引っ越し先を見つける為に入った不動産屋は、やたらとフレンドリー。
年下の直人、中学の同級生で妻となった志帆、そして別れた恋人の慎吾と妻の美咲、絡まりまくった糸を解すことは出来るのか。そして本田 蓮こと俺が最後に選んだのは・・・。
*現代日本のようでも架空の世界のお話しです。気になる箇所が多々あると思いますが、さら〜っと読んで頂けると有り難いです。
*初回2話、本編書き終わるまでは1日1話、10時投稿となります。
誰よりも愛してるあなたのために
R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。
ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。
前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。
だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。
「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」
それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!
すれ違いBLです。
初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。
(誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)
優秀な婚約者が去った後の世界
月樹《つき》
BL
公爵令嬢パトリシアは婚約者である王太子ラファエル様に会った瞬間、前世の記憶を思い出した。そして、ここが前世の自分が読んでいた小説『光溢れる国であなたと…』の世界で、自分は光の聖女と王太子ラファエルの恋を邪魔する悪役令嬢パトリシアだと…。
パトリシアは前世の知識もフル活用し、幼い頃からいつでも逃げ出せるよう腕を磨き、そして準備が整ったところでこちらから婚約破棄を告げ、母国を捨てた…。
このお話は捨てられた後の王太子ラファエルのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる