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チュリナの結婚式2
「チュリナの結婚式であんなことを言われたのよ!?ウェイン!王宮に抗議をしてちょうだい!あの子がわたくしを逆恨みして公爵閣下を惑わせているのよ!信じられないわ!わたくしが賊と知り合い!?なにを証拠に!」
「夫人…声を抑えて…」
アラント伯に詰め寄るファミナ・アラントをエリック・ロイターがなだめる様子を視界に入れながら、衆人の会話に耳を傾ける。
「夫人が賊を…?ロシェル夫人を虐待していたと聞いたわ…なんて恐ろしい」
「虐待?それは違うだろう。ロシェル夫人は健やかに育ったのだ、大切にされていたと思わんかね」
「ですが、茶会の度にロシェル夫人を案ずる言葉を吐きながら、貶めることもあると聞きましたよ」
「伯爵が領地ではなく首都の邸の敷地内に墓地を作ったことが原因では?」
「…亡くなられてずいぶんと経ちますのに…まだ嫉妬を?伯爵は夫人のあとに女性を入れていないのでしょう?それでは不満なのかしら…」
「ロシェル夫人は母君に似ていると聞きます……重ねているのでは?」
「伯爵邸はずいぶんと険悪な状態と聞きますよ…夫人が伯爵に拒絶されているとか…ロシェル夫人が嫁いでから」
「夫人は献身的に伯爵に尽くしてきたのを知っているでしょう?伯爵家を救ったのは夫人の生家のおかげだ」
「…下人を殴り殺した…とは…公爵がああして言うのですから…なにか証拠を手にしているのでしょう」
「公爵の笑い声を聞きましたか?あんな声が出せるとは…ロシェル夫人を大層溺愛していると聞いてはいましたが…驚きですな」
「まったくですよ。今ならブリアール公爵閣下と前向きな会話ができそうですな。夫人が隣にいるなら穏やかに対応してくれるでしょう」
ここにいる全ての人の関心が向けられていても、旦那様とロシェル様は耳を傾けることなく、神像を眺めている。
ここで襲われる危険はなさそうだが、二人の背後にはガガとゼノが並び、警戒している。私はロシェル様から離れることを渋ったが、ブリアールの騎士服を纏わず、地味な面差しだから人の記憶に残らず、気配も消せることで情報収集の指示を受けた。
危険と思われる人物はファミナ・アラント、チュリナ・アラント。バロン・シモンズはこの場で動くことは考えられなかった。彼は裏方、金を払い指示を出すだけだろう。
ロシェル様が微笑みながら旦那様と会話をしている。
私が知る貴族の女性はとかく好奇の視線を意識し気をもむ。なにを話されているのか、どんな風に見えているのかそればかりに気を取られているものだが、ロシェル様は違う。アラントで受けた扱いがある意味、ロシェル様の精神を鍛えたのだろう。
ジェイデン様の願いは叶えられている。ロシェル様は幸せそうに見える。
『エコー、私の心はロシェルによって毎日幸せなんだ。一時の快楽を楽しんでいたときもあったが、愛を知ってしまうと無駄なことに時間を使ったものだと恥じた。愛する人に触れる…それを生きているうちに経験できた私は運がいい』
悪魔の泉を与え、旦那様に抱かれ気を失ったロシェル様を愛おしそうに撫でるジェイデン様は満足そうにも、後悔しているようにも見えた。だが、言葉に嘘はなかった。
私には未だ知り得ていない感情に泣いて笑う姿を見ていた。
喧騒に耳を傾けながら神像を見つめる。顔がなく、だが人の形をしたそれは、幼子を抱き上げようとする母親のように両手を下に向けて広げている。作者の勝手な妄想か、教会の意向か、真っ白な神像はステンドグラスの色を受けて多色に彩られ、ロシェル様の目を楽しませている。その事に私の頬が緩むことはない。
幼いときに患った病の後遺症が表情を奪って、ずいぶん経つ。こんな気味の悪い私をジェイデン様は受け入れ、治療を施し育てる許しを与えた。アプソ同様、私もジェイデン様に生かされた者。
「エコー」
「ダート」
「夫人がバロン・シモンズと」
その言葉を受け、ダートの視線の先へ向かう。
衆人の隙間を足早に抜け、目的の人物らのあとを追うと二人は控え室のような部屋へ入った。その部屋の扉の前で耳を澄ませて会話を拾いたかったが、バロン・シモンズの護衛が立ち、警戒をしていることに諦め、外へ向かう。
平民に紛れていたブリアールの騎士が私の姿を確認し、後ろに続く。教会の外、二人の入った部屋の窓の近くに気配を消して近づき耳を澄ます。
「……こと!?わたくしは殺そうと思って殴っていないわ!」
「下人のことはもう方がついてる。もともと彼らが騎士隊に訴えても相手にされない。公爵の言うことなど無視をしなくては…叔母上…声を荒げてはいけません」
「今度はなにを言われるか…ロシェルのことで散々…貧乏貴族どもが…賎しいわ…バロン…貴方…襲撃を見届けると言ったじゃない…あの子がどんな目に合うか」
「落ち着いてください。チュリナの結婚式です。笑顔で立たねばなりません。ロシェルにも腹立つ思いはするでしょうが、ここでは耐えてください。あの娘は今度こそ、下賎な奴らにいたぶられます…叔母上の願い通り」
「バロン…貴方だけよ…貴方だけがわたくしのことを考えてくれるわ…わたくしの愛しい甥っ子…バロン…私たちを軽んじるなんて許せないわ」
「はは、わかっていますよ。任せてください、叔母上。さあ、チュリナの準備が終わります。行きましょう」
「ええ」
扉の握りを回す音をかすかに捉え、見張りをしていたブリアールの騎士に目配せし、その場を離れる。
教会の入り口でブリアールの騎士と別れ、人混みでも目立つ旦那様に向かい進む。
会場内では式の始まりを報せる鐘の音が鳴り、人の流れの変化に何度か避けて守るべき人へ近づく。
切れ長の柔らかい眼差しがゆっくりと私を見つけ、赤い唇が名を呼んだ。ジェイデン様の与えてくれた名を新しい主が微笑みながら口にする。
『ロシェル…の…盾に…敵から…守れ…エコー』
ジェイデン様、申し訳ありません。私は盾になれず奪われかけました。次こそは…
「エコー」
「ロシェル様」
「神像ははじめて見たのよ。包み込む、ということかしら?」
ロシェル様の横でガガが神像と同じポーズをしている。それを見たアプソが必死で笑いを堪えている。
「…神は善なる者を愛す…あの神像の腕のなかに入れる善なる者」
「まあ、そうなのね。エコーは物知りね」
「善なる者しか愛さんのか?心の狭い神だな」
「ふふ、ディオルド様。ここで神の文句は駄目ですわ」
「神に聞こえるのか?耳がないがな」
確かに神像に耳はないが、旦那様が女性とこうして会話をしていることに未だに慣れない。
私は旦那様が少年の手前ほどの年齢から知っているが、私と同じ病を患ったのかと思うほど無表情の人だった。他人を寄せ付けず、無関心なことを隠しもしない豪胆な性格をジェイデン様は懸念しつつ羨ましがっていた。
私同様、性的なことを厭い、閨事に淡白だった旦那様が、私の気配に気付くことなくロシェル様に挿入したまま、尻を出した姿で眠り続ける様子に呆然とした。そして、自身の姿に照れながらも満足そうにしている姿にも驚く思いが湧いた。
人とは短期間でこうも変わるのかと、その姿を眺めながらしみじみと思った。慣れない作り笑いまで発し、ロシェル様の傷つく言葉を遮る旦那様の思いは本物のように思う。
「旦那様、移動を」
「ああ」
牧師が参列者に挨拶をしながら移動している。新郎と新婦が絨毯の上を歩き、牧師に向かい祝いの言葉を受けるまで、参列者は二人を見守る。
ここまでロシェル様は立っていなければならず、連日旦那様に酷使された体で耐えられるかと頭を過るが、旦那様はいつの間にかロシェル様の腰に腕を回され支えていた。気を遣う旦那様にも慣れない。
バロン・シモンズと話し、落ち着いたファミナ・アラントが何食わぬ顔でアラント伯爵の隣に立ち、現れた新郎新婦を笑顔で見つめている。
ファミナ・アラント、シモンズの金をちらつかせないと伯爵に相手にされなかった虚しい女は、その手段も失くし愛する男に無視をされ触れてももらえない日々に壊れかけている。あの女を本当に壊すのはいつなのか。恐怖と痛み、絶望を味わわせるのはいつなのか。
手始めはバロン・シモンズから。
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