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02.王弟アルバート
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誰もが男の声に息を呑んだが、一番驚いたのは突然求婚された当人ラキシスだ。
男は唖然とする周囲をよそに立ち上がるとラキシスに語りかけた。
「詳しい話をしたい。我が家に来てくれ」
と男はいきなりラキシスを家に誘ってきた。
見知らぬ女性をいきなり自宅には誘うのはとんでもない横紙破りだが、男は平然としている。
「あ、あの……私……」
つっかえながらもなんとか断ろうとするラキシスだが、兄のクレマンが男に声を掛ける。
「つつしんでお受け致します」
クレマンは男を知っているのかうやうやしく礼を執る。
ラキシスは驚いて兄を見つめる。
「お兄様!」
男はクレマンの答えに満足げに頷く。
「では早速参ろう。我が家の馬車に着いてきて欲しい」
「はい、王弟殿下」
ラキシスは兄の言葉に大きく目を見張る。
「王弟、殿下?」
***
馬車に乗ったラキシスは隣に座る兄に尋ねた。
「あの方は王弟殿下なのですか?」
「知らないのか?ああ、確かに彼は普通の夜会には出ないからな。彼はアルバート殿下だ。お前も常勝将軍の御名は知っているだろう」
「あの方があのアルバート殿下でしたか……」
ラキシスも式典でアルバートの姿を見たことはあるが、伯爵家に用意された席からはかなり距離があった。
当然人相など分からない。
「あの方がアルバート殿下だ。しかしいきなりの求婚とは驚いたな……」
とクレマンも眉をひそめる。
「……お兄様、殿下は何故私に声を掛けたのでしょう。何か嫌がらせの類いでしょうか?」
最近悪意に晒されて続けているラキシスは人間不信だ。不安しかない。
だが兄は首を振って否定する。
「そのようなことをなさる方とは聞いていない。知り合いの騎士の話だと、実直で勇敢な方だそうだ。ともかく王弟殿下のお誘いだ。我々に拒否は出来ない」
「……お兄様……」
心配そうに瞳を揺らす妹にクレマンは笑いかけた。
「案外本気の求婚かも知れないよ。彼は最近花嫁を求めていると噂だったから」
「それなら私などより相応しい方がいくらでもおりましょうに……」
話をしているうちに馬車は目的地に着いたようで、馬の足が止まる。
「ようこそお越しくださいました」
馬車から降りるとそこには執事らしい人物が立っていた。
兄妹は館に招き入れられる。
夜なのではっきりとは分からないが、瀟洒な館だ。
絢爛豪華というより、どちらかというと落ち着いた趣味の良い館だった。
その名轟く王弟の屋敷とは思えない程こぢんまりとしている。
通されたのは応接間でそこも最近流行の贅を尽くした調度品ではなく、ふた昔ほど前に流行った家具が並んでいる。
むしろラキシスにはこちらの方が好ましい。
『この方が王弟殿下……』
間近に見るアルバートは身長は並より少し高い程度だが、筋肉が発達し夜会服が少し窮屈そうだ。
目つきも鋭く、表情もどこか隙がない。
軍人と言われれば、大いに納得するような容姿だった。
馬車の車内で兄が教えてくれたが、年齢は二十五歳だそうだ。
アルバートは兄妹を部屋に通すと、
「座ってくれ」
とソファを勧め、自身も対面の椅子に腰掛け、すぐに本題に入った。
「話というのは他でもない。私はラキシス嬢と結婚したい。そちらの条件を伺いたい」
味も素っ気もない求婚だ。
クレマンもこれには面食らった。
「あの……お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「何だろうか?クレマン卿」
「殿下は妹と以前からご存じなのでしょうか?」
「いいや、まったくの初対面だ」
「であれば、殿下は何故、妹を見初められたのでしょう?今、社交界には妹の醜聞が流れております。それはご承知でしょうか?」
「先程聞いた。知っている」
「……妹が悪女と呼ばれていることも?」
ラキシスは兄の言葉にビクッと反応した。
アルバートは頷く。
「もちろんだ。私はその悪女を妻にしたいのだ」
「理由をお聞かせください。あの噂はデタラメです。妹は決して悪女ではないのです」
「何?」
とアルバートは絶句した。
***
今まで王族らしく泰然としていたアルバートが急にあわてた様子で問いかける。
「ラキシス嬢は悪女ではないのか?」
「悪女などではありません。妹ははめられたのです」
「はめられた?」
「はい、元の婚約者だったヘンリー侯爵令息とリディア公爵令嬢に」
「…………」
アルバートは思案げに考え込んだ。
しばらくすると落ち着きを取り戻した様子で、兄妹に尋ねた。
「そうか、何か事情があるなら話してくれないか?」
クレマンは「ラキシス」とそっと妹を促した。
ラキシスは躊躇いながら、話し始める。
「私の目から見たことですから、主観が混じってしまうでしょうが……」
男は唖然とする周囲をよそに立ち上がるとラキシスに語りかけた。
「詳しい話をしたい。我が家に来てくれ」
と男はいきなりラキシスを家に誘ってきた。
見知らぬ女性をいきなり自宅には誘うのはとんでもない横紙破りだが、男は平然としている。
「あ、あの……私……」
つっかえながらもなんとか断ろうとするラキシスだが、兄のクレマンが男に声を掛ける。
「つつしんでお受け致します」
クレマンは男を知っているのかうやうやしく礼を執る。
ラキシスは驚いて兄を見つめる。
「お兄様!」
男はクレマンの答えに満足げに頷く。
「では早速参ろう。我が家の馬車に着いてきて欲しい」
「はい、王弟殿下」
ラキシスは兄の言葉に大きく目を見張る。
「王弟、殿下?」
***
馬車に乗ったラキシスは隣に座る兄に尋ねた。
「あの方は王弟殿下なのですか?」
「知らないのか?ああ、確かに彼は普通の夜会には出ないからな。彼はアルバート殿下だ。お前も常勝将軍の御名は知っているだろう」
「あの方があのアルバート殿下でしたか……」
ラキシスも式典でアルバートの姿を見たことはあるが、伯爵家に用意された席からはかなり距離があった。
当然人相など分からない。
「あの方がアルバート殿下だ。しかしいきなりの求婚とは驚いたな……」
とクレマンも眉をひそめる。
「……お兄様、殿下は何故私に声を掛けたのでしょう。何か嫌がらせの類いでしょうか?」
最近悪意に晒されて続けているラキシスは人間不信だ。不安しかない。
だが兄は首を振って否定する。
「そのようなことをなさる方とは聞いていない。知り合いの騎士の話だと、実直で勇敢な方だそうだ。ともかく王弟殿下のお誘いだ。我々に拒否は出来ない」
「……お兄様……」
心配そうに瞳を揺らす妹にクレマンは笑いかけた。
「案外本気の求婚かも知れないよ。彼は最近花嫁を求めていると噂だったから」
「それなら私などより相応しい方がいくらでもおりましょうに……」
話をしているうちに馬車は目的地に着いたようで、馬の足が止まる。
「ようこそお越しくださいました」
馬車から降りるとそこには執事らしい人物が立っていた。
兄妹は館に招き入れられる。
夜なのではっきりとは分からないが、瀟洒な館だ。
絢爛豪華というより、どちらかというと落ち着いた趣味の良い館だった。
その名轟く王弟の屋敷とは思えない程こぢんまりとしている。
通されたのは応接間でそこも最近流行の贅を尽くした調度品ではなく、ふた昔ほど前に流行った家具が並んでいる。
むしろラキシスにはこちらの方が好ましい。
『この方が王弟殿下……』
間近に見るアルバートは身長は並より少し高い程度だが、筋肉が発達し夜会服が少し窮屈そうだ。
目つきも鋭く、表情もどこか隙がない。
軍人と言われれば、大いに納得するような容姿だった。
馬車の車内で兄が教えてくれたが、年齢は二十五歳だそうだ。
アルバートは兄妹を部屋に通すと、
「座ってくれ」
とソファを勧め、自身も対面の椅子に腰掛け、すぐに本題に入った。
「話というのは他でもない。私はラキシス嬢と結婚したい。そちらの条件を伺いたい」
味も素っ気もない求婚だ。
クレマンもこれには面食らった。
「あの……お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「何だろうか?クレマン卿」
「殿下は妹と以前からご存じなのでしょうか?」
「いいや、まったくの初対面だ」
「であれば、殿下は何故、妹を見初められたのでしょう?今、社交界には妹の醜聞が流れております。それはご承知でしょうか?」
「先程聞いた。知っている」
「……妹が悪女と呼ばれていることも?」
ラキシスは兄の言葉にビクッと反応した。
アルバートは頷く。
「もちろんだ。私はその悪女を妻にしたいのだ」
「理由をお聞かせください。あの噂はデタラメです。妹は決して悪女ではないのです」
「何?」
とアルバートは絶句した。
***
今まで王族らしく泰然としていたアルバートが急にあわてた様子で問いかける。
「ラキシス嬢は悪女ではないのか?」
「悪女などではありません。妹ははめられたのです」
「はめられた?」
「はい、元の婚約者だったヘンリー侯爵令息とリディア公爵令嬢に」
「…………」
アルバートは思案げに考え込んだ。
しばらくすると落ち着きを取り戻した様子で、兄妹に尋ねた。
「そうか、何か事情があるなら話してくれないか?」
クレマンは「ラキシス」とそっと妹を促した。
ラキシスは躊躇いながら、話し始める。
「私の目から見たことですから、主観が混じってしまうでしょうが……」
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