冷血悪魔公爵閣下お願いですから侍女兼花嫁を溺愛しないで下さい

リリス

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序章

とある少女の走馬燈? Ⅱ

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 ザーラ・ナフロレンティーナ・メルダースはごく一般的な明るい茶色ライトブラウンの髪に、濃淡のある菫色の瞳を持つ極々普通の容姿をした乙女である。
 また特段何かに秀でている訳でもない。
 性格はやや天然系だが素直且つ真面目一直線。
 

 よく言えば大人しく働き者……って貴族令嬢に似つかわしくない誉め言葉だがまあ反対に悪く言えば融通が利かないのかもしれない。


 男爵令嬢として必要な教養もしっかり身に着けており、きっと普通に貴族として生きていくには何も問題はなかった筈だった。
 しかし運命とは時としてザーラへ幾つもの試練を与えてしまうもの。

 まだザーラが幼い頃に彼女の実母は流行り病でコロっと亡くなってしまった。
 なのに当時子爵家の三男で入り婿だった父は喪の明けぬ間に新しい妻を男爵家へと迎え入れたのだ。
 然も何故かザーラと一つ違いの、父親の面影がそっくりな異母妹までくっ付いてきたのである。
 

 また当然なのだがそこへ幼いザーラの意思は存在しない。


 そうして新しい家族と生活する中でザーラは徐々に男爵家においての居場所がなくなっていく。
 オルローブ男爵令嬢だった亡き母との約束では男爵位を継ぐのはザーラと彼女の未来の夫となる者の筈だったのだが気づけばそれは何時しか反古となり丁度その頃からだったと思われる。
 幼い頃より婚約者であった騎士爵の次男との関係も少しずつ可笑しくなり、あれよあれよという感じで婚約者は異母妹のものとなればだ。
 男爵家もその二人が継ぐ事と決まってしまった。


 この話を言い渡されたのはふざけた事に今朝である。
 

 然も起床後直ぐにだ。
 幾ら貴族は朝が遅いとは言ってもこれは余りにも酷い、酷過ぎる。

 ダイニングルームで朗らかに微笑んでいる継母と異母妹のマルティナ。
 そしてそんな彼女達に押し切られ、取り繕った様な渋面ともっともならしい言い回しでザーラへ告げる実の父。
 その後の朝食等素直に喉へ通る訳もなく、行儀が悪いと思いつつもザーラは途中で中座した。

 そう行き成りの婚約破棄に家督まで継ぐ事を許されないと告げられ、18歳となったザーラにこの先最早明るい未来絵図等描けよう筈がないのである。


 18歳で婚約破棄――――。
 

 幾ら下位の貴族であろうとも社交界においてこの手の噂は皆大好物。
 それもパッとしない見目の姉よりも父親と同じ煌めく金色の髪に緑色の瞳、大輪の花が咲き誇る様な美しさを持つ異母妹に婚約者だけでなく、家督まで奪われた何とも愚かで無能な姉。
 

 これで当分は社交界や目立つ場所等出られないっていやいやそれどころの話ではない。


 はっきり言ってこんな噂等は75日、気が付けばまた新しいネタで皆勝手に盛り上がるもの。
 だが問題はそこではない。
 現時点でザーラは特急ではないけれども鈍行の普通列車でもない。
 程々の準急列車で敷かれたレールを踏み外す事もなく普通の幸せと言うか人生を送る筈だったのだ。
 それが朝起きれば行き成り行き遅れ路線へと切り替えられ、直ぐにでも嫁入り先が見つかるのであればいいのだが、もし見つからなければ領内にある修道院で静かに一生を過ごす……のもいいのかもしれない。


 何故ならザーラは母親を亡くしてより家族の愛情を感じた事は一度もなかった。
 そう……実の父親でさえである。


 幼い頃よりザーラを除いての三人は仲の良い愛情溢れる親子だった。
 継母は美しい顔立ちをしているのだが元は平民の出なのである。
 それも数年前に知った事であるのだが、二人は両親が結婚する前から想い合う恋人同士だったらしい。
 当時婚約者であったザーラの母の為に二人は泣く泣く引き裂かれ、その邪魔な彼女の母が亡くなった途端晴れて二人は正式な夫婦となったのだ。
 

 勿論反対はあったのだ。

 それはザーラの祖父母――――つまり先代のオルロープ男爵夫妻である。
 だがそれも将来ザーラへ男爵位を継がせる事を条件として無理やり認めさせたのだ。
 しかし今はその祖父母はもうこの世にはいない。
 昨年祖母が亡くなると後を追う様に彼女の祖父も亡くなってしまった。
 だから事実上ザーラの味方はこの世の何処にも存在しない。

 齢18にしてザーラは生きていく事に対し正直疲れてもいた。
 それだからこそ生涯を清い身のまま修道院で静かに、そして穏やかに過ごすのもいいのかもしれないと思ったのだ。

 しかし現実はそんなに甘くはない。
 最早男爵家では邪魔者の静かに自室へ戻ろうとするザーラへ、実の父親よりある意味死刑宣告をされたのである。

「部屋へ戻る必要はない。これより直ぐお前は王都チェルハにある豪商ベーアの妾となるのだ」
「め、妾? 豪商ベーア……ってどういう事なのですかお父様!?」

 妾……貴族でもなく平民の?

「承服出来ません、私は修道院で静かに――――」

 そうもう静かに生きていきたい。

「修道院? 何を寝ぼけておるのだ。お前は昨年の商売で負債の代わりになるべくベーアの許へ行かねばならぬのだ。さあ話が終われば早く行くがよい」
「い、嫌です、私は絶対に――――」
「豪商ベーアは色狂いの好色家としても有名だからな。若いしか取り柄のないお前でもせいぜい可愛がってくれるだろう。早く娘を連れだせ!!」
「いやああああああああああああああああ!!」



 最後に家族……あれを真実家族と呼んでいいものだろうか。
 下卑た笑みを湛える父とそんな父にしなだれかかる継母はこれ以上ないくらいの晴れ晴れとした笑顔でザーラを見つめていた。
 また異母妹のマルティナはと言えば何時も通り蔑んだ笑みをザーラに向けているのは最早通常運転なのだろう。

 そうして半ば……しっかりと身売り同然の様に屋敷より放り出され、有無を言わさず乗り慣れたぼろぼろの馬車へと押し込められてしまった。
 ザーラ自身最初から抵抗しても無駄なのもわかってはいた。

 それにしても嫁入り?相手はザーラよりかなりの年功者、おまけに趣味嗜好はさておき何故に正妻ではなく妾なのだろう。
 どうして穏やかで平和な人生を送る事が出来ないのだろうか等と、ザーラは揺れの酷い馬車の中でつらつらとこれより先の未来について考えを巡らせていた。


 だから直ぐには気が付かなかった。

 いや昔から気づいてはいた。
 マルティナは昔からザーラを嫌っていた事を。
 そしてザーラのものを何でも欲しがり無理やり奪っていく事も……。
 それはお菓子に始まり小さな小物やドレスに靴……物ならばまだ諦めもついたのだ。
 だがマルティナの欲しがり癖はそれだけですまなかった。

 ザーラの婚約者や家督だけでなく、ザーラの命そのものまでも欲しがったのである。

「へへ、冴えないお嬢様には悪ぃけれどな。ま、これも仕方ねぇよな。なんつってもお美しいマルティナお嬢様のお願いだからさ。あんたを殺せば俺は一生お嬢様と仲良くしてくれるって言うんだもんな。あ、やべぇ……後の事を考えただけでも俺のがおっ勃ってきやがるぜ。じゃあな
「ま、待って――――⁉」

 ザーラが命乞いをする間もなく御者により馬車はあっという間に崖へと堕とされてしまった。

 逃げる間もなく凄まじいスピードで馬車ごと奈落へ向かって堕ちていく。

 これぞ絶体絶命最早助かる術はなし――――と完全に諦めかけたザーラは儚かった自身の人生へ別れを告げた。
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