月が導く異世界道中

あずみ 圭

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六章 アイオン落日編

人の業は深し

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「では、秘薬アンブローシアをご注文と言う事でよろしいですか」

「よろしく頼む」

「はい。既にギルド長からお聞きになっているかと思いますが、料金の金貨400枚は全額前金で頂戴します」

「作法としては前金と後金で半々というのが通常とも聞かされたがな」

「……何しろ初対面で鑑定団を引き連れて脅迫紛いの事をされておりますので。互いの信用という意味では、残念ながらマイナス。材料の調達、製薬と手順を踏んだ上でお代を頂けないのはとても困ります。ご容赦ください」

「ザラを介してその件は一切貸借無し、とした」

「はははは。建前はそうですね。心情的なものですよ、ギルド長が全額前金の提案を呑んで下さったというのが、全てを説明しているとお考え下さい」

「……」

「……」

「君が、きちんと店にいてこちらの用件を耳に入れて動いてくれさえすれば、鑑定団まで動かす必要は無かったのだ」

「秘薬の件すら秘密にしたままでは、ウチの者も冷やかしではないかと警戒したようですね」

 バチバチと小さな火花が散る会話。
 クズノハ商会の応接室で僕はネチーキトス鑑定団のトップらしい人物と対面していた。
 商談だ。
 鑑定団の件をザラさんに聞いてみた所、僕につなぎを付けたかったこの人があの手この手を尽くしたけれど不発。
 業を煮やして自身の使える最も強力な手札である鑑定団を前に出してウチの商会に因縁をつけ、僕を引きずり出す事にしたんだとか。
 阿保かと。
 ヒューマンの偉い人というのは、どうしてこうもズレたのが多いのか。
 きちんと正面から包み隠さず頼み事を伝えてくれれば、重要度によってはちゃんと僕まで報告は届く。
 なのに、手を尽くした中に詳細を話すってのが一つも無いんだからどうしようもない。
 僕になら全てを話すつもりだったみたいだけどさ。
 ウチの従業員も信用できないんなら頼み事を聞く義理もない。
 実際ザラさんもそこは指摘したらしいんだ。
 あそこに何か用があるなら隠し事はするなって。
 じゃなきゃ仲介もしてやんないよ、とまで言ってくれたとか。
 で、自力であれこれやって最後は脅迫。
 どうやったら通常の商取引の慣習でそんな相手と取引できるんだ。
 薬を用意したら本物かどうかにいちゃもんつけて残金踏み倒し、十分あり得るよね。
 だから僕も一つも譲らないし謝らない。
 
「で、チバクさん。こうしてご依頼は引き受けました。そろそろ詳細を話して頂いてもよろしいのでは?」

「まだ一つ、聞いておかなくてはならない事がある」

「……」

 さる貴人の治療に用いる為。
 どこが詳細じゃいと怒鳴りそうになった。
 全部明かすか、帰れと穏やかにお伝えしたところ、引き受けるなら話すと。
 病人を、助けたい筈のこいつが、人質にしているようで。
 物凄くイライラさせられました。
 つまり本心から助けたい人じゃなく、利害関係で助けたい相手って事なんだろうね。

「秘薬はいつ出来る」

「……一週間」

 と言ってみた所、下卑た笑みが浮かぶのが見て取れた。
 
「そうか!」

「はい、それから輸送しますので十日から二週間みてくだされば問題ないかと」

「十日で頼む」

「可能な限り、善処します」

「……」

「……」

「……わかった」

 アレが必要な病人がいるんだろ!?
 くっそ、巴か!?
 こうなったら巴に覗かせるか!
 こいつはもうどうでもよくなってきてるけど、後ろにいるらしい病人は気になってるんだよ!
 ロッツガルドで難病や呪病に侵されてる人なんてあまり聞かないから余計にね!

「では届きましたらご連絡致します。どちらにお伝えすれば?」

「……神殿だ」

「神殿ですか?」

 女神の側の人か。
 ……いやいや、病に苦しむ人に勢力なんか関係無い。
 
「そうだ。以前クズノハ商会は神殿とも関係を持ったと聞かされている。明日にでも連絡係に顔を出させよう」

 ポーションの件か。
 確かに、識と一緒にお邪魔した記憶がある。
 ハスキーボイスの女性神官がここでは一番偉い人だった、はず。
 求められるままにちゃんと製法も公開したし、波風立たせず比較的円満にやり過ごせた。
 特に神殿から嫌がらせもされてない。

「わかりました。では秘薬の受け渡しをもって取引終了、ですね?」

 ちゃんと確認しておく。
 もちろん偽物を出す気もない。
 ただ、治療が目的だと秘薬が効かなかった場合に引き続きの協力を求められる可能性もある。
 取引の内容はきちんと詰めておかないと。

「? もちろんだ。当日は私と数人の鑑定士が同席し鑑定を行った上で依頼は完了とする」

「……」

「なんだ、ライドウ」

「いえ。内容は把握致しました。では今回の件の一切をお話頂きたく」

「……それも取引の内、だったな。良かろう。他言無用を誓ってもらうぞ?」

「顧客の秘密は守ります。ご安心を」

「……ふぅー。秘薬を必要とされているのはグリトニアのさる旧家の」

「一切を明かす、というお約束ですチバクさん」

 さる旧家とかふざけてるのか?

「事情が分かれば問題あるまい。それで」

「……どうも、貴方とはまともな会話が出来ないらしい。どうぞ、お帰り下さい。ご用件については他を当たって下さい。もちろんここまでに聞いた内容についても決して外部に漏らす事は致しません。さ、お立ち下さい」

「待て」

「待ちません。私としてはここまでに相当の忍耐を持って貴方の話を聞いて参りました」

「一商人には明かせぬ国の機密というものがある!!」

「ならば!」

「!?」

「その一商人になど頼らず解決なされば良い。貴方は神殿とも仲が良いようだし、そちらになら頭も下げられるしきちんと話もされるのでしょうから」

 上から目線だわ、その癖この人はどこまでいっても代理人みたいな感じだわ。
 気は乗らないけど……少し踏み込むか。
 先手先手の気持ちでいこう。
 神殿でどうにもならんからクズノハ商会に来たこの人なら、本当に切迫した状況になればまた来るだろう。
 毎回毎回巴に来てもらうのも正直心苦しかったんだ。
 病人は気になるよ。
 でも、話が出来ない相手と商取引なんて御免だね。
 いざという時にこんなのしか助ける為に動いてくれなくて駄目になるなら、その人には申し訳ないけど寿命だと思ってもらう。

「貴様……こちらが下手に出ておれば一体何様のつもりだ」

「そちらこそ、使い走りに過ぎない癖に何様でしょう。どなたが後ろにおられるのか存じませんが、私は、クズノハ商会は全てを話そうとしない案件を引き受けるつもりはありません。店の品で事が済むのなら特に何もお聞きしませんが、貴重な秘薬を手間をかけて特別にご用立てするとなれば話は別です」

「卑しくもしゃぶれるだけしゃぶりつくそうという訳か、貴様ら商人らしく!」

「失礼ながら、卑しいのはそちらでしょう」

「何をほざく!」

「しゃぶれるだけしゃぶり尽くす? そんな下卑た考えを思いつく貴方こそ、卑しいと申し上げています」

「貴様! 少しばかり街の連中からされているからと図に乗ったな! 絶対に後悔させてやるぞ! 覚えておけ!」

「ええ、良く覚えておきますとも」

 良い感じに怒ってくれた。
 これで後ろにいるのが動いてくれるだろう。
 伏字だらけの契約書なんてサインできるか。
 気づかない内にどこかの勢力に属しているとか思われるのも御免だ。
 ツィーゲに人手を割いて忙しい時にまったく。
 怒気を撒き散らして帰っていくチバクの後ろ姿を見て思わず溜息が漏れる。
 さて。
 アンブローシアだけじゃ、間に合わないかもしれないよな。
 高位の万能薬を必要とするってのは状況としては切羽詰まってる。
 神殿が絡んでて、となれば相当だろう。
 
「……これは、僕と識で何とかやってみるか」

 幾つかの秘薬や様々な症状に特化した魔法薬をリストアップして亜空での作成依頼に加えておく。
 十日以内に揃えられるだけは揃えておこう。
 多分、それより早く動きはある。
 
「若」

「ああ、ベレン。今はツィーゲじゃなかったっけ?」

 エルドワの職人ベレンが応接室に入ってきた。
 魔建築の件で今はツィーゲにいると聞いてたのに。

「少しばかり野暮用がありまして。先ほどの男、わかりやすく怒っておったようですが」

「うん。頼み事があるなら隠し事は無し。ウチのルールがお気に召さなかったみたい」

「……また来ますぞ、あれは」

「僕もそう思ってるけど……よく分かったね」

「焦りも顔にありありと」

 なるほど。

「どうも、間に入るには向かない性格じゃないかと思うよ」

「わははっ若にそこまで見抜かれるなら間違いありませんな」

「んで、ベレンは何の用?」

「おっと。少しこちらのドワーフ組と打ち合わせが。ですがここに来たのは伝言役です」

「聞くよ」

「下にセイレンとハツハルが来ております。通してよいかとアクアから」

「……また変わった組み合わせだね。わかった、良いよ通して」

「では儂はこれで」

「お疲れ様」

「毎日楽し過ぎて疲れる暇もありませんとも」

 職人あるある。
 ああ言ってる癖にある日いきなり電池が切れたみたいにぶっ倒れるんだ。
 主に酒場で。
 苦情来てるんだからな。

「あ、お疲れ様です若様」

「お邪魔します」

 本当にハツハルとセイレンさん。
 どういう人間関係?
 セイレンさんが実は兼業で娼館勤めってのは考え難いし。

「珍しい取り合わせ、と思うんだけど」

「偶然にも店先で鉢合わせまして」

 とハツハル。

「先生に用があるなら一緒に、と誘われまして」

 とセイレンさん。
 世間は狭い、って訳じゃなかったか。

「えっと。じゃあセイレンさんからお聞きしましょう。ご用件は?」

「イズモ君だけなのはどうしてなんでしょう」

「……は?」

 セイレンさんは、何度か話したけど悪い意味で単刀直入な人だ。
 色々と頭の中では考えているし、その段階では相手への配慮も多少はある女性なんだよ。
 なのに延々と脳内シミュレーションした後の結論だけを口から放つから意味不明になる事がある。
 そう、今みたくね。

「最初から数回はお二人でお見えだったのに、ここのところイズモ君一人が研究室に来るのはどうしてでしょうか」

 どうして、と言われても。
 機動詠唱の説明を詳しくするのはイズモがいれば事足りる訳で。
 紹介した手前僕も数回は同席したし話にも参加した。
 もう十分かとイズモ一人によろしくしていた。
 何か問題があるか?
 ちゃんと研究支援名目で事務局にお金も渡してある。

「どうして……機動詠唱はイズモが一から実用化したもので私はそれほど関わってませんし、彼がいれば十分セイレンさんの研究に役立つと思うのですが」

「あれは本当に凄いです。聞けば聞くほどに画期的で、彼も私の話を機動詠唱のブラッシュアップに役立ててくれて凄く良い関係が結べていると実感しています!」

 じゃあ、ウィンウィンでは?
 僕の思い付きも成功という意味ではウィンウィンウィンでは?

「良い事ですよね」

「でも! 先生がいらっしゃらない!」

「私はイズモの付き添いでしたから」

「先生もいて下さった方が! 話が! 更に! 高みへと! 駆け上がるんです!」

 なんのこっちゃ。
 話の高みってなに。
 研究者は……わからん。

「と言われましても。何とか講義は行ってますがこれで中々忙しい身で」

 嘘偽りなく。
 ロッツガルドに来たら来たで鬼の様な書類仕事に面会予定、講義。
 それに意味不明の学生の襲来やら鑑定の件もあってセイレンさんとこで研究談義に相槌打ってる場合じゃないのは紛れもない事実である。

「どうか! 後一回、後一回で構いませんから研究室に! お願いします!!」

「……」

「先生!」

 識、はある意味僕より忙しいもんなあ。
 後一回なら、何とか頑張ってみるか。

「じゃあ、どこかでイズモと一緒に伺います」

「ありがとうございます! お邪魔しました!」

 絶対に首を縦に振らせる、と言わんばかりのセイレンさんは言いたい事だけ言って言質を取って帰っていった。
 何だったんだ、一体。

「……あー、ハツハルはどうしたの?」

「くふふふ、今の女性セイレンさん、ですか? 若様に惚れてますねえ、あべこべだぁ」

「な訳ないだろ。何とか誤解は解けてきてるけども、まあ知り合いってとこだよ」

「どうでしょーか。若様が来てくれないって商会にまで文句を言いに来ますか、学園の奥で研究ばかりしてる女が」

「来るんだろうな。実際来たし。惚れてるっていうなら後一回なんて物言いはしないんじゃない?」

「……襲われて既成事実を作られないように気を付けて下さいね、若様」

「わかってて言ってるだろう、ハツハル」

 自慢じゃないけど僕相手に力ずくで何かするの、現実的じゃないよ。
 あれか?
 自分で服をビリビリに破いて襲われたんです、とか?
 ないない。

「えへへ」

「勘弁してよ」

「すみませーん」

「それで今日は商会勤務じゃないでしょ? どうしたの?」

「実はちょっとだけ困ってまして」

「なに?」

「私、エステルさんとこの娼館で働いているじゃないですか。こないだの模擬戦以降、学生さんたちがちょくちょく周りをうろうろするようになりまして」

 ……マジで。
 どういう心理なんだ。
 あれだけぼっこぼこにされておいてハツハルが気に入った?
 ……マジで?

「まだ明るい時間から大勢の学生さんがうろうろするのも営業にマイナスと言いますか」

 大勢!?
 ジン、かダエナかミスラかイズモか二期生か知らんけど。
 レベル……高いな、ロッツガルド生。
 色々な意味で。

「良いとこのお嬢さんも混ざってますから……ああいう場での女性の目線って男性は気にしちゃう人も多いじゃないですか」

 じょせい。
 え。
 最早レベル高いどころかルトと同じ取返しの付かない倒錯の領域まで?
 そこまで乱れてるの、学園の性。
 
「男女入り乱れての多人数……娼館も学生も、凄い事になってるな」

「え?」

「え?」

「……」

「……」

 しばし、時が止まった。

「若様」

「うん」

「お客様としてじゃないです。その、先生の一人みたく思われちゃったみたいで、困ってるという話で」

「だ、だよね! うん、何となくわかってた。ちょっとハイレベルに考えすぎてたね、ごめん!」

「他の方と違って私はロッツガルドで仕事をしている身でもありますから」

「確かに。リザードチームやエマなんかは召喚してるし、講義以外の接点は無いもんな。しまった、ちょっと盲点だったな」

 そうだ。
 ハツハルだけは街でも会える存在だ。
 それで男女関係なく娼館通りを徘徊して接触する機会を探っていると。
 なんてはた迷惑な事をするんだ、ジン達は。
 そしてその話が色々ねじ曲がってレンブラントさんに辿り着いたら、また一悶着あるでしょうが!
 僕が困るんだよ!
 ついでにミスラも!
 お前だって結構危うい立場なんだからな!

「若様と識様が鍛えてらっしゃる学生さんですから無碍にも出来ません。かといって勝手に鍛えてしまうのも先に鍛錬を担当されているミスティオリザードの皆さんにも申し訳ない気が」

「……わかった。識と相談して何とかするよ。悪かった」

「いいえ。街での暮らしはこれはこれで楽しませてもらっていますから。報告は以上です!」

「ありがとう。あ、ハツハル」

「はい」

「チバクって人物について、何か知ってる?」

「チバク……あ、鑑定士のチバク氏ですか」

「そう。どんな人?」

 何か情報ありか。

「……さほど詳しくはありませんが。耳に挟んだ程度でもよろしいですか?」

「もちろん」

「有名な鑑定団を率いているやり手の鑑定士で、元々は商人ですが鑑定の権威になった事でアイオンから爵位と領地を与えられ、今はアイオン貴族に名を連ねているそうです」

 アイオン?
 ……あの野郎。
 グリトニアのさる旧家って、国もフェイクか!?

「最近は神殿通いをしているとかで、彼の馴染みの娘が似合わない事をし出した、と呆れているのを見ました」

「ふぅん、アイオン。神殿へは最近、ね」

「このくらいです。お役に立ちそうですか?」

「凄く助かる。仕事中なのに学園の事でごめん。戻って良いよ」

「ご命令、いつでもお待ちしてますから。好きに使ってくださいね」

 ハツハルがいうと、別の意味を伴っていそうでエロく聞こえるのが、何とも。
 くのいちみたいな立ち回りも楽しんでやるからな、あの
 むー。
 いればいるだけ仕事が舞い込んでくる。
 適度に切り上げてツィーゲに戻るか、ある程度こっちの根っこの方まで始末をつけておくか。
 悩みどころだなあ。
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