ブリアール公爵家の第二夫人

大城いぬこ

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ロシェルの離邸

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「ロシェル」 

「ディオルド様」 

 小さな臙脂が私を見つめたあと、シャンティ様に移る。 

「シャンティ・チェサピーク。本心を言っていい。フランシスが求める答えでなくても私が許す。バートラムもカサンドラも君の考えを尊重する。私がさせる」 

 力強く、人を従わせるような声音と台詞が私と二人きりの時とは違い、なぜか胸が高鳴ってしまった。 

 ディオルド様の登場にダフネが椅子から腰を上げ、離れる。 

「悪いな、ダフネ」 

 ディオルド様はそう言いながら腰を下ろした。 

「…ディオルド様…会議は」 

 臨時貴族会議がいつ終わるのかわからず、気にしながら出かけたディオルド様が乱れた様子で帰ってきたことに頬が緩んだ。 

「ロシェル、間に合わなくてすまんな」 

「馬で戻りましたの?」 

 馬車で王宮に向かったわ。 

「ああ。俺がいるとシャンティ嬢が萎縮するかと考えたが…結局、フランシスがお前を困らせていないかと心配になってな」 

「ふふ、困っていません。女性用のお仕着せを着ることも受け入れてくれました」 

 愛する人に乞い願う瞬間なのに、女装させてしまって少し申し訳なかった。 

「フランシスがこの場にいるなど微塵でも知られてはならない。アリステリアが飛んで来るぞ」 

「ブリアール公爵」 

 フランシス様の真剣な声にディオルド様は視線を移した。 

「なんだ?フランシス。泣き落としか?小賢こざかしい」 

「公爵は…この場にいてほしくなかった」 

「いるつもりはなかったがな。気になったんだ。仕方ないだろ」 

「シャンティ嬢に気を遣わせたくな」 

「ブリアール公爵閣下」 

 フランシス様の言葉を遮るようにシャンティ様が声を出した。 

「…シャンティ・チェサピーク」 

「座りながらの挨拶をお許しください」 

 シャンティ様は軽く頭を下げ、フランシス様に顔を傾け視線を合わせてからディオルド様に戻した。 

「…兄…チェサピーク侯爵は知っていますのね」 

「ああ…話してある。君の意思を尊重すると。断ってもいい。フランシスは当分泣くことになるだろうがな」 

 フランシス様の硬くなる表情に見ている私の胸が苦しくなる。 

「私の未来を…私が決められる幸福に…兄には常に感謝の思いです」 

 貴族令嬢は家門間を繋げる駒として嫁ぐ。そして生家を離れた瞬間から責任がのし掛かる。格が上の家門に嫁げば、それは比べようがないほど重くなる。第一夫人の立場は高く影響も大きいけれど、常に感情を隠し情勢を見なければならない。それに加えて跡継ぎも産まなければと、生家からも婚家からも重圧を受ける。 

 貴族社会が苦手というシャンティ様は断るのかしら? 

「ブリアールとしてはコモンドールと繋がる必要性もない。私から君に命令を出すこともない」 

 フランシス様の拳が力む様子にシャンティ様をちらと見ると視線が合ってしまった。そらすのはおかしいと思い、微笑む。 

「ロシェル夫人」 

「はい。シャンティ様」 

「…とても穏やかに過ごしていらっしゃるように見えます」 

「はい」 

 私は微笑みながらディオルド様に視線を移す。 

「私は…フランシス様」 

 シャンティ様はフランシス様の拳に触れた。 

「シャンティ嬢」 

 聞きたいけれど聞きたくない、そんな顔をするフランシス様にそわそわしてしまう。 

「…フランシス様が学園を卒業し…第一夫人を娶り…それでも私を求めてくださるなら…お受けします」 

「シャンティ嬢!」 

 フランシス様は椅子から立ち上がり、溢れる感情を抑えるように体を力ませ震わせた。 

「私は生涯をチェサピークで過ごし、家族の役に立つよう努め、いつか身の置き所が失くなったら修道院へと考えていました。ですから…待ちますわ」 

「その時、フランシスが違う令嬢を第二夫人や愛人にしてコモンドールに入れていたら笑えるな」 

 ディオルド様の言葉にフランシス様は険しく睨んだ。けれど、私も少しだけフランシス様の想いを信じきれないでいる。彼はとても若く、感情が先走る年頃だとアプソが言っていたわ。 

「それでも構いません。その時、フランシス様が私を忘れていても構いません」 

 そう言うシャンティ様の表情は強がっているようには見えず、本心からの言葉に思えた。 

「僕…シャンティ嬢…待っていてください…僕の気持ちは信じなくていいです…ただ…あなたは消えないでください…それだけは守ってください」 

 フランシス様に切望されたシャンティ様が小さく頷く姿に胸が高鳴った。目の前で繰り広げられる男女の恋の行方に微笑ましくなってしまう。 

「ロシェル、俺はフランシスが忘れるに金貨五百を賭けるぞ」 

「ブリアール公爵!」 

 この場の雰囲気を壊すディオルド様に頬が緩んだ。 

「ふふ、ディオルド様…そういうことは後で話すことです」 

「お前も乗るか?千にしてもいい」 

「公爵!……シャンティ嬢…手紙は送りたいのです」 

「フランシス、バートラムの名でブリアールに送れ。ロシェルの名でシャンティ嬢に送ってやる」 

 私はディオルド様の提案に頷く。 

「疑われぬ頻度でな」 

「…はい…」 

 注目されている貴族は手紙一つでも行く先を見られている。ディオルド様の気配りに私が嬉しくなった。 

「もう時間切れだ。ジェレマイアがシャンティ嬢不在の理由を誤魔化すにも限度がある」 

「ジェレマイア様は知っているのですか?」 

 フランシス様の真剣な声音にディオルド様は髪をかき上げ、背もたれに身を預けるように体勢を崩した。 

「お前のことは話してはいない。ただ、ロシェルの友人候補として招かせたいと言っただけだ」 

 フランシス様はほっとしたように頷いた。 

 シャンティ様がアプソに連れられ部屋から出ていった後、それを名残惜しそうに見送ったフランシス様は私たちに礼をした。彼はダフネに付き添われ、用意された客室で着替え、裏口からコモンドール邸へ帰る。 


「俺が来るまでなんの話をした?」 

 ディオルド様は体を私に向けて尋ねた。 

「世間話からはじめて本題に…と想像していたのですけど、フランシス様は焦っていたのでしょうか?すぐ本題に」 

「そうか」 

 ディオルド様はクラバットを取り外し、首を締めるボタンを外した。 

「閣下、汗を」 

「ああ」 

 ガガ様が差し出すタオルを受け取ったディオルド様は額や首を拭っている。 

「護衛の馬に乗って戻ったんですよ」 

 ガガ様がディオルド様の前にグラスを置き、水を注ぐ。 

「心配してくださったのですね」 

 私は友人がいないから話術に長けてない。不用意なことを言わないように少し緊張していた。 

「首都の街道は人が多いですからね。馬で駆けるのは危険なんっすよ」 

「ガガ」 

 諌めるようにガガ様の名を呼んだディオルド様を見つめる。 

「無理は駄目です」 

「危険と言っても、俺がではないぞ。街道に飛び出す子供がいる。それと衝突すれば向こうが危険なんだ」 

「貴族の馬車が平民の子供を轢いたなんてのはよくある話っすから」 

 私の知らない外の話に眉をひそめてしまう。

「ガガ」 

「はい。余計な話はしません」 

 ガガ様は口を硬く結んだ。 

「ふふふ、ふふん!」 

 口を閉じたまま鼻息荒く、なにかを言っているガガ様に笑ってしまう。 

「ふふ!面白いです、ガガ様」

「ふふふふんふふふふん」 

 頭を下げて微笑むガガ様の足をディオルド様は蹴った。 

「なんておっしゃったの?」 

「話せ、ません。と、ありがとうございます。だな」 

 ディオルド様の言葉にガガ様は激しく頷き、嬉しそうに手を広げくるっと一回転した。 

「ふふ、さすが長年の付き合いですわ」 

 和やかな雰囲気の部屋には暖かい日差しが入り込み、ディオルド様の横顔を照らしている。彫りの深い目元が影を作り、胸が高鳴った。 

「…フランシス様とシャンティ様が本題に入りそうな時…私は静かにピアノへ移動して『あなたが恋しい』を弾こう…なんて考えていましたの」 

 ディオルド様が口の端を小さく上げて瞳を垂らし、指先で私の頬に触れた。なぜか腰が震えた。 

「ロシェル」 

「…はい」 

「ファミナ・アラントが失踪した」 







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