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間話 ヒロイン対策委員会三年分室

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「アンナ・モルゲンが聖女だと」
 報告を聞いた瞬間にフレドリック王子は忌々しげに叫んだ。
「馬鹿な!聖女は私のリーザだ。彼女が一体どれほどの犠牲を払い、人々を助けていると思っているんだ」

 執務室にいた側近達は口々に感想を述べた。
「そんなの皆知ってますよ」
「知らない奴が言ってるんですよ」
「私のって何だよ」
「よろしくないのは、封印の聖女の髪色がピンクなのは事実ってところだよな」
「そう、彼女はそこを利用している」

「リーザの耳には絶対、入れるな」
「無理ですよ。かなり噂になってます」
 言い返されて、フレドリック王子は頭を抱える。
「もう、聞いてしまっているか」

「……殿下」
 とジョゼフィーヌはフレドリック王子に声を掛けた。
「エリザベートなら心配要りません。あの子は案外と強いんです」
「知っている。だけど、傷つかない訳ではない……」


「あのー、この場でこれ言うの、僕、結構度胸いるんですが、重ねて申し上げます」
 とクルトは前置きして言った。
「エリザベートお嬢様がアンナ嬢を苛めているという噂があります」
 フレドリック王子は目を丸くした。
「リーザが?出来る訳ないだろう」
「まあ、僕もそう思います。苛められることはあっても苛めることはないのがエリザベートお嬢様です」

「……内容は?」
「つまんないというか、実質的に無理ってことばかりです。教科書を隠したとか、悪口を言う、おばあちゃんの形見を捨てる、制服に水をかけたなんていうのもありますね」
「私達は三年生、リーザは一年生だ。校舎も違う。どうやって?」
「人にやらせた説と、隙を突いて説があります。共犯は僕とジョゼフィーヌお嬢様です」
「くっだらない」
 とフレドリック王子はおよそ王子らしくない口調で感想を述べた。

「その手間をかけるなら、私は彼女を退学させるぞ」
「ご命じ頂ければクラウン公爵家も」
 クルトはチラリとジョゼフィーヌに視線を走らせる。
 命令があれば、やる気だ。
「お止めなさいよ」
 ジョゼフィーヌは熱意のかけらもない声だが、止めた。
 実際、アンナのしたことと言えば、ちょっとした嘘、それも勘違いと言い張れるようなものばかりだ。
 エリザベートのせいと名指ししたのも、アンナではない。
「私ってフレドリック様と仲が良いから、エリザベート様に嫌われているのかな」
 そう悲しそうに言えば、周囲は勝手に補完してくれる。
 公になってもせいぜい反省文を書かせる程度のこと。

 アンナのやり口は巧妙だ。

 むしろフレドリックやクラウン公爵家が権力を振りかざせば、徒となる。

「王立学園の生徒と保護者に向けて今一度流言の流布を慎むことを徹底させる。今だ公にされていない存在について根拠のない発言は控えるよう、通告する」
 名指しはしないが、察しが良い者はこれが聖女のことを言っているのは理解するだろう。
 学園高等部の生徒会長でもあるフレドリック王子はそう指示した。
 だが、自嘲するように呟いた。
「こんなことで収まるとは思えないがな……」


『ワタクシの時と同じだわ』
 ジョゼフィーヌは密かにため息を吐く。
「殿下、この後来るのはおそらく……」





 ***

「きゃあっ!」

 派手な悲鳴と共に少女が階段を転げ落ちた。

「…………!」
 階段上でエリザベートが急に悲鳴を上げて落ちたアンナを見て、固まっている。
「リーザ、リーザ、大丈夫?」
 黒騎士に覚醒したフレドリック王子の身体能力は常人を遙かに超えている。旋風のごとく疾走してエリザベートに駆け寄り、彼女を抱きしめた。
「はっ、ほぇ?フレドリック様、い、今、女の子が階段から落ちて……」
 突然現れたフレドリック王子相手に身振り手振り交えて一生懸命状況を説明している。

『可愛い…、いやそうではない』
 なるべくエリザベートを安心させるように、精一杯、優しさを込めて声を出す。
「大丈夫だよ、モルゲン嬢は無事だ」
 エリザベートは目をまん丸くする。
「あの人、アンナさんですか?」

 エリザベートが階段下を覗き込むと、ロシェがアンナを支えている。
 礼の三人もアンナを取り囲んで、エリザベートをにらみ付けている。

「アンナさん、怪我は?」
 エリザベートはわたわたとアンナに駆け寄ろうとする。フレドリック王子は多少、苛つきながら、エリザベートの腰をぐっと抱え込んだ。
 アンナはエリザベートに罪を着せようと企んでいた。迂闊に近づけばそれを根拠に今度は何を言いふらされるか知れたものではない。

「大丈夫だ、彼女は光魔法使いだ。怪我など自分で治せるだろう」
「あっ、そうですね」
「それより、リーザは放課後、暇?私と街に行かないか?」
「えっ、よろしいんですか?」
「うん、時間が空いたからリーザと過ごしたいんだ」
 エリザベートはフレドリック王子を見上げてぽーっと顔を赤らめる。
「あの、私も……フレドリック様と一緒に過ごしたいです」

「じゃあ後で」
 約束を取り付けてエリザベート達と別れたフレドリック王子に、男子生徒が駆け寄る。

「殿下」
「何かな?」
 アンナの取り巻きだ。いい気分が一瞬で霧散した。
「先程のこと、アンナはエリザベート様に突き落とされたと言ってます」
「彼女がそう言っているのか」
 静かに問い質すと、男子生徒は満面の笑みを浮かべる。
「はい!」
「ならば、私が言おう。エリザベートはアンナ・モルゲンの体に触れていない。証人はこの私と彼女の護衛。居合わせたのはエリザベートのクラスメイトのようだ。彼女らにも聞くがいい」
「ですが、アンナが……」
「くどい!」
 フレドリック王子が男子生徒をにらみ付けると、さすがにそれ以上は言えずに黙る。


 フレドリック王子は怒りのあまり歩く足が早くなる。
 アリシア達があわてて追いかけるが、置いて行かれる勢いだ。クルトは既に駆け足だ。
「学生のうちだ、あまり厳しい処置は取りたくなかったが、これは駄目だな」
 フレドリック王子が呟いた声をクルトが拾う。

「手を打ちますか」
「ああ、はっきり決着を付けよう。陛下に謁見を願う」
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