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コモンドール公爵家2
しおりを挟む浮かせる?
「不安定なのは一瞬だ。怖がるな」
ディオルド様の言葉に頷くと、屈めていた上体を直して背筋を伸ばし組んでいた腕を離され、腰に腕が巻かれた。 太い腕に引き寄せられ体が密着した瞬間、爪先が浮いた。 不快な視線を気にする余裕などなく、少し近づいた臙脂色の瞳を見つめる。
「ディオルド様…」
「任せろ」
私は回り始めた。浮かせていることを誤魔化すためか、私を左へ右へと傾け、微妙に上下に揺らしている。
「ふふふ!」
「…なんだ? おかしいことはないだろ」
きっとおかしいわ。ディオルド様は周りに知られていないと思っているようだけど、回る視界に見える人たちは驚いた顔をしているもの。
「重くないですか?」
ディオルド様は片腕だけで私を持ち上げ、器用に動かしている。
「…少し増えたようだな」
増えた? 体重…なぜ知っているのかしら…ジェイデン様から贈られたドレスが少しきつくなっているのよね。
「申し訳ありません」
「なぜ謝る? 前は軽くて驚いた。もっと食べろ。今でも適正体重とは言えん」
適正体重…貴族令嬢の適正は…細すぎず太りすぎずと食事の管理は他家でも当たり前と思うわ。
「…食べます」
ジェイデン様にも肉を食べなさいと言われている。
「ああ」
ディオルド様は踊るというより、曲に合わせて見よう見まねで動いている、そんな感じだったけれど、なぜか私には違和感なく見えた。
胸を張り、顔を上げて堂々としている…そんな様子がおかしいという雰囲気を消している。私にはできなかったことだわ。
「ステイシー様ともこうすれば踊れたのではありませんか?」
王宮の夜会ではジェレマイア様がデビューしてからステイシー様のダンスのパートナーをされて、ディオルド様は会場に参加するだけだった。 そのこともディオルド様は踊れないと言われる原因の一つだった。
パートナーの足を踏むことは、決してない訳じゃない。一度の過ちで…
「ガガがひらめいてな」
ひらめ……私と踊るために策を練ってくれた?
「奴がメイド相手に踊って見せた」
「ふふ、ディオルド様も練習をなさったのですか?」
今夜のために時間を割いてくれたことにお礼を言いたいわ。
「奴の説明は細かくてな。それを聞けば実践できる」
メイドを相手に練習せずにこれだけ器用に…
「ありがとうございます」
私は唇の動きを最小限にして礼をする。
「…父上…の相手をしている。お前が来て…よく笑うようになった」
ジェイデン様が笑うように…私の前では常に微笑んでいるか、時には声を上げて笑っている。
「自然な笑み…俺は見たことがない」
貴族の親子関係は希薄なもの。ディオルド様を育てたのは乳母や使用人、そこはアラントと変わらないわ。
ディオルド様の臙脂色の瞳がわずかに動いた。
「…アラント夫妻が見ている」
ダンスが始まるまで二人を見かけなかった。予定を変えたのかと安心していたのに。
「不安か」
「…震えていましたか?」
ディオルド様に揺らされて、私の震えなんて伝わらないと思っていた。
「瞳が…若干…潤んだ」
耐えなくてもいい日々は私を弱くしたわ。ファミナとチュリナのいない生活、存在を感じずに信頼できる人がいる生活は想像以上に快適で、二月前を思い出せば恐怖が沸き上がった。
「…情けないのですが…怖くて」
ブリアール公爵家の一員になった私に声を上げることはないだろうし、叩くこともない。
けれど、記憶のなかには目尻をつり上げて高い声で罵るファミナがいる。なかなか消えてくれない。
「過去の記憶に囚われていては前に進めん」
「はい」
曲が終わりに近づいたとき、ディオルド様は腕に力を込めて私を抱き上げた。完全に浮いた状態になり、周りの人たちが驚いている。
「だが…そう思っても…ままならないこともある…過去はお前の一部だ…忘れることなどできんな」
「…はい」
「お前は弱くていい。守る者がいる」
弱い私でいいと言われて胸が熱くなる。ジェイデン様も私の思うようにと言ってくれた。
「ディオルド」
かけられた声に我に返る。
ダンスの曲は終わっていた。コモンドール公爵がライラ様と共に近づいていた。
「仲睦まじいとはこのことだな」
「…放っておけ」
ディオルド様はゆっくりと私を下ろして腕を曲げた。私はその腕に手を添える。
「微笑ましいですわ。揃いの衣装も映えていました」
「ありがとうございます」
ディオルド様はライラ様をちらとも見ずに歩き始め、私はそれに合わせ軽く会釈してから進む。
グラスを両手に持つアプソ様とガガ様が前方に見えた。ガガ様は胸の前で拍手をしている。
「ロシェル様」
「アプソ様、どうでした?」
私が小さく尋ねるとアプソ様がグラスを差し出した。それを受け取り、口に含む。ディオルド様は一気に飲み干し、ガガ様に空のグラスを渡していた。
「周りとは違う動きをしていましたがさほど目立ちませんでしたよ。最後のところは派手でしたが」
離れた場所から見ておかしくなかったか気になっていた。
「そうですか。ディオルド様が気を遣ってくださったのです」
ダンスは得意じゃない者同士、うまくできたと思うわ。
「ロシェル!ロシェル!」
大きな声で名を呼ばれ、つい視線を向けてもガガ様の大きな体しか見えなかった。
「そこを退いてくださる?」
ファミナの声が聞こえる。
「ブリアール公爵閣下」
「アラント伯、珍しいな。この夜会に参加したことはないだろ」
「娘に会いたい一心で…」
お父様の言葉のあと、ガガ様がわずかに体を傾けた。
二月ぶりに会うお父様が見え、少し窶れたように感じた。
「お父様」
「ロシェル」
私の知る優しい眼差しがもう懐かしい。
「ブリアール公爵閣下、親子水入らずで話したいのですけど、よろしいかしら?」
未だにガガ様の体で遮られているファミナの言葉に添えていた手に力が入ってしまった。
「よろしいかだと? 私にどこかに行けと言うのか?」
ディオルド様はさっきより低い声を発した。
「手紙の返事もなく心配していましたのよ。娘の嫁ぎ先と縁戚関係になったはずですのに訪問の許可も頂けず困惑しております」
「ロシェル…体調はどうだ?」
ファミナの抗議と言えるような言葉を聞き流し、お父様に向かって頷く。
「体調とはなんだ? ロシェルは風邪など引いていない。よく食べよく寝て、太ったくらいだ」
女性に対して無神経なことを言ったディオルド様に、対象の私よりガガ様が表情険しく睨んだ。
「閣下、時と場所を考えて発言を」
「事実だろ。ロシェルは越してから顔色も良くなり…笑うからな」
私はディオルド様を仰ぎ見る。臙脂の瞳が私を見下ろしていた。 私はブリアール公爵家に越してからディオルド様と会話はなかったし、見ることもなかった。ジェイデン様から話を聞いていたのかもしれない。
「…そんな言い方をされては…また世間が誤解しますわ。わたくしどもは困惑していますの」
ファミナの言葉に少し驚くわ。公爵家相手に文句を言っているように聞こえる。
「やめなさい、ファミナ。そんなことを言うためにここに来たわけじゃない。私はロシェルと話したくて来た」
お父様が珍しくファミナを諌めた。ファミナも驚いたようにお父様を見ている。
「ロシェル、元気なんだね?」
お父様は頷く私を見たあと、ディオルド様に視線を移した。
「娘になにかあれば…すぐに報せてください」
公の場で私を気遣うお父様は初めてだった。
「…手紙は送る」
「ありがとうございます」
お父様はディオルド様に頭を下げた。
「あなた! アラント伯爵家はブリアール公爵家と縁戚になったのよ? もっと付き合いを深くしなければならないわ。公爵閣下、後日、邸に伺ってもよろしいかしら? ステイシー公爵夫人の催す茶会の参加の許可を頂けると、皆さんにロシェルのことを話せますわ。ロシェルも一緒に夫人たちから学ぶことが多いと思いますの。そうでしょう? ロシェル」
ファミナは私の視界に入るため、お父様を押して姿を見せた。 ガガ様が動いて邪魔をしようとしたけどアプソ様がそれを止めた。
ファミナ…ファミナはもう私に手は出せないし、言葉を荒げて罵ることもできない。それは頭では理解していても、体は違っていた。
甲高い声で罵る声が今も聞こえる。
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