月が導く異世界道中

あずみ 圭

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六章 アイオン落日編

白の残滓

 
「司教……様」

「言葉も自力で取り戻しましたか、壮健で何よりです」

 チバクを追い返してから十日ほど。
 行列が店に向かっているとの報告があり急いで商会に到着し待機していたら、思っていたよりも大物が釣れた。
 一瞬誰だったかと思った相手はロッツガルドの神殿でトップを張っているらしい司教様だった。
 外出時でもヴェールみたいのを付けたままなんだな。
 彼女以外のお付きの人は誰も顔を隠してないから信仰とは無関係だと思うんだ。
 
「先日はつまらぬ行き違いがあったようで貴方に不快な思いをさせてしまった様子。本日はお詫びと、改めてのお願いに上がりました」

「司教様自ら、ですか」

「せめてもの誠意です。本当は一人で来たかったのですが、流石にそれは叶わず大所帯でまかり越しました。お邪魔でしょうがお許しを」

 ……チバク氏、神殿に出入りって司教との付き合いか。
 下っ端の誰かとつるんでいるとばかり。
 例えば……あの……なんていったかな、準司祭で……ああ!
 シナイさんとか。
 
「いえ。それよりも行き違いとは、高名な鑑定団を率いるチバク氏との一件と考えてもよろしいでしょうか?」

「はい。彼とは最近とある案件で我々の為に動いてくれていたのですが、クズノハ商会との接触において非礼な振舞いがあったと、聞き及んでいます」

「とある案件、ですか。非礼というよりもルール違反があったので話がまとまらなかった、ただそれだけです。商人同士よくある事ですので、どうぞお気になさらず」

 あ、シナイさんもいた。
 一度神殿にお邪魔した時に見た顔が他にもちらほらいる。
 変異体事件、神殿にはあまり被害は出なかったみたいだ。

「ルール違反ですか。氏からは傲慢な態度ゆえ交渉すらままならぬ、と匙を投げた様子で報告を受けましたが。話をお聞きしても?」

 司教様は特に怒気を見せる事もなく、淡々と事実確認をしているような雰囲気だ。
 傲慢ね。
 まあ確かに、立場を考えれば僕らの態度は傲慢かもしれない。
 けれど曲げられないルールもある。
 自分や身内を守る為のそれは特にだ。
 司教様以下、神殿の人々が着こんでいる白い服とかデザインみたいなルールならすぐ変えてもいいんだけどさ。
 ウチだって制服の変更とか、固定とかの提案ならある程度柔軟に対応する訳だし。

「ええ、もちろんです。私どもクズノハ商会は名だたる大商会と比較すればまだまだ足らぬ所ばかりの新参でございます」

「謙遜、というべきでしょうが先に続きを聞くべきでしょうね」

 司教は続きを促してくれる。

「ありがとうございます。故に商会を守っていくために幾つものルールを設けております。その内の一つに、取引は明らかにする、というのがありまして」

「……」

「チバク氏とはそこで折り合いがつかなかったのです。彼は怒って帰られましたがその後裏取りをしましたら、隠されていた情報も、明かしてもらった情報も出鱈目だったと判明しまして」

「……」

「クズノハ商会は取引の中に嘘も秘密も認めない。とある案件だろうが、さる御方だろうが、アイオン王国だろうが、グリトニア帝国だろうが。例外はありません。私どもの言い分は、以上です」

「……なるほど。後でどんな因縁をつけられるか、政争に巻き込まれるか。リスクは全て開示され安全の保証がなければ安心できないと」

 やや穏やかな口調になった司教が僕の言い分にある程度の理解を示した。
 でも少し違う。
 前半はともかく、後半は特にね。

「ご理解頂けたようで嬉しいです。ですが、少し補足をさせて下さい。我々は事情の全てを把握しておきたいだけです。依頼主に安全の保証など求めるつもりはありません」

「……ならば事情を把握する必要も無いのでは?」

 どうしてそうなるかな。
 事情を知っておく事は、僕らの行動を決める上で絶対に必要だというだけの事なのに。
 リスクが無いなら事情はどうでもいい、とはならない。
 あれ、言われてみるとしばらく前までは僕もそう思っていたような気もする。
 いつの間にか、考え方も少しずつ変わっているのかもな。

「リスクなどはどうでもいいんです。その有無を含め私どもで負うべきかどうかを判断すれば良いだけで。事情を全て知る意味は、私たちの行動がどんな意味を持つのか、どういう意図の一手として期待されているのか、きちんと知っておきたいから、ただそれだけです」

 とはいえ、場合によってはリスクが余りにも大きいと判断して撤退する事もいずれきっとある。
 ……同時に。
 それだけのリスクを負ってでも受ける意味があると思ったなら引き受ける。
 だからリスクだけを条件に考えられるのは誤解を招きかねない。
 ちゃんと説明しておかないとね。

「この世のいかなる勢力にもただ良い様に使われる気は無い、と随分と豪気な意見に聞こえますが」

「都合の良い様に、という意味合いであれば合っております。場合によってはチバク氏が報告したように傲慢、なのかもしれませんね」

 二コリと笑って真正面から答えておく。
 これ以上事情をぼかした依頼で駆け引きをされるのも面倒だから。

「……」

「……」

 妙な緊迫感と無言の重圧が部屋全体に満ちていく。
 そういえばこの司教さん、ヴェールしてる理由わかったかも。
 この人、顔に傷がある。
 神殿で消せないような特殊な傷じゃない、ただの傷だ。
 なのに残してる。
 やっぱ、訳アリの人だな。
 ロッツガルドの神殿にいるのは出世コースって話だったけど、あの女神の信徒で消せる傷を消さない女性が司教とか怪し過ぎないか?
 その司教さんが小さく息を吐く。
 出方を決めたかな?

「強い信念をお持ちですね、ライドウ殿は」

 殿ね。
 前は呼び捨てだったような。
 ま、それなりに扱ってもらえるならそれに越した事はないよね。
 それに傲慢とは言わず、強い信念と言って貰えた。
 こちらの言い分はある程度呑んでくれるらしい。

「その位しか誇れるものもありませんので」

「だからこそ、薬の製法も明かし、利益など度外視で街に尽くす事もする」

「……」

 変異体事件前後の僕らの動きだ。
 特に事件後は神殿よりもぱっと見では慈悲深く振舞ってる。
 
「なるほど、確かに一商会風情がと傲慢を感じもしますが。ライドウ殿とクズノハ商会の行動は一貫した信念の下にあると言えますね」

「恐れ入ります」

「神殿の教えとは乖離する部分もあれ、より大勢の人々の暮らしに奉仕する姿勢は実に誠実、見事なものです。実際、今のロッツガルドでクズノハ商会ほど拝まれている組織は存在しないでしょう」

「……」

 嫌な予感がふと背に生まれる。
 褒められる時は用心が必要だ。
 少なくとも神殿全体は僕らを面白く思っていないのは確かだろうから。
 この司教さん個人は全く読めないけど油断はまずい。

「しかし」

「……」

 きた。

「同時に、です。そのような無私、利他の精神をもって女神の如き慈悲のみを持つ人など、そうそう実在するものだろうかと神ならぬ私は思ってしまうのです。人は時に優しくなれど、時に己しか見えぬ生き物でもありますゆえ」

「……」

「貴方がたクズノハ商会の行いは眩く神々しい。私個人としては非常に感銘を受けています。なのに一方では難事を抱え途方に暮れたチバク氏を、追い返しもしています。はて、これでは――」

「ええ、仰る通り私は神ならぬ身。街を想っての行動も、所詮は商会が傾かぬ程度にしか出来ておりません。司教様が思ってくださるほど慈悲深い訳ではありませんよ」

 変なとこを突っ込まれる前に線引きをしておく。
 商会を投げ出して人助けをしてる訳じゃないってね。
 慈悲も有限、こう明言しとけば情に訴える様な輩への牽制になる。
 と、識から教わりました。

「……」

「……」

 司教さんが黙る。
 もしかしてその路線に進めるつもりだったんだろうか。
 ……それは嫌な流れだな。
 ちょっとだけザラさんに追い込まれた時を思い出す。
 場所も同じロッツガルドだし。
 今はクズノハ商会の応接室だけに少し気分は楽だけど。

「随分と」

「?」

「最初に会った時よりも経験を積みましたね。やりにくいですよ、ライドウ殿」

「……ありがとうございます」

「ちなみに……私以外がどうして一言も発さないか、おわかりですか?」

「? さあ、司教様が一番偉い方だからでは?」

「神殿が密かに誇る機密技能スキルを行使しているからです。集中し、慎重に、かつ全力で」

『!?』

「……ほう」

 司教さん以外の全員が明らかに動揺する。
 予定にない事を彼女が始めた、って事だろうか。

「思考窃視と言いましてね。要は考えている事を盗み見るスキルだと思って貰えれば」

「物凄く下衆な事を暴露された気がするんですが?」

「ですね。同時に魔力量の測定も密かに試しましたが……失敗です。貴方だけじゃなく、店員に至るまでね」

「従業員の魔力量は大体把握できております!!」

「……だそうです」

 座っていた人の一人が司教さんの間違いをただす。
 いや、そこを訂正されてもね。
 明らかな敵対行為をされた事に変わりはない訳で。
 しかし、思考を読もうとしていた、か。
 その辺りは念話の盗聴対策が終わった頃に亜空で提案があったんだよな。
 もう随分前の事だ。
 まああれだ。
 神殿ってのはやっぱり信用できない。
 そういう事だろう。 

「突然そんな機密を暴露する理由がわかりませんが」

「秘密は認めないのでしょう? クズノハ商会は」

「もちろん」

「ですから開示しました。お詫びは必要ないようですから、改めてのお願いにあたって」

「……」

「秘薬アンブローシアを早急に必要としています。文献をあたった結果、効果を見込めそうな治療手段としてです」

「シーマ様!! なりません!!」

 司教さん、シーマって名前なのか。
 初めて知った。
 そしてシナイさん、ようやく口を開いたな。

「チバク氏が触れた、さる御方、の治療でしょうか」

 とある案件の、ね。

「……ええ。神殿に担ぎ込まれた……では虚偽になりますか。リミアの大神殿からの指示で匿って何とか生かしているアイオン王国の要人――」

「……」

 今度は要人か。
 まあ隠す言葉ってのは沢山あるもんだな。

「先のステラ砦の戦にて既に故人となりましたが将軍モーガン=イグロードの子息、ディオ様が患者になります」

「シーマ様!!」

 アイオンの将軍の息子。
 今まさにツィーゲと揉めてるとこだよなあ。
 でも、病人か。
 でも、将軍の息子って事は将軍が故人だとしても王国側の人だよなあ。
 事情を教えてもらってなお、入り組んだ事情にいる人だこと。
 シナイさんのはもう叫びだな。
 余程内緒にしておきたかった事らしい。
 司教のシーマさんを呪い殺しそうな目で睨んでいる。

「ふむ」

「今独立を求めてアイオン王国と戦っているツィーゲの商人としては、乗れませんか?」

 ……なるほど。
 だから出来るだけ仔細を明かさずに薬を手に入れようとしたと。
 うーん。
 
「これはチバク氏にも確認したんですが」

「?」

「必要なのはアンブローシアのみ、でよろしいでしょうか」

 それともそのディオって人の完治か。
 そりゃ完治が一番の目的だろうけど、僕らにどこまで求めてくるつもりなのか。

「……」

「当然だろう、ライドウ、殿。何としても我々は秘薬を必要としている!」

 シナイさんは秘薬を求めていると言うけれど。
 シーマさんの方は僕を見て黙っている。
 やっぱり、薬だけでは終わらない可能性もかなり高い、かな。 

「いいえ」

『!?』

「この地を取り仕切る司教としてはディオ様の完治、を」

 ……役目柄、とでも言いたそうだ。
 どうやら、そこには彼女よりも上、リミアの大神殿にいる凄く偉い人の意向みたいだな。
 シーマさん自身はそこまで関わりたくなさそう、にも見受けられる。

「つまり、アンブローシアで間に合わない場合、追加の依頼が発生する事もあると」

「はい。あくまで現状アンブローシアが一番期待できる治療手段として挙がっていますが確実ではありませんから」

「……」

「ライドウ殿?」

 病人か。
 これ以上は病状を詳しく聞かないとわからないけど、奇病難病にしろ呪病にしろ。
 病からは救ってあげたいと素直に思う。
 助けてあげられるものならね。
 問題は彼の地位。
 将軍の息子だから、下手をすれば治ったところで戦場に出向くだろう。
 そしたら折角病気から治ったのに死ぬかもしれない訳で。
 ……?
 ん?
 別にそれはどうでもいいか。
 治った彼がどういう選択をしてどう生きようと、それは僕らには関係ない。
 だよな。
 はて、僕は一体……。
 いや特に問題無いな。
 残念だけど戦場に出てくるならその時じゃないか。
 拾った命を捨てたくないなら戦いからは身を置くだろうし。
 
「大事なのは僕がどう思うか、だよなあ」

「?」

「ちなみに病状を伺う事は? 出来れば直接たいんですが……専門の者と一緒に」

 おっと。
 危うく一人で行くって言っちゃうとこだった。
 識を連れて行こう。

「引き受けてくれる、と言うのですか」

 少し、いやかなり驚いた様子のシーマ司教。

「まあ間違いなく病人は存在していて、あまり予断を許さない状況なのも本当みたいなので」

「病状についてはここでお話は出来かねます。都合の良い日に直接見てもらうというのでどうでしょう」

 言わないけど、見せるか。
 なら別にいい。
 隠すつもりじゃないんだから。
 
「では今日これからでも?」

「!? それは、こちらとしては助かりますが」

「なら早速用意をします。シーマ司教様、皆さまもお戻りの準備をお願いします」

 病人がロッツガルドにいるなら早い方が良い。
 果たしてどんな病気か。
 もう僕らが知っている病気なら対策も立てやすい。
 そうであって欲しいもんだ。
 シーマさんらを逆に急かす形で僕と、呼び出された識は一緒に神殿に向かった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 そこにいたモノを見て僕は言葉を失った。
 識もあまりに意外なモノを見て驚いている様だ。

「……こちらがディオ様。今日は少し落ち着いておられるようですね」

 秘薬が必要だというから最悪レンブラント家を追い詰めたあの呪病の類も想定して神殿を訪れたけど、これは予想外だった。
 分厚く、何重にも魔術が施された檻の中。
 彼はいた。
 充血しきった目は真っ赤で。
 白く膨れ上がった腹と左腕。
 これは、全滅させたはずの……。

「変異体、いえ、成りかけ……ですか。この状態で生かし続けるとは、いやはや神殿の残虐性、恐るべしですな。この識、久々に身震いしました。変異体にもなり切れず、随分と苦しいでしょうに」

 変異体、その成りかけ。
 人であり、人でない。
 鎖に繋がれ正気を失った目で涎を垂らすディオという青年を見て、僕は思わず顔をしかめた。
 これを殺さず、生かし、どうしようというのか。
 神殿、ヒューマン、いや……人というものの醜悪さを垣間見たような気がした。
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