月が導く異世界道中

あずみ 圭

文字の大きさ
460 / 551
六章 アイオン落日編

巴組

しおりを挟む
「賭場かよ!」

 或いは鉄火場。
 何やら博徒の巣窟みたいな光景がそこにあった。
 畳敷き、武装片手に座って卓を囲む紳士淑女。
 まさに賭場である。
 花札とか賽子は無いけど雰囲気はまんま。
 ファンクラブどこいった。

「ライム、これファンクラブの皮被ったカジノ的な何かだよね。外見は巴好みにしてあるようだけど……」

「あー……いえ。賭場じゃありやせん。そうか、今日はコレもあったか。道理でハコがデカい訳だ」

「?」

「旦那、ここはイカサマ御法度の運のみ一発勝負の……遊戯場、っすね」

「……いやいや」

 そいつは言葉遊び、ってもんでしょ。

「まあ、見てください。あそこ、まあ姐さんに言わせれば丁半博打なんすけど」

「僕が見てもそうだよ。明らかに賽子をお椀にチンチロリン……って何言わすかな」

「でも賭けてるのが金じゃねえんす」

「??」

 んん?
 いや、かなり本格的なコインが見えるぞ。
 いわゆるチップだろ。

「あのコインはファンクラブが独自に発行してる巴文ともえもんって代物でして。基本的には毎月頭に会員たちに配って、ファンクラブ内で直接金が物を言わないよう色々やってるって寸法で」

「と、トモエモン……」

 なんて名前のコインだよ。
 そしてなんというブラックな。
 もはやカ〇ジ、ペ〇カの世界じゃないか。

「札束で金持ちが何もかも持っていくようなファンクラブの在り様は絶対にあってはならないって暗黙の了解の下、連中も中々上手い事考えてやってますよ」

「札束で何もかも、ねえ」

 まあでもお金持ちがより多くを手に入れるのはこの世の常。
 抽選を取り入れたところで原則的には変わるもんじゃない。
 それに必ずしも金持ちでなくとも、入れ込み度合いで収入の何割を注ぎ込むかは変わってくる。
 熱心なファンがお金をより多く投じるのと金持ちの暴力とは微妙に違うような……金に綺麗も汚いもあるかって商人的センスで考えるべきか。

「この街ほど格差があるとこもそうはありやせんからねえ」

「それは確かに」

「ここじゃ姐さん絡みの情報や品物なんかを運営に渡す事でレア度や距離に応じた巴文が配布されやす。それを使って別のグッズをゲットしたり、次に備えて貯蓄したり、まあファンの間の小遣いみたいな感じすね」

「じゃあ、あの博打風景は何さ?」

「ありゃ一種のオークションす」

「オークション!?」

「大体すけど5文か10文が参加費でして、その日最も運に愛された奴が該当の一点ものの姐さんグッズを手に入れられる仕組みすね。建前上、ダブルアップを繰り返してトーナメントの頂点に立つと即決価格の巴文と同額になる寸法です」

 巴グッズ……。

「これまでの話から察するに、参加費しか金を賭けられない訳ね」

「ご明察っす」

「……ちょっとさらっと流したんだけどさ。レア度ってのはわかるけど距離ってなに?」

「姐さんの髪留めとかは距離ゼロっすよね。あれの欠損品が場に出た時はオークションの熱気は今日の日じゃなかった」

 距離、ってそういう……。
 え、この人たちほどよくマニアに熟成されてない?
 ほどよくも……無いか?
 いき過ぎてるかな。
 ライムはさも当然の様にうんうん頷いてるし。

「身につけてる物が距離的には一番価値があると」

「巴文的には、そうすね」

「ならあれか? フードコートとかで巴が巴がグラスで酒を飲んだりするとするよね」

 多少言葉が怪しくなりつつあるけど、僕はまだ正気だ。

「……へい」

「使い捨てのグラスならまあ当然捨てるだろうけど」

「……」

「それがここにレア物扱いで持ち込まれたりする、とか?」

 組織ごと潰した方が良い案件かどうか、今天秤が揺れている。

「旦那、そいつはかなりのアウト案件っす。そういうコアな連中もいるでしょうが、ここは正当といいますか真っ当なとこすから。ただ地下に潜ってる少数派にはもしかしたら、はありますかねぇ」

 ライムが真顔で即答した。
 最後のとこはかなり小さな声で残念そうに呟いてた。

「線引きは一応ある、のか」

「ええ。巴組だと髪留めとか刀の鍔、帯留めの損傷品なんかは姐さんが誰かにくれてやったものだとか、捨てようとしたところをお願いしてもらったもんだとか。人から人へのルールっつうんすかね。まあ多少グレーゾーンはあるにしても旦那がさっき仰ったようなゴミ漁りみたいな真似はしねえす」

「……なるほど。ちなみにこれ」

「!?」

「巴手製の根付、大分初期の手習いで作った物だけど。こういうのがレア物になると」

「……恐らく2000文は下らねえかと」

「……流石は相談役。詳しいな」

 だがその価値がわからん。

「何ならそいつを手土産に旦那が会員ナンバーゼロになっちまいますか?」

「冗談きついよ、ライム。今後ここに来る事も多分無いだろうしね、これはお前から後で巴組の運営さんに贈っておいて。一見学者からの挨拶代わりって事でさ」

 そうすりゃライムの株も多少はあがるだろう。
 ここの監視は彼に任せる。
 定期的に来てたら、今感じてる背筋のムズムズ感が持病になりそう。

「……謹んで頂戴致します」

「うん。で、あと実際に出回ってるグッズてのを一通り見て、澪の方に行きたいんだけど」

「わかりやした。こちらへどうぞ」

 異様な熱気渦巻く中、ライムに続いて会場を歩く。
 ふむ……アイオンのネズミが叩きだされてたけどなるほど。
 とにかく巴様と姐さん、姐御ってワードが飛び交ってる。
 そして話題についてもあいつの事や澪の事が中心だ。
 別に澪を敵視してる訳じゃなく、あくまで巴の方が好きな人達の集まりなんだな。
 特に澪をディスってるような様子もない。
 巴アゲ、澪サゲナイ。
 うん、ファンクラブとしては素晴らしいんじゃないでしょうか。
 そしてこれだけ染まってる方々だけに、僕みたく何とか一時的に馴染もうとしてる輩ってのは目立つ。
 ファンだけど場の空気にまだ慣れていない、ってのともまた違うからな。
 これはネズミさんたちも苦労するわ。
 殆どがどっかのフィルターで弾かれるわな。
 そして残ったのもライムを置いておけば洗い出せると。
 後はグッズだ。
 不要な私物とかならまだしもグッズとなると暴走しやすそうだもんな。
 おっ〇いマウスパッドとか。
 ……あれレベルはギリギリセーフにすべきか?
 アウトのが無難か?
 難しいな。

「絵か」

 案内された先の物販コーナーにはポストカードサイズの巴を描いた絵が並んでいた。
 実に健康的というか、あいつが街を闊歩する時の姿や荒野に出る時のやや戦闘向きの姿そのものだ。
 別に水着になったりもしてない。

「一番人気っすね。普段も忍ばせやすいサイズも多いすから。基本的には先ほどお伝えしたように巴文を使ってやりとりするんすけど、少数は現金でも売買されてやす。運営費は寄付がかなり集まるんで困窮してる訳ではないんすけど……どちらかといえば運は無くとも配布の巴文以上にグッズが欲しい小金持ちの熱烈な要望に負けた形すね」

「……なるほどねえ。確かに、コーナーのサイズを見るに金の方はかなり少なめの販売量にしてるんだな」

「今後バランスは変わっていきそうですが、今んとこはこんな塩梅になってやす」

「半々くらいまでは仕方ないと思うよ。これだけの規模の集まりを管理してイベントを運営するのも大変な事だろうからね」

「旦那がそうおっしゃって下さると連中も胸を撫で下ろしやすよ、きっと」

 並べてあるのも巴文とは違う巴をあしらった大きめのメダル。
 ポストカードサイズの絵各種。
 大小様々なサイズの人形。
 刀を模した木刀。
 ピンズ? いやボタンの留め具か? まあそんな感じの小さな金属製のもの。
 特にやばいものは無かった。
 一つ、等身大に近い巴像があったけど……見なかった事にした。
 そこそこ値段もするだろうにミスリル製だったし、売り物かそうでないかの確認をするのも少し怖かったから。

「特に問題なさそうだね」

「万が一に備えて俺と何人かで目は光らせてますんで、どうかご安心を」

「ああ。じゃ澪の方いこっか。相談役」

「お任せください!」

 倉庫街を出て一路街中へ。
 巴組は何かイベントもあって郊外の倉庫街だったけど、そうか。
 普通は街中の集まりやすいとこで皆集まるよね。
 うんうんと頷きながら、ふと思いついたままにライムに聞いてみた。

「あのさ、ライム。巴組ってさ」

「?」

「巴のファンなのに何で陶芸はやってないの? あいつも陶芸話ならノリノリでファンの集いにも出かけていきそうなのに。ライムなら一応教えてやれるだろう?」

「……」

「ライム?」

「旦那」

「うん」

「旦那も、やっぱ天才なんすね」

「……どこが?」

「そうすよね! 姐さん、陶芸すげえハマってますもんね!」

「ああ、巴もベレンも。亜空じゃ定番の趣味におさまってるじゃないか。ライムだってその一人だろ」

「……そうか、別に秘匿してるもんでもないって。じゃあ一回連中と姐さんで陶芸の集いって括りでいきゃあ……」

「うん、意外とツィーゲの人からもハマる人出るかもしれないでしょ。まあとりあえず巴組の人らで始めてみて……いい加減ウチだけの独占にするもんでもないでしょ。それより大勢が参加する事で凄い傑作が生まれる下地を整え始めてみる方が亜空の刺激にもなるし」

「……で、姐さんに認めてもらった出来のに何か銘を……そうだ、いっそトモエなんて名前そのものにしちまうなんてのも」

「? ライム?」

 聞いてないフインキですね、ライム君。

「巴組は他の追随を一切寄せ付けない筆頭ファンクラブの座に!」

「……ライム? 一応、君は目を光らせる目的で相談役になったんだよね?」

「……」

「もしもし?」

「……と、当然じゃないすか!?」

「……わかった。そういう事にしとく」

「旦那!?」

 澪の方は一体どんな温度感なんだろうな。
 あいつのファンクラブだから、料理人の方々中心とか?
 ライムの存在感を強める何かを澪の方のファンクラブにも提供しときたいとこだけどな。
 さて、まずは行って見てみない事にはわからんか。
 そしてライムの奴。
 澪の方もガチの相談役をやってんのかな。
しおりを挟む
感想 3,644

あなたにおすすめの小説

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。