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ディオルドからの贈り物
しおりを挟む「すごい人だな」
確かにたくさん人がいるわ。
「ガガ、スモーク、警戒は怠るなよ」
「了解~」
「了解」
ディオルド様は私の肩を抱き、険しい表情で辺りを見回しながら歩いている。
「今夜は夜会だ。ロシェル」
「はい」
「寝ていろ」
「わかりました」
マトリス殿下が首都に着くまでディオルド様はとても忙しく働いていた。連日王宮へ行くこともあった。
「あ!閣下、王太子殿下の馬車が来ましたよ」
ガガ様が歩きながら振り返り、指差す方を見つめる。
街道は近衛隊と王国騎士団の乗る馬の蹄の音が辺りに響き、人々の喧騒と相まってとても騒々しいけれど新鮮だった。
私は生まれて初めて街道脇を歩いている。馬車窓から見ていた場所に立っていることが信じられなくて、ディオルド様に身を寄せる。
「見えんか?ロシェル」
抱き上げようとするディオルド様の動きを察して顔を振る。
「…マトリスの馬車など見ても楽しくはないな」
口の端を小さく上げて笑うディオルド様に頷きで応える。
教国の教主がベルザイオ王国に来訪することは初めてのことで、街道は歓迎の印として白と黄色の花が多く飾られている。
グラン教国の旗色は白と黄金で、さすがに黄金の花は存在せず、黄色い花が使われ、大小種類も様々な花たちに子供たちが群がり眺めている姿に頬が緩んだ。
「コモンドールの家門が彩った」
「とても綺麗です」
「しかし閣下は目立ってますよ。野次馬の視線がくすぐったいっす」
「知るか」
私たちの先を歩くゼノ様もダート様も目立たない服を着ているけれど、やっぱり歩き方や振るまいが騎士に見えているし、ガガ様とディオルド様は大きくて存在感があるから仕方ないわ。
「本当によかったのですか?」
朝から何度も聞いているわ。
「やっと時間があいたんだ。夜会まではお前と過ごす。こういうところは来たことないだろ?」
「はい。街を歩いたことはありません」
「俺も女と歩いたことはないな」
肩を掴む熱い手のひらが少しだけ力を込めた。
「旦那様、着きました」
「ああ」
ゼノ様が店の前で止まり、扉を開けようとしたとき、馬車の車輪の音が私たちの横を通った。
ゆっくりと進む馬車窓からマトリス殿下以外の人影が動き、窓から外を眺めた。黄金色の髪が印象的なその人の視線は私の上にあった。
「…やつが教主だな」
「パルース教主…」
「よく知っているな、ロシェル」
「本で…」
「そうか。ほら、目的地が見えてきた。疲れたろ?いつもなら街道に馬車を停められるが」
「疲れていません。街道を歩けて楽しかったです」
肩を抱く手に触れる。
「…ああ…入ろう」
ゼノ様が開く扉を過ぎ、入った店にはたくさんの宝飾品が並べられていた。
ネックレスから指輪、イヤリングから髪飾りがガラス戸から入る日差しを受けて輝きを放っていた。
「貸し切ってある。ゆっくり見ていい」
ゆっくり…と言っても…
「欲しいものがないか?」
「…たくさん持っています」
「…だな…だが、俺から贈ったものがないだろ?」
確かに私の持っている宝飾品は全てジェイデン様から贈られたものだわ。
「実はな」
ディオルド様が手を振ると、店の端に立っていた男性が近づく。
「見せてくれ」
彼は持っていた箱を開けた。中には透明なダイヤモンドで作られた、形と大きさが違うネックレスが四つ並んでいた。
「俺がここまで選んだが…」
ディオルド様を見上げると臙脂の瞳を垂らして、耳を赤くさせている姿に胸が熱くなる。
「四つとも買ってもいいかと思ったんだが、ガガが…お前と出掛けてはどうかと言うからな…街の飾りも…王宮への行き来で目にしてな…お前に見せたいと思ってな」
「私に…?」
「ああ」
離れている時でも私のことを考えてくれていることに思わずディオルド様の手を握っていた。
「嬉しいです」
「…そうか…き…気に入ったものがあるか?」
ディオルド様の臙脂の瞳がちらとネックレスに移る。 私はもう一度じっくりとネックレスを見つめ、一つを指差す。
「これか?」
「はい」
「一番小さいだろ」
「はい。デザインが…毎日着る…どんなドレスにも合いそうです」
「毎日…着けてくれるのか?」
「はい」
「…そうか…そうか」
透明なダイヤモンドは小ぶりだけれどそれが気に入ったわ。
「ふふ…今日は初めてのことばかり」
「今度はゆっくりと歩くか」
ネックレスをお店で買うことも初めてだった。宝飾品に興味はないけれど、ディオルド様が私のことを考えてくれたことが、とても嬉しい。
「はい」
「着けて帰るか?」
「はい」
嬉しそうに微笑む様子に俺の心も浮き立つ。
商品を邸に運ばせることもできた。実際、何十点かは運ばせ俺が品定めした。だが、悩みだしたら決められず、なら全て買えばいいと思ったが、全てを贈ったときのロシェルの困惑が想像できた。
『ロシェル様を呼んだらどうです?』
並べられた宝飾品を前に何時間も悩む俺にガガが呆れたように言ったが、それも格好がつかんと思い頷けなかった。
『ロシェル夫人の雰囲気に合うと思われる品を選んでみてはいかがでしょうか?』
店主に言われてロシェルを頭に浮かべながら再度、宝飾品を見た。色が着いた石より透き通るほど透明で細かくカットされたものが似合うと思った。
『さすが、ブリアール公爵閣下でございますね。こちらは特級のダイヤモンドでございます。フローレン侯爵領の鉱山から採れたものです』
店主が俺の視線を理解し説明を始めた。
『それでいいっすね?さあさあ仕事に戻りましょうね』
だが、これも捨てがたいと思う品があったことでまた悩んだ。
『もう!いい加減にして!もう!二人でお店に行って、ここの品を全て邸へ送れって格好よく言ったらどうっすか!?お出かけお出かけ!』
俺はガガの助言に従い、ロシェルと出かけると決めた。だが、俺はマトリスの帰国と貴賓の来訪、火事の始末に奔走していた。
トールボットはバクスターの死に打ちのめされていると引きこもったことも仕事を増やす一因となった。
俺は忙しく、庭の散歩も外出も行く時間がなかった。
「髪を上げてくれ…着けてやる」
俺がそう言うとロシェルはわずかに驚きを見せたが、銀色の髪をまとめて持ち上げ背を向けた。
白い項が痕をつけてほしい、吸いついてほしいと言っても我慢し、チェーンを摘まんで首に回し、小さな留め具に苦労しながらなんとかやり遂げた。
「いいぞ」
「ありがとうございます、ディオルド様」
「ああ」
礼を口にしながら振り返ったロシェルの首には髪色と揃いの銀のチェーンと小さくても輝くダイヤモンドがある。
「似合う」
「ふふ、嬉しいです」
「店主、このチェーンと同じものをいくつか包んで送ってくれ」
手入れをする度、付け替えたらいい。
「大切にします」
「…ああ」
この店の品を全て望んでも叶えてやるのに、お前はこの小さなダイヤモンドだけでこんなに嬉しそうな顔をする。
「ロシェル」
思わず抱き締めていた。
「本当に似合う…俺はお前の色が好きだ」
「…はい…」
ここで口付けたいが店主の目がある、と思ったが店主は背を向けていた。 俺は銀色の頭に口づけをして頬を乗せる。
「失くしても気に病むな」
小さなものだ。
「わかりました」
女に贈り物をして、毎日着けると言われてこんなに浮かれるか?危険と思うほど俺はロシェルに心を支配されている。日に日に膨れ上がる想いはどこまでいくんだろうか?
「夜会の準備をするのでしょう?」
「…ああ」
そうだ。風呂に入り着替え、夜会で教主に会わねばならない。 共に行くのがステイシーでよかった。教国の頂点、パルースは美男と言われている。
黄金色の髪は絹糸のように細く柔らかく、非常に整っている厄介な面を持っている。年は俺と近いが二十代後半に見える男だ。そんな男にロシェルを会わせたくない。
こんなことを考えているなど、俺は一体どうしたんだ。女を支配したいなど考えたこともない。危険だ…かなり危険だが…仕方がない。
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