ブリアール公爵家の第二夫人

大城いぬこ

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土の中

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 アプソの声が聞こえた気がして、居室に移動した瞬間、扉が開いた先に簡素な服装のディオルド様を見つけた。 

 おかえりなさいと言う間もないぼと、足早に駆け寄るディオルド様に気付けば抱き締められていた。私に巻き付く腕が少し震えているように思えて、たくましい背中に腕を回して抱き締める。 

「…おかえりなさい」 

「……ああ」 

 小さい返事に、何度も背を撫でながら厚い胸に顔をすり付けたかったけれど、誘っていると言われるかもしれないと思って止める。 

 ディオルド様は疲れているわ。お腹も空いているはず。 

「疲れました?」 

「…少しな」 

「食べますか?」 

「…もう少し…こうしていたい」 

 頭に口づけされた感触がした。 

「俺は…なにがあってもお前と離れん」 

「はい」 

「きっと…眠ることもできん」 

「はい」 

「長生きしろ…ロシェル」 

「はい。ディオルド様も」 

「ああ…できる限り足掻あがく」 

「はい」 

「俺は…生に執着していなかったが…今は無性に死にたくない」 

 どうしたのかしら?火事現場でなにかあったの?酷い光景だったのかもしれない。 

「…教国では生まれ変わりが伝えられていますのね」 

「ああ」 

「もしそうなら…またあなたに巡り会いたい」 

「…ああ…そうだといい…」 

 話が出てから、教国について少し学んだ。 

「そうだといい…だが…俺には無理だ」 

「ディオルド様?」 

「俺は地獄に行くと決まっている」 

 地獄…悪いことをした人が向かう場所。許しを乞うても最後まで神に許されず、試練も越えられなかった者が堕ちる場所。生まれ変わるなど叶わない場所。 

「ディオルド様」 

 名を呼べば、少し腕が緩み顔を上げることができた。泣きそうな顔の愛しい人に微笑む。 

「生まれ変わりはきっとありません。ごめんなさい…あれば面白いと思っただけ」 

 呼吸が止まり鼓動も終えて、肉体が死んだとしても魂と呼ばれるものが神の導きによって天へ向かう。そこで残した者たちを見守り、次の人生まで休む。でもそれは経験してない誰かが勝手に作りあげた物語。想像でしかない話。 

「理想…願い…無念…そして後悔を抱いた人が次こそは豊かな生を送りたいと夢見て作り上げたものです…きっと」 

「俺は地獄に落ちんと?」 

「はい。みんな…土の中です」 

「ああ…人の手で掘れる場所だな…」 

「はい」 

 天も地獄もない。ジェイデン様は今、私の心のなかにいるだけ。鎮魂曲も生きている私たちが安らぎを得たいから奏でているだけ…そう思うほうがしっくりくるわ。教国には夢想家が多いのかもしれない。そんな本を読んで感化されてしまったわ。 

「ふふ、考えてみたら生まれ変わっても離れていたら?会えなかったら?あなたを覚えていない時点で嬉しくないです…ふふ…やっぱり生まれ変わるのは止めましょう」 

「ああ…そうだな」 

「ディオルド様、お腹が空きました」 

「ああ…待ってくれたんだな…ロシェル」 

「はい」 

 穏やかな表情になったディオルド様に微笑む。 




 お前は地獄がないと言う。俺もそう思う。死の先は無だと理解している。だが、俺の決断したことには地獄が似合うと思ったんだ。 

 乳飲み子の叫び声しかしない小屋の中で、宙を見つめる数多の瞳を見つめてから、囚われてしまっていた。だから悪夢を見ていた。 


「あっ…ん…」 

 俺にまた巡り会いたいと言ったお前の想いが嬉しかった。だが、喜びを感じたと同時に悲しくもなった。 

 お前は染み一つない、美しい存在だ。だから、天が似合うと思った。 

「浅いと不満か?」 

 俺たちが繋がる浅いところを緩く突いているだけだ。もどかしい思いをしているだろう。俺自身、奧を突いて激しく擦り、強烈な快感に翻弄されたい。だが、焦らしてやってる。 

「ディ…」 

「ああ…ロシェル」 

 赤く染まるお前が美しいぞ。やはり正常位は見つめ合えていい。喘ぐ唇も震える舌も滲む瞳も俺の胸を喜びで満たしていくんだ。 

「気持ち…いい…です」 

「ああ…俺もだ」 

 一つになる喜びを愛する女と分かち合う。これ以上幸せなことがあるか? 

「一緒に…気持ちいいよな…一緒だ」 

 ロシェルが喘ぎながら微笑んだ。薄暗い部屋に置かれた燭台が銀色の髪を照らして、見たこともないのに天使だと思った。 

「いい…ディオ…」 

 俺の名を呼び、求めるように口を開け、舌を見せるロシェルの誘惑に乗り、腰を進め奧へと向かえば、熱く鼓動する肉壁が吸い付きながら陰茎を握り、理性を失い腰を振るだけのケモノになりそうな感覚に耐えつつ唇を合わせる。 

「ふうん…ん…あ!」 

 口づけをしたのはロシェルが初めてだった。唇を合わせてなにが楽しいのかと疑問に思っていたが、俺はかなり気に入っている。触れるだけの口づけも、お互いの呼吸を乱す激しいものも、相手を渇望しているようで求められているようで好きなんだ。何度でも昼間でもどこででもしたいと思っている。

「…飲めるか?」

「…流れてきます」 

「嫌か?」 

 他人の唾液など不快と思うかもしれん。だが、飲ませたいと思うんだ。俺は変態だからな。 

「嫌なんて…お酒…?の…味がします…食事の後に…?」 

「ふ…ああ…不味いだろ?」 

「…苦いです」 

「今度甘いワインを手に入れよう…気に入ればいいが」 

「ディオルド…もっと」 

「ああ…もっとだな?…ロシェル…素直で…お前は可愛いな…ロシェル」 

 舌を入れてやれば小さな口で咥えて舌で触れたり噛んだり、唾液を飲み込んだりと興奮した水色が俺を見つめながらすることに理性が彼方へ吹っ飛んだ。 

「んんん!ああ!」 

「く…」 

 激しく腰を振れば、ロシェルに強く噛まれた。軽い痛みになぜか嬉しくなり、肌を密着させて容赦なく奧を穿つ。 

「ああ!ああ!」 

 突く度に高い嬌声で啼き、瞳を歪める揺れる顔を見つめながら快楽に堕ちる。 

「なんて…締まりだ…く…そ…」 

 濃くなったような匂いに陰茎は瞬く間に限界を迎え、俺はロシェルの脇をさらして何度も舐めた。 

「やあ!ああ!」 

「ぐっ…く…くそ…」 

 強烈な快感と甘い匂いに支配され、腰を押し付け、もっと奧へともっともっとと子種を吐き出す。 

「はら…」 

 孕め…孕めロシェル…お前に俺の子供を孕ませたい…なに考えてる…冷静になれ…感情的になりすぎだ…ケモノに堕ちるな… 

 密着する体の合間に手を差し入れ、震える膣壁に外から触れる。女が孕む場所に手を置いて、腹を膨らませたロシェルを想像する。 

「愛してる…ロシェル…」 

 ロシェルの返事は聞こえない。荒い呼吸しか聞こえない。 

「盲目なんてものじゃない…もう俺は異常だ」 

 お前に触れる者がいたら、どこであろうと殴り倒す。公爵の体裁など糞喰らえだ。 

「そんな俺も愛していると言ってくれ」 

 焦らした先の強い快感はロシェルの気を失わせた。 

「明日は共に歩こう」 

 エコーじゃなく俺と歩こう。火事現場などどうでもいい。送られる手紙も書類も知らん。





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