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6巻
6-3
っ!?
誰かが近づいてくる。エヴァさんから聞いた話をまとめようと思考に沈んでいた僕に、強力な反応が伝わる。
以前、戦場に放り込まれた際、相手の中に『竜殺し』が交じっていた事に、負傷するまで気付けなかった。その経験から僕は最近、ある程度の力量を持つ者だけに反応する界をいつも展開するようになっていた。
基準ラインは、今は識。
対象を絞る事により展開範囲をある程度広げられ、かつほぼ無意識で展開出来るようになっていた。他に人がいないような荒野とかで使うなら条件付けをもっと減らして便利に使えるけど、ここは学園都市だ。人が多すぎる。下手に界を使って過敏になっていたらキリがないし、目立ちたくもない。まあ、僕がまだまだ使いこなせていないっていう証明でもあるから情けなくもある。
「旦那、ヤツです。あっしを手玉に取りやがったガキが近付いてきています!」
ノックもなくライムが勢いよく部屋の扉を開け、一息に僕に注意を促す。今のところの情報だと、廃虚区画にいた組織とやらに何らかの関係がありそうな少年ってあったよな。僕と同じくらいの外見年齢だから少年、でいいよね。とはいえ一七〇センチとか羨ましい。いやいや。ともかく実力は少なくとも識クラスって事か。
「ライム、下がっていて良い。いや、識を呼んで来てくれるか?」
「……いえ。足しにもなれやしませんが、あっしにもやらせて――」
「若!」
「若様!」
「うわっ!?」
突如部屋に出現した女二人。見知った二人。僕の従者の巴と澪。な、何で二人がいきなり学園都市に? それに妙に急いでいる雰囲気だ。
タイミング、良すぎないか? 僕ってもしかして監視とか、されてる?
「巴、それに澪まで!? どうしたんだ?」
「……ご無事でしたか。なれば一先ず安心」
「……ほっ」
と思えば、明らかに安堵した顔になるし。まさかこの近づいてきている奴が原因? もう大分近いな。でも攻撃なんかの様子は一切ない。魔力を使う兆しもない。
「ここに向かってきてる奴が原因?」
「ええ。接触の理由は分かりませぬが、ちと厄介な相手です」
巴が厄介なんて言葉を向けるとは。そりゃあライムでは荷が勝つな。というか巴、相手を知っているのか。
「ライム、下がっていなさい」
「澪姐さん、そりゃあんまりだ」
「ライム、人には相応の役割がある。お主がいても邪魔なだけじゃ。悔しければ次までにもっと力を付けておくのじゃな。今回は下がれ」
「姐さん……」
「この二人がいてくれるんだ、ライム。安心していい、戦いになると決まった訳ではないんだしね」
「旦那……わかりやした。お気をつけて、失礼しやす」
唇、噛んでたな。普段思っていても表情になんて出さない人なのに。巴に下がれと言われたのが相当悔しかったか。才能とかセンスは僕より遥かに高いレベルにあるから、これでまた一つ強くなるんだろうなあ。
問題の奴は……店の入り口で止まっている? なんでだ?
しばらく停止していたようだが、再び動きだす。
ピンポーン、と店に音が鳴り響く。閉店後でも緊急の用件があればと、店舗の外に呼び出しのボタンを設置してある。その音だ。
もっとも、悪戯で使った場合はその輩にはそれなりにお説教させてもらう事にしている。
……。
ええっと。僕はいきなり入ってくると思っていたんだけど、一体?
どうする? まさか薬を買いに来たわけでもないと思う。ガラスガシャーンって感じの乱暴な展開まで頭に描いていただけに予想外だな。
「若、油断は禁物ですぞ」
巴は依然としてかなり警戒している様子だ。一体どこの大物かね。
まあ、出て見るしかないか。
「巴、澪。一緒に来てくれ」
二人は神妙に頷く。
二階から一階に下りて、入り口を開ける。
そこにはライムからの報告通り、銀髪の少年がいた。同じくらいの年、いや少し年上に見えるな。この世界ではやや小柄といえる一七〇センチ前後、これも報告通り。顔といい、背丈といい、この世界での僕の存在ってほんとに何なの……。外見通りの年齢なら目の前の彼も今後まだまだ伸びる余地はあるのだろう。
服装は白いシャツにデニム地のように見えるパンツ。シャツはラフに着ていてボタンも結構開けている。やや不健康にも見える程の白い肌が胸元から露出していた。
[こんな夜更けに何か?]
至って普通に用件を聞く事にする。
「ああ、初めまして。僕、冒険者ギルドのマスター。そちらにお勤めのライム=ラテ君に失礼な事をしてしまったから、その謝罪に来たんだ。入れてくれる?」
『はぁ?』
珍しく、僕と巴と澪の声が綺麗に重なった。ギルドマスター(?)は黒い瞳を細めて後ろ手に組んで満面の笑みで立っている。敵意の欠片もない。
ただでさえ色々と情報だけが積み上がっていく状況で、更にまた一つ、無情にも未整理の情報が追加されるみたいだ。
3
「というのは建前。でも彼、なかなか強かったよ。びっくりして、ほら、ここ少し斬られちゃったんだ。それにあの刀、凄い付与がかかっててさ。まだ僕への刻印が解除出来ないんだよ? いや、はじめはね、僕も軽く撫でてあげるつもりだったんだ。でも別口の連中まで近付いてくるし困ってね。つい倒しちゃったんだよね。お詫びにならないかもしれないけど、追跡し易いように、昼頃に痕跡付けておいたし、彼自身にもこっそり一時的な加護は与えて安全は確保――」
時間は深夜。妙に人懐っこい笑顔で現れた自称ギルドマスターを店の来客用の応接室に通し、澪にお茶を入れてもらった。今は彼の向かいに、僕達三人が座っている。識はまだ帰って来てない。ロナさんとの話し合いが長引いているんだろう。
ライムへの謝罪という事だったので彼を呼ぼうとしたところ、あっさりとそれは建前だと言い、右手の袖を捲って肘から手に向けてうっすらと残る傷跡を見せて楽しそうに話している。そしてよく喋る。何を考えているのかさっぱりわからない人だ。ライムとの戦闘は事故的なものだと釈明しているような気はする。ニコニコ早口で喋るから聞くだけでも忙しい。
「でね。ここに来た本当の目的なんだけど、あ、そうだ、ねえそこの着物のお姉さん、ここって珍しい果物があるんでしょ? お茶受けに出してもらえないかな。僕まだ食べた事ないんだよね」
話題もころころと変わるし。見たところ同世代の男なんだが、口調や話の運び方を見ていると女性的な特徴も感じる。しかし何というか、とにかく周りを自分のペースに巻き込む人だ。計算なのかどうかわからないけど、色々情報を小出しにしてくるし。刀とか着物って単語にしてもさ。
不機嫌そうに目尻を動かした澪は席を立つでもなく彼を睨んでみせた。でもそんな威圧にも動じた様子が一切ない。
僕は息を一つ吐く。
[澪、用意して差し上げて]
「……わかりました。少々お待ちを」
「いや楽しみだな。あと、お茶のお代わりも。これって違うフレーバーはあるの? あるなら違うのでお願いするよ、お姉さん」
ざわりと。ドアを閉めた向こう、澪のいる場所あたりから殺気が放たれた。隠す気もない感じで、ご機嫌斜めだ。気持ちは結構わかる。巴も彼の発言の度に瞼をピクピクさせて不機嫌そうに沈黙を保っているし。僕もこのペースにずっと付き合うのは御免だ。さっさと話を進めよう。
[さて、ギルドマスター殿。ご用件を]
「やだな、ライドウ君。いや、真君? ギルドマスター殿なんて他人行儀な。あ、それと筆談なんて使わなくていいよ? だって僕ヒューマンじゃないし」
!?
おいおい!?
[生憎と仰っている意味がわかりませんが]
「あはははは、可愛いなあ真君は。文字、少し崩れてるよ? 意外と慌てるタイプなんだね、君は。普通に話しておくれよ、出来るんだよね?」
精一杯普通に返した気でいたけど、やっぱ動揺は出る。まだまだだな、僕は。
でも、こいつ一体なんだ!? いくら冒険者ギルドの長なんていっても、ここまで僕の事を知っている存在なんている訳がないぞ?
それに、ギルドはこの世界に古来あるシステム。図書館で見た本でも、かつてエリュシオンで誕生したと、冒険者ギルドに関する歴史上の記述があった。つまり明らかに女神の側に通じているはず。だとすると、僕の存在は女神に筒抜け!?
「ふふふふ、その顔。もしかして女神に存在や情報が露見しているか、なんて思ってる?」
「!?」
心まで読むのか!?
「図星か。安心していいよ、女神はまだ君の現状を把握していない。まあ、彼女も色々やらかしたからね。そこまで手が回ってないのが実情かな。……あの分だとまだかかるだろうねえ、ね、ま、わ、し、が」
「……お前、何だ?」
「へぇ!! 真君はそんな声なんだ! いいね、少し幼さを残した男の声、好きだよ。そうか真君は確か、高校生だったよね。学生の身で突然こんな世界に来たら色々大変だよね」
なんだ? こいつ、本当になんだよ!?
僕の経緯を全部知っている。それどころか元の世界の情報まで確実に掴んでいる!
最初から無邪気に僕に笑いかけながら次々と語る目の前の存在に、一気に気持ちが悪くなる。視野が狭くなったように感じる。まずい、相手に呑まれているのがわかる。僕が言葉を発する度、弾けたような笑みを浮かべ、喜びの感情を伝えてくる。それが気持ち悪くて堪らない。
「ふざけないで答えろ。お前何者なんだよ」
声が震える。くそ、怖い。言葉からも余裕が消えているのがわかる。
「お前だなんて悲しいな。僕はギルドマスターさ、君に嘘なんて言わない」
「……お前と呼ぶしかないだろうが。僕はお前の名も知らないんだから」
なのに僕の事は詳しく知っている。女神とも知己なのか? 少なくとも面識はありそうに思う。確かにヒューマンでもないようだ。言葉が通じるし。だとすると、冒険者を束ねるギルドの長が、ヒューマンじゃないって事になる。このヒューマン至上の世界でそんな事が有り得るのか!?
「あ、ごめん! そうだね。僕の名を名乗ってなかった。真君、失礼を許して欲しい。では自己紹介を――」
「茶番はいい加減に止めよ」
「……人の言葉を遮って茶番だなんて穏やかじゃないな? 青い髪の侍殿」
「ふん! 儂の名も知っておる癖に尚、惚けるか。何が若に嘘は言わない、じゃ。ギルドマスターなどと早々に偽りを申した癖に」
「やれやれ。口の利き方も忘れる程、荒野で気持ちの良い眠りを過ごしたのかい、蜃」
「貴様こそ、昔の面影など欠片もないではないか、ルト。『万色』の竜よ」
へ?
◇◆◇◆◇
「ルト? 万色? えっと、こいつ、竜?」
って事になるよね? 巴の口振りからも多分間違いない。でも竜の気配は殆ど、いやまるで感じない。
「はい、若。こやつはれっきとした上位竜。それも最上位。知を窮め術を窮めたとされ生涯不敗、万色とは万の色を意味し、ルトの別称でもあります」
「あーあ、人の名乗りを邪魔した挙句に本人の前で名前をばらすなんて、なんて詰まらない事をするんだろうね、この侍かぶれは」
最上位の上位竜。不敗の竜。こいつが?
「抜かせ、若を平気で誑かそうとした貴様に言われる由はないわ」
「やれやれ、寝てばかりいて世界に興味など持たなかった癖に。誑かすとか誤解を招くような事を言って欲しくないな」
ギルドマスター、いや上位竜ルトが僕に対するよりかなり厳しい雰囲気で巴と話をしている。
上位竜――大概の人や亜人は一生に一度も見る事がないだろう存在。僕も図書館で色々と詳しく学ぶ内に、上位竜がどれほど希少な存在かは理解していた。
竜の頂点。時間に滅ぼされる事はなく、老いると自らを産み直して単一で存在し続ける。
小難しく書いてあった情報だけど、まあ要するに若返りみたいなもんじゃないかと思ってる。
確か、図書館にあった名前は、『御剣』『瀑布』『砂々波』『紅璃』『夜纏』の五体。『万色』は今回初めて聞いた。『無敵』の異名を持つ蜃の名も見つからなかったな。
ヒューマンと関わる事は滅多にないが、個体によっては棲まう領域がヒューマンの国と近い竜もいる。極稀にヒューマンに力を貸す事もある。間接的に力を貸した場合は竜の祝福を得たと呼ばれるようだ。
現在だと、グリトニア帝国の親衛騎士の一人が『砂々波』の祝福を得て固有の職を獲得しているらしい。
その超珍しい存在である竜に、既に三匹も遭遇している僕は一体何なんだろう。『無敵』に『御剣』に『万色』。巴にランサーにルト! 下手すりゃ死んでいるエンカウント率だよ。街中で隠れボス級と遭遇するゲームなんてほぼクソゲーだ。つくづく、現実はゲームほど優しくないって事を思い知る。
それは異世界でも変わらないってことだ。
頑張ってもハッピーエンドになる確証はなく。
頑張らないとまあ確実にバッドエンドになる仕様だし。
はあ……明日が見えない。
「棲処は捨てたのか? 最早見る影もない廃墟になっとったが」
「ああ、とっくにね。もう千年前になるかな? ……もういいか? 僕は真君と話したいんだけど。蜃のせいで誤解されただろうからそれを解かないと」
……スケールが違いすぎるだろうよ。千年ってルトさん。それに、僕にはあれだけ笑顔だったのに、巴に対しては口角を僅かに上げた程度で目はまるで笑ってないし。態度違いすぎない?
「何が誤解か。まだ聞きたい事はいくつもあるわ。それから儂はもう蜃の名は捨てた。巴じゃ、覚えておけ」
「五月蝿いな、真君がいるからって強気だね。はいはい、ともへね」
「と・も・えじゃ!! 今度間違えたらその首叩き落とすぞ!」
「ごめんね真君。こいつ竜でも変わり者なんだ。きっと君にも迷惑ばかり掛けているんだよね」
「聞けい、ルト!! 儂のどこが変わり者か!!」
いや、あんたも相当変わっているんじゃないかな? なんだか、そんな確信があるよ?
というか、巴を無視して僕にあっさり話し掛けるとか本当に自由な竜だな。竜の頂点だとすると、巴の上司みたいなものなんだろうか?
「僕は真君に嘘なんてついてない。僕を信じて欲しいんだ、真君には」
「は、はあ?」
「誑かすだなんてとんでもない誤解なんだ。僕の気持ちはもっと純粋なものさ」
危ない発言を聞いた直後、顔を近づけてきたルトと僕の間に、怜悧な刃が突き出された。片刃の鋭い刃はルトの方を向いている。巴、お前それ脇差。あんま気軽に抜くなよ。二本差しの体でいるなら大刀の方を抜けと。
「……貴様、随分と変わったのう。規律だ戒律だと五月蝿く儂らに怒鳴りまわっていた面影が欠片も残っておらん」
規律? 戒律? どっちも目の前のルトって人、いや竜には遠い言葉だよな。
「巴、君も変わったねえ。何事にも興味を示さず無軌道に生きては眠るだけの竜だった君が。でもどうせなら無粋より先に学ぶべき事はあったんじゃない?」
「貴様の奔放さには敵わんよ。ずっと気になっておったんじゃがな? まず教えよ。貴様、いつから男になった?」
……?
「三百年くらい前からかな。ずっと女やってきていい加減飽きたんだよね。それで男になってみたんだ。これが快適でさ。初めて女を抱いた時も感動したなあ」
飽きる? 性別に? え?
もう訳がわからない。大体、上位竜なんだから子孫がどうのなんてまるで意味のない話で。となれば当然、抱く抱かれるも無意味なはずじゃ?
「なってみたって、お主。それでなれるものでもなかろうに。大体上位竜が子を生すなど聞いた事もないわ。女など抱いて何の意味がある?」
巴、まったくだ。そんな事をまるで新しく玩具を買い換えるみたいに言われてもさ。理解出来る訳がない。
「なれたんだから認めなよ。それに僕、生まれ直すのも止めたんだよね。限りなく老化を遅くして今生を楽しもうと思ってるんだ。だけどさ、やっぱり得られる快感だと女の方が上なんだよね。だから男にも結構早く飽きてきていたんだけどね、世界が変わったんだよ、ある日ね!」
だからどうして快感とか。っていうか、そうなのか。男より女の方が気持ちいいんだ。勉強にな……らないな。考えてみたら、だからどうしたって話だよ。本当に夢中になっているスポーツ、みたいなノリで話されても非常に困る。
「別にお主のその辺の価値観の変化なぞ聞きたくないんじゃが……」
同感だ、巴。何か圧倒されて言葉にならないけど、凄く同感だ。
若干引いてトーンダウンしているのも物凄く共感出来るぞ。
僕は完全にドン引きだ。
「ある時、同性である男と関係を持つ機会が偶然にあってね。何と言えばいいのかな。心の充足、精神の麻薬とでも言おうか。そんな、とにかく味わった事もない多幸感が身の内から湧き上がってきてね! いや、後日女に戻って女性同士も試したんだけど、やはりその時の衝撃には及ばなくてね」
……欠片も理解出来ない言葉をルトが興奮して話している。男とか女とかもう、何がどうなっているのか誰か教えてくれ。
「想いを伝える同性間の究極の友情の果て、その愛! 僕は感動に震えた! 体を重ねるなら男同士に勝るものはないよ!」
演説、もう止めてもらっていい? 耳が腐る。脳もやばい。
「見たところ、真君はネンネだろう? 大丈夫、僕はそういうのも大好きだ。初めては女が良いって言うのなら女になってもいいよ? どちらの身体でも、僕は一日で君を虜に出来る自信がある!!」
何言ってやがる! 真っ白な肌を紅潮させてるんじゃない! 意味がわからんわ! 力説するな、気持ち悪くなる! 僕はネンネじゃない! ん、ネンネ? えっと経験がないって事か。あ、それは合ってるな。
「断る!」
とにかくソファから立ち上がって奴との距離を取る。幸い追っては来ない。ルトは逆に乗り出していた身体を戻し、深くソファに沈ませると、腹部の前で両手を絡ませる。
「食わず嫌いはよくないよ、真君。僕なら男も女も思いのままだよ? 一度試してみて、それで駄目なら僕も諦めるさ」
一日で虜とか、恐怖発言しといてそれ言うか!? 目がキラキラしているのがもう嫌だ……。
同性愛を否定する気はない。ないが、それを興味のない者に強要するのは断固拒否する! 僕はそっちに興味はない!
「……貴方、さっきから一体何をわめいていますの?」
おっと。
今戻ってこなくてもいいのに。
澪、お前はもう間が良いというか悪いというか……。
「あ、黒いお姉さん。お茶と果物ありがとう」
ルトはルトで、澪が持った盆に載ったものを見て喜んでいるし。
「……若様に何をしようとしていたの?」
「ん? 少し口説いていただけだけど?」
「くど…っ!?」
「だって彼フリーでしょ。僕が名乗り出ても問題ないよね?」
根本的に問題があるだろうが、性別っていう断崖級のやつが。
「……」
澪は静かにお盆を脇に置いた。人数分のお茶とカットされた果物が盛り付けられた皿が載っていた。
「あれ、そこに置いちゃうと取れないんだけど」
「巴さん、これは竜みたいですけど。殺って問題は?」
竜だってよく気づくな。言われて注意して集中してみれば、確かに微かながら感じられるけど。いきなり看破するとか、澪の直感は凄まじいな。
「そうさな。若の貞操に関わる。百害あって一利もない。澪、当然殺るぞ」
「あらら? って、真君まで!?」
二人が戦闘態勢へと移行していくのがわかる。そして僕もそれにならう。こいつは撃退しておくべきだ。一〇〇パーセント僕のために。
「ルト、遺言くらいは聞いてやろう。骨も残さんから後日墓標に刻んでおいてやる」
「いいえ、上位竜の肉も美味しいかもしれません。せめて有効活用して差し上げます」
「かつてない脅威だ。悪いけど僕も全力で排除させてもらうから」
「ちょ、ちょっと待ちなよ! 三人がかりは絶対無理。大体、今日は戦いに来たんじゃないし! ね? 落ち着いてよ三人とも。ごめん、ふざけ過ぎたよ。真面目に誤解を解かせてよ、お願いだから」
ルトが両手を上げて降参を示す。
どこまで本気か。
何せ初めて会うタイプだ。真意も測りにくい。更に言えば今見せている真面目な顔も信用出来るものか怪しい。
「貴様の狂った性癖についてならば、もう十分に聞かせてもらったわ。弁明は必要ないとも」
「若様にいかがわしい趣味を教えようとは。最早誤解など解かなくても構いません。駆除一択です」
「いや、ちょっとしたスキンシップみたいなものだよ。そっちはもう触りってだけで今日はもう言わない。冒険者ギルドの事とか、ちゃんと話したいんだよ、異世界人の真君とね」
「……ギルドの事?」
ああ、ギルドマスターって冗談言った事か。こんな変態がトップにいて組織が成り立つ訳もないし、嘘だったんだろうけど、まだ何かあるのか。
一応、巴と澪も僕も登録しているし。トアさんとか知り合いも所属している組織の事だもんな。何か話すなら聞いておくか。
「そう、ギルドの事だよ!」
「わかった。もうふざけないと言うのなら聞こう」
「若!」
「若様ぁ」
「澪、冷めたままで構わないからお茶を。じゃあ、ルト。話を聞こうか」
再び三対一で腰を掛ける。
ルトも表情を真面目なものへと変え、冒険者ギルドについて語り始めた。
誰かが近づいてくる。エヴァさんから聞いた話をまとめようと思考に沈んでいた僕に、強力な反応が伝わる。
以前、戦場に放り込まれた際、相手の中に『竜殺し』が交じっていた事に、負傷するまで気付けなかった。その経験から僕は最近、ある程度の力量を持つ者だけに反応する界をいつも展開するようになっていた。
基準ラインは、今は識。
対象を絞る事により展開範囲をある程度広げられ、かつほぼ無意識で展開出来るようになっていた。他に人がいないような荒野とかで使うなら条件付けをもっと減らして便利に使えるけど、ここは学園都市だ。人が多すぎる。下手に界を使って過敏になっていたらキリがないし、目立ちたくもない。まあ、僕がまだまだ使いこなせていないっていう証明でもあるから情けなくもある。
「旦那、ヤツです。あっしを手玉に取りやがったガキが近付いてきています!」
ノックもなくライムが勢いよく部屋の扉を開け、一息に僕に注意を促す。今のところの情報だと、廃虚区画にいた組織とやらに何らかの関係がありそうな少年ってあったよな。僕と同じくらいの外見年齢だから少年、でいいよね。とはいえ一七〇センチとか羨ましい。いやいや。ともかく実力は少なくとも識クラスって事か。
「ライム、下がっていて良い。いや、識を呼んで来てくれるか?」
「……いえ。足しにもなれやしませんが、あっしにもやらせて――」
「若!」
「若様!」
「うわっ!?」
突如部屋に出現した女二人。見知った二人。僕の従者の巴と澪。な、何で二人がいきなり学園都市に? それに妙に急いでいる雰囲気だ。
タイミング、良すぎないか? 僕ってもしかして監視とか、されてる?
「巴、それに澪まで!? どうしたんだ?」
「……ご無事でしたか。なれば一先ず安心」
「……ほっ」
と思えば、明らかに安堵した顔になるし。まさかこの近づいてきている奴が原因? もう大分近いな。でも攻撃なんかの様子は一切ない。魔力を使う兆しもない。
「ここに向かってきてる奴が原因?」
「ええ。接触の理由は分かりませぬが、ちと厄介な相手です」
巴が厄介なんて言葉を向けるとは。そりゃあライムでは荷が勝つな。というか巴、相手を知っているのか。
「ライム、下がっていなさい」
「澪姐さん、そりゃあんまりだ」
「ライム、人には相応の役割がある。お主がいても邪魔なだけじゃ。悔しければ次までにもっと力を付けておくのじゃな。今回は下がれ」
「姐さん……」
「この二人がいてくれるんだ、ライム。安心していい、戦いになると決まった訳ではないんだしね」
「旦那……わかりやした。お気をつけて、失礼しやす」
唇、噛んでたな。普段思っていても表情になんて出さない人なのに。巴に下がれと言われたのが相当悔しかったか。才能とかセンスは僕より遥かに高いレベルにあるから、これでまた一つ強くなるんだろうなあ。
問題の奴は……店の入り口で止まっている? なんでだ?
しばらく停止していたようだが、再び動きだす。
ピンポーン、と店に音が鳴り響く。閉店後でも緊急の用件があればと、店舗の外に呼び出しのボタンを設置してある。その音だ。
もっとも、悪戯で使った場合はその輩にはそれなりにお説教させてもらう事にしている。
……。
ええっと。僕はいきなり入ってくると思っていたんだけど、一体?
どうする? まさか薬を買いに来たわけでもないと思う。ガラスガシャーンって感じの乱暴な展開まで頭に描いていただけに予想外だな。
「若、油断は禁物ですぞ」
巴は依然としてかなり警戒している様子だ。一体どこの大物かね。
まあ、出て見るしかないか。
「巴、澪。一緒に来てくれ」
二人は神妙に頷く。
二階から一階に下りて、入り口を開ける。
そこにはライムからの報告通り、銀髪の少年がいた。同じくらいの年、いや少し年上に見えるな。この世界ではやや小柄といえる一七〇センチ前後、これも報告通り。顔といい、背丈といい、この世界での僕の存在ってほんとに何なの……。外見通りの年齢なら目の前の彼も今後まだまだ伸びる余地はあるのだろう。
服装は白いシャツにデニム地のように見えるパンツ。シャツはラフに着ていてボタンも結構開けている。やや不健康にも見える程の白い肌が胸元から露出していた。
[こんな夜更けに何か?]
至って普通に用件を聞く事にする。
「ああ、初めまして。僕、冒険者ギルドのマスター。そちらにお勤めのライム=ラテ君に失礼な事をしてしまったから、その謝罪に来たんだ。入れてくれる?」
『はぁ?』
珍しく、僕と巴と澪の声が綺麗に重なった。ギルドマスター(?)は黒い瞳を細めて後ろ手に組んで満面の笑みで立っている。敵意の欠片もない。
ただでさえ色々と情報だけが積み上がっていく状況で、更にまた一つ、無情にも未整理の情報が追加されるみたいだ。
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「というのは建前。でも彼、なかなか強かったよ。びっくりして、ほら、ここ少し斬られちゃったんだ。それにあの刀、凄い付与がかかっててさ。まだ僕への刻印が解除出来ないんだよ? いや、はじめはね、僕も軽く撫でてあげるつもりだったんだ。でも別口の連中まで近付いてくるし困ってね。つい倒しちゃったんだよね。お詫びにならないかもしれないけど、追跡し易いように、昼頃に痕跡付けておいたし、彼自身にもこっそり一時的な加護は与えて安全は確保――」
時間は深夜。妙に人懐っこい笑顔で現れた自称ギルドマスターを店の来客用の応接室に通し、澪にお茶を入れてもらった。今は彼の向かいに、僕達三人が座っている。識はまだ帰って来てない。ロナさんとの話し合いが長引いているんだろう。
ライムへの謝罪という事だったので彼を呼ぼうとしたところ、あっさりとそれは建前だと言い、右手の袖を捲って肘から手に向けてうっすらと残る傷跡を見せて楽しそうに話している。そしてよく喋る。何を考えているのかさっぱりわからない人だ。ライムとの戦闘は事故的なものだと釈明しているような気はする。ニコニコ早口で喋るから聞くだけでも忙しい。
「でね。ここに来た本当の目的なんだけど、あ、そうだ、ねえそこの着物のお姉さん、ここって珍しい果物があるんでしょ? お茶受けに出してもらえないかな。僕まだ食べた事ないんだよね」
話題もころころと変わるし。見たところ同世代の男なんだが、口調や話の運び方を見ていると女性的な特徴も感じる。しかし何というか、とにかく周りを自分のペースに巻き込む人だ。計算なのかどうかわからないけど、色々情報を小出しにしてくるし。刀とか着物って単語にしてもさ。
不機嫌そうに目尻を動かした澪は席を立つでもなく彼を睨んでみせた。でもそんな威圧にも動じた様子が一切ない。
僕は息を一つ吐く。
[澪、用意して差し上げて]
「……わかりました。少々お待ちを」
「いや楽しみだな。あと、お茶のお代わりも。これって違うフレーバーはあるの? あるなら違うのでお願いするよ、お姉さん」
ざわりと。ドアを閉めた向こう、澪のいる場所あたりから殺気が放たれた。隠す気もない感じで、ご機嫌斜めだ。気持ちは結構わかる。巴も彼の発言の度に瞼をピクピクさせて不機嫌そうに沈黙を保っているし。僕もこのペースにずっと付き合うのは御免だ。さっさと話を進めよう。
[さて、ギルドマスター殿。ご用件を]
「やだな、ライドウ君。いや、真君? ギルドマスター殿なんて他人行儀な。あ、それと筆談なんて使わなくていいよ? だって僕ヒューマンじゃないし」
!?
おいおい!?
[生憎と仰っている意味がわかりませんが]
「あはははは、可愛いなあ真君は。文字、少し崩れてるよ? 意外と慌てるタイプなんだね、君は。普通に話しておくれよ、出来るんだよね?」
精一杯普通に返した気でいたけど、やっぱ動揺は出る。まだまだだな、僕は。
でも、こいつ一体なんだ!? いくら冒険者ギルドの長なんていっても、ここまで僕の事を知っている存在なんている訳がないぞ?
それに、ギルドはこの世界に古来あるシステム。図書館で見た本でも、かつてエリュシオンで誕生したと、冒険者ギルドに関する歴史上の記述があった。つまり明らかに女神の側に通じているはず。だとすると、僕の存在は女神に筒抜け!?
「ふふふふ、その顔。もしかして女神に存在や情報が露見しているか、なんて思ってる?」
「!?」
心まで読むのか!?
「図星か。安心していいよ、女神はまだ君の現状を把握していない。まあ、彼女も色々やらかしたからね。そこまで手が回ってないのが実情かな。……あの分だとまだかかるだろうねえ、ね、ま、わ、し、が」
「……お前、何だ?」
「へぇ!! 真君はそんな声なんだ! いいね、少し幼さを残した男の声、好きだよ。そうか真君は確か、高校生だったよね。学生の身で突然こんな世界に来たら色々大変だよね」
なんだ? こいつ、本当になんだよ!?
僕の経緯を全部知っている。それどころか元の世界の情報まで確実に掴んでいる!
最初から無邪気に僕に笑いかけながら次々と語る目の前の存在に、一気に気持ちが悪くなる。視野が狭くなったように感じる。まずい、相手に呑まれているのがわかる。僕が言葉を発する度、弾けたような笑みを浮かべ、喜びの感情を伝えてくる。それが気持ち悪くて堪らない。
「ふざけないで答えろ。お前何者なんだよ」
声が震える。くそ、怖い。言葉からも余裕が消えているのがわかる。
「お前だなんて悲しいな。僕はギルドマスターさ、君に嘘なんて言わない」
「……お前と呼ぶしかないだろうが。僕はお前の名も知らないんだから」
なのに僕の事は詳しく知っている。女神とも知己なのか? 少なくとも面識はありそうに思う。確かにヒューマンでもないようだ。言葉が通じるし。だとすると、冒険者を束ねるギルドの長が、ヒューマンじゃないって事になる。このヒューマン至上の世界でそんな事が有り得るのか!?
「あ、ごめん! そうだね。僕の名を名乗ってなかった。真君、失礼を許して欲しい。では自己紹介を――」
「茶番はいい加減に止めよ」
「……人の言葉を遮って茶番だなんて穏やかじゃないな? 青い髪の侍殿」
「ふん! 儂の名も知っておる癖に尚、惚けるか。何が若に嘘は言わない、じゃ。ギルドマスターなどと早々に偽りを申した癖に」
「やれやれ。口の利き方も忘れる程、荒野で気持ちの良い眠りを過ごしたのかい、蜃」
「貴様こそ、昔の面影など欠片もないではないか、ルト。『万色』の竜よ」
へ?
◇◆◇◆◇
「ルト? 万色? えっと、こいつ、竜?」
って事になるよね? 巴の口振りからも多分間違いない。でも竜の気配は殆ど、いやまるで感じない。
「はい、若。こやつはれっきとした上位竜。それも最上位。知を窮め術を窮めたとされ生涯不敗、万色とは万の色を意味し、ルトの別称でもあります」
「あーあ、人の名乗りを邪魔した挙句に本人の前で名前をばらすなんて、なんて詰まらない事をするんだろうね、この侍かぶれは」
最上位の上位竜。不敗の竜。こいつが?
「抜かせ、若を平気で誑かそうとした貴様に言われる由はないわ」
「やれやれ、寝てばかりいて世界に興味など持たなかった癖に。誑かすとか誤解を招くような事を言って欲しくないな」
ギルドマスター、いや上位竜ルトが僕に対するよりかなり厳しい雰囲気で巴と話をしている。
上位竜――大概の人や亜人は一生に一度も見る事がないだろう存在。僕も図書館で色々と詳しく学ぶ内に、上位竜がどれほど希少な存在かは理解していた。
竜の頂点。時間に滅ぼされる事はなく、老いると自らを産み直して単一で存在し続ける。
小難しく書いてあった情報だけど、まあ要するに若返りみたいなもんじゃないかと思ってる。
確か、図書館にあった名前は、『御剣』『瀑布』『砂々波』『紅璃』『夜纏』の五体。『万色』は今回初めて聞いた。『無敵』の異名を持つ蜃の名も見つからなかったな。
ヒューマンと関わる事は滅多にないが、個体によっては棲まう領域がヒューマンの国と近い竜もいる。極稀にヒューマンに力を貸す事もある。間接的に力を貸した場合は竜の祝福を得たと呼ばれるようだ。
現在だと、グリトニア帝国の親衛騎士の一人が『砂々波』の祝福を得て固有の職を獲得しているらしい。
その超珍しい存在である竜に、既に三匹も遭遇している僕は一体何なんだろう。『無敵』に『御剣』に『万色』。巴にランサーにルト! 下手すりゃ死んでいるエンカウント率だよ。街中で隠れボス級と遭遇するゲームなんてほぼクソゲーだ。つくづく、現実はゲームほど優しくないって事を思い知る。
それは異世界でも変わらないってことだ。
頑張ってもハッピーエンドになる確証はなく。
頑張らないとまあ確実にバッドエンドになる仕様だし。
はあ……明日が見えない。
「棲処は捨てたのか? 最早見る影もない廃墟になっとったが」
「ああ、とっくにね。もう千年前になるかな? ……もういいか? 僕は真君と話したいんだけど。蜃のせいで誤解されただろうからそれを解かないと」
……スケールが違いすぎるだろうよ。千年ってルトさん。それに、僕にはあれだけ笑顔だったのに、巴に対しては口角を僅かに上げた程度で目はまるで笑ってないし。態度違いすぎない?
「何が誤解か。まだ聞きたい事はいくつもあるわ。それから儂はもう蜃の名は捨てた。巴じゃ、覚えておけ」
「五月蝿いな、真君がいるからって強気だね。はいはい、ともへね」
「と・も・えじゃ!! 今度間違えたらその首叩き落とすぞ!」
「ごめんね真君。こいつ竜でも変わり者なんだ。きっと君にも迷惑ばかり掛けているんだよね」
「聞けい、ルト!! 儂のどこが変わり者か!!」
いや、あんたも相当変わっているんじゃないかな? なんだか、そんな確信があるよ?
というか、巴を無視して僕にあっさり話し掛けるとか本当に自由な竜だな。竜の頂点だとすると、巴の上司みたいなものなんだろうか?
「僕は真君に嘘なんてついてない。僕を信じて欲しいんだ、真君には」
「は、はあ?」
「誑かすだなんてとんでもない誤解なんだ。僕の気持ちはもっと純粋なものさ」
危ない発言を聞いた直後、顔を近づけてきたルトと僕の間に、怜悧な刃が突き出された。片刃の鋭い刃はルトの方を向いている。巴、お前それ脇差。あんま気軽に抜くなよ。二本差しの体でいるなら大刀の方を抜けと。
「……貴様、随分と変わったのう。規律だ戒律だと五月蝿く儂らに怒鳴りまわっていた面影が欠片も残っておらん」
規律? 戒律? どっちも目の前のルトって人、いや竜には遠い言葉だよな。
「巴、君も変わったねえ。何事にも興味を示さず無軌道に生きては眠るだけの竜だった君が。でもどうせなら無粋より先に学ぶべき事はあったんじゃない?」
「貴様の奔放さには敵わんよ。ずっと気になっておったんじゃがな? まず教えよ。貴様、いつから男になった?」
……?
「三百年くらい前からかな。ずっと女やってきていい加減飽きたんだよね。それで男になってみたんだ。これが快適でさ。初めて女を抱いた時も感動したなあ」
飽きる? 性別に? え?
もう訳がわからない。大体、上位竜なんだから子孫がどうのなんてまるで意味のない話で。となれば当然、抱く抱かれるも無意味なはずじゃ?
「なってみたって、お主。それでなれるものでもなかろうに。大体上位竜が子を生すなど聞いた事もないわ。女など抱いて何の意味がある?」
巴、まったくだ。そんな事をまるで新しく玩具を買い換えるみたいに言われてもさ。理解出来る訳がない。
「なれたんだから認めなよ。それに僕、生まれ直すのも止めたんだよね。限りなく老化を遅くして今生を楽しもうと思ってるんだ。だけどさ、やっぱり得られる快感だと女の方が上なんだよね。だから男にも結構早く飽きてきていたんだけどね、世界が変わったんだよ、ある日ね!」
だからどうして快感とか。っていうか、そうなのか。男より女の方が気持ちいいんだ。勉強にな……らないな。考えてみたら、だからどうしたって話だよ。本当に夢中になっているスポーツ、みたいなノリで話されても非常に困る。
「別にお主のその辺の価値観の変化なぞ聞きたくないんじゃが……」
同感だ、巴。何か圧倒されて言葉にならないけど、凄く同感だ。
若干引いてトーンダウンしているのも物凄く共感出来るぞ。
僕は完全にドン引きだ。
「ある時、同性である男と関係を持つ機会が偶然にあってね。何と言えばいいのかな。心の充足、精神の麻薬とでも言おうか。そんな、とにかく味わった事もない多幸感が身の内から湧き上がってきてね! いや、後日女に戻って女性同士も試したんだけど、やはりその時の衝撃には及ばなくてね」
……欠片も理解出来ない言葉をルトが興奮して話している。男とか女とかもう、何がどうなっているのか誰か教えてくれ。
「想いを伝える同性間の究極の友情の果て、その愛! 僕は感動に震えた! 体を重ねるなら男同士に勝るものはないよ!」
演説、もう止めてもらっていい? 耳が腐る。脳もやばい。
「見たところ、真君はネンネだろう? 大丈夫、僕はそういうのも大好きだ。初めては女が良いって言うのなら女になってもいいよ? どちらの身体でも、僕は一日で君を虜に出来る自信がある!!」
何言ってやがる! 真っ白な肌を紅潮させてるんじゃない! 意味がわからんわ! 力説するな、気持ち悪くなる! 僕はネンネじゃない! ん、ネンネ? えっと経験がないって事か。あ、それは合ってるな。
「断る!」
とにかくソファから立ち上がって奴との距離を取る。幸い追っては来ない。ルトは逆に乗り出していた身体を戻し、深くソファに沈ませると、腹部の前で両手を絡ませる。
「食わず嫌いはよくないよ、真君。僕なら男も女も思いのままだよ? 一度試してみて、それで駄目なら僕も諦めるさ」
一日で虜とか、恐怖発言しといてそれ言うか!? 目がキラキラしているのがもう嫌だ……。
同性愛を否定する気はない。ないが、それを興味のない者に強要するのは断固拒否する! 僕はそっちに興味はない!
「……貴方、さっきから一体何をわめいていますの?」
おっと。
今戻ってこなくてもいいのに。
澪、お前はもう間が良いというか悪いというか……。
「あ、黒いお姉さん。お茶と果物ありがとう」
ルトはルトで、澪が持った盆に載ったものを見て喜んでいるし。
「……若様に何をしようとしていたの?」
「ん? 少し口説いていただけだけど?」
「くど…っ!?」
「だって彼フリーでしょ。僕が名乗り出ても問題ないよね?」
根本的に問題があるだろうが、性別っていう断崖級のやつが。
「……」
澪は静かにお盆を脇に置いた。人数分のお茶とカットされた果物が盛り付けられた皿が載っていた。
「あれ、そこに置いちゃうと取れないんだけど」
「巴さん、これは竜みたいですけど。殺って問題は?」
竜だってよく気づくな。言われて注意して集中してみれば、確かに微かながら感じられるけど。いきなり看破するとか、澪の直感は凄まじいな。
「そうさな。若の貞操に関わる。百害あって一利もない。澪、当然殺るぞ」
「あらら? って、真君まで!?」
二人が戦闘態勢へと移行していくのがわかる。そして僕もそれにならう。こいつは撃退しておくべきだ。一〇〇パーセント僕のために。
「ルト、遺言くらいは聞いてやろう。骨も残さんから後日墓標に刻んでおいてやる」
「いいえ、上位竜の肉も美味しいかもしれません。せめて有効活用して差し上げます」
「かつてない脅威だ。悪いけど僕も全力で排除させてもらうから」
「ちょ、ちょっと待ちなよ! 三人がかりは絶対無理。大体、今日は戦いに来たんじゃないし! ね? 落ち着いてよ三人とも。ごめん、ふざけ過ぎたよ。真面目に誤解を解かせてよ、お願いだから」
ルトが両手を上げて降参を示す。
どこまで本気か。
何せ初めて会うタイプだ。真意も測りにくい。更に言えば今見せている真面目な顔も信用出来るものか怪しい。
「貴様の狂った性癖についてならば、もう十分に聞かせてもらったわ。弁明は必要ないとも」
「若様にいかがわしい趣味を教えようとは。最早誤解など解かなくても構いません。駆除一択です」
「いや、ちょっとしたスキンシップみたいなものだよ。そっちはもう触りってだけで今日はもう言わない。冒険者ギルドの事とか、ちゃんと話したいんだよ、異世界人の真君とね」
「……ギルドの事?」
ああ、ギルドマスターって冗談言った事か。こんな変態がトップにいて組織が成り立つ訳もないし、嘘だったんだろうけど、まだ何かあるのか。
一応、巴と澪も僕も登録しているし。トアさんとか知り合いも所属している組織の事だもんな。何か話すなら聞いておくか。
「そう、ギルドの事だよ!」
「わかった。もうふざけないと言うのなら聞こう」
「若!」
「若様ぁ」
「澪、冷めたままで構わないからお茶を。じゃあ、ルト。話を聞こうか」
再び三対一で腰を掛ける。
ルトも表情を真面目なものへと変え、冒険者ギルドについて語り始めた。
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