ブリアール公爵家の第二夫人

大城いぬこ

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地下牢

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 ブリアール公爵家敷地内にある礼拝堂の下には地下牢がある。 

 罪人の処遇は騎士隊が対処することと法で定められているが、それを守る貴族家は少ない。犯した罪に対し示談や交渉、制裁を独断で行うことは黙認されていることだった。それは貴族階級の持つ特権の一つと言える。 

 いつの時代から存在していたのか、この地下牢でどれだけの罪人が命を落としたのかと久しぶりに足を踏み入れた場所はひんやりとした空気を漂わせていた。 

「まったく…閣下があんなに困ったちゃんになるとはなぁ…そう思うだろ?エコー」 

 この男は初めて会った日から馴れ馴れしい。だが、旦那様のことに関しては同意する。匂いを放つとわかっていながらロシェル様を興奮させるほど触れるとは…時と場所を考えることもできなくなるとは…私は御者が匂いにあてられないよう鎮静剤をわずかに混ぜた香水を吹きかけた。ガガも馬を走らせながら意味があるのかわからないが撒いていた。 

「抱かせてーって俺が毎晩頭下げてたのは十代だったけど閣下はもうすぐ四十だろ?いくら匂いがあるからって盛りすぎだよぉ」 

「ガガ」 

 私は目的の場所に近づいていることを伝える。 

「奴にはなにも聞こえない。目隠し耳栓猿ぐつわ。どこにいるかもわからず震えてるさ」 

 私たちの靴音が地下牢に木霊する。壁に置かれた燭台が照らしていても薄暗い地下には、広さが違う牢が左右に五つずつ並ぶ。 

「ダート」 

「エコー、ガガ」 

 ダートの背後にある牢の中には贅を凝らした衣装を身につけたバロン・シモンズが横たわっている。 

「…寝てるの?気絶?」 

 ガガは鉄格子に顔を近づけ見ている。 

「あの香水を嗅がせた」 

 ダートの言葉に頷く。地下牢に窓はないが外はすでに暗闇。そろそろ目覚めるだろう。だが、待てない。私は少しでも早く離邸に戻らねばならない。スモークとゼノが巡回しているといえ油断は禁物。 

「起こす」 

 私は鉄格子を掴み、嫌な音を鳴らしながら開ける。それでもバロン・シモンズは起きず、近づき足で頭をつつき反応のなさに踏む。頭に少しずつ体重を乗せれば痛みに目覚め、叫びだした。猿ぐつわのせいでくぐもったものだが、もう少しと続ける。 

「エコー、潰れちゃうよ」 

 鉄格子を両手で掴み見物に徹しているガガをちらと見てから足を離す。 

 バロン・シモンズはなにかを言っているようだが言葉にならず、それでも諦めずに喚いている。

 シモンズの名に守られていた男は理不尽な暴力など受けたことがないだろう。これから先の事を考えると、この男が解放されるとき正気を保ったままでいられるのか私にはわからない。 

「ガガ、猿ぐつわと耳栓を」 

「へーい」 

 鉄格子の扉を潜り、短剣を手にしたガガが猿ぐつわを切り落とし、耳栓を外した。 

「貴様ら!!俺を!俺を!誰か知っているのか!?襲う相手を間違えたな!みっ皆殺しだ!!」 

 私は軽く咳払いし喉を調整する。 

「…たかが子爵家の息子がなにをほざく」 

「な!?……誰…だ…」 

「よくも私の息子をそそのかしたな。我が一族まで巻き込みおって」 

 ガガが瞳を見開き口を覆い、私を凝視しているが今は相手をできない。 

「息子などどうなっても構わんが、貴様が息子に疑いが向くよう仕向けたのはいただけん。我が一族の者が利用されるのは許さん」 

 私はトラヴィス・トールボットの声で話している。 

「トールボット公爵だな!?貴様!俺の父を知っているだろう!?シモンズを敵に回すのか!?」 

「騒いでも誰も助けには来ない。私はシモンズなど恐れない。たかが子爵家が富豪といえ調子に乗らん方がいい」 

「父が黙っていないぞ!」 

「なぜそう思う?もう夜になるがシモンズ子爵はお前を探してはいない。その意味を理解できるか?」 

「嘘だ!父上の後継は俺だけだ!父上には俺が必要なんだ!」 

「そうか。では数日閉じ込めてみよう。貴様は邸を数日空けることが度々あったが、いつ父親は不審に思い始めるか…」 

 離れていくと思わせるため足音を小さくしていく。 

「待て!!」 

「なんだ」 

「…なにを知りたい…?」 

 私はバロン・シモンズに再び足音を聞かせる。 

「息子はどこの組織と繋がっている?」 

「…俺が知るか…借金十万枚と引き換えに襲撃を頼んだだけだ…息子に聞けばいいだろう?」 

 バクスター・トールボットの手紙には組織の名は書いていなかった。書かれてあったとしても根城を知らなければ意味はない。 

「貴様は叔母のために動いたのだろう?私は見届けたと思うが?」 

 ファミナ・アラントの言葉を信じるなら、この男は襲撃をどこかで見ていた。そして部下に噂を広めさせた。 

「伯爵夫人ごときが大騒ぎしおって」 

「俺の叔母上を軽んじるな!!」 

「嫁いだ義娘など放っておけばいいものを」 

「貴様もブリアールに噛みついているだろうが!妹の立場を脅かすロシェルを攻撃するためにチュリナに近づいただろうが!」 

「私は攻撃などしていない。ただ、チュリナ・アラントを元気付けただけだ。誰かに責められるようなことはしていない。貴様とは違う。貴様は…」 

 ロシェル様の怯えた顔が浮かぶ。このままここでこの男の首を折ってしまえば簡単に終わるが… 

「…我が家をたかが十万で利用してくれた…組織には息子が依頼した書類でもあるのだろう?それを脅しに使おうと?私まで脅せるからな。組織の根城を話してもらおうか」 

「…待て…まさか…半月前に邸に侵入させたか…?」 

「…鉄壁の邸などありはしない」 

 旦那様とガガが侵入した夜のことはシモンズ邸から外へ漏れてはいないが、内にいる者には誰かが侵入したことを隠しきれないだろう。多くの騎士が昏倒させられた事実はアイザック・シモンズを怒らせ、それがもたらす邸の異変はこの男も感じたはずだ。 

「入ることに手間取ったが、貴様の部屋にめぼしいものはなかった。息子が依頼した組織と貴様は繋がっている。安全な場所に証拠がある」 

 これは憶測だった。依頼書などないかもしれないが、この男に話をさせたかった。 

「渡さねば貴様をここから出さない…私は家門を守るためなら非道になれる」 

「…俺が姿を消したら…大騒ぎになる…父上とて探し始めるだろう」 

「…娘の行方より優先する…か?」 

「黙れ!!黙れ黙れ黙れ!!エルマリアの話はするな!」 

 バロン・シモンズは気が触れたように叫んだ。 

「あんな!下賎な血など!畜生ぉ!!」 

「下賎な血…?妹と仲が悪かったとは…腹でも違うのか?」 

「…く!畜生…」 

 自分の失言にこの男は悪態をつき震え始めた。落ち着かせようとしているのか何度も深く呼吸をしている。 

「…なにを…知りたい…?」 

「息子が署名し、印を押した依頼書だ」 

「…わかった…届ける…だから解放しろ」 

「すると思うか?父親に泣きつくか逃げるだろう?組織の根城の場所を言え」 

「言ったら殺される」 

 知っているか。 

「監視をつけてもいい…俺が取りに行かなければあそこには入れない。なぁ…ブリアールが憎いんだろ?ロシェルが邪魔なんだろ?目的は同じじゃないか…手を組もう」 

 トールボット公爵はこの男と関わらなかった。二人の目的は同じなのに手を組まなかったのは対等な関係になどなりたくなかったからだろう。 

「襲撃は失敗したが、下部組織を三つも潰されたんだ…奴は報復を考えているだろう」 

 ガガの殺気が私に届く。私は教会でそんなような事を聞いたからか落ち着いていられる。奴…組織の人間の行動を予測できるほど親しいのか、それとも二度目の襲撃まで依頼済みか。 

「また襲わせるか?だがロシェル夫人は邸から出ない」 

「はっ…出ないなら…入ればいいだけだ」 

「いつやる?その話が聞こえてきたら貴様を解放しよう…その足で依頼書を受けとる」 

「いつやるかなど知るかっ!俺が仕切っている組織じゃない!早く縄をほどけ!」 

 私はガガに猿ぐつわと耳栓をするよう合図を送る。 

「やめ!んん!」 

「ダート、鍵をして放っておけ。この男のことを知る者は他にゼノとスモークだ。地下牢の鍵は厳重に保管しろ」 

 私は牢から出て、主の元へ向かうため足を進める。 

「待てよーエコー」 

 ガガが追い付き隣を歩き始める。 

「どうする?暗殺者、来るじゃん」

「あの男は昼間そんなような事を話していた」 

「まじ?俺、聞いてないけど?閣下に報告した?」 

「…あなたは牢に呼ばれるまで姿を消していたでしょう?」 

「だって…パンパンだったんだもん…鼻栓するの遅すぎた」 

 もん… 

「…あなたが遊んでいる間に旦那様には報告をしました」 

「なあ…声真似…上手すぎ…」 

 ガガなら興味を持つと思っていた。ちらと見ると頬を膨らませている。 

「…訓練の賜物です」 

 表情を取り戻そうとしたことがある。ブリアール領地で私を診てくれた医師が機能回復の訓練を指導してくれたが、違う部分が鍛えられた。特に使う時はなかったが、ジェイデン様は面白がっていた。 

「今度、俺の報告に付き合ってくれよぉ。臨場感が増す!閣下が喜ぶ。へへへ」 

「…断ります」




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