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六章 アイオン落日編
プラスワン
ライドウが去った後の会議室。
何とも形容しがたい空気が漂っている。
盛大に馬脚を露わしている相手が目の前にいるのに、そこに突っ込むと何故だか自分が大火傷をする気がしてスルーするしか無かった空気。
長々と無理に説明するのならそんな雰囲気だった。
「うーむ、期せずして蜃気楼都市について新たな事実が発覚したというのは喜ばしい事だが。ますますこの鬱陶しい戦争をさっさと済ませなくてはいけなくなった。皆さん仕事は既に山積みだというのに、いや、困ったものだ」
唯一普段の彼よりもずっと飄々とした態度でおどけて見せたのはパトリック=レンブラントだ。
彼が敢えてそうして見せたのはクズノハ商会とレンブラント商会が非常に親しく付き合っているのだと他の商会に示す意図もある。
彼が明かした情報に動じてなどいないし既に更に先を見て手を打っているから憂う事など何もないと、周囲にアピールしているのだ。
「……確認ですが。アレはまだとんでもない事を隠している。蜃気楼都市とクズノハ商会の関係は謎のまま。そこもご存知の上で、貴方は笑っているわけですねレンブラントさん」
「勿論だよムゾーさん。しかしね、現状ライドウ君だけが我々商人にとって蜃気楼都市の意思を知る為の唯一の手段である事は何も変わらない。そして、彼がもたらす情報の精度もね。とても恐ろしくもあるが……これまで彼から私に、そしてツィーゲに報告された情報で間違っていた情報はね、無いんだ一つも」
ライドウの説明を聞くうち、皆がまず一番に感じたのは彼が話している内容の不自然さだ。
これまで全くと言っていい程情報を持ち帰る事が出来なかった都市の内部情報を当たり前に知っていて説明しているのだから周囲が違和感を覚えるのは当然の事だ。
そして冒険者から徐々に得られてきた情報とは内容の詳しさも深さも次元が違う。
当の本人が去った後、次に彼と近いレンブラントにムゾー商会代表がこぼしたのはごく自然な事で、そしてレンブラントの返答は恐ろしいものだった。
「そうねえ。ウチが最近親しくさせてもらってるビル君のパーティでもライドウ君の話を聞く限り、まだ随分と手前側で過ごしている感じだもの。複数の壁で区切られた街、強さを競う闘技場、沢山の種族が仲良く暮らす異様、そして主の存在。はっきり言ってあの子は詳し過ぎるわねえ。まだ隠し事をしてますが話せるのはこれだけです、と言わんばかり。あんなやり方、狙ってされたら感心しちゃうけれど……ライドウ君は多分素でやってるだけよねぇ」
「なんだ、ビルギットはカプルの嬢ちゃんが手を付けてたのか。じゃあ俺んとこは深入りしねえ方が良いか……」
「あら、気にしないで? 彼は扱う武器も特殊だし優れた鍛冶職人との付き合いは冒険者にとってはとても重要よ。仲良く支援してあげましょ」
「こりゃ済まんな。刀を専門に扱う中じゃあいつはピカイチでな。手入れをするにも使い方を知るにも参考になる。ありがとよ」
カプル商会代表はライドウが策を持って情報を公開したのではなく、素で話しているのだと察して困ったものだとやや呆れている。
結果的に誰も突っ込めない状況下になってしまったのは、恐らくクズノハ商会のブレーンが優秀なのだろうと察しもするが、やや危なっかしさも感じているようだ。
その言葉の中で出たビルという名に反応したのはブロンズマン商会の代表だ。
ビル=シート。
依頼中に三パーティ全壊の憂き目を見ながら無事生還、パーティ再結成を果たし、最近右肩上がりの成長株となっている冒険者の一人。
ケンカクという珍しいジョブで刀を愛用するようになった彼は鍛冶職人が刀の改良や手入れを行う際に多大な貢献をしている人物でもある。
少しでも長生きして腕を上げて欲しいとブロンズマン商会が支援を申し出るのも不思議ではなかった。
大きな商会が一つのパーティに対して複数で支援を行うのはあまりない事だが、今回は珍しく何の対立も起こらず話がまとまったようだ。
「手を出したらまずいと武力をちらつかせていた事を、彼は自覚していませんでした。随分と物騒で危険な人物と付き合うもんですねえ、レンブラント代表は。いやはや器がでかいというか、恐いもの知らずというか」
「誓って彼に悪気は無いんだ。ただね気持ちはわからんでもないよバトマ代表、我々の様な邪推の塊のような人種がああいう話を聞かされると、確かにクズノハ商会が潜在的に有する戦力が恐ろしくもなる」
バトマ商会の代表は苦々しい表情でライドウの振舞いに文句をつける。
屋台一つから飲食業界の雄に上り詰めた彼にとって、暴力を背に場所代を要求してくるような土地の地回りなどは大嫌いな人種だった。
だからこそ同業で力を合わせ横の繋がり重視で提携を進め群商会という形式を生み出した。
それをギルドに認めさせ、長らくこの街で暴力に屈する事のない飲食業の発展に尽力してきた。
無意識にでも悪意なくでも、ライドウの言葉の内容に不快を感じたのは無理からぬ事でもある。
レンブラントはバトマ商会の背景も把握した上で、それらの忸怩たる想いを邪推とぶった切ったが。
「あまりバトマ君とこを苛めないの。ねえレンブラント君、実際クズノハ商会だけが蜃気楼都市から安定して物資を手に入れているし、その辺りの物流手段なんかは彼、オープンにしているのかしら。お婆ちゃん、そこは出来たら知りたいのよね~」
「俺んとこだと、正直あそこの職人の武具加工技術がとんでもねえ。明らかに手加減してやがるのに、こっちの何倍も上の技術を持ってんだから堪らねえわな。奴らエルダードワーフなんて古種を名乗ってやがるが、真偽はともかく技量は間違いなくそのクラスだ。あれが蜃気楼都市の産物にせよ元々の奴らの実力にせよ、出来る事なら職人の弟子入りなんぞを検討してもらいてえな」
「ムゾー商会としては特別に求めたい事はありませんが……しかしこの場でもこれほどの存在感を放つのであればクズノハ商会、正式に我々の一員として迎えるべきでは? レンブラントさんならとうにお考えとは思いますが……」
各商会からクズノハ商会への要望がレンブラントに向けられる。
当の本人がいる時にそうしなかったのは、純粋に恐怖があったからだ。
これはどこになら触れても大丈夫な存在だろうか、と皆が値踏みしていた。
場合によっては危険だとは全員が直感で理解していたという事でもある。
そんな中でムゾー商会は特に要求なく、ただクズノハ商会をツィーゲのトップ商会の一つと認めてはどうかと提案したのみ。
当然理由がある。
クズノハ商会はムゾー商会にとって優秀で替えがきかない取引先となっているからだ。
急遽必要な素材にしろ蜃気楼都市産の素材にしろ、クズノハ商会にはかなりの無理もお願いしているという自覚がある。
もちろんそれなりの値段で頼んではいるものの、同じ金額を積めば他でも何とかなるかといえばどうにもならない場合も多々ある。
何でも屋という、ある意味どの業界にも手を突っ込んできかねない業種でありながらクズノハ商会はムゾー商会と敵対する事なく今の所共存出来ている。
例えば直近ではバトマ商会がクズノハ商会と揉めそうな雰囲気だが、ムゾー商会は両者の対立が明らかなものになった場合はクズノハ商会を擁護しようと決めている。
その位にはクズノハ商会に義理を感じている関係でもある。
狙っていれば先を見据えた素晴らしい根回しの一環だとライドウは称賛されただろう。
ただ唯一残念な点は、ムゾー商会からの緊急依頼はアクアやエリス、コモエなどのお小遣い稼ぎとして処理されているという部分か。
勿論森鬼であり優秀かつ忠実な店員であるエリスは深淵なる策士の視点からムゾー商会との良好な関係を構築、継続していたに違いない、かもしれない。
ともあれ、ライドウは与り知らぬ事だったりした。
「……どうだろうな。お歴々も思う所はあるだろうし、何より彼自身が役職を授かって一つの街に縛られる事を良しとしない気質を持っている。無理にこの会議の一員に迎える必要は無いと考えている」
「賢明なお考えだと思います、レンブラント代表」
「ありがとう、バトマ代表。私も彼には嫌われたくないからね。誠実な友人でありたいと常々思っている。そうだな……ライドウ君は我らツィーゲの貴重な友人であり、プラスワンというべき存在だと認識している」
一瞬だが周囲がその言葉でシンとなった。
「……なるほど、肝に銘じておきますよ」
「誠実な友人、ですか。私も一層気を付けましょう」
「それが良いのでしょうねえ。今度お茶菓子持って押しかけちゃおうかしらねぇ」
「そん時は俺も連れてってくれ、嬢ちゃん。一回工房を覗きてえ」
クズノハ商会への接し方を察して各商会の代表が口々に感想を漏らす。
レンブラント商会の代表が嫌われたくないと言った意味を彼らは瞬時に理解した。
仮に関係が悪化したとして、どうやって修復をするのか。
商人、商会にとっては大事な事だ。
常に取引先の代替がある訳ではない。
どうすれば相手の機嫌を直せるかはとても重要だ。
知っておけば場合によっては相手の感情を利用して情報を得たり交渉を有利に進める事だって出来る。
ある意味で彼の弱み、とも言える。
だがこの街で大抵の無茶が通るレンブラント商会の代表が嫌われれたくない、とはっきり言った。
実際友人としての意味合いで彼は言ったが、周囲がどう捉えるかも彼は理解している。
性質が悪い男だ。
つまりレンブラントは自分は一番ライドウと付き合いは長いし深いが一度関係がこじれた場合どう修復して良いか未だにわからない、だから嫌われるのが恐ろしい。
そう周囲が受け止めるとわかっていて、この場で嫌われたくないと口にしたのだった。
「ま、彼もその後の新生ツィーゲ案には大分驚いていたようだから痛み分けという事で良いんじゃないかな、諸君」
「……壁については既に知っていましたけどね」
突如話を切り替えたレンブラントに冷静にムゾー代表が突っ込む。
「そこは私もびっくりだよ。どんな情報網なら可能なのかねえ」
「中身の一つに使った素材に至ってはクズノハ商会から仕入れてたとか。レンブラント君にしては抜けてるんじゃないかしらね」
「カプルさん……あれを防壁に仕込むというアイデアについては正直自分でもかなりの発想だと思ってるんですよ? 何で一発で見抜かれたかな?」
「アレ、一時期少しだけ素材市場に出てた蜃気楼都市帰りの冒険者が持ち帰った希少品だろ? 石綿に似て、だが明らかに性能の桁が違え。俺らがガラス素材と色々を調合して試作してるのと比べても、だ。一握りだけ手に入って分析した時には頭が狂うかと思ったぜ。まさか街の外壁全部に仕込もうとするあんたも大分頭おかしいなこりゃ、と思ったがね」
「そう。アレを安定して大量に手に入れられたら。密かに冒険者にも依頼を出していたんだが……こないだウェイツ孤児院なる施設の改築を見に行った時にね、ライドウ君とこがそれはもう大量に使ってるじゃないか。辛うじて頑張って耐えたが顎が外れるかと思ったな。魔術の触媒に使った後の宝石屑をリサイクルする為に考えた使用法だそうだが……」
いやお前もどうかしてるぜ、とブロンズマン代表に言われたがレンブラントは気にした風もなく。
出処や製法についてそれはもうわざとらしく漏らした。
「マジか!? あの話題の孤児院そんなとんでも素材を活用してんのかよ! ……え? おいおい、今さらっと製法口走ったなあんた!?」
「何せ三階には庭があるしねぇ。あれ、空中庭園とでも言うのか……施設側が見学を受け入れるならそれだけで結構な稼ぎになるとすら思えるんだが。何気にクズノハ商会用とかで昇降機も設置されてるとこもニクイ」
「おいおいマジかよマジかよ! 今日のあんた凄い良い奴じゃねえの! おし、ウェイツ孤児院だな。ウチの職人を一部でも定期メンテに使ってもらえりゃあ……へっへっへ。実費どころかタダでやるって言えば孤児院も断るめえ」
拳をゴツンゴツンと合わせて職人かつ商人の顔で嬉しそうに頭の中で今後の事の進め方を考えていくブロンズマン代表。
「あらそんなお庭もあるの。凄い物が出来たのは耳に入ってたけれど、素敵ねぇ。ウェイツ孤児院ね、お土産を持って一度ご挨拶させてもらおうかしらねえ」
「きっと良い経験になると思いますよ、カプルさん」
「そういえばレンブラント君。あのギネビアさんって方に初期に協力してもらって、既に外壁までの物資運搬ルートは切れ目なく確立してある訳だけど」
「……ええ」
穏やかな発言の直後に鋭い光を目に宿したカプル代表がレンブラントを見据える。
お婆ちゃんらしからぬ眼光。
彼女について狼が婆の皮を被ってる、と一部で囁かれる所以だ。
「かなりの物資があちらに届き続けているわよね? いえね、運搬は責任を持って確実に遂行するわ? でも医薬品にしろ衣料品にしろ食料にしろかなりの量になってるわね。私、古い人だからというのもあるのだけど……物資を無駄にする人は大嫌いなのよね」
「存じてますとも」
「これまで通り送り続けて良いのね? 届け先で野盗に奪われるなんて無様もないわよね?」
「当然です。御心配になるほどの量である事も承知しておりますが、全て必要だからこその動きです」
「……そう。御免なさいね、少しばかり老婆心というのかしら。心配になってしまっただけなの。レンブラント君、今回の件では珍しく入れ込み過ぎな位力が入ってるもの。貴方ってどちらかと言うといつも余裕綽々で相手で叩き潰すタイプじゃない? だから、ね」
「余裕はある様に見せているだけですよ、カプルさん。こうして内から覗かれると私などこんなものです」
にっこりと「余裕綽々の笑顔」を浮かべ、その後頭を掻くレンブラント。
「びっくり。凄く安心しちゃったわ、今。となると……私のところも覚悟を決めて思い切り身銭を切る時かしら」
「……」
『?』
レンブラントの笑みが口元だけに残る。
目が取引相手を見据えるソレに変わっていた。
他の三商会はカプル代表の意図がまだわからかったのか、疑念を示していた。
何しろ新生ツィーゲの馬鹿げた案と言い、この一件はレンブラントが仕掛け人でありカプルが最初の同盟者だ。
彼女が何らかの意図で漏らさなければ、この場の誰かはまだこの先のツィーゲの設計図を知らずにいたかもしれない。
見ているゴールとその先が見えている者とある程度読める者、そしてまだどこか夢物語の様に感じている者との差が如実に出ていた。
「今回の件、レンブラント商会が物凄くお金を出しているのよね。はっきり言って私が予想していたレンブラント君とこの総資産なんてとっくに超えちゃってる。まだ借金まではしてないみたいだけど、蓄え続けてた底力を全部放つつもりで吐き出しているんじゃないかって思うくらいよ」
「……」
「さっきの尋常じゃない物資にしても、ジュエルウールの買い付けにしてもそう。国が幾つか買えるレベルよね」
確かに、と他の代表も頷く。
彼らも商人ギルドの重鎮として、大商会を名乗る商人として相応の出費はしてきている。
だがレンブラント商会は頭一つどころか桁外れの出費をしていた。
戦争の戦略面にしても傭兵団や各商会の雇われ冒険者などが会議に参加してはいても、一番大きく影響を及ぼしているのは間違いなくレンブラント商会だ。
金を出すのだから発言力も強い、というのもあるが時に奇抜でもその策は何も知らず防ぐ側としては困難で有効なものも多く。
現時点で商人でありながら政治家としても活躍しているのが彼だった。
そんなレンブラントが金を出す意味の一つ。
夢の為、街の為に利益など度外視で。
では決してない。
彼は戦争というものを多少知っている。
やる以上は絶対に勝たなくてはいけないのが戦争である、という覚悟もその一つであり金を惜しまぬ理由の一端を担ってもいた。
ただやはり勝った後に確実に元を取る方法も、レンブラントは既に実行していた。
「でね、私も少し考えてみたの。ねえ、新しく壁のこちら側全てを領土として独立できたとして……新たに得た土地の所有権はどうなるのかしら。レンブラント君の考えは?」
「……当然、難しい事などごちゃごちゃと取り決めて不公平など出しては誰も納得してくれぬでしょう。都市国家の門出に不和など当然不要です。ですから冒険者や兵士として戦った者はともかく。我々商人については純粋に戦費負担の応分で土地を分ければ良いではありませんか」
『な!?』
「誰もが納得するやり方で、かつ貴方が一番得をして、文句を付けたくても出来ない。やっぱり、恐い子ねぇ」
カプル代表がほぅと溜息を一つ。
このままレンブラントが凄まじい出費を続けツィーゲが独立すれば、新たに得た土地の権利の多くを彼が取得する。
延々と高騰を続けるツィーゲの地価。
この場で不動産の知識で一番長けているのはレンブラントだ。
彼は金融と不動産について、自身に並ぶ、或いは自身を超える商会の存在を一切許していない。
ツィーゲにおいてこれらの業種は大手と呼ばれる前に大概が吸収か消滅という結末を迎えている。
ノウハウにしてもレンブラント商会とグループに勝る所など無い。
良い場所から振り分けた場合、今の街から近い場所などは全てレンブラント商会が抑え、他は必要なら彼から言い値で買うしかなくなる。
または甘んじて今の街から遠い場所を活用するか、だ。
「この戦争に勝たねば何ら意味が無い、ただの妄想、一つの考えに過ぎませんよ。何、戦争に勝った旨味は戦争にかけた労力と金、功績によってきちんと分けねば不公平。商人にとってそれは金でしょう、と。実にシンプルでわかり易い話だと思いますよ?」
「ええ、冒険者ギルドにはもう話を通してあるんですってね。彼らにも相応に報いる、協力者を使い捨てるような事を商人ギルドもツィーゲも決してしないって。レンブラント君の評判、凄く高いわよ。ご家族が不幸の渦中にあった頃とは大違い」
「ただ街の為を思って行動しているまでです。既得権益、利権などに振り回されてはアイオンの支配を受けていた時と変わりませんよ、そうでしょうカプルさん?」
「今やその台詞も嘘と言えないのが凄いわ。さ、お金作らなくちゃね。このままじゃレンブラント君の総取り、邪魔をしようにも負ければ私達はまず殺される。いつからかはわからないけど、上手に巻き込まれたものよねえ」
『……』
状況を察した会議のメンバーは誰もが冷や汗を流していた。
確かに巨大な一つの街を作るにしても新たに増えた土地はどう分配するのか。
新たに出来るであろう街の運営母体の所有物として一旦まとめるとしてもだ。
その全てを領土とする一つの街を作る、などという前代未聞の発想が根っこにあるその街で街が土地を所有し続ける、これまでの国家の様に土地を持つというやり方が適当なのかどうかなど誰にもわからない。
戦後を勝利で迎えたとして色々とごたつく中で議論を重ねるにしても、もしレンブラントが今の活躍ぶりの中で冒険者まで味方につけて土地の個人所有と分配について一見公平に見えるやり方を大々的に提案したならば。
引っくり返すだけの提案が出来るものなのか。
下手をすれば戦争に勝っても命の危険がある。
それこそ今、ツィーゲの為に戦争に勝つ為に金を惜しまぬ方が確実に身を守る術となる。
(ババァめ。呑気に戦況を眺めているだけで甘い汁を吸おうなんぞと考える馬鹿どももこの機会に切り捨ててやろうと思っていたものを。……いや、私が使っている費用を探って金欠を心配し始めた? 有り得るな、こんな脅しをされたらここにいる連中は漏れなくこぞって金を出してくる。ち、バトマ辺りにはこれで船を降りてもらう予定でいたが……ちと恩を売っておく方が面倒も少ない、か?)
レンブラントは黙っていた。
しかし心中ではそれなりにカプル代表に毒づき、更に他の商会を値踏みしていた事を隠しもしない。
(あらあら。もしかしてお金はまだまだ余裕なのかしら。だとしたら少し悪い事しちゃったかもしれないわねぇ。レンブラント君の言う通り戦争は勝たなくちゃ意味が無い。勝った場合の元の取り方は予想通りとして……この子の自信はどこから来てるのかしらね。あの転移の欠点をほぼ無くしたみたいな大量輸送スキルを持っていたギネビアさんといい、冒険者ギルドのトップがこの街に来ている事といい……。こんなに血が滾るのなんて久しぶり。ああ、もっと若ければねぇ、私ももっと……)
カプル代表もまた仮面の下で舌なめずりする狼が顔を出していた。
今だレンブラントの必勝の自信の正体には辿り着いていないが、彼女は今日この場でツィーゲ独立にオールインする事を決めた。
「ははは、何を仰います。共にツィーゲ独立を目指す、言わば同志じゃありませんかカプルさん。私は私の全力を尽くす。皆さんだって皆さんの全力を尽くしていると私は信じています」
「ええそうね。私もこのお祭りが人生最後の一花だと思って頑張るわ。よろしくね皆さん」
「まだまだお若いじゃありませんか、はははは」
「うふふ」
『……』
何とも乾いた笑いが響き、やがて消える。
解散の宣言は無く、誰かが立ち上がるのを合図にして五人は会議室を後にした。
のんびりと余裕を見せて最後に退室した二人以外は、誰も笑っていなかった。
何とも形容しがたい空気が漂っている。
盛大に馬脚を露わしている相手が目の前にいるのに、そこに突っ込むと何故だか自分が大火傷をする気がしてスルーするしか無かった空気。
長々と無理に説明するのならそんな雰囲気だった。
「うーむ、期せずして蜃気楼都市について新たな事実が発覚したというのは喜ばしい事だが。ますますこの鬱陶しい戦争をさっさと済ませなくてはいけなくなった。皆さん仕事は既に山積みだというのに、いや、困ったものだ」
唯一普段の彼よりもずっと飄々とした態度でおどけて見せたのはパトリック=レンブラントだ。
彼が敢えてそうして見せたのはクズノハ商会とレンブラント商会が非常に親しく付き合っているのだと他の商会に示す意図もある。
彼が明かした情報に動じてなどいないし既に更に先を見て手を打っているから憂う事など何もないと、周囲にアピールしているのだ。
「……確認ですが。アレはまだとんでもない事を隠している。蜃気楼都市とクズノハ商会の関係は謎のまま。そこもご存知の上で、貴方は笑っているわけですねレンブラントさん」
「勿論だよムゾーさん。しかしね、現状ライドウ君だけが我々商人にとって蜃気楼都市の意思を知る為の唯一の手段である事は何も変わらない。そして、彼がもたらす情報の精度もね。とても恐ろしくもあるが……これまで彼から私に、そしてツィーゲに報告された情報で間違っていた情報はね、無いんだ一つも」
ライドウの説明を聞くうち、皆がまず一番に感じたのは彼が話している内容の不自然さだ。
これまで全くと言っていい程情報を持ち帰る事が出来なかった都市の内部情報を当たり前に知っていて説明しているのだから周囲が違和感を覚えるのは当然の事だ。
そして冒険者から徐々に得られてきた情報とは内容の詳しさも深さも次元が違う。
当の本人が去った後、次に彼と近いレンブラントにムゾー商会代表がこぼしたのはごく自然な事で、そしてレンブラントの返答は恐ろしいものだった。
「そうねえ。ウチが最近親しくさせてもらってるビル君のパーティでもライドウ君の話を聞く限り、まだ随分と手前側で過ごしている感じだもの。複数の壁で区切られた街、強さを競う闘技場、沢山の種族が仲良く暮らす異様、そして主の存在。はっきり言ってあの子は詳し過ぎるわねえ。まだ隠し事をしてますが話せるのはこれだけです、と言わんばかり。あんなやり方、狙ってされたら感心しちゃうけれど……ライドウ君は多分素でやってるだけよねぇ」
「なんだ、ビルギットはカプルの嬢ちゃんが手を付けてたのか。じゃあ俺んとこは深入りしねえ方が良いか……」
「あら、気にしないで? 彼は扱う武器も特殊だし優れた鍛冶職人との付き合いは冒険者にとってはとても重要よ。仲良く支援してあげましょ」
「こりゃ済まんな。刀を専門に扱う中じゃあいつはピカイチでな。手入れをするにも使い方を知るにも参考になる。ありがとよ」
カプル商会代表はライドウが策を持って情報を公開したのではなく、素で話しているのだと察して困ったものだとやや呆れている。
結果的に誰も突っ込めない状況下になってしまったのは、恐らくクズノハ商会のブレーンが優秀なのだろうと察しもするが、やや危なっかしさも感じているようだ。
その言葉の中で出たビルという名に反応したのはブロンズマン商会の代表だ。
ビル=シート。
依頼中に三パーティ全壊の憂き目を見ながら無事生還、パーティ再結成を果たし、最近右肩上がりの成長株となっている冒険者の一人。
ケンカクという珍しいジョブで刀を愛用するようになった彼は鍛冶職人が刀の改良や手入れを行う際に多大な貢献をしている人物でもある。
少しでも長生きして腕を上げて欲しいとブロンズマン商会が支援を申し出るのも不思議ではなかった。
大きな商会が一つのパーティに対して複数で支援を行うのはあまりない事だが、今回は珍しく何の対立も起こらず話がまとまったようだ。
「手を出したらまずいと武力をちらつかせていた事を、彼は自覚していませんでした。随分と物騒で危険な人物と付き合うもんですねえ、レンブラント代表は。いやはや器がでかいというか、恐いもの知らずというか」
「誓って彼に悪気は無いんだ。ただね気持ちはわからんでもないよバトマ代表、我々の様な邪推の塊のような人種がああいう話を聞かされると、確かにクズノハ商会が潜在的に有する戦力が恐ろしくもなる」
バトマ商会の代表は苦々しい表情でライドウの振舞いに文句をつける。
屋台一つから飲食業界の雄に上り詰めた彼にとって、暴力を背に場所代を要求してくるような土地の地回りなどは大嫌いな人種だった。
だからこそ同業で力を合わせ横の繋がり重視で提携を進め群商会という形式を生み出した。
それをギルドに認めさせ、長らくこの街で暴力に屈する事のない飲食業の発展に尽力してきた。
無意識にでも悪意なくでも、ライドウの言葉の内容に不快を感じたのは無理からぬ事でもある。
レンブラントはバトマ商会の背景も把握した上で、それらの忸怩たる想いを邪推とぶった切ったが。
「あまりバトマ君とこを苛めないの。ねえレンブラント君、実際クズノハ商会だけが蜃気楼都市から安定して物資を手に入れているし、その辺りの物流手段なんかは彼、オープンにしているのかしら。お婆ちゃん、そこは出来たら知りたいのよね~」
「俺んとこだと、正直あそこの職人の武具加工技術がとんでもねえ。明らかに手加減してやがるのに、こっちの何倍も上の技術を持ってんだから堪らねえわな。奴らエルダードワーフなんて古種を名乗ってやがるが、真偽はともかく技量は間違いなくそのクラスだ。あれが蜃気楼都市の産物にせよ元々の奴らの実力にせよ、出来る事なら職人の弟子入りなんぞを検討してもらいてえな」
「ムゾー商会としては特別に求めたい事はありませんが……しかしこの場でもこれほどの存在感を放つのであればクズノハ商会、正式に我々の一員として迎えるべきでは? レンブラントさんならとうにお考えとは思いますが……」
各商会からクズノハ商会への要望がレンブラントに向けられる。
当の本人がいる時にそうしなかったのは、純粋に恐怖があったからだ。
これはどこになら触れても大丈夫な存在だろうか、と皆が値踏みしていた。
場合によっては危険だとは全員が直感で理解していたという事でもある。
そんな中でムゾー商会は特に要求なく、ただクズノハ商会をツィーゲのトップ商会の一つと認めてはどうかと提案したのみ。
当然理由がある。
クズノハ商会はムゾー商会にとって優秀で替えがきかない取引先となっているからだ。
急遽必要な素材にしろ蜃気楼都市産の素材にしろ、クズノハ商会にはかなりの無理もお願いしているという自覚がある。
もちろんそれなりの値段で頼んではいるものの、同じ金額を積めば他でも何とかなるかといえばどうにもならない場合も多々ある。
何でも屋という、ある意味どの業界にも手を突っ込んできかねない業種でありながらクズノハ商会はムゾー商会と敵対する事なく今の所共存出来ている。
例えば直近ではバトマ商会がクズノハ商会と揉めそうな雰囲気だが、ムゾー商会は両者の対立が明らかなものになった場合はクズノハ商会を擁護しようと決めている。
その位にはクズノハ商会に義理を感じている関係でもある。
狙っていれば先を見据えた素晴らしい根回しの一環だとライドウは称賛されただろう。
ただ唯一残念な点は、ムゾー商会からの緊急依頼はアクアやエリス、コモエなどのお小遣い稼ぎとして処理されているという部分か。
勿論森鬼であり優秀かつ忠実な店員であるエリスは深淵なる策士の視点からムゾー商会との良好な関係を構築、継続していたに違いない、かもしれない。
ともあれ、ライドウは与り知らぬ事だったりした。
「……どうだろうな。お歴々も思う所はあるだろうし、何より彼自身が役職を授かって一つの街に縛られる事を良しとしない気質を持っている。無理にこの会議の一員に迎える必要は無いと考えている」
「賢明なお考えだと思います、レンブラント代表」
「ありがとう、バトマ代表。私も彼には嫌われたくないからね。誠実な友人でありたいと常々思っている。そうだな……ライドウ君は我らツィーゲの貴重な友人であり、プラスワンというべき存在だと認識している」
一瞬だが周囲がその言葉でシンとなった。
「……なるほど、肝に銘じておきますよ」
「誠実な友人、ですか。私も一層気を付けましょう」
「それが良いのでしょうねえ。今度お茶菓子持って押しかけちゃおうかしらねぇ」
「そん時は俺も連れてってくれ、嬢ちゃん。一回工房を覗きてえ」
クズノハ商会への接し方を察して各商会の代表が口々に感想を漏らす。
レンブラント商会の代表が嫌われたくないと言った意味を彼らは瞬時に理解した。
仮に関係が悪化したとして、どうやって修復をするのか。
商人、商会にとっては大事な事だ。
常に取引先の代替がある訳ではない。
どうすれば相手の機嫌を直せるかはとても重要だ。
知っておけば場合によっては相手の感情を利用して情報を得たり交渉を有利に進める事だって出来る。
ある意味で彼の弱み、とも言える。
だがこの街で大抵の無茶が通るレンブラント商会の代表が嫌われれたくない、とはっきり言った。
実際友人としての意味合いで彼は言ったが、周囲がどう捉えるかも彼は理解している。
性質が悪い男だ。
つまりレンブラントは自分は一番ライドウと付き合いは長いし深いが一度関係がこじれた場合どう修復して良いか未だにわからない、だから嫌われるのが恐ろしい。
そう周囲が受け止めるとわかっていて、この場で嫌われたくないと口にしたのだった。
「ま、彼もその後の新生ツィーゲ案には大分驚いていたようだから痛み分けという事で良いんじゃないかな、諸君」
「……壁については既に知っていましたけどね」
突如話を切り替えたレンブラントに冷静にムゾー代表が突っ込む。
「そこは私もびっくりだよ。どんな情報網なら可能なのかねえ」
「中身の一つに使った素材に至ってはクズノハ商会から仕入れてたとか。レンブラント君にしては抜けてるんじゃないかしらね」
「カプルさん……あれを防壁に仕込むというアイデアについては正直自分でもかなりの発想だと思ってるんですよ? 何で一発で見抜かれたかな?」
「アレ、一時期少しだけ素材市場に出てた蜃気楼都市帰りの冒険者が持ち帰った希少品だろ? 石綿に似て、だが明らかに性能の桁が違え。俺らがガラス素材と色々を調合して試作してるのと比べても、だ。一握りだけ手に入って分析した時には頭が狂うかと思ったぜ。まさか街の外壁全部に仕込もうとするあんたも大分頭おかしいなこりゃ、と思ったがね」
「そう。アレを安定して大量に手に入れられたら。密かに冒険者にも依頼を出していたんだが……こないだウェイツ孤児院なる施設の改築を見に行った時にね、ライドウ君とこがそれはもう大量に使ってるじゃないか。辛うじて頑張って耐えたが顎が外れるかと思ったな。魔術の触媒に使った後の宝石屑をリサイクルする為に考えた使用法だそうだが……」
いやお前もどうかしてるぜ、とブロンズマン代表に言われたがレンブラントは気にした風もなく。
出処や製法についてそれはもうわざとらしく漏らした。
「マジか!? あの話題の孤児院そんなとんでも素材を活用してんのかよ! ……え? おいおい、今さらっと製法口走ったなあんた!?」
「何せ三階には庭があるしねぇ。あれ、空中庭園とでも言うのか……施設側が見学を受け入れるならそれだけで結構な稼ぎになるとすら思えるんだが。何気にクズノハ商会用とかで昇降機も設置されてるとこもニクイ」
「おいおいマジかよマジかよ! 今日のあんた凄い良い奴じゃねえの! おし、ウェイツ孤児院だな。ウチの職人を一部でも定期メンテに使ってもらえりゃあ……へっへっへ。実費どころかタダでやるって言えば孤児院も断るめえ」
拳をゴツンゴツンと合わせて職人かつ商人の顔で嬉しそうに頭の中で今後の事の進め方を考えていくブロンズマン代表。
「あらそんなお庭もあるの。凄い物が出来たのは耳に入ってたけれど、素敵ねぇ。ウェイツ孤児院ね、お土産を持って一度ご挨拶させてもらおうかしらねえ」
「きっと良い経験になると思いますよ、カプルさん」
「そういえばレンブラント君。あのギネビアさんって方に初期に協力してもらって、既に外壁までの物資運搬ルートは切れ目なく確立してある訳だけど」
「……ええ」
穏やかな発言の直後に鋭い光を目に宿したカプル代表がレンブラントを見据える。
お婆ちゃんらしからぬ眼光。
彼女について狼が婆の皮を被ってる、と一部で囁かれる所以だ。
「かなりの物資があちらに届き続けているわよね? いえね、運搬は責任を持って確実に遂行するわ? でも医薬品にしろ衣料品にしろ食料にしろかなりの量になってるわね。私、古い人だからというのもあるのだけど……物資を無駄にする人は大嫌いなのよね」
「存じてますとも」
「これまで通り送り続けて良いのね? 届け先で野盗に奪われるなんて無様もないわよね?」
「当然です。御心配になるほどの量である事も承知しておりますが、全て必要だからこその動きです」
「……そう。御免なさいね、少しばかり老婆心というのかしら。心配になってしまっただけなの。レンブラント君、今回の件では珍しく入れ込み過ぎな位力が入ってるもの。貴方ってどちらかと言うといつも余裕綽々で相手で叩き潰すタイプじゃない? だから、ね」
「余裕はある様に見せているだけですよ、カプルさん。こうして内から覗かれると私などこんなものです」
にっこりと「余裕綽々の笑顔」を浮かべ、その後頭を掻くレンブラント。
「びっくり。凄く安心しちゃったわ、今。となると……私のところも覚悟を決めて思い切り身銭を切る時かしら」
「……」
『?』
レンブラントの笑みが口元だけに残る。
目が取引相手を見据えるソレに変わっていた。
他の三商会はカプル代表の意図がまだわからかったのか、疑念を示していた。
何しろ新生ツィーゲの馬鹿げた案と言い、この一件はレンブラントが仕掛け人でありカプルが最初の同盟者だ。
彼女が何らかの意図で漏らさなければ、この場の誰かはまだこの先のツィーゲの設計図を知らずにいたかもしれない。
見ているゴールとその先が見えている者とある程度読める者、そしてまだどこか夢物語の様に感じている者との差が如実に出ていた。
「今回の件、レンブラント商会が物凄くお金を出しているのよね。はっきり言って私が予想していたレンブラント君とこの総資産なんてとっくに超えちゃってる。まだ借金まではしてないみたいだけど、蓄え続けてた底力を全部放つつもりで吐き出しているんじゃないかって思うくらいよ」
「……」
「さっきの尋常じゃない物資にしても、ジュエルウールの買い付けにしてもそう。国が幾つか買えるレベルよね」
確かに、と他の代表も頷く。
彼らも商人ギルドの重鎮として、大商会を名乗る商人として相応の出費はしてきている。
だがレンブラント商会は頭一つどころか桁外れの出費をしていた。
戦争の戦略面にしても傭兵団や各商会の雇われ冒険者などが会議に参加してはいても、一番大きく影響を及ぼしているのは間違いなくレンブラント商会だ。
金を出すのだから発言力も強い、というのもあるが時に奇抜でもその策は何も知らず防ぐ側としては困難で有効なものも多く。
現時点で商人でありながら政治家としても活躍しているのが彼だった。
そんなレンブラントが金を出す意味の一つ。
夢の為、街の為に利益など度外視で。
では決してない。
彼は戦争というものを多少知っている。
やる以上は絶対に勝たなくてはいけないのが戦争である、という覚悟もその一つであり金を惜しまぬ理由の一端を担ってもいた。
ただやはり勝った後に確実に元を取る方法も、レンブラントは既に実行していた。
「でね、私も少し考えてみたの。ねえ、新しく壁のこちら側全てを領土として独立できたとして……新たに得た土地の所有権はどうなるのかしら。レンブラント君の考えは?」
「……当然、難しい事などごちゃごちゃと取り決めて不公平など出しては誰も納得してくれぬでしょう。都市国家の門出に不和など当然不要です。ですから冒険者や兵士として戦った者はともかく。我々商人については純粋に戦費負担の応分で土地を分ければ良いではありませんか」
『な!?』
「誰もが納得するやり方で、かつ貴方が一番得をして、文句を付けたくても出来ない。やっぱり、恐い子ねぇ」
カプル代表がほぅと溜息を一つ。
このままレンブラントが凄まじい出費を続けツィーゲが独立すれば、新たに得た土地の権利の多くを彼が取得する。
延々と高騰を続けるツィーゲの地価。
この場で不動産の知識で一番長けているのはレンブラントだ。
彼は金融と不動産について、自身に並ぶ、或いは自身を超える商会の存在を一切許していない。
ツィーゲにおいてこれらの業種は大手と呼ばれる前に大概が吸収か消滅という結末を迎えている。
ノウハウにしてもレンブラント商会とグループに勝る所など無い。
良い場所から振り分けた場合、今の街から近い場所などは全てレンブラント商会が抑え、他は必要なら彼から言い値で買うしかなくなる。
または甘んじて今の街から遠い場所を活用するか、だ。
「この戦争に勝たねば何ら意味が無い、ただの妄想、一つの考えに過ぎませんよ。何、戦争に勝った旨味は戦争にかけた労力と金、功績によってきちんと分けねば不公平。商人にとってそれは金でしょう、と。実にシンプルでわかり易い話だと思いますよ?」
「ええ、冒険者ギルドにはもう話を通してあるんですってね。彼らにも相応に報いる、協力者を使い捨てるような事を商人ギルドもツィーゲも決してしないって。レンブラント君の評判、凄く高いわよ。ご家族が不幸の渦中にあった頃とは大違い」
「ただ街の為を思って行動しているまでです。既得権益、利権などに振り回されてはアイオンの支配を受けていた時と変わりませんよ、そうでしょうカプルさん?」
「今やその台詞も嘘と言えないのが凄いわ。さ、お金作らなくちゃね。このままじゃレンブラント君の総取り、邪魔をしようにも負ければ私達はまず殺される。いつからかはわからないけど、上手に巻き込まれたものよねえ」
『……』
状況を察した会議のメンバーは誰もが冷や汗を流していた。
確かに巨大な一つの街を作るにしても新たに増えた土地はどう分配するのか。
新たに出来るであろう街の運営母体の所有物として一旦まとめるとしてもだ。
その全てを領土とする一つの街を作る、などという前代未聞の発想が根っこにあるその街で街が土地を所有し続ける、これまでの国家の様に土地を持つというやり方が適当なのかどうかなど誰にもわからない。
戦後を勝利で迎えたとして色々とごたつく中で議論を重ねるにしても、もしレンブラントが今の活躍ぶりの中で冒険者まで味方につけて土地の個人所有と分配について一見公平に見えるやり方を大々的に提案したならば。
引っくり返すだけの提案が出来るものなのか。
下手をすれば戦争に勝っても命の危険がある。
それこそ今、ツィーゲの為に戦争に勝つ為に金を惜しまぬ方が確実に身を守る術となる。
(ババァめ。呑気に戦況を眺めているだけで甘い汁を吸おうなんぞと考える馬鹿どももこの機会に切り捨ててやろうと思っていたものを。……いや、私が使っている費用を探って金欠を心配し始めた? 有り得るな、こんな脅しをされたらここにいる連中は漏れなくこぞって金を出してくる。ち、バトマ辺りにはこれで船を降りてもらう予定でいたが……ちと恩を売っておく方が面倒も少ない、か?)
レンブラントは黙っていた。
しかし心中ではそれなりにカプル代表に毒づき、更に他の商会を値踏みしていた事を隠しもしない。
(あらあら。もしかしてお金はまだまだ余裕なのかしら。だとしたら少し悪い事しちゃったかもしれないわねぇ。レンブラント君の言う通り戦争は勝たなくちゃ意味が無い。勝った場合の元の取り方は予想通りとして……この子の自信はどこから来てるのかしらね。あの転移の欠点をほぼ無くしたみたいな大量輸送スキルを持っていたギネビアさんといい、冒険者ギルドのトップがこの街に来ている事といい……。こんなに血が滾るのなんて久しぶり。ああ、もっと若ければねぇ、私ももっと……)
カプル代表もまた仮面の下で舌なめずりする狼が顔を出していた。
今だレンブラントの必勝の自信の正体には辿り着いていないが、彼女は今日この場でツィーゲ独立にオールインする事を決めた。
「ははは、何を仰います。共にツィーゲ独立を目指す、言わば同志じゃありませんかカプルさん。私は私の全力を尽くす。皆さんだって皆さんの全力を尽くしていると私は信じています」
「ええそうね。私もこのお祭りが人生最後の一花だと思って頑張るわ。よろしくね皆さん」
「まだまだお若いじゃありませんか、はははは」
「うふふ」
『……』
何とも乾いた笑いが響き、やがて消える。
解散の宣言は無く、誰かが立ち上がるのを合図にして五人は会議室を後にした。
のんびりと余裕を見せて最後に退室した二人以外は、誰も笑っていなかった。
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