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夜会へ
「お話を聞かせてください」
「ああ」
水色の瞳がゆっくりと俺の頭から足まで見た。その瞳が今は微笑みながら見上げている。
「ふふ、素敵です」
「…そ…そうか?」
お前にそう言われる度にそわそわする。
「ロシェル、顎がこそばゆい」
「ふふ、はい」
優しい指先が顎をくすぐる。ピアノを弾くように滑らかに動く指を口に含んで股まで舌を這わせたい、と欲が沸くがぐっと耐える。
「遅くなる」
「はい」
夜会は好きじゃない。お前の匂いに慣れた鼻はきっと辛くなるだろう。
銀色の頭に鼻を埋めて思い切り吸い込む。
「ミモザだ」
「当たり」
ロシェルの使用する香油は香りをわずかにしている。俺の指示だが、お前に不満はないだろうか?
「離れがたい」
心の声が漏れていた。俺の後ろからガガが音を出し始めた。立ちながら足先で床を叩いている。
「私が眠っていても…抱きしめて眠ってください」
タンタンタンタンタンタン…
「ああ…そうする…起こさんようゆっくり」
タンタンタンタンうるさいな。
「気をつけて」
「ああ」
俺の贈ったネックレスを着けている姿になぜか満足感を覚え、離れがたいとまた思う。
「ほんの数時間でしょうが…今生の別れのような顔して」
愚痴が止まらんな…ガガ…
「最近…共に過ごす時間が少なかった」
日中は王宮や後始末、夜は事業の仕事に領地の報告書とやることが多すぎた。
「そうは言っても毎晩一緒に寝ているでしょ…むんむんだってしてるし…」
「月の物がないときはするだろ」
「閣下の年では珍しいっすよ…ってロシェル様の武器がある…って…あれは閣下のせいなんだから接触を避ければって…ね?」
「無理言うな」
「無理って…閣下…毎晩二時間くらいしか寝てないっすよ?わたくしもですがぁ……あ」
俺の馬車の前にステイシーが立っていた。共に乗ると予定はしていなかったが。
「あなた」
「…なにをしている…ジェレマイアと乗る予定だったろう…」
ジェレマイアの馬車はこの場にない。
「メアリア嬢を迎えに行ったのよ」
「彼女はチェサピーク侯爵と共に向かうと聞いていたが」
「わたくしがジェレマイアに勧めたのよ。なにかいけなかったかしら?」
どうでもいいが、お前がここにいるのなら馬車に同乗するということか…
馬車窓から見える空は日が暮れ始め、なぜか色褪せて見える。ロシェルと共に見たクランバー領地の空を思い出したく、目蓋を閉じる。
あの夕陽は首都では見ることができない。地形のせいと思うが、あの夕陽を思い出すとあの時のロシェルも浮かび、感情も甦った。
あの時は自分の心が定まっていなかったように思う。ロシェルを欲していたが心まで、意識までロシェルのくれるもの全てを欲しいと思っていなかった。ただ触れたい、世話をしたい、大切にしたい、そんな感覚だったが今は明確な想いがある。
「あなた」
「なんだ」
「トールボットに何かしたのかしら」
「バクスターのことか?」
「…いいえ…」
「お前の兄が資金繰りに奔走しているのは俺のせいではない」
トラヴィスから頻繁に送られてきていた手紙が止まったのはバロン・シモンズが攻撃を始めてからだ。
奴は手始めにトールボットの事業の邪魔をし、同じ事業を起こし、客を奪い始めた。そしてトールボット家門の貴族家と関わる事業から手を引く素振りを見せて気を遣わせ、嫌がらせをしている。奴が任されているシモンズ家の事業は多い。
「なにか…を怒らせたか…事業に失敗したか…俺は知らん」
現にトールボットとブリアールの共同事業は問題なく続いている。
「お兄様を攻撃するのはあなたくらいしか」
「そうか?お前は兄のなにを知る?奴の全てを知っていないくせに決めつけるな。奴を恨む者が他に浮かばんか?」
トールボット家門の動きも変わり始めた。チュリナ・アラントを持ち上げていた令息令嬢は、家門の変化に気づき無駄なことを止めるだろう。遊びをしている暇は失くなった。
「…それならあなたが助けてあげて」
「奴が俺にそれを乞うか?」
俺は目蓋を開けてステイシーを見る。父親から受け継いだ桃色の髪をこれでもかと結い上げている。年をとる度、奴に似ていく妻を見る。
「…あなたが一言」
「断る」
「縁戚なのよ…そんな薄情を」
「縁戚の当主が俺の妻をなぜか攻撃した」
「攻撃…?ロシェル夫人は傷ついてもないわ」
「ロシェルを傷つけようと動くことが許せん。お前が望んだことではないことは理解している。奴が勝手に不快に思い勝手に動き…結果…破滅していくだけだ」
「トールボットが破滅なんて…あり得ないわ」
「破滅は言い過ぎたな…落ちぶれるに訂正する」
ステイシーがここまで俺と会話をするのは珍しい。それだけ不穏な雰囲気を感じているんだろう。
トールボットから贈られるドレスも宝飾品も止まり、湯水のように使っていたブリアールの金も制限を考えねばならなくなる。
「落ちぶれ…そんな…まさか…」
「ああ…まさかそんなことが起きないといいな」
俺は視線を外へ移し、街道を見つめる。昼間歩いた街道は白と黄色の花が飾られていて、ロシェル越しに見たそれらは美しいと思ったものだが、同じものを見ているのに今はなんの感情も湧かない。
王宮は街道と同じく白と黄色の花で飾られ、慎ましい雰囲気を作るためか、装飾が少ないように見えるが、用意された酒も多種に渡り、つまめる食事も豪勢なものだ。
「ブリアール公爵」
「…コモンドール公爵、ビアデット公爵」
バートラムとビアデットが夫人を伴い近づく。
「バートラム、食事に金をかけたな」
「誰も食べないけどね」
夜会とはそんなものだが、用意せねばならん無駄なことの一つだ。
「ビアデット」
「…ブリアール…公爵」
「息災か?」
「…はい」
ファミナ・アラントはまだ生きているか。
「ディオルド、ギルバートは今にも倒れてしまいそうな顔色だけどそれはいつものこと…君が気にかけるなんて珍しいね」
バートラムはいぶかしげに俺を見た。
「今夜は貴賓がいる夜会だ。最中に倒れてみろ、国の恥だろ」
「ふぅん…」
片眉を上げて俺を見るバートラムの横でカサンドラが体を傾け見つめてきた。
「ブリアール公爵」
「…カサンドラ夫人」
「今度、訪ねてもいいかしら?」
カサンドラは俺に向かって言っているのだから茶会ではなく用があると伝えたいらしい。
「カサンドラ、ここで話せばいいよ。どうせ訪問願いは断られるよ。ディオルド、ロシェル夫人に感謝を伝えてくれる?」
バートラムの口にした名に頬がひきつる。俺がこいつの訪問願いの手紙を無視したことを未だに根に持っているな。
「…ああ」
コモンドールがロシェルに礼をしたい事態が起こったと言いふらしたようなものだ。
「あら?なんのお話しかしら?」
ステイシーの言葉にバートラムは微笑んだ。
「ははっ、頼み事をしましてね。叶えてくれたのです。夫人が気にすることではありませんよ」
はぐらかすようなバートラムの言葉にステイシーは口を閉ざした。
俺の腕に添えている手がわずかだが震えた。
第一夫人を伴う夜会で第二夫人について話すことはよくある。家では険悪でもこういう場では第一夫人として余裕を見せなければならない。笑って他の妻の話ができる、それが貴族夫人の鑑と言える世界だ。
「わたくしの父であるトマークタス・ベルザイオを慰めに城まで来てくださったの。ジェイデン・ブリアール前公爵の死にとても打ちのめされていたのよ。ロシェル夫人の奏でるピアノに癒されたと聞いたわ」
バートラムはフランシスの件の礼をしたんだろうが、カサンドラは陛下の話に変えた。
「はは、そうそう。おかげで陛下は元気になられたよ」
「まあ、そんなことでしたの?ほほほ」
バートラムの腹立つ顔を睨んでいたら、嗅いだことのある匂いに視線を向ける。そこにはトラヴィス・トールボットが近づく姿があった。
※これから不定期更新になります
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