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臨時貴族会議
しおりを挟む「ディオルド…ディオルド」
臨時貴族会議の終わり際、隣に座るバートラムが体を寄せて声をかけてきた。
「…なぁ…ディオルド」
「…まだ終わっていない」
「だってお前はすぐに帰っちゃうじゃないか」
貴様と無駄話するほど暇ではない。ロシェルが俺の帰りを今か今かと待っていると思えば足は速くなるだろうが。
「公爵である僕が大声で君を止められないだろう?人の目ってものがある」
俺はテーブルを挟んだ正面に座るトラヴィス・トールボットをちらと見る。近衛の報告を真剣なふりで聞いているが、あの頭はなにも聞いていない。
バロン・シモンズは昨夜、解放した。
ガガの弟から聞いた根城は確かに破落戸が集まり、頭と思われる男も確認した。いつでも滅ぼせる組織は弟が言った通り、またすぐに生まれるものと判断し静観することに決めた。
そしてそれに平行してアラント家にも騒動の引き金を引いた。今、アラント家には臭い娘と小物の男はいない。結婚式のあとアラント領地へ旅立った。当分向こうで過ごし、実らぬ腹に無駄な子種を蒔きながら未来を語っているだろう。家には伯と夫人が残り、殺伐とした邸でどう過ごしているか、犬から報告を受けていた。夫人は甥っ子の行方不明にやきもきするだけで動けず、焦りと不安、怒りと欲求不満にまた人を殺す勢いだというなか、俺は伯に媚薬を盛らせた。犬の巧みな誘導によって、喜び勇んで向かった夫人に伯はどう接するか。アラント家がどんなことになっているか俺にはわからん。だが良い方へ向かうはずはない。
「ディオルド、近衛の報告終わったよ」
「わかっている」
「心ここにあらずって顔をしてたじゃないか」
「隣国でグラン教国の奴らがマトリスに接触した…ちゃんと聞いていた…阿呆」
「…君と関係ない話じゃないもんね」
近衛の報告が終わり、マトリスの帰国予定が話され、それによる旅程と警備の話が滞りなく行われる。陛下に視線を向ければ、真剣な顔で書類を読んでいる。窶れていた面差しは少しだが回復したように見えた。
「ディオルド、本当に話があるから少しだけ時間をくれ」
「ああ」
バートラムから訪問願いの手紙は受けていたが、毎回断りの手紙をスタンに書かせていた。どうせ、カサンドラになにか聞いてのことだと思ったからだが、本当に用があったのか?
「ブリアール公爵」
「…トールボット公爵」
会議が終わり、トラヴィスが取り巻きを従え近づいてきた。
「邸に侵入者が入ったと聞いたぞ。まったく…まともに働かぬ者が多くて困るな。我が家にも入ったようでな…使用人に見つかり盗むこともできずに逃げたが…手っ取り早くあるところから盗もうとは…下賎な奴らとは同じ空気も吸いたくない」
トラヴィスの言葉に取り巻きたちは頷いている。その姿に優越を覚えるこの男はいつまでたっても好かない。
「…その通りだな」
珍しく俺が肯定すればトラヴィスはしたり顔になった。
「主の留守中にこそこそと嗅ぎ回る使用人も似たようなものだ…なにを探していたのか…我が邸に誰がいると考えたのか…」
俺の言葉にトラヴィスは顔を強ばらせた。
「…なんの話だ…」
「いや…我が邸に蔓延る虫がな…必死に飛び回るものでな」
「…どこの家にも虫はいる」
「ああ、その通りだ…トールボット公爵…目当てのものは他所で大切に匿っていると知らぬ虫がな…ぶんぶんとな」
俺たちの会話に取り巻きたちは意味を理解できず、聞いていていいものかと困惑した顔だ。
「ブリアール公爵…な…」
「トールボット公爵」
俺は趣味の悪い臭いに耐えながらトラヴィスに近づく。
「…年寄りだがな…まだ生きている…死なんように大切にしているぞ…安心しろ…昔のことをよく覚えていて助かった…面白い話が聞けたものでな」
間近で見るトラヴィスの眼差しが険しくなり、その顔は赤みを増していく。
ステイシーの母親はすでに死んでいるが、一部始終を知る使用人はカサンドラが匿っている。
この男の父親であるトールボット前公爵の第二夫人が可愛がっていた使用人を覚えている者は多い。
人の顔と名をどれだけ覚えられるか、貴族社会ではそれはかなり重要なことだ。たとえ使用人でも、主に贔屓にされている者ならなおさら記憶に残すものだ。トラヴィスは証人の証言に真実味が増してしまうと理解しているから行方を追っている。
「…ディオルド…貴様…」
トラヴィス、お前は俺にとって脅威ではないが邪魔な存在と言える。ロシェルのことは放っておけばいいものを、どうして厭うか…初めての女は特別なのか?その女との子供は特別なのか?ステイシーを溺愛するのはそういうことか?快楽を教えてくれた女か…ふむ…特別だな。お前を理解する日が来るとは…人生とはわからんものだな。
「最近は物騒だ。賊だの、盗っ人だの、侵入者だの…貧しい民が増えたことが原因だが…お互い気を付けるとしよう」
ガガの弟がバクスターの依頼書の存在をトールボットに報せるだろう。それに貴様は金貨を何枚出す?一万か、五万か、十万か…俺は五十万枚要求しろと命じたがな。この赤い顔が青くなる日は遠くない。
「独自に調べたが…破落戸が結託した裏組織があるようだな…そいつらが妻を狙った…許せんよな…俺自身が討伐に参加するか迷っているほどだ」
あまり話さない方が得策だとわかっているが、ロシェルのこととなると冷静ではいられない。
俺はトールボットの混沌に一切関わっていない、と通さねばならない。予想外にバロン・シモンズが弱気になり攻撃をしなければ、バクスターは落馬か、女や窃盗と揉めて、この世から消すと決めている。
「お互い用心は大切だ」
俺はトールボットが喚き出す前に、背を向けバートラムに首を傾げ、行くぞと伝える。
「ディオルド」
会議室を出るとすぐにバートラムが名を呼んだ。
「なにが起こっている?」
「…トールボットの手先が俺の留守に悪さをしただけだ」
「どんな悪さか知りたいよ。君がそれだけ怒るんだからさ」
「怒ってなどいない。知ろうとするな、やめておけ。で?話とはなんだ」
カサンドラから余計なことを聞いて俺を茶化す気か?
「君の想像しているようなことは言わないよ。僕は言ってたろ?ディオルドのなかには甘えた獅子がいるって。ロシェル夫人を本当に愛しているんだな」
俺はバートラムの言葉に足を止める。人気のない場所へ向かいながら話していたから周りに人の気配は少ない。
バートラムの言った、愛という言葉になぜか心臓が跳ねた。
以前ロシェルにこれは愛か、と尋ねたが明確な答えはくれなかった。あの時の俺もそれを流せる心情だったが、今はずれた何かを嵌められたような気持ちになった。
「愛…」
「そうだよ。君がところ構わず戯れたんだろ?女性に触れることさえ嫌悪の表情を隠さなかった君がだ。人の目に触れる場所でも自制が効かないなんて愛しかないだろ?」
俺が人を愛す…俺は誰にも愛されたことがなかった。母親から愛される子供を見たことはある。身分を隠し領地で遊んでいたころ、子の名を呼ぶ母親の眼差しには見たことがない想いがあった。子供のわがままに対し、叱りながらも微笑み、頭を撫でる母親を当時は不思議に思ったものだ。あれが愛と理解したのはいつだったか……戦場だ…辺境で息子を殺された母親たちが無謀にも襲いかかったとき、その嘆きと恨みを持つ瞳に母性愛を見た。
ロシェルが俺に向ける眼差しは、優しさもあるが喜びも欲も含み、時には怒りまで…俺の名を呼ぶときは、以前より少しだけ声が高く艶やかになった。男と女の愛が俺たちには存在している。愛しいと何度思った?何度も思った。毎晩そう思っているだろ。
「ディオルド…?」
「…帰らねば」
ロシェルに愛しているのだと伝えなければ。好いている、そんな程度の思いではないと伝えたい。何度も好きだと伝えたが足りなかったんだ。透き通るような水色の瞳に会わねば…会いたい。
「ちょ…待ってよ!僕は話があるって言ったろ?」
「ああ、お前の言う通り、人目のあるところでロシェルと戯れた。リネン室では激しく戯れた。知りたいことは教えたぞ。もういいな?」
童顔なバートラムの顔が一段と間抜けになった。
「そ!その事じゃないよ!」
バートラムは声を気にしてか辺りを見回した。
「人の視線はあるが声は届かん。大声は届くぞ、気をつけろ」
「あのさ…フランシスなんだけども…」
言い淀むバートラムにさらに近づき見下ろす。
「さっさと言え…俺にはお前にさく時間はない」
「だから何度も訪問願いの手紙を送ったじゃないか…無視したのはディオ」
「バートラム」
俺の逸る心を理解するよう普段より低い声で名を呼べば、世間では愛らしいと評判の顔が困ったように歪んだ。
「フランシスが恋をしたんだ」
全くもってどうでもいい話だ…くそ…
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