ブリアール公爵家の第二夫人

大城いぬこ

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夜まで待て

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「ファミナ・アラントが失踪した」 

 離邸に陛下以外の客を招くことは初めてで、ロシェルは昨夜から緊張していた。上手く場を和ませられるのか、二人に不快な思いをさせないよう努めると意気込むロシェルに緊張をほぐしてやると言いながら襲ったんだ。 

「伯が騎士隊に届け出たが、関門近くで乗り捨てられた馬車が見つかった。目撃者によれば、若い男の姿もあり騎士隊は状況から駆け落ちと報告した」 

 この話は外に出ればすぐに耳に入るほど広まっている。だが、離邸に閉じ込めているお前には届いていない。ここで働く使用人は外の話を知っても余計なことを主に話していないことは褒めねばならない。 

 事情を知らぬ来客、フランシスかシャンティ・チェサピークがロシェルに関係する女の失踪を話題に上げる可能性を考え、急いで戻った。シモンズなど別の機会にすればよかったと後悔までした。 

「ロシェル」 

 水色の瞳は俺の言葉を待っている。世間に流れている話が事実ではないと理解している透き通った水色に引き寄せられるように唇を合わせていた。そして額を合わせ、間近で見つめる。 

「もうお前を傷つけることはない」 

 お前がそこまで望んでいなかったとわかっている。痛みも恐怖も絶望も、誰であれ与えたいなどと考えたこともないだろう小さな頭を掴む。 

「ファミナが…若い男性と…?」 

「ああ…」 

 執着的な愛で長く伯を求めていた女が若い男と、とは近くで見ていたロシェルには信じられんよな。

「そういうことになってる」 

 実はビアデットで拷問に近いことをされながら今もまだ首都に、まあまあ近くにいる。などとは言えん。俺はロシェルを怖がらせたくない。 

「…そういうこと…」 

「ああ…」 

「…わかりました」 

 ロシェルの手のひらを頭に感じる。美しい音を奏でる繊細な指先に何度も頭を撫でられながら、水色の瞳が潤んでいくのを見た。 

「…悲しいのか?」 

 ロシェルはファミナ・アラントを憎んでいてもおかしくないと思っていた。あの女の存在が消えたことに多少安堵すると思っていた。 

「…いえ…わかりません…彼女には酷いことをされました…殴られて罵られて…私には歪んだ顔を向けるのに…チュリナにはとても優しい顔を見せる…幼い頃はチュリナが羨ましかった」 

 本音と言えるものを聞き、自分がロシェルの特別になったような気がして嬉しくなった。笑わんように頬を力ませる。 

「お前も俺も母親については運が悪いな」 

「…ふふ…」 

 俺の言葉にロシェルは微笑んだ。水色の瞳をわずかに垂らし、吐息を俺に浴びせながら美しく微笑んだ。近すぎてよく見えないが。 

「そうですね」 

「この間の火事でバクスターが死んだ」 

 合わせている額がわずかに動いた。 

「俺はなにもしていない。偶然かトラヴィス・トールボットに切られたかだな」 

「葬儀…」 

「ああ…三日後に予定されている。遺体はすでに領地へ旅立ったからな…もうバクスターには会えんが」 

 会っても本人かわからんだろう。 

「ロシェル」 

「はい」 

「…教国の奴らが来る」 

「はい」 

「王宮の夜会は…ステイシーと行くが…奴らはブリアール邸に」 

「ふふ、晩餐会ですか?」 

「そんな流れになるだろうな。奴らの目的はブリアールだ」 

「心配しないでください…平気…だって…ディオルド様がいますから」 

 なぜだろうな?お前がだってと言うと愛しさが沸く。 

「ああ…いるぞ…」 

「私は弱くありません」 

「ああ…ロシェル…なぜ…そんなに頭を撫でる?」 

「ふふ、ディオルド様の真似」 

 確かに俺はお前の頭を掴んでいるが。そんなことをされると激しい口づけをしたくなる。 

「ふっふ…」 

 黙れ…ガガ…この雰囲気を壊すんじゃない… 

「ガガ様が呼んでいます」 

「知ってる」 

 ロシェル、本当はお前の性感帯の一つ、耳に触れたいんだ。だが、ここで匂わせるわけにはいかんだろう?だから頭を掴んでいるんだ。明るいうちからお前が欲しくてたまらなくなる。 

「ふふ」 

 ロシェルは魅惑的に笑い、俺と唇を合わせ、あろうことか俺の唇をロシェルの唇で挟んだ! 

「ふっふ…」 

「…まだお仕事がありますのね?」 

 唇を咥えられ舌で舐められ体が硬直した。全身に耐えろと指示を出し、試すロシェルを睨みながら拳を握り、陛下の間抜けな顔を頭に浮かべ誘惑をかわす。 

「ああ…火事の後始末を…頼まれた…王国騎士団長は…マトリ…スと動いているから…な…人手が足りん」 

「わかりました。ふふ、今日は私が焦らされました。ふふふ」 

 なんてことだ…俺が焦らしたことになったじゃないか… 

「ふっふ!!」 

「わかっている!扉を閉めろ!」 

 掴んでいた頭を引き寄せ、望み通り舌をくれてやる。口の中を思う存分蹂躙し、紅が口周りを汚しても止めず、何度も角度を替えて擦り合わせ、唾液をすする。もうこの部屋はロシェルの放つ匂いで満ちた。俺との性的接触でこんなに興奮する匂いを…危険だ…そろそろ止めねばならない。 

「一時間で戻る…一時間…焦らしだ…ロシェル」 

「ごめんなさい…私…夜まで待てます…ディオルド様…急がないで…ちゃんとお仕事」 

「なら唇を咥えるな…」 

「口づけをしてくれたから…いいかと…ごめんなさい」 

 本気で申し訳ないという顔をするロシェルにたぎった。欲がビアデットの丸薬を超えた。だが、ロシェルの困ったような顔が深くなるにつれ、放っていた匂いが止んだ。性的興奮より詫びる気持ちが勝ったようだ。 

「ふっふ…ふふふふんふんふんふっふふふん」 

「ああ…わかった…夜は休みをやる…その時…発散したらいい」 

 俺がなんの話をしているのかと首をかしげるロシェルの乱れた髪を撫でる。 

「ガガが阿呆なことを言っただけだ。ロシェル…そんな顔をするな。しっかり仕事を終わらせ安全に戻る」 

「…はい…」 

「夜だ…夜まで待て…だ…」 

「ふふ、はい」 

 俺は快楽に溺れすぎだろ。この年で知った快楽と愛する女を腕に抱く満足感は手放せん。 


「ふっふ」 

「なんだ?もうそのふざけたやつはやめろ」 

「…閣下…俺の股間がパンパンですけど?」 

「…丸薬を飲むか?俺は落ち着いたぞ」 

「約束通り、夜の巡回は休みますからね?女を連れ込みますからね?」 

 俺は馬車窓から外を見ている。 

「一時間で戻ってこい」 

「え…いち…一人しか抱けないっすよ」 

 何人抱こうとしていたんだ…? 

「ガガ」 

「はい。二時間くれます?」 

「バロン・シモンズはファミナ・アラントを探すだろう」 

「…っすね…大切な叔母上の失踪には納得しないっすよ」 

「ああ…バロン・シモンズは手負いの獣と同じような状態だ」 

「荒ぶってるらしいっす」 

「警戒が必要だ…お前の弟が抑えられればいいが」 

「どうっすかね…ギギは惚れてますからねぇ」 

「…取り柄は顔だけだろ」 

「その顔に一目惚れしたって」 

「性悪のサディストのどこがいいのか」 

「そんなところも好きらしいっす」 

「お似合いだな。だが、バロン・シモンズがブリアールに意識を向けた瞬間、殺す」 

 それは決めている。 

「危険は種でさえ潰さねばな」 

 俺の弱点はロシェルと皆が知った。敵対する奴らの動きに注視しなければならん。 

「毎日痛み止めを飲んで、それでも眠れず麻薬に手を出す手前ってギギが嬉しそうに話してました」 

 嬉しそうに、か… 

「お前の弟は歪みすぎだ」 

「同感っす」 

 麻薬か。自滅が先か?







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