ブリアール公爵家の第二夫人

大城いぬこ

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牢2

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「スモーク、こいつの血を止めろ」 

 俺の言葉にスモークが動く。 

「閣下、生かすんですか?」 

「…こいつはバロン・シモンズと知り合い…そのうえ気にかけている…奴を苦しめたトールボットを恨むだろう?」 

「バロちゃん殺して…」 

「いや…奴の足首を折れ…治療をせずに数日放れば…」 

「一生、杖が離せないっすねぇ」 

 体が不自由というのは辛いものだ。特に若ければ若いほど、人と比べ妬み腐っていく。奴の性格上…性格… 

「バロン・シモンズはなぜ襲撃を確める必要があった?」 

「叔母上のためっすよ」 

「わざわざ馬で駆けてか?怪しまれる動きをしてまで夜通し駆けるとは思えん…が…奴はだいたいなぜ裏組織と繋がる?」 

「シモンズの私兵を動かすとお父様に知られますから」 

「知られたくないこととはなんだ?」 

「え…ん…と…なんだろ…?」 

 嫌な想像が浮かぶ…金は腐るほどある奴が父親に知られたくない……もの…趣味… 

「…ジャーマン子爵領地では多くの者が死んだな」 

「そりゃあもう。半分にしたし潰したし、目玉が飛び出て内臓等々……死者の数は百以上」 

「それをわざわざ見に来たんだ…それが奴の趣味…」 

 金がありすぎると大抵のことは叶い、いずれ飽きる。そして刺激を求めて賭博や女、男や麻薬に手を出すなんぞ、よく聞く話だ。刺激を求めすぎると過激になる。

「わお…サディスト?」 

 サディスト…自ら手を下し楽しむか、見ているだけで楽しむか、どっちかは知らんがな。 

「裏組織の仕事を最前列で見ていたのかもな。参加していたか?まあ、想像だがな。お前の弟と知り合うきっかけが謎だったが、そう思えば合点がいく」 

「ギギが起きたら聞いてみますか?」 

「…話さんような気はするが」 

 人には知られたくない暗部と言える。 

「バロちゃんを助けるって俺が言ってみます」 

「お前の話は信じるか?」 

「双子っすよ?きっと信じてくれるっす」 

 ガガの言葉に驚いた。スモークなど治療の手を止めて間抜けな顔でガガを見上げている。 

「…冗談か?」 

「昔はちゃんと似てたんっすけどね…髪色まで一緒だったら区別がつかないってガダードが言ってたなぁ」 

 ビアデット…一体なにをしたらこうも双子が変わるのか…今度聞いてみるか。 

「ギギはどっかに売られたんっすよ。苦役に出る前の年かなぁ…ガダードが俺とギギを並べて…どっちにするかどっちを売るかって。どっちかは戦奴にしなくちゃいけなくて…ごめんなぁギギ…俺は強運の持ち主だった…閣下に出会えたもん」 

 俺に向かって満面の笑顔で首を傾げる中年の男を見ていられず目蓋を閉じる。 

「…瀕死のバロン・シモンズをこいつに渡す」 

「どこで?」 

 奴はトールボットに囚われている設定だ。俺たちが奪還し…貧民街にでも置いておくか。 

「ガガ」 

 目蓋を開けるとより近くに笑顔があった。寒気がするが相手をしている時間はない。 

「…弟に…ロシェルへの攻撃依頼はすべて証拠に残し報告することを伝えろ。その代わりに奴を救い出し渡してやると…組織の根城の場所も聞け…その近くに…置く…ガガ、にやにやするな…気色悪い」 

 根城が正しければ弟の求めるものを解放する。 

「ロシェル様が閣下に出会えてよかったって言ってたの思い出しちゃって、えへ」 

 ロシェルがそんなことを…俺…俺もそうだと言わねば… 

「はは…そうか…」 

「マジかよ…団長…笑った…?…慣れねぇ…」 

 スモークの呆れたような呟きは聞き流し、早く腹を温めてくれと言っているロシェルを頭に浮かべ、邸に戻ることを決める。 

「ガガ、弟を説得しろよ」 

「了解」 

「無理なら殺せ」 

「了解」 


 騎士棟を離れ礼拝堂を過ぎ、離邸の庭へ足を踏み入れる。

 昨夜は燭台の数を最低限にしたが、今夜は明るくするよう指示を出した。所々の芝が張り替えられているのがわかってしまうのは仕方がない。どんなに丁寧にしても長年ならした芝には及ばず、色味も違う。

 思い切り空気を吸い込めば、複数の血が香り、早く雨でも降れと思いながら足を進める。 

 ロシェルの眠る寝室を見上げれば、燭台の灯りが淡く、離れたときと変わらぬ様子に胸を撫で下ろす。 

 トールボットはバロン・シモンズが攻撃するだろう。子爵家の令息が公爵家を攻撃すること自体あり得ないと思うが、奴はあれでもシモンズであり、歪んだ精神の持ち主だ。もしかしたらバクスターの不利な証拠を残している可能性もある。 

 ファミナ・アラントは連絡の途絶えた甥っ子をどう思う?賭場にも別邸にもいないとなれば、さぞ不安だろう。共犯者の失踪に震えているかもしれん。奴の連絡を今か今かと待っているだろう。 

 明日にはジェレマイアの耳にも侵入者の話が入るだろうが、もうなにも言ってこないはずだ。トラヴィスの好色さとステイシーの危うさと気まぐれ、ロシェルに対する俺の想いはジェレマイアに廃嫡の未来を想像させ不安にした。公爵家で育ち、最高位貴族として生きた人生は捨てがたい。それは人として当然と思う。俺のように戦場を体験していなければなおさらだ。 

 葉と葉が触れあう音が聞こえ、足を止めて見上げる。視界を埋める枝葉から幹へ視線を移し、足下の芝を見る。

 なぜか無意識にここへ来ていた。 

 この場所で父上とロシェルはよく過ごしていた。他愛もない会話、触れ合う二人、口づけをする… 

「父上…よかったな…勇気を出して…」 

 あの年の差でよく声をかけ、提案したものだと感心したんだ。死が見えたからと言っても父上のような高潔な男が…踏み止まらなかった。まあ、高潔というのはロシェルに欲を抱いた時点で消えたが。 

 ロシェルのそばでは、ただのジェイデンになれたか? 

「後悔して生を終えたくはない」 

 父上はそう考えた。俺はそう考えて生きていなかった。戦場で死ぬならそれが俺に用意された死なんだろうと漠然と考えていた。 

「今は…あらがう」 

『ロシェルを守れ』 

「ああ…守ってる…喜びも教えた…俺も知った」 

 幽霊など信じないし、あの教国で伝えられている輪廻転生など眉唾だと思っているが、なぜか父上の存在を感じた。 


 扉の前に立ち、三回叩きアプソの名を呼ぶ。ガタン、ガチャンと音が聞こえたあと静かに扉が開いた。

「寝る」 

「…閂はどうします?」 

「俺がいるんだ、必要ない」 

「はい」 

 燭台を持つアプソが廊下を照らし、前を歩き始める。 

「使用人が来る」 

「はい。ロシェル様と共に精査します」 

「ああ。三日後、臨時貴族会議が開かれる」 

「はい。マトリス様の状況報告ですね」 

「いつ戻る予定かわかるだろう」 

 毎日、朝も昼も夜もロシェルの息遣いを感じるほど近くにいたいがそうもいかない。手を伸ばせばしなやかな指を捕まえられる距離で過ごせたなら俺はとてもかなり満足する、がそうもいかない。事業も領地も国政も俺のやるべきことの一つ。 

「…どうでした?」 

「ああ…侵入者か?」 

「はい」 

「バロン・シモンズが話していたとは今捕らえているだろうな」 

「裏組織と繋がるとは…あのシモンズが」 

「陛下に教えたっていいがな」 

 追及したとて、アイザック・シモンズはだからなんだ、証拠はあるか、あるなら息子を騎士隊に差し出すとでも言いそうだよな。 

「シモンズは息子を切り捨てる」 

「継ぐ者がいなくなりますが」 

「血筋など奴にとっては大したことではない」 

「そう言っていましたか?」 

「…なんとなくそう思うだけだ」 

「ならばバロン・シモンズは」 

「殺さず活かす」






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