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ディオルドとエコー
しおりを挟む「エコー、湯が残ってる。体を温めてこい」
「しかし」
床に膝をついたままのエコーは扉をちらと見た。
「警戒はガガに任せろ。追手はいないんだろ?」
俺の腕にしがみつくように立つロシェルの銀髪がふるふると揺れている。俺の巻いたタオルは床に落ちてしまった。
「傷は深くないのか?」
「はい」
俺はエコーの返事に頷き、ロシェルの肩を抱いてテーブルに向かう。
「ロシェル、食べるぞ」
立ち上がるエコーを気にするように振り返るロシェルを抱き上げる。
「あ…」
「エコーは無事だ。よかったな」
エコーの登場で勃起も収まった。勃ち上がった陰茎を見られて気まずい瞬間はあったが、いい雰囲気だったのにな…ぶち壊しだ…くそ…
俺がロシェルを椅子に座らせている間にエコーは立ち上がり、棚へ向かいタオルを手に取り、ロシェルの背後に立った。
「ロシェル様、タオルを巻いておきます。後で乾かしましょう」
ロシェルは泣きそうな顔で振り返り、頷いた。その様子が面白くなく、片足を揺らしながら目の前で巻かれる様子を見つつ、置かれたパンを口に含み咀嚼する。
「では湯をいただきます」
エコーは棚の上にあるタオルを手に取り離れていく。
「ええ、エコー」
ロシェルは名残惜しそうに浴室に向かうエコーを見ている。
「ロシェル」
俺が呼べば、タオルを頭に巻いたロシェルが顔を傾けた。
「食べろ」
「はい」
泣きながら微笑むロシェルが美しいと思う反面、その涙と微笑みがエコーのせいと思うと苛立ち、相反する感情が腹から沸き立って、睨んでしまう。
「ディオルド様」
「なんだ」
「エコーに湯をくださってありがとうございます」
「…ふん」
ロシェルに俺の睨みは効かん。その事に苛立ちが消えていく。
「エコーの着替えはあるのでしょうか?濡れた服を着せるのは…」
「ガガ」
少し声を張って呼ぶと扉が薄く開いた。
「エコーの着替えは用意できるか?」
「閣下の服の宝飾品と交換なら」
「スモークは?」
「町を偵察中。そろそろ戻ると」
「スモークが戻ってから動け」
「了解」
「閉めろ」
ガガが扉を閉めた。
「ありがとうございます。ディオルド様」
「礼は要らん」
エコーが近くにいるというだけでロシェルの顔には明らかに安堵が現れた。面白くないな。俺は女の頭にタオルを巻いたことがないんだ。上手くできなくて当然だが、あれはどうやって維持されているのか…
ロシェルの頭を見ながら皿を空にしていく。ロシェルもスープに手を出し、食事をはじめた。飲み終わるころ、浴室の扉が開きタオルを腰に巻いたエコーが姿を現した。
「エコー!」
「ロシェル様、こんな姿をさらして申し訳ありません」
椅子から立ち上がったロシェルはまたエコーに駆け寄った。エコーの姿は確かに駆け寄りたくなるほど傷があった。斬られた足の包帯は新たに巻かれていたが、上半身には切り傷が多数あった。湯は色を変えたろうと想像できるほど傷があり、未だに血が滲んでいた。どれだけ敵の攻撃を避けたのかと感心するほどだった。
「薬を」
「ロシェル様、ここに向かう前に持ってきました」
エコーはロシェルに軟膏の入った缶を見せた。
「渡して。塗るわ」
「待て」
俺の声にロシェルが振り返る。
「エコー、お前…財布は?」
「…あります」
「ガガ」
できれば宝飾品を渡したくはない。こんな小さな町では場違いすぎて目立つ。
「はい、閣下」
薄く開いた扉からガガが返事をした。
「エコーが金を持ってる。それを使え」
俺の言葉にガガが部屋に入り、扉を閉めた。
「浴室に」
エコーの言葉にガガは無言で浴室へ向かった。 俺はエコーに近づき、缶を奪う。
「ロシェル、食べていろ。俺が塗る」
「ディオルド様のすることでは」
「塗りかたがある。騎士は得意なんだ」
「ぶはっ」
俺たちの横を通りすぎたガガの吹き出した笑いにロシェルの視線は怪訝なものになったが、缶を開けてエコーの傷痕に塗りつける。
「…大勢だったな」
「はい」
俺の言葉に返事をしたエコーを見ると、話したいことがあると地味な顔が言っているが、ロシェルを気にしてか言葉は続けなかった。
ロシェルは用意された食事を半分ほど食べ、残りはエコーに与えた。夜がずいぶん更け、疲れも相まったロシェルは寝台に横になった途端、眠りについた。燭台が照らす銀髪を寝台の端に座りながら何度も撫でる。
「なんだ」
暗闇に佇むエコーに尋ねる。
「賊はロシェル様の馬車に狙いを定めていました」
そうだろうな。俺の馬車もジェレマイアとアリステリアの馬車にも矢は放たれていない。
「停まった馬車に群がる賊は次々と森から現れ、ブリアールの騎士に斬りかかられても立ち上がり向かう者も…私は暗器で応戦しましたが…」
「長剣を向けられてはな…エコー…ガガは大金槌で戦った…暗闇といえ人の血、臓物、汚物が撒かれた…臭いは最悪だ…それを前にガガに向かう賊だ…それほどの理由があったんだ…身代金か?…ああ…俺はロシェルのためなら金貨を何万…何十万と差し出す…それが目的だったか?金はあらゆる問題の理由にはなる…恨みも同じくな…」
「ロシェル様の馬車を狙い、騎士を分断…抑止…こちらの戦力を削ることを優先的に考えていたなら低能の集まりではありません」
公爵家として重要なのは、その家の血を繋ぐ者だ。守備戦力はそちらに注がれる。
「賊は荷馬車を襲ったのか?」
「…はい…ですが…中を荒らしただけのように見えました」
貴族の荷馬車には高価なドレスや宝飾品、金貨や値打ちものが載せられている。だいたい賊は荷馬車ごと奪うものだ。強奪は時間との勝負と言える。貴族の雇う騎士と戦う者、その隙に戦利品を運ぶ者。ブリアールの騎士は荷馬車よりロシェルを守る動きをした。なのに荷馬車が奪われていない。
「ロシェル一人…ブリアールの名を与えられたといえ…荷馬車のほうがすぐに金にできる」
「…奥様が先に発たれ…ブリアールの騎士の三割を連れていきました」
エコーはステイシーの関与を仄めかしている。 俺はロシェルの髪をゆっくりと掴み上げ、口づけをする。
「旦那様」
「エコー、俺はロシェルが大切だ。俺の態度を見ていたんだ…ならわかるな?」
エコーは返事をしなかった。
「一時の感情を持ったことがないから俺が抱えるこの感情はすぐに消えると言われてもなにも言えんが…俺は生まれてはじめて血の気が引いた…母上の選択を目の当たりにしたときでさえこんな感情はなかった…女子供を殺すと決めたときでさえここまで動揺しなかった」
俺はロシェルの隣に横たわり、あどけない寝顔を見つめ、引き寄せる。そのまま額に口づけをして目蓋を閉じる。
「エコー…お前は俺をよく知っているだろ」
「はい」
「確たる証拠、確たる証人がいたときにはトールボットを殺す。ファミナ・アラントだった場合、シモンズが手を貸したとみなし攻撃を躊躇しない」
トールボット公爵家を没落させることは難しいが、トラヴィス・トールボットを殺すことなど簡単だ。ただ一言命令を口にすればいいだけだ。
「はい」
「雇ったならかなりの金が動いたはずだ。アプソが何かを拾うだろう」
貴族家にとって秘密とは案外外に漏れる。貴族は使用人、特に平民ならば人として存在しないものと考える。いつどこで誰が耳を澄まし息を殺し探っているか、それを気にし、徹底して神経を尖らせている者は少ない。隙はどこかで生まれている。それを犬が拾い集めればいいだけだ。
「安心しろ、エコー。俺はロシェルをそばに置く。馬車も同乗する。ジャーマン子爵領邸は寄らん。フランセーまで少数で動くか?」
「旦那様に従います」
エコーが動く気配がした。俺は背を向けロシェルを抱きしめているから見えん。
「…旦那様…ロシェル様を守ってくださりありがとうございました」
エコー、お前の必死な顔は見ていた。
「エコー、俺のこの感情が愛か?母上が奴に向けた感情…父上がロシェルに向けた愛と同じか?俺は…精神が揺れること自体が少なくてな…少しだが戸惑っている…」
「…そう…見えます…ディオルド様がロシェル様に向ける視線には熱が見えます」
「そうか」
「ですが…旦那様が今お持ちの感情を失くされたとき…ロシェル様がそのことに傷つくとき…私はロシェル様の意思に反しても消えます」
ロシェルの意思に反する?
「ロシェルが俺のそばにいたいと言っても消えるつもりか?」
「はい」
ロシェルが俺のそばに…いたいと言っている想像をすると口元が震える。
そんなことを想像するだけで笑える、この満ち足りた心が愛か。安物の寝台にいるのにふわふわする感覚はなんだと考えていたが、そうか。
「香油を塗っていないロシェルの匂いは…最高だな」
俺はガガのような変態になった。
「エコー、肌を吸うとな…痕が残るらしい」
あの本に書いてあった。相手はそれに喜ぶとも。
「…ロシェル様の額を吸わないでください…あれは見えにくい所にするものです」
「よく知っているな…意外だぞ」
エコーには女っ気がなかった。俺の知らないところでいかがわしいことをしていたか。
「寝る…エコー…ガガと交代で見張れ」
ロシェルの規則正しい寝息が早く寝ろと言っているように眠りに誘う。
「…お休みなさいませ」
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