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3巻
3-2
1
「ふむ、学園都市、か。それに〝何でも屋〟ねえ」
冒険者ギルドから宿へと戻り、今日の出来事を思い返していると、商人ギルドで教えてもらった都市の名前がうっかり口をついて出た。何でも屋というのは、僕がクズノハ商会の業態として申請しようと考えているものだ。
「若、学園都市とはいったい何ですかな?」
反応したのは巴だ。
「ああ、商人ギルドで教えてもらった街の名前だよ。クズノハ商会第一号店をこのままツィーゲで開店すると、間諜業務にご執心のアイオン王国所属になるらしいから、ちょっと悩んでるんだよ」
「なるほど。確かにここは、自治性が高いとはいえアイオン王国領内の都市ですからな。他国の動向を探ることに執着する体質は昔から変わっていないようですな」
ここがどこの国の領内か知ってたのかよ。当たり前のようにアイオン王国領とか口にしてるし。巴さんよ、そういう地理情報はもっと早く披露してくれ。
「うん。ここで店を出した商人は強引にその活動に誘われるかもしれないんだよ。それは避けたいから、当面はどっかの店舗に間借りして営業をしながら、折を見て学園都市に行こうかなと」
「ふむ……。で、その学園都市というところはどんな街なのですか?」
巴が尋ねてくる。
「お前が知らないのなら、きっと比較的新しい街なんだろう。どの国にも属していない特殊な中立都市なんだと。だからそこで開業すれば、もしかしたら間諜活動なんかせずにどの国でも商売できるかもって話。僕も商人ギルドで聞いただけだからその程度しか知らないよ」
商人ギルドのお姉さんの話だと、スパイ活動は何もアイオンだけに限った話ではなさそうだった。けど、さっきの巴の口ぶりからすると、このアイオン王国は特に年季の入った諜報国家みたいだな。絶望的です。ツィーゲは辺境にある都市だからか、あまりそんな匂いは感じないのになあ。
「しばらく見ないうちにだいぶ世の中が変わっておるようで。世界地図も版図が大きく変わったらしいですからな」
巴の情報がいつ頃のものかにもよるけど、あの女神の話では魔族と何かが好き勝手やっててヒューマンがピンチとかどうとかってことだから、そういうこともあるだろうな。
世界地図……か。紙が貴重な世界だから地図の価値はかなり高そうだけど、できれば手に入れたいな。きっと存在するであろう美しい風景の地とかを巡ってみたいし。禿山とか荒地とかごっつい火山は見たけど、僕はこの世界に来てから綺麗な海や山や風光明媚な場所にはまだ縁がない。
荒野はもう何か茶色かっただけだし、亜空は地球を思い出させる懐かしい雰囲気がするからな。自然豊かなファンタジー世界ならではの醍醐味、ぜひ経験せねば!
「ところで若、明日のことですが……」
「ああ、明日は商人ギルドに行って候補に挙がっている土地を吟味してきてよ。お前がこれは、と思った場所があれば決めてきてくれて良いから。たださっきの話に戻るけど、所属がどうのって話があるから店舗の建設の話はなしね。どうも、建物を建てるって段階まで話を進めちゃうと、国に色々と情報が漏れるみたいだから、使用目的を聞かれても適当にはぐらかしてね」
「承知しました。しかし、本当に土地だけ買う形でよろしいので?」
「うん、今のところはね。外壁で囲まれたツィーゲは土地に限りがあるだろ? いつまでも余っているかわからないからさ。いずれはツィーゲに店を持ちたいから先行して購入しておきたいってわけ。当面のことについては明日僕がレンブラント商会に行って相談してみるよ。だけど……」
「何かお悩みが?」
巴は完全に打合せモードでふざけることもなく付き合ってくれている。こういう切り替えができる巴は、やっぱり商売向きではないかと思う。
見た目は澪の方が商売向きなんだけどね? 帯刀とかしてないし。
「ああ、業態の登録がね」
「先程仰っていた何でも屋、で良いのでは?」
「うん、まあね。まさに悩んでたところに都合の良い業態ではあるんだけどさ」
「薬だけでは何かと動きにくいでしょうし、妥当かと」
「だけどなあ、何でも屋って名前に悪意を感じるよ」
何でも屋。名が示すとおり、何を商っても良い。ただし特定のジャンルを扱う専門業種よりもギルドが図ってくれる便宜は少ない。例えば何でも屋が薬や食品の原料を仕入れる場合は、ギルドで決められた一定量以上で行わなければならない。地球の感覚ならば、仕入れ量が増えれば単価は下がるものだけど、何でも屋の場合はそういった割引が適用されない。一方、専門業種にそんな取り決めはなく、さらに一個からでも割引がきく。これはあらゆる商材において同じ扱いである。
そもそも何でも屋の業態は長く営業して業態を広げることになった大店用に設けられたもので、大きなお店しか申請していないそうだ。
商人ギルドのお姉さんにも、登録したての新人が何でも屋で申請しても利点がないと忠告された。
理由は簡単、新人は資金的な問題などからいきなり複数の品物を幅広く手がけることは不可能に近い。さらにさっきのような取り決めがあるため、結局何か一つの商材に注力する状況に陥ってしまう。しかし、一つに絞ったところで、その専門業種とは仕入れ値が違うため、価格設定の段階で負けてしまうのだ。
僕みたいな素人が考えてもわかる。今の自分の状況だと、何でも屋が得策だとは思わない。
「我らの扱うものは亜空の産物ばかり。我々の特殊な仕入れに他の者が対抗できるわけもないですし、難しく考えすぎるのは良くないですぞ」
今、巴が言ったように、我がクズノハ商会の主力は亜空の産物。つまり、仕入れのルールは適用されないのだ。まあ、薬も扱いたいからそのための素材を仕入れるときに面倒が起こるだろうってことで少し悩んでるんだよね。
あとは……新米商人である僕が、いきなり何でも屋で商売を始めることで変に目立ってしまうんじゃないかってとこも引っかかってるけど、これは仕方ないか。
「何でも屋……。まあそれでいっか。悪目立ちも巴と澪がいる時点で確定だろうし、業態なんて小さな問題か。ところで、澪はどこに?」
「若に言われた花……アンブロシアでしたか、の探索にアルケー二人と向かいました。数日で戻るでしょう」
「そ。じゃあ、巴はこれから……あ、そうだ!」
巴をすぐに冒険者として働かせる予定じゃなかったけど、こいつって何を頼んでも余裕で片付けてくれるんだよな……。考えていたよりかなり前倒しになるけど、今から冒険者としても活動させるか。大変だ、って泣きついてくる姿なんて想像できないし、大丈夫だろう。
「なにか?」
「適当に理由をつけて、時間があるときにトアさんたちに同行してくれない?」
「あの者らと?」
何で、って顔をする巴。まあ、そうだろう。冒険者としてのランクを上げるなら、トアさんたちに付き合わずさくさく依頼をこなした方が良い。トアさんたちは、実力はともかくランクが低いので、一緒に行動しても巴のランクアップにはつながらないのだ。でも今の目的はそれじゃない。
「今後必要になるだろうから、素材の価値とか質とか採集方法とか知っておいてほしいんだ」
「素材、ああ、なるほど。確かに澪はもう採集ができるとか言ってましたな。では若、ついでに素材に関する書物もいくつか買って構いませんかの」
「もちろん。勉強は大事だ。今僕らが持ってるお金はほとんどお前に預けておくから。必要だと思ったものは買って良いよ。僕は学園都市までの道のりの確認や、レンブラント商会へのお願いで忙しくなりそうだからね」
「かしこまりました。では儂の方からの報告は亜空でするということでよろしいですか」
「そうだね。宿の部屋も結界で入れないようにできたし。僕も今日からは夜は亜空で休むようにするよ。向こうの方が落ち着くし。そのときに報告してくれたら問題ない。っと、忘れるところだった。高くても良いから世界地図が欲しい。それとアイオン王国の詳細な地図。お金が足りなければ言ってくれ」
この宿はレンブラントさんやトアさんとの連絡用として借りてるだけだし、夜は亜空でも問題ない。
……待てよ、地図については詳細な、は危険かも。
間諜活動に熱心なこの国で、詳細な地図を探し回っていたら国から目をつけられるかもしれない。他国のスパイだと思われてしまったら厄介だ。地理情報は国家機密になっている可能性もあるからな。歴史で習った気がする。
もういっそ自分たちで調査して作るか。そうすれば少なくとも地図の購入で目立って国に疑いの目を向けられることはない。
「いや、待ってくれ。国内の詳細な地図はやっぱいいや。一般に出回っている地図でお願い。商人が所持していても不思議のない程度の物でね」
「若は心配性ですなあ。承知しました。では、嗅ぎ回られないように立ち振る舞うとしましょう」
巴、使える子。自分の言いたいことの機微を察してくれる存在は貴重だね。「絶野」のときみたいに、察した上で、それをわざと明後日の方向に解釈するのはやめてほしいけど。
「頼む。よろしくやってくれ」
「では、明日の夜にでもあちらで報告致します」
オークのエマさんからも、できれば一日に朝と夕の二度は来て欲しいって言われてるしね~。
七日に一度は終日居てもらえるとみんなも喜ぶと言われたしな。
いつになるかまだわからないけど、一日亜空で過ごせるときがきたら、ここ最近できていなかった弓の練習でもしよう。
「さ、寝るか。この部屋での最後の一夜だ、お休み~」
「御意。お休みなさいませ」
明日からの慌しい毎日を楽しみにしながら、その日の僕は眠りに落ちた。
◇◆◇◆◇
巴と相談してからの数日間はもう、それはそれは目が回るほどの忙しさだった。
商人ギルドに行き、心配するお姉さんを押し切って何でも屋として商会の業態を決めて、トアさんたちに、巴が依頼に同行することになる事情を話して了承をもらい(ギルドで会ったときと言ってることが逆転していて驚かれたけど)、巴を預けた。
正直、トアさんである必要は特にないんだよな。
……甘いとか贔屓してるとか、自覚はある。彼女の目の前で「絶野」を更地にした手前、どうにも引け目を感じていかんな。リノンは僕が関わった最初の好意的第一村人だし。
サラ金にはまって地下で穴掘りしてる連中と大差なかったトアさん。
今の幸運に甘えるだけか、成長の糧にするかは、正直好きにしてくれて良い。これからしばらくの間、巴と行動することで実力もしっかり上げていければ、一人の人間としてもきっと成長できるだろう。もし財布しか膨らまなかったときは……。
好きにしてくれて良い、と伝えて、関係を切れるのか?
目的が違う以上、いつまでも行動を共にする人たちではない。学園都市を目指すなら遠からず離れることになるだろう。だけど……。
……。
自信、ないな。
トア、か。歳は聞いてないけど……。
やっぱりどっからどう見ても長谷川なんだよ!
野性的な部分を持ったあいつだ。よく言う、瓜二つな人が三人いるっていう中の一人なんだろうけどさー。
澪や巴を従えているせいで僕にも敬語を使うから、余計にあのそっくりな後輩を思い出してしまう。
どうしたって肩入れしたくなる。
ツィーゲに着いて打ち上げをしてから一定の距離をおいて彼女らと付き合うようにしてきたのは、必死に自分の気持ちを自制するためだ。だって僕がトアさんに肩入れしている理由は、ただ僕の知人に似ているというだけ。別人であり、特別扱いする根拠は何もないんだから。お互いのためにならないと思う。
だけど別人だとわかっていても、そう理解しようとしても、世話を焼きたくなってしまう。……はあ。
自立して成長して欲しい、でも面倒見てあげたい。あの姉妹はある意味で僕にとって難敵だな。女神と勇者二人の次くらいには。
当面は巴をお守りにして、荒野ツアー。あれで意外と人あしらいのうまい奴だからな、巴は。伊達に年季の入ったドラゴンじゃないってことだね。
もう一つお願いしていた未来のクズノハ商会路面店の候補地探しも、巴は実に手際よくこなしてくれた。
本人曰く、トアさんたちとの依頼遂行時以外の空いた時間で、店舗用に紹介された土地を巡っているらしい。なんでも、借りるのではなく買い取りだと言って業者を喜ばせたとか。
その間僕は、亜空では住人たちの都市構築の作業具合や作物の生産状況やらの話を聞いたり、商会で扱えそうな商品の吟味を行ったりし、ツィーゲではレンブラント商会にアポを取って、商会の店舗を間借りできないか相談した。間借りでの利用に際して、実際の店舗の責任者などと何度か面談はあったものの、テナントのような形で入ることを許可してもらった。面談といっても審査みたいなものではなく、顔合わせとテナントの運営方針を話し合う程度だった。レンブラントさんの家族の命を救った恩人ということもあって、交渉は実にスムーズに進んだ。
作業の合間には学園都市とやらの情報集め。
――光陰矢の如し、とはよく言ったものだ。
そして六日目。
たった六日、とも考えられるけど、本当に毎日目まぐるしかった。一日があっという間に過ぎていった。
僕と巴がツィーゲで活動している間に、澪から荒野でアンブロシアを発見した、との報告が入ったので、早速アンブロシアの株をいくつか亜空へ持ち帰ってもらった。アンブロシアというのは、万能薬の素材となる花のことだ。亜空でも自生できるかどうか確かめたかったので、僕も同席した上で、元あった荒野の環境にできるだけ近い場所を数か所選んで花の株を植えた。
アンブロシアを植えたところは、アルケーの棲みかに近かったので、彼らに管理をお任せした。
アルケーのみんなは、上半身が人、下半身が蜘蛛というキテレツな見た目だけど植物の世話も上手なようだ。うむ、外見で判断するのは本当に駄目だな。言葉の習得も素晴らしく速い。今じゃ彼らは全員が普通に喋れるほどだ。
クズノハ商会設立に向けて、店舗運営を任せられる人材を揃えないといけないという問題はあるが、概ね順調に進行している。
巴も魔獣、魔物その他の素材についてだいぶ学習ができている様子。土地問題も片付いているし何の心配もない。結局、しばらく巴を同行させたトアさんたちは職もランクアップし、レベルも相当に上がっているとのこと。まだ六日しか経ってないのに、驚くべき成長速度だ。
今夜は澪とアルケーの帰還、それから僕が最近、亜空に留まる時間が増えたことを祝して、エマさん主導で亜空のみな様が宴を開いてくれた。
本当に良い人たちだねえ。ヒューマンなんぞよりもずっと情が深いや。
ヒューマンは、美男美女だらけなので、僕の顔だとインパクトがありすぎるらしく、仮面なしでは入り込めないし。しかも僕は筆談だし。共通語は相変わらず発音できずに唸り声になっちゃうんだよね。そんなわけで自分に問題があるんだけどいまいち親近感を抱けない。でも、全部女神のせいってことにしとこう。
「若様は今、荒野近くにある街に逗留しているとか。人の街はいかがですかな?」
真っ赤な顔をしたドワーフの一人が話しかけてくる。超酒臭い。
「活気のある良い街ですよ。辺境にあるせいか亜人に対する偏見もなく、過ごしやすいところです。……まあ巴と澪は少し浮いちゃってますけどね」
「わははははは!! そりゃあ愉快! 人の街にあのお二人がいればそれはもう騒ぎになりましょうな!!」
「まったくです。巴は特に、狩りに出ては山ほど素材を取ってきますから。街の素材卸の連中は英雄のような扱いをしてますよ」
「若様の供ができるお二人が羨ましいですな。日々刺激に溢れていそうだ!」
日々刺激的、か。まさにそうだけど。
……そっか。ここの人たちはずっと亜空にいるんだもんな。息が詰まってもおかしくない。
なら亜空から出て、ツィーゲや荒野と自由に行き来できるようにした方が良いのか。
閉じ込めてるつもりはないけど、たまには出たいとか思ってるよな――。
「若様、どうしました。急に黙って」
「あ、いや。……やはり亜空にいると息が詰まりますか?」
すると、その言葉を聞いたドワーフはきょとんとした顔で僕を見る。あれ? 思ってたのと反応が違う?
僕は慌てて続ける。
「え、あれ、何かおかしなこと言いましたかね。たまには亜空の外に出たいかな~と思っただけなんですが」
僕の言葉を聞いたドワーフは、神妙な表情になって口を開く。
「……若様、御覧なされ。今は闇が覆っておりますが、この世界のどこに息が詰まるような閉塞感があると? 未だどこまであるとも知れぬ大地、果てに見えるだけの山脈。先だって現れた大河の源流もわからず、まだ都市の建設も始まったばかり――」
「え? お? あの?」
「――しかも、実り豊かで作物も良く育つ。好戦的で危険な生物だって未だ遭遇しておりませぬ! 我らにとってこの世界は、これ以上何を望むのかというくらいの楽園ですぞ!」
なんという力説。
そうか。僕から見ると巴との契約でできた箱庭みたいな世界という印象だったけど、実際物凄く広いし、開拓も始まったばかり。あっちもこっちも未知のフロンティアだ。
確かに、閉塞感なんて感じないのかもな。そっか、少し、安心した。
ドワーフは笑みを浮かべながら続ける。
「その上、規格外の力を持つ若様たちがおりまする。我らの知識と技術をすべて使った武具でもなお、追いつかぬ程のお力を持つ方々が。そのような方々が扱う武器を作れるなんて、職人冥利に尽きるというものです。最長老であるエルド様までもが連日の徹夜を敢行する始末ですぞ!」
ガハハッと笑うドワーフさん。つか、最長老さん、無理しないで寝てください! ただでさえ巴の奴に、エルダードワーフという種族名は長いからエルドワで良いな? とか無茶苦茶なこと言われてて可哀相なのに!
「……ですが、亜空の外に出たい、という気持ちも少しはありますな。今、人の世の武具がいかなる物なのか興味はあります」
「ああ、武具に携わる職人としての興味、ですか」
「ええ、ヒューマンたちがどの程度の物を欲しているか、というのも含めて興味がありますな」
下手な物を渡して騒ぎになったら若様にもご迷惑が、と続けてくれた。
確かに。ここに冒険者を迷い込ませて色々持ち出させてはいるけど、亜空側にも外の世界を知っている者が一人二人いた方が良いか。
ただ、アルケーはあの風貌のまま軽はずみに街に出すわけにはいかないな。もう少し人に化ける練習をさせてからにしないと。まあ、彼らなら人に変化する術を身につけるのも時間の問題だろう。
ドワーフなら別に今すぐでも問題はない。ツィーゲには冒険者ドワーフもいるし、エルダーと冠がついたところで普通のドワーフと外見は変わらないし。
「なら、ツィーゲの店舗で数日ほど店番をやってみますか? 先日、正式に商会を立ち上げたのですが、まずはツィーゲの大商人の店舗に間借りしようと考えているんですよ」
ヒューマン以外を商会のメンバーに入れることが問題ないのは、商会登録時に商人ギルドでもらった冊子で確認済みだ。構成員として入れるならヒューマンと何ら変わらない手続きで済む。
「おお! それは楽しそうですな!」
「なら数人ほど有志を集めておいてください。改めて迎えに来ます。ドワーフといえば、優れた武具を作る鍛冶師の代名詞ですからね。もしかしたら武器作成の依頼も来るかもしれません」
「ほう! それは請けてもよろしいので!?」
「できれば請けて欲しいですね。僕もツィーゲでどういった武器の要望があるのか知りたいですし。みなさんから質や能力を提案するんじゃなく、できるだけ依頼者の希望を聞きだしてくれればなお良いです」
「何とも楽しみですなあ。巴様に聞いた、縁日の屋台を開く気分ですぞ!」
巴、おまいはドワーフさんに何を教えているのかね? 縁日の屋台って高いばっかりで掘り出し物はないイメージなんだが。悪く言えばぼったくり。
だが言い得て妙、子供相手の縁日くらいの心持ちで丁度良いのかもしれない。あんまり気合いを入れすぎて空回りするのもアレだし。
話相手になってくれていたドワーフは僕のもとを離れて、仲間に早速今の話を持ちかけ、話し合いを始めた。
改めて周囲を見回す。どこも賑やかで楽しげな様子が伝わってくる。
リザード、アルケー、オーク、巴、澪、巴。……巴?
うわー酔ったかな。巴が二人に見え、る? いや、二人い、る、ね?
ああ、ぴょこぴょこ跳ね回ってお猪口を手にしてるのは分体とかいう奴か。よく見れば小さいし二頭身くらいしかないし。
あの分体がここで頭役になって色々動いてくれているんだねえ。うむ、そう思うと体に見合わぬ飲みっぷりもどことなくプリチーに見える。
みんな、仲が良いようで安心した。
こうやって一つ所で火を囲み、酒を酌み交わすくらいには友誼がある。
異なる種族が同じ場所で暮らすんだからこういう行事を作っていくことは重要だよな。新たに文化を作り出すという意味合いも込めて。
文化を同じくすれば交わりも濃くなるだろうから。そこまで考えているのなら、エマには為政者としての才能もあるかもしれない。
……でも、ただのお祭り好きでいてくれた方が今後の僕の憂いは少ないけど。程々が一番だよ。程々がね。
亜空に関して僕は、基本放任でいきたいんだよね。僕が王様的立ち位置に半ば無理矢理押し上げられるって展開は勘弁して欲しい。だけどエマからそんなプレッシャーを感じるんだよね。むしろ僕としては、彼女が女王として振る舞ってくれた方が良い。僕は単に土地を貸した人、みたいな感じで。
さて、宴も落ち着いてきたことだし。各種族ともお母さんや子供の姿が徐々に消え出している。残ってるのは呑兵衛どもだな。
僕もそろそろ帰りますかね。
……そうだ。その前に久々に弓でも射るか。
おし、そうしよう。
となれば――。
こっそり抜け出してお楽しみといきますか。
「ふむ、学園都市、か。それに〝何でも屋〟ねえ」
冒険者ギルドから宿へと戻り、今日の出来事を思い返していると、商人ギルドで教えてもらった都市の名前がうっかり口をついて出た。何でも屋というのは、僕がクズノハ商会の業態として申請しようと考えているものだ。
「若、学園都市とはいったい何ですかな?」
反応したのは巴だ。
「ああ、商人ギルドで教えてもらった街の名前だよ。クズノハ商会第一号店をこのままツィーゲで開店すると、間諜業務にご執心のアイオン王国所属になるらしいから、ちょっと悩んでるんだよ」
「なるほど。確かにここは、自治性が高いとはいえアイオン王国領内の都市ですからな。他国の動向を探ることに執着する体質は昔から変わっていないようですな」
ここがどこの国の領内か知ってたのかよ。当たり前のようにアイオン王国領とか口にしてるし。巴さんよ、そういう地理情報はもっと早く披露してくれ。
「うん。ここで店を出した商人は強引にその活動に誘われるかもしれないんだよ。それは避けたいから、当面はどっかの店舗に間借りして営業をしながら、折を見て学園都市に行こうかなと」
「ふむ……。で、その学園都市というところはどんな街なのですか?」
巴が尋ねてくる。
「お前が知らないのなら、きっと比較的新しい街なんだろう。どの国にも属していない特殊な中立都市なんだと。だからそこで開業すれば、もしかしたら間諜活動なんかせずにどの国でも商売できるかもって話。僕も商人ギルドで聞いただけだからその程度しか知らないよ」
商人ギルドのお姉さんの話だと、スパイ活動は何もアイオンだけに限った話ではなさそうだった。けど、さっきの巴の口ぶりからすると、このアイオン王国は特に年季の入った諜報国家みたいだな。絶望的です。ツィーゲは辺境にある都市だからか、あまりそんな匂いは感じないのになあ。
「しばらく見ないうちにだいぶ世の中が変わっておるようで。世界地図も版図が大きく変わったらしいですからな」
巴の情報がいつ頃のものかにもよるけど、あの女神の話では魔族と何かが好き勝手やっててヒューマンがピンチとかどうとかってことだから、そういうこともあるだろうな。
世界地図……か。紙が貴重な世界だから地図の価値はかなり高そうだけど、できれば手に入れたいな。きっと存在するであろう美しい風景の地とかを巡ってみたいし。禿山とか荒地とかごっつい火山は見たけど、僕はこの世界に来てから綺麗な海や山や風光明媚な場所にはまだ縁がない。
荒野はもう何か茶色かっただけだし、亜空は地球を思い出させる懐かしい雰囲気がするからな。自然豊かなファンタジー世界ならではの醍醐味、ぜひ経験せねば!
「ところで若、明日のことですが……」
「ああ、明日は商人ギルドに行って候補に挙がっている土地を吟味してきてよ。お前がこれは、と思った場所があれば決めてきてくれて良いから。たださっきの話に戻るけど、所属がどうのって話があるから店舗の建設の話はなしね。どうも、建物を建てるって段階まで話を進めちゃうと、国に色々と情報が漏れるみたいだから、使用目的を聞かれても適当にはぐらかしてね」
「承知しました。しかし、本当に土地だけ買う形でよろしいので?」
「うん、今のところはね。外壁で囲まれたツィーゲは土地に限りがあるだろ? いつまでも余っているかわからないからさ。いずれはツィーゲに店を持ちたいから先行して購入しておきたいってわけ。当面のことについては明日僕がレンブラント商会に行って相談してみるよ。だけど……」
「何かお悩みが?」
巴は完全に打合せモードでふざけることもなく付き合ってくれている。こういう切り替えができる巴は、やっぱり商売向きではないかと思う。
見た目は澪の方が商売向きなんだけどね? 帯刀とかしてないし。
「ああ、業態の登録がね」
「先程仰っていた何でも屋、で良いのでは?」
「うん、まあね。まさに悩んでたところに都合の良い業態ではあるんだけどさ」
「薬だけでは何かと動きにくいでしょうし、妥当かと」
「だけどなあ、何でも屋って名前に悪意を感じるよ」
何でも屋。名が示すとおり、何を商っても良い。ただし特定のジャンルを扱う専門業種よりもギルドが図ってくれる便宜は少ない。例えば何でも屋が薬や食品の原料を仕入れる場合は、ギルドで決められた一定量以上で行わなければならない。地球の感覚ならば、仕入れ量が増えれば単価は下がるものだけど、何でも屋の場合はそういった割引が適用されない。一方、専門業種にそんな取り決めはなく、さらに一個からでも割引がきく。これはあらゆる商材において同じ扱いである。
そもそも何でも屋の業態は長く営業して業態を広げることになった大店用に設けられたもので、大きなお店しか申請していないそうだ。
商人ギルドのお姉さんにも、登録したての新人が何でも屋で申請しても利点がないと忠告された。
理由は簡単、新人は資金的な問題などからいきなり複数の品物を幅広く手がけることは不可能に近い。さらにさっきのような取り決めがあるため、結局何か一つの商材に注力する状況に陥ってしまう。しかし、一つに絞ったところで、その専門業種とは仕入れ値が違うため、価格設定の段階で負けてしまうのだ。
僕みたいな素人が考えてもわかる。今の自分の状況だと、何でも屋が得策だとは思わない。
「我らの扱うものは亜空の産物ばかり。我々の特殊な仕入れに他の者が対抗できるわけもないですし、難しく考えすぎるのは良くないですぞ」
今、巴が言ったように、我がクズノハ商会の主力は亜空の産物。つまり、仕入れのルールは適用されないのだ。まあ、薬も扱いたいからそのための素材を仕入れるときに面倒が起こるだろうってことで少し悩んでるんだよね。
あとは……新米商人である僕が、いきなり何でも屋で商売を始めることで変に目立ってしまうんじゃないかってとこも引っかかってるけど、これは仕方ないか。
「何でも屋……。まあそれでいっか。悪目立ちも巴と澪がいる時点で確定だろうし、業態なんて小さな問題か。ところで、澪はどこに?」
「若に言われた花……アンブロシアでしたか、の探索にアルケー二人と向かいました。数日で戻るでしょう」
「そ。じゃあ、巴はこれから……あ、そうだ!」
巴をすぐに冒険者として働かせる予定じゃなかったけど、こいつって何を頼んでも余裕で片付けてくれるんだよな……。考えていたよりかなり前倒しになるけど、今から冒険者としても活動させるか。大変だ、って泣きついてくる姿なんて想像できないし、大丈夫だろう。
「なにか?」
「適当に理由をつけて、時間があるときにトアさんたちに同行してくれない?」
「あの者らと?」
何で、って顔をする巴。まあ、そうだろう。冒険者としてのランクを上げるなら、トアさんたちに付き合わずさくさく依頼をこなした方が良い。トアさんたちは、実力はともかくランクが低いので、一緒に行動しても巴のランクアップにはつながらないのだ。でも今の目的はそれじゃない。
「今後必要になるだろうから、素材の価値とか質とか採集方法とか知っておいてほしいんだ」
「素材、ああ、なるほど。確かに澪はもう採集ができるとか言ってましたな。では若、ついでに素材に関する書物もいくつか買って構いませんかの」
「もちろん。勉強は大事だ。今僕らが持ってるお金はほとんどお前に預けておくから。必要だと思ったものは買って良いよ。僕は学園都市までの道のりの確認や、レンブラント商会へのお願いで忙しくなりそうだからね」
「かしこまりました。では儂の方からの報告は亜空でするということでよろしいですか」
「そうだね。宿の部屋も結界で入れないようにできたし。僕も今日からは夜は亜空で休むようにするよ。向こうの方が落ち着くし。そのときに報告してくれたら問題ない。っと、忘れるところだった。高くても良いから世界地図が欲しい。それとアイオン王国の詳細な地図。お金が足りなければ言ってくれ」
この宿はレンブラントさんやトアさんとの連絡用として借りてるだけだし、夜は亜空でも問題ない。
……待てよ、地図については詳細な、は危険かも。
間諜活動に熱心なこの国で、詳細な地図を探し回っていたら国から目をつけられるかもしれない。他国のスパイだと思われてしまったら厄介だ。地理情報は国家機密になっている可能性もあるからな。歴史で習った気がする。
もういっそ自分たちで調査して作るか。そうすれば少なくとも地図の購入で目立って国に疑いの目を向けられることはない。
「いや、待ってくれ。国内の詳細な地図はやっぱいいや。一般に出回っている地図でお願い。商人が所持していても不思議のない程度の物でね」
「若は心配性ですなあ。承知しました。では、嗅ぎ回られないように立ち振る舞うとしましょう」
巴、使える子。自分の言いたいことの機微を察してくれる存在は貴重だね。「絶野」のときみたいに、察した上で、それをわざと明後日の方向に解釈するのはやめてほしいけど。
「頼む。よろしくやってくれ」
「では、明日の夜にでもあちらで報告致します」
オークのエマさんからも、できれば一日に朝と夕の二度は来て欲しいって言われてるしね~。
七日に一度は終日居てもらえるとみんなも喜ぶと言われたしな。
いつになるかまだわからないけど、一日亜空で過ごせるときがきたら、ここ最近できていなかった弓の練習でもしよう。
「さ、寝るか。この部屋での最後の一夜だ、お休み~」
「御意。お休みなさいませ」
明日からの慌しい毎日を楽しみにしながら、その日の僕は眠りに落ちた。
◇◆◇◆◇
巴と相談してからの数日間はもう、それはそれは目が回るほどの忙しさだった。
商人ギルドに行き、心配するお姉さんを押し切って何でも屋として商会の業態を決めて、トアさんたちに、巴が依頼に同行することになる事情を話して了承をもらい(ギルドで会ったときと言ってることが逆転していて驚かれたけど)、巴を預けた。
正直、トアさんである必要は特にないんだよな。
……甘いとか贔屓してるとか、自覚はある。彼女の目の前で「絶野」を更地にした手前、どうにも引け目を感じていかんな。リノンは僕が関わった最初の好意的第一村人だし。
サラ金にはまって地下で穴掘りしてる連中と大差なかったトアさん。
今の幸運に甘えるだけか、成長の糧にするかは、正直好きにしてくれて良い。これからしばらくの間、巴と行動することで実力もしっかり上げていければ、一人の人間としてもきっと成長できるだろう。もし財布しか膨らまなかったときは……。
好きにしてくれて良い、と伝えて、関係を切れるのか?
目的が違う以上、いつまでも行動を共にする人たちではない。学園都市を目指すなら遠からず離れることになるだろう。だけど……。
……。
自信、ないな。
トア、か。歳は聞いてないけど……。
やっぱりどっからどう見ても長谷川なんだよ!
野性的な部分を持ったあいつだ。よく言う、瓜二つな人が三人いるっていう中の一人なんだろうけどさー。
澪や巴を従えているせいで僕にも敬語を使うから、余計にあのそっくりな後輩を思い出してしまう。
どうしたって肩入れしたくなる。
ツィーゲに着いて打ち上げをしてから一定の距離をおいて彼女らと付き合うようにしてきたのは、必死に自分の気持ちを自制するためだ。だって僕がトアさんに肩入れしている理由は、ただ僕の知人に似ているというだけ。別人であり、特別扱いする根拠は何もないんだから。お互いのためにならないと思う。
だけど別人だとわかっていても、そう理解しようとしても、世話を焼きたくなってしまう。……はあ。
自立して成長して欲しい、でも面倒見てあげたい。あの姉妹はある意味で僕にとって難敵だな。女神と勇者二人の次くらいには。
当面は巴をお守りにして、荒野ツアー。あれで意外と人あしらいのうまい奴だからな、巴は。伊達に年季の入ったドラゴンじゃないってことだね。
もう一つお願いしていた未来のクズノハ商会路面店の候補地探しも、巴は実に手際よくこなしてくれた。
本人曰く、トアさんたちとの依頼遂行時以外の空いた時間で、店舗用に紹介された土地を巡っているらしい。なんでも、借りるのではなく買い取りだと言って業者を喜ばせたとか。
その間僕は、亜空では住人たちの都市構築の作業具合や作物の生産状況やらの話を聞いたり、商会で扱えそうな商品の吟味を行ったりし、ツィーゲではレンブラント商会にアポを取って、商会の店舗を間借りできないか相談した。間借りでの利用に際して、実際の店舗の責任者などと何度か面談はあったものの、テナントのような形で入ることを許可してもらった。面談といっても審査みたいなものではなく、顔合わせとテナントの運営方針を話し合う程度だった。レンブラントさんの家族の命を救った恩人ということもあって、交渉は実にスムーズに進んだ。
作業の合間には学園都市とやらの情報集め。
――光陰矢の如し、とはよく言ったものだ。
そして六日目。
たった六日、とも考えられるけど、本当に毎日目まぐるしかった。一日があっという間に過ぎていった。
僕と巴がツィーゲで活動している間に、澪から荒野でアンブロシアを発見した、との報告が入ったので、早速アンブロシアの株をいくつか亜空へ持ち帰ってもらった。アンブロシアというのは、万能薬の素材となる花のことだ。亜空でも自生できるかどうか確かめたかったので、僕も同席した上で、元あった荒野の環境にできるだけ近い場所を数か所選んで花の株を植えた。
アンブロシアを植えたところは、アルケーの棲みかに近かったので、彼らに管理をお任せした。
アルケーのみんなは、上半身が人、下半身が蜘蛛というキテレツな見た目だけど植物の世話も上手なようだ。うむ、外見で判断するのは本当に駄目だな。言葉の習得も素晴らしく速い。今じゃ彼らは全員が普通に喋れるほどだ。
クズノハ商会設立に向けて、店舗運営を任せられる人材を揃えないといけないという問題はあるが、概ね順調に進行している。
巴も魔獣、魔物その他の素材についてだいぶ学習ができている様子。土地問題も片付いているし何の心配もない。結局、しばらく巴を同行させたトアさんたちは職もランクアップし、レベルも相当に上がっているとのこと。まだ六日しか経ってないのに、驚くべき成長速度だ。
今夜は澪とアルケーの帰還、それから僕が最近、亜空に留まる時間が増えたことを祝して、エマさん主導で亜空のみな様が宴を開いてくれた。
本当に良い人たちだねえ。ヒューマンなんぞよりもずっと情が深いや。
ヒューマンは、美男美女だらけなので、僕の顔だとインパクトがありすぎるらしく、仮面なしでは入り込めないし。しかも僕は筆談だし。共通語は相変わらず発音できずに唸り声になっちゃうんだよね。そんなわけで自分に問題があるんだけどいまいち親近感を抱けない。でも、全部女神のせいってことにしとこう。
「若様は今、荒野近くにある街に逗留しているとか。人の街はいかがですかな?」
真っ赤な顔をしたドワーフの一人が話しかけてくる。超酒臭い。
「活気のある良い街ですよ。辺境にあるせいか亜人に対する偏見もなく、過ごしやすいところです。……まあ巴と澪は少し浮いちゃってますけどね」
「わははははは!! そりゃあ愉快! 人の街にあのお二人がいればそれはもう騒ぎになりましょうな!!」
「まったくです。巴は特に、狩りに出ては山ほど素材を取ってきますから。街の素材卸の連中は英雄のような扱いをしてますよ」
「若様の供ができるお二人が羨ましいですな。日々刺激に溢れていそうだ!」
日々刺激的、か。まさにそうだけど。
……そっか。ここの人たちはずっと亜空にいるんだもんな。息が詰まってもおかしくない。
なら亜空から出て、ツィーゲや荒野と自由に行き来できるようにした方が良いのか。
閉じ込めてるつもりはないけど、たまには出たいとか思ってるよな――。
「若様、どうしました。急に黙って」
「あ、いや。……やはり亜空にいると息が詰まりますか?」
すると、その言葉を聞いたドワーフはきょとんとした顔で僕を見る。あれ? 思ってたのと反応が違う?
僕は慌てて続ける。
「え、あれ、何かおかしなこと言いましたかね。たまには亜空の外に出たいかな~と思っただけなんですが」
僕の言葉を聞いたドワーフは、神妙な表情になって口を開く。
「……若様、御覧なされ。今は闇が覆っておりますが、この世界のどこに息が詰まるような閉塞感があると? 未だどこまであるとも知れぬ大地、果てに見えるだけの山脈。先だって現れた大河の源流もわからず、まだ都市の建設も始まったばかり――」
「え? お? あの?」
「――しかも、実り豊かで作物も良く育つ。好戦的で危険な生物だって未だ遭遇しておりませぬ! 我らにとってこの世界は、これ以上何を望むのかというくらいの楽園ですぞ!」
なんという力説。
そうか。僕から見ると巴との契約でできた箱庭みたいな世界という印象だったけど、実際物凄く広いし、開拓も始まったばかり。あっちもこっちも未知のフロンティアだ。
確かに、閉塞感なんて感じないのかもな。そっか、少し、安心した。
ドワーフは笑みを浮かべながら続ける。
「その上、規格外の力を持つ若様たちがおりまする。我らの知識と技術をすべて使った武具でもなお、追いつかぬ程のお力を持つ方々が。そのような方々が扱う武器を作れるなんて、職人冥利に尽きるというものです。最長老であるエルド様までもが連日の徹夜を敢行する始末ですぞ!」
ガハハッと笑うドワーフさん。つか、最長老さん、無理しないで寝てください! ただでさえ巴の奴に、エルダードワーフという種族名は長いからエルドワで良いな? とか無茶苦茶なこと言われてて可哀相なのに!
「……ですが、亜空の外に出たい、という気持ちも少しはありますな。今、人の世の武具がいかなる物なのか興味はあります」
「ああ、武具に携わる職人としての興味、ですか」
「ええ、ヒューマンたちがどの程度の物を欲しているか、というのも含めて興味がありますな」
下手な物を渡して騒ぎになったら若様にもご迷惑が、と続けてくれた。
確かに。ここに冒険者を迷い込ませて色々持ち出させてはいるけど、亜空側にも外の世界を知っている者が一人二人いた方が良いか。
ただ、アルケーはあの風貌のまま軽はずみに街に出すわけにはいかないな。もう少し人に化ける練習をさせてからにしないと。まあ、彼らなら人に変化する術を身につけるのも時間の問題だろう。
ドワーフなら別に今すぐでも問題はない。ツィーゲには冒険者ドワーフもいるし、エルダーと冠がついたところで普通のドワーフと外見は変わらないし。
「なら、ツィーゲの店舗で数日ほど店番をやってみますか? 先日、正式に商会を立ち上げたのですが、まずはツィーゲの大商人の店舗に間借りしようと考えているんですよ」
ヒューマン以外を商会のメンバーに入れることが問題ないのは、商会登録時に商人ギルドでもらった冊子で確認済みだ。構成員として入れるならヒューマンと何ら変わらない手続きで済む。
「おお! それは楽しそうですな!」
「なら数人ほど有志を集めておいてください。改めて迎えに来ます。ドワーフといえば、優れた武具を作る鍛冶師の代名詞ですからね。もしかしたら武器作成の依頼も来るかもしれません」
「ほう! それは請けてもよろしいので!?」
「できれば請けて欲しいですね。僕もツィーゲでどういった武器の要望があるのか知りたいですし。みなさんから質や能力を提案するんじゃなく、できるだけ依頼者の希望を聞きだしてくれればなお良いです」
「何とも楽しみですなあ。巴様に聞いた、縁日の屋台を開く気分ですぞ!」
巴、おまいはドワーフさんに何を教えているのかね? 縁日の屋台って高いばっかりで掘り出し物はないイメージなんだが。悪く言えばぼったくり。
だが言い得て妙、子供相手の縁日くらいの心持ちで丁度良いのかもしれない。あんまり気合いを入れすぎて空回りするのもアレだし。
話相手になってくれていたドワーフは僕のもとを離れて、仲間に早速今の話を持ちかけ、話し合いを始めた。
改めて周囲を見回す。どこも賑やかで楽しげな様子が伝わってくる。
リザード、アルケー、オーク、巴、澪、巴。……巴?
うわー酔ったかな。巴が二人に見え、る? いや、二人い、る、ね?
ああ、ぴょこぴょこ跳ね回ってお猪口を手にしてるのは分体とかいう奴か。よく見れば小さいし二頭身くらいしかないし。
あの分体がここで頭役になって色々動いてくれているんだねえ。うむ、そう思うと体に見合わぬ飲みっぷりもどことなくプリチーに見える。
みんな、仲が良いようで安心した。
こうやって一つ所で火を囲み、酒を酌み交わすくらいには友誼がある。
異なる種族が同じ場所で暮らすんだからこういう行事を作っていくことは重要だよな。新たに文化を作り出すという意味合いも込めて。
文化を同じくすれば交わりも濃くなるだろうから。そこまで考えているのなら、エマには為政者としての才能もあるかもしれない。
……でも、ただのお祭り好きでいてくれた方が今後の僕の憂いは少ないけど。程々が一番だよ。程々がね。
亜空に関して僕は、基本放任でいきたいんだよね。僕が王様的立ち位置に半ば無理矢理押し上げられるって展開は勘弁して欲しい。だけどエマからそんなプレッシャーを感じるんだよね。むしろ僕としては、彼女が女王として振る舞ってくれた方が良い。僕は単に土地を貸した人、みたいな感じで。
さて、宴も落ち着いてきたことだし。各種族ともお母さんや子供の姿が徐々に消え出している。残ってるのは呑兵衛どもだな。
僕もそろそろ帰りますかね。
……そうだ。その前に久々に弓でも射るか。
おし、そうしよう。
となれば――。
こっそり抜け出してお楽しみといきますか。
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