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第一章:ラファル・ウェントゥス
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布ごしに感じる体温に、そっと香る柑橘系の爽やかな香り。ゆっくり視線を上げれば整った横顔が見える。
そのまま今度は進行方向へ流した。長い廊下に等間隔の窓。枠組のデザインは全て、先程の部屋でも使われていたものと同じ月がモチーフになっている。
けどそれもすごいけど、ところどころ金や宝石が使われている。普段ならもっと驚いていたはず。手のひらほど大きな宝石なんか展示会でしかみたことないもの。でも今の私は、それら全部に納得していた。
ここが乙女ゲームの中ならば、と。
「……」
ラファルを見ていて思い浮かんだあのゲーム。広告では確か、選択型のシミュレーションだ、と言ってた気がする。正直、流し見だったからそれくらいしか覚えていない。なんとか概要だけでも、と記憶の糸を手繰り寄せたけど、それらしいことは何一つ出てこなかった。
仕方なしに現状から情報を得ようと試みる。
まず、ラファル・ウェントゥスさん……だっけ。たぶん、『舞い降りて、漆黒の乙姫 』の攻略キャラクターなのだろう。それなら騎士団長なんて役職も当然かもしれない。同様に今いるところも仕えてる場所──つまり、お城や宮殿と言った類ではないかと考えた。
でももし、そうなると余計に困ってしまう。
まさか自分が……乙女ゲームの中に入ってしまうとは夢にも思わなかったから。ゲームといえどこれは想定の範囲外だ。たとえば……。
「…っ!」
一度持ち直されて、今まで以上に身体が密着してしまう。これまた心臓がドキリと音を立てた。そう、たとえばこういうの。ドキドキには耐性がない。こんなことじゃ体力がもたない。
これから何かを選択してくの? 知識ゼロで? 攻略サイト見せてほしい。
なんのアイテムが必要で武器と防具はどこにあるの? そもそも乙女ゲームって何と戦うの??
元の世界ではそりゃたくさんのゲームをプレイしてきた。それこそ新作のRPGは見逃さないし、音楽ゲームも大好きだ。もちろんシミュレーションも良いし、ホラー系も悪くない。でもその中で唯一乙女ゲームだけはまだ未プレイだった。
それは単純に他のものを優先していただけで、いつかやろうとは思っていた。でもまさか、こんな形でプレイヤーになるなんて困惑どころの話じゃない。VRとは比べ物にならないリアル体験が始まっているのだ。
まあ、これが普通のRPGとかなら、初見の攻略情報が見られないなんて全然平気だった。世の中のゲームシステムは似通った部分があるし。きっと、それなりに進めたはずだと自信を持って言える。
けどね、現状で一番問題なのは今回必要になるスキルが恋愛かもしれないということ。
もしそうなら……考えただけでもゾッとする。そんなものゲームでもリアルでも習得してないもの。
今だって、人生で一度も遭遇したことのないシチュエーションに、荷物と化して微動だにせず、やり過ごそうとしているので精一杯なのだから。
そんな中、不意にラファルが足を止める。
「ひとまず、私の部屋でお待ち頂けますか?」
急に話しかけられてビックリする。思わず高速で頷く。承諾を受け取った彼はほどなくして動き始める。
ちょうど彼が手を伸ばそうとしていたのは、白い扉の金の取っ手部分。細い棒のようなそれを軽く下にさげる。そうして押し開けた。
中は日当たりの良いスイートルームと見違えるくらいの部屋。品のいい調度品が並んでいる。
彼は手前にある猫足のソファーとテーブルの横をすり抜け、今は火の灯っていない暖炉の前を通り過ぎる。ジロジロ見るのは悪いかなと思いながら出来るだけ窓際に目を向ける。
その窓のそばにあるの大きなベッド。派手な装飾はされていないけど屋根がついている。パッと見でも寝心地が良さそうなマットレスだし、シーツもピンと張られてる。屋根の端からはレースのカーテンが下がっていた。
これが噂に聞く、天蓋ってやつですか。
その端にそっと降ろされる。拍子に肩から彼のマントが滑り落ちていく。咄嗟に掴むと同じようにラファルも掴む。思わず目が合って先にラファルが微笑む。マントの位置を直しながら言う。
「今、城の者を呼んで参ります。しばらくこちらにいてくださいね」
直してもらった布の端を握りしめて小さく頷く。けどすぐに思い直して離れていく彼の手を取った。
「あの!」
「?」
疑問符を浮かべるラファル。焦って掴んだ手を急いで引っ込める。我ながら、なんて大胆なことをしたのだろう。
恥ずかしくて赤くなる顔を逸らす。けど引き留めた理由くらいは早く言わないと、と再び視線を上げる。
「私まだ名乗ってもいな」
最後まで言う前に私の唇は彼の人差し指に遮られる。一瞬わけも分からず固まって、すぐに動揺と緊張が込み上げた。
これはどういうこと? 静かにしろってこと? もうイベントが始まってるの? 混乱するままに瞬きしながらラファルを見つめる。彼はわずかに瞳を細めて小さく答える。
「それは後程。まずは環境を整えましょう」
言ってから彼は身を翻す。答える間もなく離れていく後ろ姿にふと思う。
やっぱり何か設定があるのだろうか。それなら、そのルールに則らなければならない。
ここが本当に乙女ゲームの世界なら私のやることは一つ。ハッピーエンドだかトゥルーエンドだかを迎え、無事に元の世界へ帰ることだ。
でもそれには必ず誰かの助けが必要になる。そのエンドはたぶん一人じゃ成しえないから。
とりあえず今は彼の言う通りにしておこう。頬の熱は冷めやらぬまま、そんな結論を出す。視線の先のラファルはクローゼットと思しき家具へと向かっていた。
そのまま隣にあるラベンダーのような花を模した紋章の飾りに触れる。すると、微かに廊下の方で鐘の音が鳴り始めたのに気づく。その音にラファルが扉の前まで移動すると、そこからしばらくして部屋にノック音が響いた。
そのまま今度は進行方向へ流した。長い廊下に等間隔の窓。枠組のデザインは全て、先程の部屋でも使われていたものと同じ月がモチーフになっている。
けどそれもすごいけど、ところどころ金や宝石が使われている。普段ならもっと驚いていたはず。手のひらほど大きな宝石なんか展示会でしかみたことないもの。でも今の私は、それら全部に納得していた。
ここが乙女ゲームの中ならば、と。
「……」
ラファルを見ていて思い浮かんだあのゲーム。広告では確か、選択型のシミュレーションだ、と言ってた気がする。正直、流し見だったからそれくらいしか覚えていない。なんとか概要だけでも、と記憶の糸を手繰り寄せたけど、それらしいことは何一つ出てこなかった。
仕方なしに現状から情報を得ようと試みる。
まず、ラファル・ウェントゥスさん……だっけ。たぶん、『舞い降りて、漆黒の乙姫 』の攻略キャラクターなのだろう。それなら騎士団長なんて役職も当然かもしれない。同様に今いるところも仕えてる場所──つまり、お城や宮殿と言った類ではないかと考えた。
でももし、そうなると余計に困ってしまう。
まさか自分が……乙女ゲームの中に入ってしまうとは夢にも思わなかったから。ゲームといえどこれは想定の範囲外だ。たとえば……。
「…っ!」
一度持ち直されて、今まで以上に身体が密着してしまう。これまた心臓がドキリと音を立てた。そう、たとえばこういうの。ドキドキには耐性がない。こんなことじゃ体力がもたない。
これから何かを選択してくの? 知識ゼロで? 攻略サイト見せてほしい。
なんのアイテムが必要で武器と防具はどこにあるの? そもそも乙女ゲームって何と戦うの??
元の世界ではそりゃたくさんのゲームをプレイしてきた。それこそ新作のRPGは見逃さないし、音楽ゲームも大好きだ。もちろんシミュレーションも良いし、ホラー系も悪くない。でもその中で唯一乙女ゲームだけはまだ未プレイだった。
それは単純に他のものを優先していただけで、いつかやろうとは思っていた。でもまさか、こんな形でプレイヤーになるなんて困惑どころの話じゃない。VRとは比べ物にならないリアル体験が始まっているのだ。
まあ、これが普通のRPGとかなら、初見の攻略情報が見られないなんて全然平気だった。世の中のゲームシステムは似通った部分があるし。きっと、それなりに進めたはずだと自信を持って言える。
けどね、現状で一番問題なのは今回必要になるスキルが恋愛かもしれないということ。
もしそうなら……考えただけでもゾッとする。そんなものゲームでもリアルでも習得してないもの。
今だって、人生で一度も遭遇したことのないシチュエーションに、荷物と化して微動だにせず、やり過ごそうとしているので精一杯なのだから。
そんな中、不意にラファルが足を止める。
「ひとまず、私の部屋でお待ち頂けますか?」
急に話しかけられてビックリする。思わず高速で頷く。承諾を受け取った彼はほどなくして動き始める。
ちょうど彼が手を伸ばそうとしていたのは、白い扉の金の取っ手部分。細い棒のようなそれを軽く下にさげる。そうして押し開けた。
中は日当たりの良いスイートルームと見違えるくらいの部屋。品のいい調度品が並んでいる。
彼は手前にある猫足のソファーとテーブルの横をすり抜け、今は火の灯っていない暖炉の前を通り過ぎる。ジロジロ見るのは悪いかなと思いながら出来るだけ窓際に目を向ける。
その窓のそばにあるの大きなベッド。派手な装飾はされていないけど屋根がついている。パッと見でも寝心地が良さそうなマットレスだし、シーツもピンと張られてる。屋根の端からはレースのカーテンが下がっていた。
これが噂に聞く、天蓋ってやつですか。
その端にそっと降ろされる。拍子に肩から彼のマントが滑り落ちていく。咄嗟に掴むと同じようにラファルも掴む。思わず目が合って先にラファルが微笑む。マントの位置を直しながら言う。
「今、城の者を呼んで参ります。しばらくこちらにいてくださいね」
直してもらった布の端を握りしめて小さく頷く。けどすぐに思い直して離れていく彼の手を取った。
「あの!」
「?」
疑問符を浮かべるラファル。焦って掴んだ手を急いで引っ込める。我ながら、なんて大胆なことをしたのだろう。
恥ずかしくて赤くなる顔を逸らす。けど引き留めた理由くらいは早く言わないと、と再び視線を上げる。
「私まだ名乗ってもいな」
最後まで言う前に私の唇は彼の人差し指に遮られる。一瞬わけも分からず固まって、すぐに動揺と緊張が込み上げた。
これはどういうこと? 静かにしろってこと? もうイベントが始まってるの? 混乱するままに瞬きしながらラファルを見つめる。彼はわずかに瞳を細めて小さく答える。
「それは後程。まずは環境を整えましょう」
言ってから彼は身を翻す。答える間もなく離れていく後ろ姿にふと思う。
やっぱり何か設定があるのだろうか。それなら、そのルールに則らなければならない。
ここが本当に乙女ゲームの世界なら私のやることは一つ。ハッピーエンドだかトゥルーエンドだかを迎え、無事に元の世界へ帰ることだ。
でもそれには必ず誰かの助けが必要になる。そのエンドはたぶん一人じゃ成しえないから。
とりあえず今は彼の言う通りにしておこう。頬の熱は冷めやらぬまま、そんな結論を出す。視線の先のラファルはクローゼットと思しき家具へと向かっていた。
そのまま隣にあるラベンダーのような花を模した紋章の飾りに触れる。すると、微かに廊下の方で鐘の音が鳴り始めたのに気づく。その音にラファルが扉の前まで移動すると、そこからしばらくして部屋にノック音が響いた。
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