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コモンドール公爵家
しおりを挟むコモンドール公爵邸は最高位と頷けるほどの邸だった。どれだけの燭台を使っているのかと思うほど、邸が輝いている。
「すでに客は集まっているようですね」
アプソ様が停止した馬車の扉を開けた。
ディオルド様が大きな体を屈めて扉を過ぎ下り立つと、人々の囁き声が馬車のなかにまで届いた。 差し出された手を掴んでドレスを踏まないように馬車から下りる。
「ようこそ! ブリアール公爵」
私が下り終わるとすぐに邸の主である、バートラム・コモンドール公爵が出迎えた。
「コモンドール公爵」
「ははっ、今夜の夜会に堅苦しさはよそう。ディオルド」
「…バートラム」
確か二人は年が同じ…学園では仲がよかったのかもしれない。
「さあ、紹介してくれ」
そう言ったコモンドール公爵は体を私に傾けた。機嫌がよさそうに笑う顔に警戒心が薄くなる。
「ロシェル、バートラムだ」
私はディオルド様の言葉に見上げてしまう。コモンドール公爵も私に向けていた笑顔をディオルド様に向けた。
私に紹介するのではなくてコモンドール公爵に私を紹介する流れだったはず。
「はは! 君が女性を紹介する場面なんて珍しいからな! こうなるか!ははは! ロシェル夫人、バートラム・コモンドールです。お会いできて光栄だ」
コモンドール公爵は明るい人のようで声も大きく、身振り手振りが激しい。自身の胸にあてていた手のひらを私に差し出した。
「はじめまして、コモンドール公爵閣下。ロシェル・ブリアールです」
差し出された手を掴もうと動くとディオルド様がコモンドール公爵の手を軽く叩いて下に落とした。
「握手など不要だ。バートラム、ここで客を出迎えるなら俺たちは先に会場へ行く」
「なんてことをするかな。私は話題の人物に会えて感無量で興奮しているのに。ディオルドの硬い頭を溶かしてしまった女性は貴重だからもう少し話したいんだよ」
「行くぞ」
話題の人…私はジェイデン様と離邸に籠っていたから外の話はわからないわ。
「私が出迎える賓客は君たちだけだ。知らないだろうが、この夜会は気さくな会でね。普段は出迎えなどしない」
コモンドール公爵はそう言って私の隣を歩き始めた。
「ディオルド、君が来ると知った人らが招待状をくれと催促した。はは、こんなことは初めてだ。広い会場が自慢なのに人が多すぎて狭く見えてしまうよ」
「下位まで入れたのか?」
二人は私の頭上で会話をしている。ディオルド様の不機嫌そうな声にコモンドール公爵は笑う。
「はは、我が邸は広くてね。ベルザイオ王国全ての当主夫妻が集まっても平気さ」
それは下位貴族もいるということね。
「アラント夫妻は?」
ディオルド様の言葉に触れていた手が少し震えた。
「早々に入ったよ。やっと娘に会える、手紙を出しても送り返され戸惑っている。そんなことを話しているよ」
ファミナが夫人たちを集めて話しているのね。手紙…ジェイデン様が送り返してくれたのね。
「手紙を送り返したのは俺だ。ロシェルはその存在さえ知らなかった」
ディオルド様の言葉にコモンドール公爵が私を見る。
「厳重に囲われている…と聞いているよ」
「はい」
離邸から出ていないのだから、囲われていると言われても頷くしかない。
「ディオルドが派手な色を纏うなんて珍しいから皆が見ているよ」
「見られるくらいどうでもいい」
「はは、見てもいいが話しかけるなって?」
「ああ」
「君の無愛想なところは昔から変わらないな。ロシェル夫人、毎日この男とどんな会話をしているのか気になるよ」
…会話らしい会話をしたことがないわ。でもジェイデン様とはたくさんお話をしているから…
「私のつまらない話をよく聞いてくれます」
ジェイデン様を思い、無難な答えを口にした。
「ほう、ロシェル夫人が話すのか。微笑ましいね」
「ありがとうございます、コモンドール公爵閣下」
「バートラムと呼んでくれ」
「はい」
呼べないわ。きっとこれから会うことも少ないはず。
私たちに注がれている視線が多い。会場近くになると、夫人らが集まって談笑しているけれど視線は向けられている。
「私も紹介しなければ」
コモンドール公爵は呟いたあと、手まねいた。
夫人たちの集まりの中から、鮮やかな青い髪の美しい女性が優雅に近づいてくる。
「ディオルド、ロシェル夫人。私の第二夫人、ライラ・ジョーンズ」
「こんばんは、ブリアール公爵閣下。ロシェル夫人。ライラです」
ディオルド様をちらと見上げると微動だにせず、返事をしなそうな感じを察し、ライラ夫人に向かって微笑む。
「ライラ様、ロシェル・ブリアールです。よろしくお願いいたします」
「ふふふ、こちらこそ」
ライラ様はディオルド様の様子に嫌な顔をしなかった。コモンドール公爵から人となりを聞いていたのかもしれない。
「ロシェル夫人、あちらでお話でもいかがかしら? 皆が待っていますの」
皆を待たせている…そんな言い方をされて断ればなにを言われるか…
「バートラム、まだ始まらんか」
ディオルド様の言葉にコモンドール公爵は軽くため息を吐いた。その様子にライラ様の顔色が変わったように見えた。
「…全員揃っていなくても始められる。私の主催する夜会だからね」
「ならば始めろ」
「はいはい。さっきも言ったけれど彼は学園の頃からこんな感じさ」
コモンドール公爵の最後の言葉は私に向かって言った。
「始めたって踊らないだろう? 君は」
コモンドール公爵のからかいの混ざった言葉に私は頷きそうになったけれど、なんとか耐えた。
ディオルド様は王宮の夜会でも踊らない。ステイシー様の相手をするのはジェレマイア様だった。それには理由が…
「踊らんなどと誰が言った?」
私もコモンドール公爵も驚いてディオルド様を見る。
「え…君…だって…」
コモンドール公爵はディオルド様から私へ視線を移した。その眼差しには哀れみがあった。
「なんだ?」
「…うん…好きにして」
コモンドール公爵は手をヒラヒラと振りながらライラ様と共に離れていった。
「ディオルド様…あの…無理は」
「ダンスなど簡単だろ」
ディオルド様はそのダンスでステイシー様の足を踏んでしまい、一月歩けなくさせた。引きこもりの私でも知っている有名な話。
私…歩いて帰れるのかしら?
「ロシェル様」
私の背後からアプソ様が声をかけた。
「あの話は昔のことです」
そうだけど…
「嫌なら踊らん」
前を向いていた顔はそっぽを向くように逸らされた。その行動が幼く見えて自然と口角が上がる。
「ふふ、嫌なんて…私はダンスが不得手です。転びそうになったら助けてください」
見上げながら伝えるとディオルド様はゆっくりと私に視線を戻し、頷いた。
「はーい、皆さーん。だいたい揃ったようなので始めちゃいます、ははっ」
コモンドール公爵の合図で音楽がダンスの曲に変わった。弾いたことのある曲に頬が緩む。
無言で中央に向かうディオルド様に引かれるように進む。周りの人たちの視線は気にしないようにと思っていても、曲の合間に声は届く。再びピアノを弾き始めてから耳がよくなったのかもしれない。私の名前が聞こえる。
「ロシェル」
低く重い声音が頭上から聞こえた。
「はい、ディオルド様」
見上げると近くに顔があった。
「唇を読める者がいる。顔を寄せて話すが驚くな」
唇を読める…唇の動きでなにを話しているのか声が聞こえなくても理解する人がいるのね。すごいわ。
「はい」
「俺はお前の足を踏む」
やっぱり…踏まれるのね。
「…覚悟はできております」
「ふ…」
ディオルド様の抑えた吐息が耳をくすぐる。 笑ったのかしら?
「対策を練った。お前を浮かせる」
浮かせる?
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