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第三章

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 王都で更なる力をつけようとしたランダー家を、牽制する動きが一部で広まり始めている。そんな噂を聞いたのは、ごく最近のことだった。

 だが、それを裏付けるようにシュヴァーユ家にも、一通の招待状が届く。送り主は、カルフ公爵だった。

 イルティアたちの暮らすカンケル王国は、国王が君主として据えられていたが、実権は議会の方が握っていた。

 さらに議会は二院制。貴族院と庶民院からなっていた。庶民院の議員は選挙で選ばれるが、貴族院は世襲貴族が自動的に議席を与えられる。

 そんな貴族院でも、最近保守派と自由派に政党が別れ始めたのだ。ランダー公爵が古い考えを持つ保守派なら、カルフ公爵は新しい考え方をする自由派だった。

 そんな両家が、互いに夜会を開き、人を集める。そこには、いろいろな思惑も入り交じっていた。

 そしてシュヴァーユ家も、招待に応じて参加する。全ては当主であるザフラの繋がりを、広げるために。

*  *  *

「イルティア」

 ザフラに呼ばれて、彼女は振り返る。Xラインの濃い青のドレス。髪は、一つに束ね後頭部で纏めたシニヨンスタイル。ふわりとアレンジがなされている。髪飾りには、緑の雫が連なるベルが存在感を出していた。

 反対にザフラは、前回と変わらない燕尾服。だが、彼女と並べば、人目を引く。彼はイルティアの手を取ると、彼女が談笑していた相手に断りを入れた。

「すまない、バーベル侯爵夫人。そろそろ妻を返してもらってもいいかな?」

 ブロンズの纏め髪をした、赤いドレスの女性。彼女は、扇を口元に当てコロコロと笑う。

「あら。迎えだなんて、お熱いことね。もっと話していたかったけど、シュヴァーユ公爵閣下にそう言われてしまったら仕方ないわ」
「ごめんなさいね、アリアナ様。また今度、お茶会で話しましょう」
「ええ、楽しみにしてるわ」

 柔らかく微笑んだ夫人に別れを告げて、二人はホールを進む。シャンデリアの光が乱反射し、飾られている宝飾品が、一層煌めいた。

 ここはカルフ公爵邸の大ホール。夜も更けているというのに、ところどころで談笑する声は尽きない。

 その中を歩きながら、イルティアはザフラに問いかけた。

「ところで、どこに向かってるの? 挨拶回りは済ませたのではなくて?」
「応接間だよ」
「休憩するの?」

 今、応接間はホールから退出し、ひと息入れるための部屋になっている。彼女の疑問に、ザフラは否定を返した。

「違うよ。人を見掛けたんだ。挨拶に向かわなきゃいけないと思ってね」
「そんなに重要な方?」
「ああ。だけど、僕より君の方が、かな」
「私……?」

 社交界で特段、挨拶するような相手はいない。イルティアは首を傾げる。再び問いかけようとしたところで、ザフラが足を止めた。そして、片手を上げる。

「フォルミス卿!」

 気づいた相手が、視線を向ける。拍子に、コーラルの髪が肩から滑り落ちていった。

 応接間の前にいたリュクス。彼は、応対していた人物に声をかけ、別れたあとで足早に二人の方へやってきた。

 側に来た彼は、一瞬イルティアに目を留める。けどすぐに、ザフラへと笑みを作り、手を差し出した。

「ご無沙汰してましたね、シュヴァーユ公」
「手紙のやり取りはしてたから、そんな気もしてなかったけどね。だけど、ここで会えて良かったよ」

 差し出された手を握り、ザフラも応えるように笑った。そして、イルティアを前に出すように、その背へ手を添える。

「僕の妻も、君にはすごく世話になっている。だから直接、礼を言いたかったんだ。ね、イルティア」

 声をかけられて、彼女もふわりと微笑んだ。

「ええ、本当に。リュクス様にはおりをしてもらってるわ。役立たずの私をね」

 込められた皮肉に、ザフラがわずかに焦る。

「イルティア。それは今、必要ないんじゃないかな?」
「あら、そうかしら?」
「そうだよ」

 その様子に、彼女はクスクスと笑った。そんな二人のやり取りを見ていたリュクスが、ふっと口元を緩める。

「以前にも増して、仲が宜しいようですね」

 声に気づいたザフラが答える。

「それは、君のおかげでもあるかな」
「私は何もしておりませんよ」
「いや。君のところに行くようになって、日々楽しそうに過ごしてるんだ」

 そこにイルティアも同意する。

「そうね。最近、特にそう思うの。やりがいを見つけた、とでも言えるのかしら」
「ならば、嬉しい限りですよ。私共も、彼女の感性には様々な着想を得ている。それが実際に利益を生んでいるのですから」

 ザフラに言えば、彼は柔らかく微笑んだ。

「お互い、申し分無い関係だということだね。これからも頼むよ、フォルミス卿」
「ええ、こちらこそ」

 固く握手を交わす。そこには、一点の曇りもないように見えた。だが、それでも隠しきれない想いが、溢れ始める。

 互いが手を離したタイミングで、ザフラが「では」と終わりを示唆する言葉を出した。

「僕らは、そろそろ失礼させていただくよ」
「またいずれ、お会いしましょう」
「ああ。行くよ、イルティア」

 かけられた声に、彼女も、別れの挨拶を残して身を翻す。

 その間際、リュクスが声をかけた。

「ティア」
「?」

 彼女が足を止めて、疑問を浮かべる。彼は、短く言葉を告げた。

「また」

 にこやかな笑みを向けて、イルティアも返す。

「ええ、またね」

 そのまま、再びザフラの元に向かう。リュクスは無意識にその姿を追っていたが、すぐに視線を逸らし、もと居た場所へと戻っていった。

 その彼の後ろ姿をザフラは見ていたが、やがて一言呟く。

「…………ティア?」

 掠めた声に、イルティアが反応する。

「どうしたの?」
「……」

 見上げてくる彼女に、しばし間を置く。ややあって瞳を細めた彼は、軽く首を振った。

「いや、なんでもないよ。じゃあ、行こうか」
「ええ」

 差し出された腕に手を添えて、歩き出す。二人の姿を溢れる光輝が包み込んだ。
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