ブリアール公爵家の第二夫人

大城いぬこ

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「娘の母親はなぜ死んだ?」 

 俺の言葉に麗しいと評判のシモンズの顔がわずかに歪む。取り引き相手にも常に無表情のシモンズが感情を乱す姿は面白い。 

「 盗賊に」 

「シモンズ、首都では寿命を縮めるんだ」 

 言葉を正しく理解したシモンズの瞳に悲しみと驚きを見た。 

「…知らなかったか」 

 エルマリア・シモンズの母親はこの男にそれを伝えなかったのか。その意味は… 

「愛されていたか」 

 夜の一族は流浪の民と言われる。それには意味がある。森を好むのは森に生かされているからだ。俺がこの事実を知ったのは戦場で会った一族の男から聞いたからだが、シモンズは知っていると思っていた。首都には当然森がない。弱っていくことは本人も知っていたろうが、話していないとなると母親はシモンズを愛していたということだな。 

「俺もな、愛を知ってな…貴様のことを少しだけだが理解した。閉じ込めたくなる。わかるぞ」 

 紫の瞳は涙を流してはいなかったが、わずかに揺れていた。 

「シモンズ、娘を首都に戻すのは止めておけ」 

「…貴殿には関係のないこと…」 

 俺はシモンズが娘を諦めたなら、手紙くらい送ってやってもいいと考えていたが無理か。 

「だな」 

 俺たちの雰囲気に人が集まり始めたようだ。視線が増えたぞ。 

「愛は誰でも愚かにさせる」 

 俺は愚かになった。過保護になった。毎晩抱かなければ満足できなくなった。 

「…私に惚気を言わないでもらいたい」 

「のろけ…?」 

 この俺が惚気ただと…?なるほどな…俺は惚気たのか。 

「悪いな、シモンズ。貴様はもう惚気られんのにな」 

 シモンズの細い肩を叩くと、かなり不愉快な顔を向けられた。 

「用は済んだ。ではな、シモンズ」 

 ロシェルに俺も惚気たと話してやろう。あいつは常にアプソやダフネに惚気を言っているようだからな。急いで帰らねばな。 




「ようこそ、シャンティ様」

「…ロシェル…夫人…お招きいただき…ありがとうございます」 

 黒く長い髪はわずかな飾りだけで、少しつり目の緑の瞳は困惑を出さないようにと強ばってしまった。 

 ジェレマイア様に招かれたメアリア・チェサピーク様に同行したシャンティ様は庭園の散歩中にアプソが連れ出した。説明もうけず、ブリアール公爵邸の奥へ向かうアプソに不安を持ったと思うわ。

 庭から離邸に入ったシャンティ様は私の姿に驚いたように息を止めていた。 

 結局、私がシャンティ様一人だけを招待するのは下らない憶測を生むとジェレマイア様に協力を申し出る形になった。 

「お座りになって」 

 私は今日のために用意したテーブルと椅子に視線を向けてシャンティ様を促す。 

 不安を感じていても微笑みを絶やさないシャンティ様に私も微笑む。 

「申し訳ありません。突然連れ出してしまったこと」 

「いいえ…とても光栄です」 

「そう言っていただけると気持ちが軽くなりますわ。私も緊張していますの」 

 素直に言えばシャンティ様の強ばった肩が下がったような気がした。 エコーが茶器を並べ、紅茶を入れていく。

 少し離れた場所にはアプソとフランシス様、ダフネが立っている。 

「シャンティ様、私の使用人もご一緒しても構いませんか?」 

 シャンティ様の緑の視線が三人に向かい、はいと返事をくれた。 

「ダフネ」 

「はい、ロシェル様」 

 ダフネとフランシス様が共に近づく。 

「ふふ、座って、ダフネ。疲れていない?」 

 フランシス様の世話をしたのだからダフネが疲れていないか心配だった。 

「ご心配ありがとうございます、ロシェル様」 

「シャンティ様、私の世話をしてくれているダフネと、姿は使用人ですけれどフランシス様です」 

 ダフネとフランシス様が座っている間に説明するとシャンティ様は微笑みを消して、使用人のお仕着せを着たフランシス様に視線を向けた。 

「…シャンティ嬢…こんな姿で申し訳ない」 

 フランシス様はカツラを被り、女性用の使用人服を着ている。少年だからか体格的にも違和感はない。 

「…フランシス様」 

 シャンティ様の視線が私にダフネにと忙しなく動く。 

「私はシャンティ様が落ち着くまでここにいますわ。ダフネも信用してください。フランシス様とシャンティ様の会話は誰にも話しませんし、私は…話す友人がいませんから」 

 話す相手がいないと知ればシャンティ様が安心するかと思ったけれど、困った顔をしてしまった。なにか変なことを言ったのかもしれない。 

「ロシェル夫人…コモンドール公爵令息様…」 

 シャンティ様はこの状況を理解したように、肩の力を抜き、自然な微笑みを見せてくれた。 

「シャンティ嬢…」 

「コモンドール公爵令息様、申し出はお断りしましたわ」 

 シャンティ様は紅茶の入った器の取っ手に触れるだけで飲もうとはしなかった。私はいきなり本題に入った二人をドキドキしながら見守った。 

「ロシェル夫人を…ブリアール公爵閣下を巻き込みましたの?」 

 少し諌めるようなシャンティ様の言葉にフランシス様は悲しそうな顔をしたけれど、腹黒いとディオルド様の言っていたことを思い出して、演技かもしれないと疑いながら見守る。 

「君とゆっくり話したかった…シャンティ嬢…お願いがあるんだ」 

「第一夫人にはなれませんわ…私には…」 

 平民の母を持つシャンティ様には私よりも酷くないけれど、令嬢たちが集まれば陰口の対象になる。冷たさを持つ面差しは、女性の私でも美しいと思うほど整っている。 

「母の許可は得たよ」 

 フランシス様の言葉にシャンティ様は眉を寄せた。カサンドラ様の許可は得られないと思っていたのかもしれない。 若い男女の恋の行方に部外者の私がドキドキしている。ここで『あなたが恋しい』を弾いたら…なんて考えてしまう…シャンティ様の未来が決まるかもしれない場で…不謹慎だわ…ごめんなさい… 

「…でも」 

「僕が学園を卒業するまで待ってください」 

 フランシス様はシャンティ様に向かって頭を下げた。女性用のカツラがテーブルに着くほど下げる真摯さに、私も息を飲んだ。 

「第一夫人はコモンドール家門の中から選ぶこと、その令嬢と結婚した一年後に君を娶る許可を得たんだ。僕ができる精一杯の結果なんだ」 

 頭を下げながら話すフランシス様の声は震え、テーブルには雫が落ちる音も聞こえた。 

「だから…どこにも嫁がないでほしい…どこにも行かないでほしい…学園を卒業してすぐに結婚しても…君を待たせてしまうけれど…僕は約束がほしい」 

 フランシス様の気持ちは理解したわ。でもシャンティ様はどうなのかしら?修道院に行くことを考えていた彼女は、この望みに困っているのではないのかしら? 私は視線をシャンティ様に向ける。困ったような、でも嬉しそうな微笑みにフランシス様だけの想いではないと理解して胸が高鳴る。 

「フランシス様」 

 穏やかで優しい声に名を呼ばれたフランシス様はゆっくりと顔を上げた。幼い顔は泣くのを我慢するように歪み、もっと幼く見せた。 

「…シャンティ…嬢…」 

「私のことを考えてくださったのですね」 

 フランシス様はシャンティ様の未来が辛いものにならないよう、愛する人を第二夫人にすることにした。社交界が苦手と言われる彼女には第一夫人の重責は苦痛になると思いやっている。 

「君を…妻にしたいんだ」 

 公爵家令息に求められても嬉しいだけでは終わらない気持ちは理解できるわ。 

 どうしたらいいのかしら…私は…世間話をしたあと、雰囲気を見てピアノに向かおうと思っていた。私の存在がシャンティ様の邪魔をしていないのか気になるわ。 

 シャンティ様の緑の瞳がフランシス様からそれたことに気づいた瞬間、開け放っていた扉から風が吹き込んだ。 

「ロシェル」 

 低く掠れた声が聞こえ振り返ると、髪を乱し額に汗をかくディオルド様が、庭から部屋へ入るところだった。






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