ブリアール公爵家の第二夫人

大城いぬこ

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歓迎の夜会

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「これはトールボット公爵。参加はしないと思っていましたが…」 

 バートラムの言葉にトラヴィスは頷くだけだった。ふくよかだった顔がやつれたように見えているのは俺だけではないはずだ。 

「葬儀の参列、感謝する」 

 公爵家次期当主の葬儀に参列した者は多く、礼拝堂を飾る花は父上の葬儀に匹敵するほどだった。街から白い花が全て消えたと言っても過言ではなく、突然の訃報にしてはずいぶん手回しがいいのだなと感心したものだ。

 バクスターはあの夜の前に死んでいたと仮定したほうがしっくりきた。金貨二十万の損失はトラヴィスを怒らせ、息子の存在を消させた。 

「大変でしたね。心よりお悔やみを」 

「我が家の者は立ち直りかけている…ステイシー…元気にしていたか?」 

 俺より濃くはないが目の下に隈を作っているトラヴィスにステイシーは頷きで答えた。 

 トラヴィスがちらとも俺を見ないことに、家門に降りかかった災難の原因を勘違いしていると察する。

 あの夜、あの森から逃げた足を引きずる男、モラン・ゲッティは今ブリアールの地下牢に捕らえてある。過去を知る使用人の行方、連絡の取れなくなった秘密を知る子飼いの行方、探すものが多いな、トラヴィス。 

「あ…始まるようですね」 

 バートラムの視線が会場にある壇上に移る。陛下と共にマトリス、そしてグラン教国の教主パルースが現れた。 

 白色と金色を多用した衣装は簡素なものだが、質素に見えないのは奴の容姿のせいだろう。

 黄金色の長い髪は光り輝き、整った面差しに感嘆の声が聞こえる。 

 教国から連れてきた牧師らと神騎士らが会場の端に並ぶ。皆が同じ微笑みを張り付け、体は教主に向けられている姿に俺は気味の悪さを感じた。 

「皆、グラン教国のパルース教主だ。遥々国を越え、我がベルザイオ王国に来てくれたのだ。心から歓迎しよう」 

 陛下に促された教主パルースは顔を上げ、胸の前で手を組み、目蓋を閉じて祈り始めた。短い祈りのあと、パルースは俺たちを見下ろし手を広げた。その姿はまるで神像を真似したようだった。 

「ベルザイオ王国の皆様、パルースと申します。家名はありません、ただのパルースです。突然の訪問をお許しいただき感謝申し上げます」 

 少し高めの声が会場に響く。口の動きは最小限でこの声量を出せることに少しだが驚いた。 

「短い滞在ではありますが、ベルザイオ国民、そして臣下の皆様と親しくなれたらと願います」 

 パルースは広げていた手を胸に戻し手を組んだ。芝居がかったその姿が滑稽に見え、やはり神はいないと再認識した。 パルースの視線が会場を見回し、俺で止まった。確かに視線が合い、人々の関心を引いていた。 

「では、皆…グラン教国と友好を深めるため、歓談の時間としよう」 

 陛下の言葉のあと、緩やかな音楽が流れ始めた。動向が注目されるパルースは陛下に連れられ俺たちの方へ向かっている。 

「ちょうど公爵家当主が集まっているではないか」 

 外面中の陛下はにこやかに笑い、パルースを見つめた。 

「ベルザイオ王国最高位家当主の皆様、パルースです。わたくしのために素晴らしい歓迎の場を設けてくださり、感謝を申し上げます」 

 近くで見ると整った顔は作り物のように見えた。青緑の瞳が輝き、頬が赤みを増した顔はやはり胡散臭さしかなかった。 

「ベルザイオ王国の臣下としてパルース教主を歓迎いたします」 

 この場で一番年上のトラヴィスが応えた。 青緑の瞳は弧を維持したまま、トラヴィスをひたと見つめた。 

「ご子息の逝去は真に残念でした。神の試練は予期せぬ形で与えられます。ご子息の安らぎを心から祈り、ご家族の悲しみに寄り添いたいと思います。トラヴィス・トールボット公爵、邸宅に礼拝堂があると聞きました。祈りを捧げに伺ってもよろしいですか?」 

 トラヴィスの信仰心は薄い。この胡散臭い男と親しくなるほど愚かではないと思うが、今、奴の頭はたくさんの問題を抱え混迷としているだろう。弱っていると言っていい。まるでそれを知って付け入ろうとするような男の言動に警戒してしまう。 

「それはありがたい。忙しい日程のなか、我がトールボットに来てくださるとは光栄ですな」 

「滞在中はたくさんの方と親交を深めたいのです」 

 歓迎の夜会が本格的に始まり、踊り始める夫婦が会場の中央に集まっていく。

 バートラムとカサンドラ、ビアデット夫婦も入っていくが、トラヴィスは残った。 

「バクスターは残念だったな」 

 トラヴィスに聞こえるように小さく呟く。 

「…妻が落ち込んでいる」 

 第一夫人のことだろうな。夜会に参加できないほどか。 

「私は当分引退はできない」 

 トラヴィスにはまだ息子がいるが、バクスターの子に継がせると言っている。首都を離れない意思を見せた。 

「そうか」 

 数多の臭いに頭が痛みだした。新鮮な空気を吸うためにテラスへ向かおうとすると腕に触れていたステイシーの手が力んだ。それは珍しいことだった。

 俺は夜会の度にテラスへ行く。ステイシーはすぐにそれを察し、手を離していた。だが、今夜は様子が違う。

「ジェレマイアは結婚の準備を始めるらしいな」 

「ああ」 

 トラヴィスが会話を続けた。 

「ディオルド…お前か…?」 

 焦げ茶の瞳が険しく俺を睨んでいた。声はかなり小さいが俺には届いた。 

「…なんの話かわからんが」 

「…私を…敵に回すのか…?」 

「すでに敵ではないのか?」 

 トラヴィスは瞳を見開き鼻を膨らませ歯を食い縛りと、見事に感情を表した。 

「トラヴィス…トールボットの不幸を俺のせいにするな」 

「なにを…」 

「モランを利用したろう?」 

「貴様…まさか…」 

 まさかとはなんだ…奴は地下牢でなにを考えているのだろうな。捕まえてから放置しているが、奴とお前が繋がった時点で流れは見えた。 

「わざと家門に入れず…裏で関わるとはお前らしいな…悪賢い」 

 ゲッティ子爵家はどこの家門にも属さない中立家門の一つだったが、それは表向きのものだった。トールボットとは事業も関わっていないが、ゲッティ家の犬に接触すれば、何度か名が聞こえた。 

「糞野郎と知っていて使った貴様に反吐へどが出る」 

 俺の私刑が不問にされた理由を貴様が知らないわけがない。貴族の立場を利用し、平民騎士に己の愚行に手を貸すよう命じ、俺の命令に違反させた男だ。

 奴のせいで加担した騎士は同じく足の腱を切った。絶望した彼らの顔は今も脳裏に焼き付いている。 

 トラヴィス、俺がなにをどこまで知っているのか不安だろうな。平民街の火事が起こった夜、モランが目撃されていることも復旧作業をしているなかで知った。 

「あなた」 

 ステイシーの震えた声が、もう止めろと言っているように聞こえた。 

「…ステイシー…俺は知っている…十二の」 

「ブリアール公爵」 

 トラヴィスが俺の言葉を遮った。その瞳には必死さが見えた。それを見てステイシーは知らないと思い込んでいると悟る。 

「トラヴィス…これは知っているぞ…どう知ったかは…聞いてみろ」 

 俺はあまりの不快感にステイシーの手を払い、その場を離れた。 


 テラスに出ると風が嫌な臭いを流してくれる。 

「閣下」 

「ああ…思い出した」 

「胸くそ悪いっすね」 

「……ああ…不愉快だ」 

 あの時、卑劣なモランを殺しておけばよかったか。貴族籍の男といえ俺のすることには誰も声は上げられなかったろう。 

「閣下の責任ではないです」 

「…そうか?」 

 そうは思わん。俺が団長だった。 

「あの戦場にはたくさんの騎士がいました。閣下の目が届かぬ場所はいくらでもありました」 

 わかっている。俺は万能じゃない。 

「…バクスターの死の真相をモランが知っていようと…もうどうでもいいな」 

「ならば話も聞かず殺しますか?誰に殺されたかもわからず奴は死にます」 

「トールボットは衰える…」 

 トラヴィス…バクスターの依頼を知っていたのか。だから襲撃を見届けさせるためにモランをジャーマン子爵領まで向かわせたのか。知っていたんだな…?トラヴィス…知っていて静観した…それだけで貴様は完全なる敵だ。






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