ブリアール公爵家の第二夫人

大城いぬこ

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チュリナの結婚式3

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 教会の鐘の音が鳴り響くなか、白い衣装を纏った二人が牧師の待つ場へゆっくりと近づく。 

「もっと早く歩けと言いたくなるな」 

 銀色の髪からのぞく耳に近づき囁けば、小さく笑った。 

 観衆の視線は主役の二人より俺たちにあるのではないかと思うほど、背に視線を感じる。

 俺は決していやらしい思いから腰に触れているわけではない。俺の欲を連日受けているロシェルの負担は大きいとエコーに叱られたから支えねばならない。こんな場で抱き上げてはロシェルが恥をかくから、ちゃんと理由があって触れているんだ。 

 欲を覚えた、噂は真実なのだ、娘を紹介したら、そろそろ愛人を探し始める、新たな刺激を求める……そんな下世話な声が止まることなく聞こえてくる。 

 絨毯の上を歩く二人が近づき、目の前を通り過ぎるとき、新郎と視線が合った。すぐさま逸らされたが、ずいぶんと気にしているようだ。 

 臭い娘の癇癪に付き合いきれないと愚痴っても、貴族倶楽部では子爵から伯爵になるエリック・ロイターを妬む者が多いせいで慰めてもらえず、肩身の狭い思いをしている。そして密約であったはずの誓約書の内容が漏れてしまい、生涯他の女に触れられない不遇を同情され、両家の間でどんな話が行き交い成された誓約なのかと知りたがる外野からの好奇心に辟易へきえきしているとも聞く。 

 貴族家当主は好き者が多い。家門の主となれば強大な権力を手にする。下の者はあらゆるものを嬉々として献上し、かしずく者に囲まれれば思い上がる。好みの女を従わせ欲に溺れ、日々の鬱憤を晴らしても誰も抵抗しない。そんな楽しい未来は奴にはなく、気性の荒い臭い娘と居丈高な姑、味方にならない舅がいる邸では息苦しい思いをするだろう。 

 奴は若者が集う貴族倶楽部で泥酔したとき、ロシェルのことを口にした。従順で大人しく、過度な要求をせず、声を荒げることなどなかったと、彼女との未来は穏やかなものしか想像できないのにとこぼしたらしい。俺は奴に言ってやりたい。ロシェルは声を上げ、俺を睨み、かなり弱いが拳で叩くぞ、と。 

 自分自身なにを思ったかわからないが、なんとなく触れている手に力を込めていた。どうしたのか、と問いたげな水色が見上げ、小さく首を傾げる姿に抱きしめたい衝動が沸き上がる、が耐える。 


「お姉様!来てくださって嬉しいわっ」 

 母親の見苦しい姿を聞いたのか、臭い娘は笑顔でロシェルに近づいた。それはぶつかるのではないかと思わせるほどの勢いだったが、エコーの腕が阻止していた。 

「ちょ…なにをするの…?私にさわらないで!」 

 エコーを激しく睨む眼差しは母親に似ている。 

「チュリナ、落ち着いて」 

 エリック・アラントとなった若僧にたしなめられた臭い娘は満面の笑みを作り、奴の腕を引き寄せ、抱くように掴んだ。 

「…お姉様がここで挙げるはずだった結婚式…残念だったわね…エリックのこの衣装…ロイター家で見たことがあるでしょう?お姉様のドレス…私には少し…ここの辺りがキツくて…ふふふ…新調したわ」 

 臭い娘は奴の腕を胸に押し付け醜く顔を歪めた。胸がキツいのは必然だろう、臭い娘のほうが全体的にふくよかだ。 

「第二夫人は肩身が狭いわね…盛大に祝われないなんて…可哀想だわぁ……汚ならしい男たちに触れられたんですって?…ますます可哀想…」 

 小さな声で話しても、それが俺に聞こえていないとなぜ思うのかわからん。 

「ロシェル、伯への義理は果たしたろ。帰るか?」 

「はい」 

 臭い娘に微笑みだけを向けていたロシェルが顔を上げた。 

「…お姉様…私に祝いの言葉もないのかしら?薄情じゃない?私にはシモンズだけでなくトールボットの後ろ楯があるのよ?この場にいる有力者の令息令嬢は私の言葉に従うの」 

「エリック・アラント」 

 臭い娘を止めようとした男は怯えた瞳を俺に向けた。 

「付き合う人間は考えろ…どこにでも耳目はあると頭に入れておけ」 

 貴様がバロン・シモンズと密会していたことなど知っている。だが、こいつと奴はあの夜以降、接触をしてないようだ。バロン・シモンズはこいつの小心を察し、早々に手を切ったんだろう。夜会でロシェルに言い含めなにか吹き込むか、もしくは連れ出すつもりだったか知らんが、なにもできずに退散したからな。 

「ブリアール…公爵閣下…あの…」 

 俺はどれほど険しい顔を見せているのか。目の前の小僧がどんどん顔の色を失くしていくぞ。 

「誓約を守れよ」 

 使用人にでも手を出してみろ、面白いだろうな。と言葉とは裏腹なことを考えている。 

「ブリアール公爵閣下」 

 臭い娘の意識が俺に向けられた瞬間、ロシェルの腰に触れていた腕に力を込め、扉へ向かう。 

「ブリアール公爵閣下が私のためにエリックにそんなことを……」 

 後ろからわずかに届いた臭い娘の言葉に突っ込みたくなったが無視する。 

 陛下は追加の犬をロイター子爵家とアラント伯爵家に入れていた。それがやっと成果を表したのは父上が亡くなる間際だった。 

 ロイター子爵家にいる犬がずいぶん働いてくれた。仕事をしているなか、ごみ箱の中からバロン・シモンズの手紙を探し出すのは苦労したろう。そしてアラント家の会話から誓約書の内容を知り、俺はそれを慎重に広めてやった。臭い娘は噂を聞いた令息令嬢に真偽を尋ねられ、嬉々と認めた。夫の陰口となる事柄を、愛を理由に成されたものと高笑った。 

 エリック・ロイター改めエリック・アラントは面白いほど小心な男だ。少しつつけば青ざめ、伯やファミナ・アラントに媚を売り、ロイター子爵に責められればのらりくらりと逃げる。 

 守るものがある今の俺に、犬は大きな役割を果たしていると実感している。陛下の言う通り、情報とは最大の武器であり盾だ。以前の俺ならば他家の、格下の取るに足らない子爵家など頭に浮かぶこともなかったが、ロシェルと関わっていると考えるだけで内情を知りたくなる。それがどんなに下らない些末なことでも。 

 人々の好奇な視線が注がれているが、俺たちの邪魔になる者はいない。臙脂を纏う騎士らが立てば、自然と皆が後退する。 

「ディオルド様」 

 ロシェルが馬車の踏み台に足を乗せ、なにか言いたげに俺を見つめている。 

「中に入ってからだ」 

 口づけが欲しいんだろ。式が始まった辺りからそんな顔をしていた。 

 馬車の扉が閉まり、動き出した揺れを感じてすぐ、ロシェルを抱き上げ膝に乗せ唇を合わせる。 

「ふっ…ン…ディ…」 

 名を呼ぼうとした口に舌を入れて舐め回し、お互いの唇を擦り合わせながら唾液を送る。この時の荒い呼吸が淫らに聞こえているのは俺だけじゃないはずだ。漂い始めた匂いになんとも言えない満足感が広がり、柔い胸へと手を伸ばせば、甲を叩かれた。 

「…叩いたのか?…口づけが欲しいと言ったろ?」 

 目の前の水色が険しくなる様子が可愛く見えた。 

「…名を呼んだだけです」 

「…嘘つけ」 

「触っては駄目です」 

「なに言ってる?お前に触れるなだと?無理なことを言うな」 

 みるみるうちに水色の瞳に涙がにじみ始めた。さすがに浮かれた心が冷めていく。 

「ロシェル…すまん…どうした?臭い娘のことか?腹が立ったのか?あの場で叱責したらよかったか?なら今からもど」 

いただきが!」 

 ロシェルの発した大きな声に俺は間抜けに停止する。 ロシェルは瞳に涙を溜め、唇を震わせ、口づけのせいで乱れた紅が口周りを彩った、なんとも言えぬいい顔をしている。 

「ち…頂が…?どうした?触れて欲しいのか?邸まで我慢できんか?困ったやつだな」 

 ロシェルがこんなに必死に声を上げたんだ。触れて欲しいわけじゃないだろう。わかっているが、口もとがうずうずする感覚に変なことを口走り、興奮を抑えているにも限度があると見つめる。 

 ほら、ロシェルがこんないい顔をしてるぞ、と誰かに見せて同意が欲しくなるが、見せたくないとも思い混乱する。 

「ちが…頂が…痛かゆく…て…ディオルド様のせいです…毎晩…つまんで…噛んで…舐めるから」 

 なんだと…それは…俺のせいだな。 

「ロシェル、ドレスが擦れているのか?」 

 小さく頷くロシェルの瞳から雫が落ちてドレスに染みを作った。 

「見せてくれ」 

 俺の言葉にロシェルは自身の胸に視線を向けるが、そうじゃない。俺は指で顎を上げて水色の瞳と見つめ合う。 

「お前の顔を見せてくれ…ロシェル」

 快楽の入り口に書かれていた乳首の感度強化…第一段階は終えた…か…奥が深く役に立つ本だ。 

「もう触れて欲しくないか?お前は声を上げていたが」 

 馬車の中はロシェルの放つ匂いに満たされている。適度な揺れと圧迫が俺を狂わせる。 

「…ドレスを緩めてください…きつく締めてしまって」 

 生地が擦れて…か…もう少し痛みを我慢すれば感度を上げられるんだが… 

「背中の留め具…ディオルド様?」 

 俺は阿呆になっている。御者台にいるエコーが何度も叩いている音が聞こえているし、馬車と並走しているガガの声も… 

「…して…閣下…我慢…がま」 

 俺は歯を食い縛りながら背中を向けるロシェルを見つめる。

 柔らかく長い銀髪をまとめて肩に流し、細く白い首を俺に見せて誘う姿に、小さな留め具を外す余裕などなく、力任せに裂いていた。






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