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第五章
二、希望と捨て身
しおりを挟む幾ら攻撃をしても、呪に取り憑かれた健司には一撃も当たらない。
『くそっ!』
当たらないのに、健司からの攻撃は面白い程に識神達に当たっている。
器用に瘴気を操り、時に鋭く切り刻み、時に鈍く叩き潰す。
ボロボロだ。
瑞雪と暮雪は、なんだかんだと主の身体だ、自然と斬り込みが浅くなる。
『ぬるいな』
瑞雪の手から錫杖が手放され、宙を舞う。
狼と猿の身体が地面に叩きつけられた。
『ぐぅっ!』
『瑞雪! 暮雪!』
酒呑が鋭い爪を健司に降り下ろす。
途中で火花が激しく散り、寸前で止まると瘴気に取り囲まれてしまった。
『!!』
酒呑の身体が瘴気で蝕まれる。
『ぐわっ!』
瘴気に触れれば触れる程、皮膚が腐食していく。
いくら最凶と呼ばれた酒呑でも、恭仁京を貶める呪の瘴気は耐えられるものではない。
『ぐっ!』
『馬鹿の集まりか? 何度やろうと同じだ』
『オンバダロシヤ、キバの吹く息吐く息、地吹く風、空吹く風に、千里生えたる蔦が一本生きて、根も断ち、葉も枯らす、下には不動の火炎あり、上には五色の雲ありて、早吹き込んだぞ、伊勢の神風』
先程から法術を詠唱している上総も息が上がっていた。
法術を一つ詠唱するのに多大な疲労感が上総を襲う。
修行の身である上総の頭の中に入っている結界解除の法は、極端に少ない。
『フフフ、何か子供が囁いているが効かんな』
『っ!』
健司は無反応だ。
――これも違うのかっ!
識神達が傷付いていく。
瑞雪と暮雪は地に伏したまま、起き上がることも出来ない。
――なんで、どうしてっ!
焦りが募る。
――僕がなんとかしなきゃいけないのに!
『さぁ次はどうする?』
健司の顔で煽ってくる。
――何か間違えているのか? 言葉を一文字でも?
『ノウマク・サンマンダ・バザラダン・センダマカロシャダ・ソワタヤ・ウン・タラタ・カン・マン』
炎が健司を飲み込む。
が、すぐに消えてしまった。以前のように幻覚すら通用しない。
『何か――したか?』
『っ!』
後悔した。
こうなるなら、ちゃんと修行をしていれば、と。
学校に憧れず、健司達に甘えず、ただひたすら修行していれば、こんなに焦ることも、皆を苦しめずに済んだかもしれないのに、と。
『みんな、ごめん』
――どうしたら……。
次第に本当に自信が無くなってきて、声も小さくなる。終いには結界解除の法術を唱えているのか、それとも逆の法術なのか分からなくなった。
――僕が未熟なばっかりに。
『――……』
『上総君?』
――無理だ、僕には……。
頭の中を呪の嘲笑う声が響く。
――僕には呪を祓う力なんて無いんだ。
無能だと、当主失格だと、呪が嘲笑っている。
『先生……先生っ!』
――無理なんだ、僕なんかには。
上総は健司の元へ走った。
『ご当主!?』
『何やってんだ! ガキんちょ!?』
少年の手が健司の腕を掴む。
――もう、僕にはこれしかない。皆が身体を張って頑張っているんだ。
『先生!!』
『恭仁京……血迷ったか?』
口元が笑っている。
『先生!! 聞こえるでしょ! 起きて! 先生、起きて!!』
『ご当主離れろ!!』
『やめろ! ガキんちょ!』
『上総君!!』
――先生だけなんだ、先生だけが呪を祓う事が出来る。僕には無理だから。
『先生!』
皆の声を無視して上総は、呪の中にある筈の健司に呼び掛けた。希望的観測に過ぎないことくらい上総にだって分かっている。気配も消えてしまった健司が、まだどこかに存在をしているだろう、なんて希望を抱いているのは上総だけなのだろう。
だけど、だからこそ、こんな行動に出てしまったのだ。
幾ら遠くから健司の分からない言葉で詠唱し続けても、健司には決して届きはしない。
直接叫ばなければ気付いてくれない。
『先生起きて……お寝坊ですよ。皆、待っているんですよ……お願いだから……』
『……愚かな』
白い長い髪の毛が揺れる。
上総は、美しい――と思ってしまった。
――先生……。
『……あ』
腹に激痛が走った。
――そうだ、僕は愚かな人間なんだ。
『上総君!!』
――何も出来ない、皆の足を引っ張るだけの。
『ご当主!!』
皆の声がする。
『先生……』
腹から熱が全身に回る、痺れる。
『恭仁京』
優しく抱き締められて、更に深く重く全身に痛みが痺れが。
『あ――』
ゴフリ、と口から血が吹き出した。
『上総君!!』
『先生……』
『自ら飛び込んで来るとは、どれ程愚かで世間知らずか』
健司の腕が上総の腹から背に貫通している。
ボダボダと真っ赤な鮮血が地面に音を立て溢れ落ちた。
瑞雪と暮雪が、叫び攻撃をして来る。
難なく交わした健司は上総から腕を抜くと、瑞雪に向かって投げ飛ばした。
『ご当主!』
ヒュゥと息を吐いて、涙を流した。
――ごめんなさい、先生。
瑞雪が頬を叩く。
『しっかりしろっ!』
暮雪と酒呑ががむしゃらに健司に向かう。
――ごめんなさい、お母さん。
『上総君、こんなの望んでいないだろ!?』
錬太郎が傷口に自分の霊力を注ぐ。
――ごめんなさい、ごめんなさい……。
『上総君!!』
錬太郎の声が遠い。
上総は、ゆっくりと目を閉じた。
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