ブリアール公爵家の第二夫人

大城いぬこ

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「見られていたって構わんだろ。気にするな。人払いはしてあったろ?」 

 四阿から離邸までディオルド様に抱き上げられて戻った。 

「歩けると言いました」 

「だが…腹が痛むと言ったのはお前だ」 

「…エコーに言っただけです」 

「俺がいない四阿で楽しそうだったな」 

 四阿でガガ様と話しているうちに下腹の痛みに気づいて、いつものようにエコーに伝えた。話を終えて近づいていたディオルド様に聞こえているとは思わなかった。 

「ふふ、ガガ様のお話が聞けました」 

「ふん…人間椅子か…」 

「聞こえていました?」 

 ディオルド様はジェレマイア様と話していたのに… 

「ガガが得意気に言っていた……ぬくいか?」 

「はい」 

 ディオルド様の大きな手が私の下腹を覆っている。背中に密着する体も風呂上がりで温かい。 

「お前が寝たら少し離れる。行火あんかを入れておく」 

「ありがとうございます」 

 月の物が始まってしまった。温めると痛みが和らぐと気づいてから、ディオルド様は行火を用意するようエコーに指示を出していた。 

「俺が優しくて面白くて可愛いだって?」 

「ふふ、ガガ様はおしゃべりですのね」 

「ああ…なんでも報告する…ロシェル」

  うなじに鼻を擦り付け、匂いを吸い込むディオルド様に頬が緩み、巻き付く腕を何度も撫でる。 

「お前の…匂い…いいな」 

 ディオルド様は本当に匂いを嗅ぐのが好きなのね。 

「腹の痛みが治まるまで大人しくしていろ」 

「はい。落ち着いたらまた散歩をしても?」 

「ああ…俺は仕事に集中する。相手をできんが夜はここに来る」 

「はい…ディオルド様」 

 振り返って口づけがしたい。でも触れてしまえば欲しくなる。 

「変な本は読むな…ピアノは気にせず弾いてくれ…」 

 低く掠れた優しい声が心地よくて温かくて眠気を感じて目蓋を閉じる。 

 ジェレマイア様となにを話したのか、私が聞けば教えてくれるだろうけど、話し終えた後のディオルド様の表情がいつもと変わらないように見えて、私が知るべきことは話してくれるだろうと尋ねることはしなかった。私が全てを知る必要はないわ。 

「…おやすみ…なさ…」 

「ああ…ロシェル…穏やかに眠れ」 

 頭に口づけをされた感触のあと私の意識は眠りへと向かっていった。 




 ロシェルから匂うのはわずかな香油と体臭と血だった。性感帯に触れていないんだから興奮はしていない。あの匂いを放たないとわかっているが、少し寂しいと思う自分にまた恥じる。 

「俺はケダモノだ…仕方ないよな?気持ちいいんだ…すごくな…陰茎も心も気持ちいいんだ」 

 ロシェルが眠っていると知っているから話せる。腹だけじゃなく、柔らかい胸にも触りたい。俺の手のひらで掴める柔らかい乳房が好きだ。反応する乳首が好きだ。しとどに濡れる秘所も… 

「はあ…変態め…落ち着け……さて…」 

 俺は静かに寝台から降り、ロシェルの肩まで毛布をかける。銀色の髪を掴んで感触を楽しみ、離れる。

 扉を開ければエコーが行火を持って立っていた。 

「見張れ」 

「はい」

  廊下に出ればガガとアプソが待っていた。 

「アプソ、全ての閂をかけろ。俺たちが戻るまで起きていろよ」 

 離邸の出入り口の全てに頑丈な閂をつけた。外から入るには手間取る。下階の窓には鉄で作らせた格子を嵌める予定だ。窓の格子はまるで監獄のように見えてしまうだろう。そこからどんな話が持ち上がるか想像できる。好奇と下世話な噂が囁かれるだろうが、念には念だ。 


 夜の風が温もった体を冷やしていく。 

「ガガ、侵入者の意識は戻ったか?」 

「はい。一応口の中を確認しましたが仕込みはなし。手と足を厳重に拘束。自害を選びそうにないと感じたんで猿ぐつわはしてないっす」 

「痛みを感じないと?」 

「実験の賜物と」 

 実験…奴隷…予想はできるな。 


 騎士棟の一部には牢がある。盗みを働いた使用人や犯罪者の一時勾留に使われる。 

 俺は侵入者が入れられている牢の前に立ち、動かぬ男を見つめる。 

「スモーク」 

「団長」 

「大人しいか?」 

「目覚めるまで見張っていましたが、起きてもとくに暴れもせず、状況を理解したのち眠るほど落ち着いてます」 

「動じないか」 

 それだけ修羅場を潜り抜けてきたということか。 

「おい」 

 侵入者の耳は聞こえているはずだ。 

「…依頼に失敗したが…また来るのか?」 

「ギギ、答えろ。最後の会話になるぞ。このまま死ぬのか?」 

「ギギか…ガダードの名付けはどうなってる…」 

「名付けに手間をかけると情が生まれるんっすよ。だから順繰りに適当に」 

「ふん……話す気はなさそうだな」 

「あ!ギギが拉致がどうとか言ってたっす」 

「…拉致…ああ…あのことか…?」 

 俺の言葉にガガの弟は縛られたままの体を傾け、ギョロリとした目で俺を見た。

 男の顔は頬骨が浮き上がり、頬が痩けた面差しでガガと似ているところがまったくなかった。 

「…知ってんのぉ…?…ブリアールのおっさん…まさか殺ったのぉ…?なんでぇ…?あいつが関係してる証拠なんてないだろぉ」 

「俺が誰を殺したと言っている?この悪党が」 

「ガガぁ~頼むよぉ~こんなところで死にたくねぇよぉ~」 

「バロン・シモンズが襲撃場所まで来ていたことはわかっている。貴様は共に行動したのか?」 

「…シモンズ…あの金持ち…襲撃…なんのことかなぁ~」 

 あの時、俺は確かにこいつの強い殺気を感じた。ガガとこいつが戦闘中、突然だ。俺は確かめるべくガガに振り返り唇を動かし尋ねると、拉致に対して放ったものだと言った。 

「なんだよぉ~…」 

「襲撃にシモンズが関与していることはある者から聞いている…その後、バロン・シモンズが消えた…なぜか知っているか?」 

「…聞いている?」 

 ガガの弟は俺の言葉にふざけた様子を止めた。 

「ああ…聞いた」 

「…誰よ?」 

「貴様は下っ端か?ならば依頼者など知らんだろ」 

 年齢と佇まい、エコーの警戒領域まで気付かれずに近づいた実力、他の四人は俺たちの気をそらす囮となれば、こいつは組織のなかでも上にいるだろう。 

「…裏切るとはなぁ~公爵家だからって見逃すと思うかぁ!!」 

 男は激昂したのか暴れだした。 

「トールボットを殺すのは手間だぞ」 

「はっ!いくらでも殺れる!獲物がでかければでかいほど人を入れやすい!口にするもの全てに毒を入れてやらぁ!」 

「組織は壊滅だぞ」 

 そんな事態が起きれば国をあげて犯人を探し罰する。そんなことこいつもわかっているだろう。 

「裏組織なんてなぁ…潰されたってまた生まれるのさぁ~誰でも作れる誰でも入れる~」 

「毒?トールボットに行き着くまでに使用人が口にして警戒されて終わるぞ」 

 ガガの弟は突然落ち着いたように息を殺し背を向けた。 

「どうせ殺すんだろぉ~…俺に拷問は意味ないからねぇ~俺はな~んも言わないも~ん」 

「俺ならバロン・シモンズを探し出し、助けられるがな」 

 ガガの弟は俺の言葉になにも答えなかったが、足の指が名に反応した。それはごくわずかな動きだったが、人とは極限状態のとき全身を制御できるものではないと知っている。 

「放っておけば…死ぬかもな」 

 この男とバロン・シモンズがどれほどの仲か、実は知り合いでもない可能性はあるが俺は自分の勘を信じる。こいつは奴を気にしている。 

「…俺を…解放してくれたら…依頼者は俺が殺す…おっさんの女に対する依頼は今後受けない…絶対……だから…教えてくれ…頼む」 

「バロン・シモンズの居場所か?」 

「…ああ…助けに行く…俺が…助けに…バロちゃん…」 

 バロ…ちゃ…?気色悪い呼び方をするな。 

「助けに行けると思うか?貴様はここで死ぬんだぞ」 

 バロン・シモンズ、バクスター、ファミナ・アラント、この三人を殺すことは至極簡単だ。だが、その後が問題なんだ。ブリアールに繋がる欠片かけらさえ残さずに終わらせるには遠回りも必要だ。面倒だが、ロシェルに関わることなら完璧に終わらせたい。荒業ではなく優雅に始末を着けたい。俺らしくないがな。 

「おい」 

 横たわる男は返事をしない。手を振ればガガが屈み首筋に触れ、首を振った。 

「死んだか」 

「気絶っすね。血を流しすぎました…今もまだ止まってないし」 

「念のため耳を塞げ」 

 俺の言葉にガガは布を破り唾液で湿らせ、男の耳に突っ込んだ。 

「閣下の望みは?」 

 ガガが立ち上がりながら尋ねた。 

「ロシェルの安全、敵の死」 

「なら地下牢のバロちゃんは放置で埋めて、俺が夫人を首吊りにでもしてきますよ」 

 ガガは首になにかを巻く仕草をして締めるように拳を揺らした。 

「簡単だな。実に簡単だ。だがな、娘が結婚し夫人は幸せの真っ最中になぜ今自死を選ぶ?夫人には自ら動いてもらう」 

 ロシェルに、俺に対してわずかな疑念も持たれぬように。




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