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第一章:ラファル・ウェントゥス
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度重なる緊張の疲れからか、はたまたベッドの柔らかさのせいか、少しだけと横になっていたら、いつの間にかウトウトしていたらしい。
何度か叩かれるノック音に反応して無意識に返事をする。それが誰かの入室を許可したことだと気づいたのは、ルスフェルの声が聞こえてからだった。
「失礼致します」
ガチャリと音がして慌てて口の端から垂れかけてる涎を拭い、上半身を起こした。そういえば借りたラファルのマントも皺が寄ってしまっている。ささっと肩から外して軽く畳んで腕にかけた。そしてそのままルスフェルの元へと向かう。
彼女は運んできた大きな布の塊をソファーの端に乗せていた。
「衣装を三着ほどお持ちしました。この中からお好きなものをお選びください」
言いながら布の塊をほどくように一着ずつ丁寧に広げ、テーブルへ並べ始める。返事が遅かったこととか、明らかに寝ぼけ眼なところとか、そういうことには一切突っ込まれなかった。
だから私もなかったことにして、マントをお返ししそのまま衣装を見させてもらった。
黒、紺、深緑、それぞれを基調とした色合いのドレスが三着。ラファルが言っていた通り、どれも控えめな色味だけど……これを着るの?
確かに今はパジャマだし、着替えなきゃ人前に出られないってのも事実。だけど、さすがにいきなりドレスはハードルが高すぎる。いうなれば、さっきまでぼろ布のローブを着ていた人間がいきなり伝説の装備を手に入れちゃったような感じじゃない?
重量計算とか、技量とか必要じゃないのかな。ステータスウインドウとか出ないの? レベルが低い状態でこれを身につけても平気なのか不安になる。なんとか頑張ってルスフェルが着ているメイド服みたいなのなら、いけると思うんだけど。
黙ったままの私に何を勘違いしたのか、彼女は首を傾げる。
「お気に召すものがなければ新たにお持ちしますが」
「え? いえ、新しいのとかは大丈夫です! そうじゃなくて……ルスフェルと同じ感じのものがいいんじゃないかな~って」
「同じ……」
一度、彼女は視線を落とし再度ドレスへ視線を向けた。
「黒色の物でしたらそちらに」
「えっと……うーん……たしかに、そうですね。それにします」
かみ合わない会話。はっきりドレスは無理だと言えればいいんだけど、せっかく用意してもらったと思うと、なかなか口に出せなくなる。仕方なしにアハハと乾いた笑いを返して黒のドレスを手に取った。
ルスフェルが着替えを手伝うと言ってくれたのでその言葉に甘える。一人で着られるものでもないし、ましてや今まで一度も本格的なものは着たことがない。正直未知の世界といっても過言ではない。
まず、用意されていたコルセットで腰元を引き締める。漫画やアニメであるようにギュウギュウに締められた。必要なことだとしても正装に慣れていない私としては涙目ですよ。そのあと、下から履くようにドレスへと着替える。胸の上辺りまで引き上げ、ルスフェルに背中の留め具をつけていってもらった。
最後にホルターネック部分のリボンを首の後ろで結んでもらえば終了なのだが、鏡を見て赤面してしまう。
肩より少し長い黒髪はボサボサだし、心なしか顔もいつもよりくすんでいる気がした。肩とか首元が結構出ていてスースーして落ち着かない。せめてカーディガンとか…ドレスだったらショールかな。何か羽織りたいと思ってしまった。
でも、ドレス自体のデザインは凄く気に入っていた。夜空に星が散りばめられているかのように石があしらわれ、その煌めきが裾の部分まであってキラキラしている。ところどころにあるレースも繊細な模様をしていた。
意外にも着心地は良いので、このままでも構わないのだが人前に出るとなると違ってくる。とにかく髪だけでも整えたい。振り返ると、ルスフェルは残りのドレスを仕舞っていた。
「あの、ルスフェル」
「はい?」
「メイク道具とかってあります?」
時代背景はわからないけど乙女ゲームである以上、そういうものはあるはず。思いきって聞いてみたら納得したように軽く頷き、すぐにソファの方へ来るようにと促された。
とりあえずその言葉に従い彼女の前に座る。ルスフェルは私の左右から垂れている髪をピン止めで留め、目を瞑るようにと言った。
「ラファル様のお部屋にはドレッサーがありませんから、こちらで整えさせていただきますね」
「あ、ありがとうございます」
願ってもない申し出に素直に目を瞑る。温かい布で顔全体を拭かれ、何やらクリームのようなものを塗られた。そうして放っておいてしばらくしたら「お髪に触れてもよろしいですか?」と問われたから「お願いします」と言いながら、体の向きを変える。
ルスフェルは慣れた手つきで私の髪をアップに結い上げていく。自分でやるより断然手際が良い。きっと現実世界にいたら有名モデルのメイク担当とかやってそうだ。
再び鏡を見ると普段よりずっと綺麗に整えられている。これなら誰に見られても大丈夫。
ホッと安堵していると道具を片付けてルスフェルが言った。
「この後はラファル様より漆黒の乙姫様について、お話しするよう仰せ遣っております。ですが、ちょうど昼食の時間になりますのでそちらをご用意させていただいてからでもよろしいでしょうか?」
「もちろん、よろしくお願いします」
「では、すぐにお持ち致しますのでしばしこのままでお待ちくださいませ」
大きな鞄と服を抱えて彼女は部屋を出ていく。ラファルにしてもルスフェルにしてもずいぶん力持ちだな、なんて場違いなことを考える。けどそれも一瞬、次のときにはもう全身の力を抜いてぐだっと椅子に寄りかかった。
「……疲れた」
きっとたぶんこれからチュートリアルが始まるはず。言われた通りに役目を全うしていけば、すぐ元の世界に戻れるはず、と思うんだけど。
正直不安は拭えない。振りきるように窓の外へ視線を移した。
何度か叩かれるノック音に反応して無意識に返事をする。それが誰かの入室を許可したことだと気づいたのは、ルスフェルの声が聞こえてからだった。
「失礼致します」
ガチャリと音がして慌てて口の端から垂れかけてる涎を拭い、上半身を起こした。そういえば借りたラファルのマントも皺が寄ってしまっている。ささっと肩から外して軽く畳んで腕にかけた。そしてそのままルスフェルの元へと向かう。
彼女は運んできた大きな布の塊をソファーの端に乗せていた。
「衣装を三着ほどお持ちしました。この中からお好きなものをお選びください」
言いながら布の塊をほどくように一着ずつ丁寧に広げ、テーブルへ並べ始める。返事が遅かったこととか、明らかに寝ぼけ眼なところとか、そういうことには一切突っ込まれなかった。
だから私もなかったことにして、マントをお返ししそのまま衣装を見させてもらった。
黒、紺、深緑、それぞれを基調とした色合いのドレスが三着。ラファルが言っていた通り、どれも控えめな色味だけど……これを着るの?
確かに今はパジャマだし、着替えなきゃ人前に出られないってのも事実。だけど、さすがにいきなりドレスはハードルが高すぎる。いうなれば、さっきまでぼろ布のローブを着ていた人間がいきなり伝説の装備を手に入れちゃったような感じじゃない?
重量計算とか、技量とか必要じゃないのかな。ステータスウインドウとか出ないの? レベルが低い状態でこれを身につけても平気なのか不安になる。なんとか頑張ってルスフェルが着ているメイド服みたいなのなら、いけると思うんだけど。
黙ったままの私に何を勘違いしたのか、彼女は首を傾げる。
「お気に召すものがなければ新たにお持ちしますが」
「え? いえ、新しいのとかは大丈夫です! そうじゃなくて……ルスフェルと同じ感じのものがいいんじゃないかな~って」
「同じ……」
一度、彼女は視線を落とし再度ドレスへ視線を向けた。
「黒色の物でしたらそちらに」
「えっと……うーん……たしかに、そうですね。それにします」
かみ合わない会話。はっきりドレスは無理だと言えればいいんだけど、せっかく用意してもらったと思うと、なかなか口に出せなくなる。仕方なしにアハハと乾いた笑いを返して黒のドレスを手に取った。
ルスフェルが着替えを手伝うと言ってくれたのでその言葉に甘える。一人で着られるものでもないし、ましてや今まで一度も本格的なものは着たことがない。正直未知の世界といっても過言ではない。
まず、用意されていたコルセットで腰元を引き締める。漫画やアニメであるようにギュウギュウに締められた。必要なことだとしても正装に慣れていない私としては涙目ですよ。そのあと、下から履くようにドレスへと着替える。胸の上辺りまで引き上げ、ルスフェルに背中の留め具をつけていってもらった。
最後にホルターネック部分のリボンを首の後ろで結んでもらえば終了なのだが、鏡を見て赤面してしまう。
肩より少し長い黒髪はボサボサだし、心なしか顔もいつもよりくすんでいる気がした。肩とか首元が結構出ていてスースーして落ち着かない。せめてカーディガンとか…ドレスだったらショールかな。何か羽織りたいと思ってしまった。
でも、ドレス自体のデザインは凄く気に入っていた。夜空に星が散りばめられているかのように石があしらわれ、その煌めきが裾の部分まであってキラキラしている。ところどころにあるレースも繊細な模様をしていた。
意外にも着心地は良いので、このままでも構わないのだが人前に出るとなると違ってくる。とにかく髪だけでも整えたい。振り返ると、ルスフェルは残りのドレスを仕舞っていた。
「あの、ルスフェル」
「はい?」
「メイク道具とかってあります?」
時代背景はわからないけど乙女ゲームである以上、そういうものはあるはず。思いきって聞いてみたら納得したように軽く頷き、すぐにソファの方へ来るようにと促された。
とりあえずその言葉に従い彼女の前に座る。ルスフェルは私の左右から垂れている髪をピン止めで留め、目を瞑るようにと言った。
「ラファル様のお部屋にはドレッサーがありませんから、こちらで整えさせていただきますね」
「あ、ありがとうございます」
願ってもない申し出に素直に目を瞑る。温かい布で顔全体を拭かれ、何やらクリームのようなものを塗られた。そうして放っておいてしばらくしたら「お髪に触れてもよろしいですか?」と問われたから「お願いします」と言いながら、体の向きを変える。
ルスフェルは慣れた手つきで私の髪をアップに結い上げていく。自分でやるより断然手際が良い。きっと現実世界にいたら有名モデルのメイク担当とかやってそうだ。
再び鏡を見ると普段よりずっと綺麗に整えられている。これなら誰に見られても大丈夫。
ホッと安堵していると道具を片付けてルスフェルが言った。
「この後はラファル様より漆黒の乙姫様について、お話しするよう仰せ遣っております。ですが、ちょうど昼食の時間になりますのでそちらをご用意させていただいてからでもよろしいでしょうか?」
「もちろん、よろしくお願いします」
「では、すぐにお持ち致しますのでしばしこのままでお待ちくださいませ」
大きな鞄と服を抱えて彼女は部屋を出ていく。ラファルにしてもルスフェルにしてもずいぶん力持ちだな、なんて場違いなことを考える。けどそれも一瞬、次のときにはもう全身の力を抜いてぐだっと椅子に寄りかかった。
「……疲れた」
きっとたぶんこれからチュートリアルが始まるはず。言われた通りに役目を全うしていけば、すぐ元の世界に戻れるはず、と思うんだけど。
正直不安は拭えない。振りきるように窓の外へ視線を移した。
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