月が導く異世界道中

あずみ 圭

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七章 蜃気楼都市小閑編

伊達メガネの君よ

 改めて驚かされる事ってのは意外と良くある。
 流通のノウハウはカプル商会の方が圧倒的に持っているのは当然で、貨物や人の行き来を時刻表に紐づけて管理できないかという考え方も、カプリさんは元々頭の片隅あたりで考えていた事のようだった。
 おそらく彼女のぼんやりとしたアイデアを僕の言葉の何かが刺激してしまって確固とした形にしてしまったんだと心底から反省もしている。
 
「ふぅ……」

 パタンと扉を閉めて退室するとため息を一つ。
 ここはクズノハ商会の事務所用の階にある会議室で、僕にとっては本来ホームだ。
 しかし今日会議室にはカプリさん以下彼女の商会の幹部クラスの人が数人で来ていて、ホワイトボードの前には識がいる。
 運搬やら時刻表の事について亜空の心当たりに話をしたところ、一番適任なのは識だった。
 彼はクズノハ商会内での物資管理の土台を固めてくれた張本人で、しかも今もなお亜空と店舗のやりとりなどを管理してくれている。
 とはいえ基本は転移でひょいっと送ってしまうスタイルが僕らのクズノハ商会な訳で。
 僕としてはそこに厳密な時刻用やらダイヤが存在しているのは知らなかったりした。
 何ならダイヤって名前がダイヤグラムっていう図みたいのの略称だった事もほんの数日前まで知らんかった。
 時刻表の事かと思ってたし、時刻表は僕にとって駅で見かける何時何分にどこ行きの電車が来るか書いているアレの事であって。
 線がびっしり書いてあって記号や数字も混ぜてあるダイヤグラムなんてのは全く覚えがない。
 分厚い本の方の時刻表にはそれも書いてあったりするのかもしれないが、少なくとも覚えてはいない。
 識は話をしてくれるうちに徐々にヒートアップしていき、言葉も滑らかに高速になって、何故か微分積分とか三角関数とか出てきたくらいで僕の方がギブアップ。
 とにかくツィーゲでカプル商会相手に一度講義兼質疑応答をしてあげてほしいとお願いし、今日に至る。
 
「少し、考えが及んでなかったな」

 識のヒートアップっぷりが、じゃない。
 偽とはいえ表向きの荷物運搬をしているように見せかけるには、それなりの知識が求められるってところにだ。
 クズノハ商会は当時こそ運搬の殆どを転移で行っていたけど、今では外回りでチームを組んでもらって過疎地域や辺境にも人や物を送っている。
 彼らが物資を受け取る場所の設置や回るコースを決める知識も、その都度ゼロから対応したんじゃなく最初からの積み重ねがあってこそのものだった。
 僕の能力と想像が足りてなかったのは事実として、識や他の皆を天才と決めつけて丸投げしちゃってたのは明らかに失態だ。
 それは事あるごとに現れては人を化け物呼ばわりして玉砕していった、僕にとっては障害だった彼らと重なる部分がある。
 積み上げられる書類の専門用語一つに至るまできっちり理解してサインするのは至難の技ではあるけれど、もう少しわかる部分を広くしておけば今回くらいの事なら識をロッツガルドから呼ぶ必要はなかったようにも思える。
 実際識が数学を噛み砕きつつ、実際の事例と合わせてダイヤグラムをホワイトボードに書き出した時、カプル商会の面々は感心するような驚嘆するような声音でおお、と声を漏らした。
 つまり何となく図示される事の内容や意義を理解してるって事だろう。
 
「縦軸にあるのが街や停留所、倉庫。横軸が時間を――」

「拠点や停留地それぞれが正確な時間を共有できれば――」

「馬車の動きは基本的に斜線となって出てくるわけか」

「現状で最も大きい流れとなりそうなのが黄金街道から倉庫街、倉庫街からは旧外壁……いやコランまで想定すべきか?」

「いや倉庫街からコランではあまりに扱う情報が増えすぎる。この図や時計を活用しても管理しきれるものではないよ」

「ならば商会の集まる中枢で分岐させる案、ダイヤというのはそれも扱えるので? 識殿」

「中継点や合流、待ち時間の発生についても印の活用やそもそも横軸の時間管理の単位次第で――」

 ……。
 室内から漏れ聞こえる声が大分僕の理解を超えてきている。
 ただそれ一筋でやってきた一線級の商会の代表と幹部たちだけあって出来は凄いみたいだ。
 しっかし、これは確かに流通のカプリ商会の十八番おはこに分類されるだろうけど……全く新しいタイプの専門家が内部に生まれる兆しってやつなのかもしれないな。
 今のカプリ商会には荷台の修繕や馬の世話ができない人はいないっていうけど。
 これからは細分化、専門化していってそれが出来ない専門家が生まれてくるかも。
 
「……良い事なのか悪い事なのか、なんか複雑な気分だな」

 初心が変わってしまう寂しさのような、より先を目指しスタート地点が先に先に動いていく進化を感じる楽しさというか。
 中で講義中の識は圧倒的に楽しそうだ。
 普段ロッツガルドでは全くしないタイプの講義と、違う方向のやる気に満ちた生徒だからかな。
 識にはウェイツ孤児院には基本的にタッチさせてなくてロッツガルドメインで動いてもらっているから久々のツィーゲだから、そこも一因かな。
 孤児院の教育にも識はやや控えめに目を輝かせていたけど、あそこは基本巴を頭にしてやってもらってる。
 大体、本来睡眠は気分でやってますから夜でしたら時間はまだ取れますとひそひそ打ち明けられたところでさ。
 孤児にせよジンたちにせよ、夜間講義なんてブラックなものを受けさせる気は毛頭ない。
 僕は十代までは朝型生活で夜はぐっすり寝るのが一番だと思ってる。
 根拠は一切ないけどね!
 親になった事もないしね!
 そっから先はまあ、個人の生活スタイルとか合った暮らしが仕事によって大きく別れると思うしずっと昔の生活スタイルを守るのは難しいのもわかるから何か言う気はない。

「そこで着目すべきが冒険者であり――」

「あら」

「現役だけではなく引退した元冒険者か」

「確かに、はいて捨てる程いる彼らが破落戸ごろつきになるよりは余程」

「しかし田舎に帰る彼らを無理に引き留めて高い給料を出すのか?」

「去りたい者は無理に引き止めずとも良いでしょう。この街に引退後も居たい冒険者だって多いのだから」

「それにこれからツィーゲには人が流れ込んでくる、というのがレンブラント商会の御大の読みですよ?」

「あそこはもうとっくに冒険者でこっちでも通用しそうなのは抑えだしてるんでしょうな」

「争奪戦になりそうですね、ははは……」

「なにリタイヤ後の選択肢が複数あるのはどの仕事にしても喜ばしい事だがね」

「まあ孤児や冒険者を優秀な人的資源の鉱山と見るのは元は我らクズノハ商会の代表ライドウがその柔軟な発想によりレンブラント商会とこの街にもたらした福音ではありますが?」

 ぶっ!
 識!
 さらっと大嘘ぶっこんで僕のハードルを上げないでくれる!?

「ライドウ君ねえ、あの子は亜人の雇用からして既に革命的な考えを持った子だったものねえ」

「そこは進歩的と言ってもらいたいものですね、カプリ代表」

「いやいやあれは進歩とか裏技とかじゃなく、確かに革命だったよ。そこで人材をまかなうかね、と最初は絶対に頓挫するに違いないと思っていたくらいだ」

「ええ、まさかヒューマンの雇用ゼロなんて道、獣道ですらないもの」

「その後に一応ライム=ラテを雇いはしたが」

「彼とも揉めに揉めた関係だったと聞いていたし、度肝を抜かれ続けてるわ」

 確かに、ヒューマンの街の実情を考えればいくらツィーゲでもあれは今思えばかなりの無理だったかもしれない。
 アクアやエリスは本当によくやってくれているんだと思う。
 巴、きっと凄く考えた上で人選を決めてくれたんだろうな。

「ちなみに今、学園都市ロッツガルドではヒューマンの学生を限定的に雇用する試みも進めていますので雇用ゼロというのは少し間違った認識ですね」

 ああ、バイトのジンやアベリアか。
 そういえば、ツィーゲでは日雇いはともかくアルバイトってシステムについてはどうだったっけ?

「初耳ね、その限定的な雇用というのは? 興味あるわあ」

「アルバイト、という形態です。簡単に言えば時給や日給で月単位、年単位で人を集めて雇うやり方ですね」

「? 商会として雇うのに月や年で区切ってしまったら仕事を覚えてもすぐに期間が過ぎてしまわないかしら?」

「正式な雇用ではなく、例えば学生であったり主婦、先ほど少し挙がった冒険者を引退した者たちの補助的な収入としての雇用、とライドウは考えております。当然その先手放すのが惜しい人材に育った場合は正式に雇用するのも手ですし、常時抱えるには難しいが繁忙期だけ日雇いよりも長く人を維持したい場合にも活路になるのではないかとも」

「……つまり、冒険者への依頼のような感覚で一定期間仕事をしてもらう感じなの? 日雇いと正雇用の中間かしらねえ」

「近い認識かと思います。割り振る仕事の内容にもよりますが機密保持にも有効に働きますね。もっとも、こちらの考え方をしますと任せた仕事次第では機密が漏れる恐れもあります。特に荷物の預かりなど信用に重きが置かれる業種の場合は扱いに細心の注意が求められるでしょう」

「そう、か。そんな雇用形態なら雇うやつ一人一人の細かな取り決めや補償などまで面倒をみてやる必要が無いのか」

「多少賃金に色をつけてやる程度で人を集められて急な状況でもある程度の業務拡大が無理ではなくなる。マム! あ、代表。人を雇うのが劇的に『軽く』なりますよ、これって」

「リスクをかんがみても……我々が抱える問題を一気に解決できる凄まじい可能性に満ちているんじゃ」

「とんでもない事を思いつくものねえ、あの子。じゃあレンブラント商会が進めている一部製造業種の生産能力向上を謳ってるアレもクズノハ商会が切っ掛けじゃないの。ずるいんだから、もう」

「ラインの事であれば確かに私も若さ、ああいや代表といくらか話し合ったものです」

 ……いやそこまで深く考えてなかったヨ?
 ……話し合ったというか説明を聞かされていたようなものだったヨ?

「もしかしてお店でやってるショーケース、あれもライドウ君なの?」

「いえ、あれは商会内の自由な発想の結果であったり我々が商売を通じて知り合った有能な方々の才能の発露を広く皆様にお知らせできればと始まったものです。代表の発案ではありますが、中身はほぼ別の者のアイデアやそれに準じたものとなっています」

「私としてはね、あの街のミニチュアが凄く気になったのよね。これはここにいる子たちも同じなのだけど」

「……ほう」

「街の機能を凝縮したようなデザインが素晴らしかったと思っているの。見た事もない、住みやすそうな街。同時に、少し何かが足りないと私は思ったのよ」

「足りない、と?」

「何て言うのかしらね、足りないじゃないのよね……そう欠けている感じよ。あれは完成形から何かを削った結果じゃないかって、ねえ」

 模型として興味を持つ人がいるかと思いきや、模型の内容に興味を持つ人もいたか。
 あそこから抜いたのは列車と線路だけなのにそれでも違和感があるものなのか。

「削る……ははぁ、そういう事ですか。流石はツィーゲの流通を仕切る女傑だけの事はありますね。線路と列車、鉄道の影を見出しつつあるとは、驚きました」

「やっぱりナニカを意図的に抜いていたのね?」

 カプリ代表が悪戯を咎めるかのような口調で識に確認する。
 対照的に幹部の人たちからは驚きのざわめきが生まれていた。

「驚きのあまりつい余計な事も話しましたが、まあそれもここまでとさせて頂きます。では質疑応答を続けましょう」

「じゃあ先生。あの模型のモデルは、ずばり蜃気楼都市かしら?」

「的外れな質問ですね、カプリ君。あれはドワーフの職人の手慰みですよ」

「あら、じゃ蜃気楼都市ってどんな街なのかしら」

「その内に冒険者に依頼を出してみたらいかがですか? 私を蜃気楼都市に連れて行って、と。恐らく周りの皆さんが取り下げるでしょうし、ギルドでもカプリ氏からのその依頼を受ける冒険者は中々いないと思いますが。はははは」

「識君はライドウ君よりだいぶ意地悪なのねえ、彼からロッツガルドをポンと任されるだけあるわ」

「恐縮です」

 人差し指で講義用にと用意した伊達メガネをクイとあげてみせた識は一礼して優雅に老女に応じた。
 これも雰囲気づくりです、と見せられた時には丸いフレームでギャグかと思ったけど……。
 見事に似合っているのが凄い。
 ゴルゴンのついでに幾つか作ってみた物のはずなのに、流石は識だな。
 よし、もう戻った所であの上がりきったハードルを越えるのは僕には無理だ。
 先生に任せてお仕事しようっと。
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