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第一章:ラファル・ウェントゥス
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しおりを挟む部屋にノック音が響いたあとも、ラファルは扉を開けることなく無言のままでいる。しばらくして先程までと全く違う低く抑えた声を出した。
「そこには誰がいる?」
何かを警戒するような姿に不安がよぎる。ストーリーが勝手に進んでいるのだろうか。外には敵でもいるとか。とにかく今は大人しくしている他ない。ぎゅっとマントを握りしめて待つ。
少ししてラファルが顎に手を添え何かを考え始めた。間を置いて答える。
「では、ルスフェル以外は戻りなさい」
彼がそっと扉を開ける。招き入れられたのは、私と同じくらいの年頃の女性。黒いワンピースに白いエプロンをつけた所謂メイド服を着ていた。でも、私のよく知っているような派手やかな感じではなく、サテンの生地の上品な洋服。髪は遠目にも分かる綺麗な桃色で、三つ編みにして左側の肩へ降ろしていた。
その人物にホッと胸を撫でおろす。とりあえず普通の人みたい。
彼女は入るなり、ラファルと何か言葉を交わす。けど、小さな声だったから内容までは聞こえなかった。
それが再び不安を引き戻す。
あれはどこかに売り飛ばす算段じゃないよね、本当にここに居ていいんだよね、と。ずっとそわそわして落ち着かない。
目覚めた当初は、勇者になって世界を救ってやるぜー!なんて思ってたし、魔法使いでもいいからバンバン敵を倒すぜー!なんて思っていた。まあ、半分寝ぼけた状態ではあったけれど。でも、実際に乙女ゲームの中に入りました、と言われてもいまいち良く分からない。
結局のところ私は何をすればいいのだろう。どうすればエンディングを迎えられるのだろうか。乙女ゲームなのだから恋愛をすればいいんだろうけど、そもそも恋愛ってなに?
とりあえず、攻略対象のラファルが傍にいるのだから、立ち位置としては、ヒロインでいいのかもしれない。でもヒロインの役割……何本か有名なゲームを思い返す。そのどれもが、特殊能力を持ったヒロインだった。
もしかして……。
「…………」
ちょっと手を、足元に翳してみる。何か出て来ても床なら被害は少ないと判断して。うんと力を入れたりしてみたけど、何も起こらない。二、三度うんうん唸りながら手を翳していたら、近くから声をかけられた。
「どうかされましたか?」
慌てて顔を上げる。ラファルが不思議そうな表情を浮かべて、隣の女性もじっと見つめてきていた。
いつの間に戻ってきてたのだろう。全然気づかなかった。軽く首を振って、静かに身を正す。さも何ごともありませんでした、と装うために。
察してくれたのかどうなのかは分からないけど、ラファルがふわりと微笑んだ。
「では、改めて。漆黒の乙姫様、彼女はルスフェル・アルバードと申します。この城の使用人として従事している者です」
ラファルに紹介されたルスフェルが「宜しくお願い致します」と折り目正しく頭を下げる。私も同じ言葉を返しながら慌てて立ち上がり頭を下げる。間近で見た彼女の瞳は、濃い茶色をしていて桃色の髪に映えているな、なんて全く関係のないことを思っていた。
ルスフェルが一歩下がるとラファルが前に出る。彼はわずかに頭を傾けた。
「彼女を侍女として貴女に付けますが、よろしいでしょうか?」
「えっ?!」
驚いて声を上げると、ラファルの顔がわずかに曇る。拒否されたと思われたのだろう。急いで訂正した。
「いや、違います! えっと、そうじゃなくて……もちろん構わないんですけど、いきなりだったものでつい」
「たしかに。驚かせてしまったようですね。身元は明らかですのでご安心ください」
ニコリと彼は笑うけど、侍女がつく、なんてますますストーリーが進んでいくようで落ち着かなくなる。そわそわしていたらルスフェルさんと目が合う。咄嗟に「よろしくお願いしますね」と普段使わない表情筋を動かし引きつった笑みを作ると彼女は軽く会釈した。
やり取りを見ていたのか一拍置いてラファルが口を開く。
「では今後はルスフェルとお呼びください。では、まずは御召し替えを致しましょう。ルスフェル、出来るだけ色味の抑えた服を用意してくれ」
早速と彼は指示を出す。私も、御召し替え、と聞いてまだパジャマだったことを思い出してしまった。そういえば髪も寝癖でグシャグシャじゃないか。今までこの姿で接していたかと思うと、とても恥ずかしくなる。
指示を受けたルスフェルが淡々と「承知しました」と返し去っていく。彼女が部屋を出ていってしまうと再びラファルと二人きりになった。
寝起き姿でイケメンと二人きりなんて、意識しちゃうと急に居た堪れなくなる。ラファルが私の方をみても不自然に視線を漂わせることしかできない。だけど彼は、そんな私を気にすることなく傍に来ると跪いた。そして、自然な所作で私の手を取る。
「──っ! あの」
「漆黒の乙姫様、申し訳ありません。今は貴女の存在を公にすることができないのです」
「それはもちろん……構わないです、けど」
むしろ公にされる方が大問題。未攻略のジャンルは早々に離脱したいし、もしかしたら本物のヒロインなんかが現れるかもしれない。だけど私が了承を告げたら安心するどころか反対に眉根を寄せた。
「本来ならこのような場所にいる方ではないのですが……ご不便を強いることをお許しください。早く解決できるよう私も尽力致します。詳しい説明はルスフェルからお聞きください」
「え? ええ。わかりました」
全くよくわからないけど、とりあえずルスフェルから話が聞けることはわかった。曖昧ながら返事をしたら彼が続ける。
「では、他にも何かあれば城の者へお伝えください。身分を明かすことはできませんが最も重要な客人として手配しておりますので」
「ええ…っ!」
最後に指先に口づけを落とされて、肩がビクッと跳ねる。動揺を悟られないように無理やり笑みを張り付けていたらラファルが立ち上がった。胸元に手を添え一礼し、身を翻すとそのまま部屋を出ていった。
一人になったところで背後のベッドにバタンと寝そべる。
経験がないにしてもドキドキし過ぎでしょ。必死に平静を装ってみたものの、たぶん隠しきれてない。それを裏付けるように、両手で頬を包めばいつも以上の熱を持っていた。
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