月が導く異世界道中

あずみ 圭

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8巻

8-3

     ◇◆◇◆◇


 ロッツガルドが変異体騒動に襲われる少し前。
 ヒューマン対魔族の戦争におけるようしょう、ステラ砦で行われていた重大な作戦に向けての詰めの会議。
 珍しく場を中座した魔将ロナはそのまま会議には戻らず、砦の外に出て、遠くを眺めていた。
 砦の外周壁に設けられた見張り台。弓兵や魔術師が攻撃を仕掛ける為に陣を敷くこの場所は、平時は兵のいこいの場としても使われている。訓練の行われているこの時間は、誰もいない。

「作戦会議の最中に席を立つとは、ソフィアに似てきたな、ロナ」

 ステラ砦に常駐するもう一人の魔将であるイオが、見張り台でたたずむロナの背に声をかけた。
 そこそこ長い付き合いであり、現在は砦で生活を共にしている彼だったからこそ、ロナのいる場所がわかったのだろう。

「冗談。あんな得体のしれないバトルジャンキーと一緒にしないでくれる? それよりもイオ、そっちの準備は進んでいるんでしょうね」
「当然だ。で、念話のようだったが?」
「目ざといわね。女の念話を気にするような男は嫌われるわよ。この前報告したライドウからの直通。ロッツガルドで少し揉める事になるかと思っていたけど、そういうわけでもないみたい。……悪かったわ、ロッツガルドでライドウ、無視出来なかったの」
「我が身命しんめいは王と国民にささげておる。女にどう思われようと気にもならんな。作戦に影響は?」

 ロッツガルド、そしてライドウの名に魔将であるイオの表情がくもる。ロナから報告にあった警戒すべき人物として、ライドウの名は魔族の上層部にはそれなりに知られている。有力な協力者になる可能性もある為、敵対を即断してはいけない人物としてもだ。

「ないわね。潜り込ませている人数を把握されていて少しカチンと来たくらい。後は部下の無能さにも。やるべき事は済んでいるから、もう彼らを引き上げてもいいのだけど」

 身をひるがえしたロナは、ひじを乗せていた場所に今は背を預け、イオを正面から見つめている。

「ロッツガルドからの人員引き上げ、か。彼はこちらの動きに気付いているやもしれぬな。それにその条件を呑んだようだが、このまま計画を進めると彼からの要請に反する事になるのではないか?」
「あの子の持つ魔族陣営への情報収集手段は私以外皆無かいむよ。それに私は彼から部下を引かせて欲しいと頼まれただけ。私がここにいて何かする分には彼との約束に反する事はないでしょう?」

 目を細め、口角こうかくを釣り上げて笑うロナ。策略を企む彼女の表情は、一部からは魅力的であると好評だったが、武人気質かたぎであるイオにしてみれば好ましい顔ではなかった。

「……嫌な女だな、お前は。ライドウに同情するよ」
「褒め言葉として受け取るわ。わかっていると思うけど、これで決めるわよ」
「言われるまでもない……。ヒビキ……リミアの勇者が更に力をつけていようと打ち砕くのみ」

 半年振りの再会となる敵の成長を、むしろ望んでいるような顔を浮かべる四腕の巨人。

「指環は?」
「もちろん、初期試作型から中期試作型に変更済みだ。あの女神の事だ。これで今回も力を封じられる。そして後数回もすれば――」
「ヒューマンは確実に荒野へと退しりぞく。魔王様の策によって。魔族は皆、豊かな土地と精霊の加護を得て、世の春を享受きょうじゅ出来る」

 女神の力を封印する指環は、既に魔族の手によって完成している。ただし、一度使えば女神の陣営に対応される可能性がないとは言えない。そのため、先の勇者とのステラ砦攻防戦で初期の試作型を使用して、しっかりと女神の力を封じる事が出来るかを確かめた。その成果を確認して、今度は初期型への対策を無効化出来る中期型を戦闘に投入するのである。魔族にくみする火と土の上位精霊から、初期型の指環の存在を聞いた女神の対処手段を知った上での戦術だった。
 さらにヒューマン達が確実に初期型指環への対策をするよう、指環の存在を事前に一部のヒューマンに漏らし、それが女神の耳に入るように情報操作もしている。


 周到な魔族の罠が、ヒューマン達に牙をこうとしていた。




   2


「ライドウ殿、探したぞ! まずは無事で何よりだ」

 僕の肩に手を置いて、レンブラントさんが口を開いた。

[ご夫妻もご無事で何よりです。ご心配をお掛けしましたようで……申し訳ありません]

 ついさっき、従者達からの提案で自分に有利な鎮圧手順を受け入れた事もあって、思わず謝罪の言葉が口を突く。

「謝る必要などない。また君の顔が見られて安心したよ」

 レンブラントさんの言葉が胸に刺さる。

[……私もご夫妻が無事で安心しています。本当に良かった]

 似たような台詞を繰り返す。二人の顔を見られない。うつむき加減でそう伝えるのがやっとだった。

「……私達はまだ状況が把握出来ていないのだが、ライドウ殿は何か知っているかね?」
[こちらも異変が発生して怪物が暴れている、程度の情報しかありません。シフお嬢さんとユーノお嬢さんは、仲間と一緒にあのイルムガンド君だったモノをどうにかする気でいるようです]

 僕に加え、巴と澪、そして識の存在に安心感を覚えているのだろうか。
 こんな非常事態にもかかわらず、レンブラントさんはとても落ち着いているように見える。それは奥さんも一緒だ。
 肝がわった商人というのは、こんな状況でも冷静かつ合理的に物事を判断し、整理出来るのかもしれない。

「なるほど……ライドウ殿でも詳細が掴めない、か。色々と動きにくいな……。念話で思い出したが、君の商会は従業員も全員が念話を習得しているんだったな。非常時でも密に連絡可能なのは羨ましい限りだよ……で、娘達はアレを何とかする気でいると――」

 何度も頷きながら僕の筆談の内容を呑み込んでいくレンブラントさん。ところが、シフとユーノについて考え始めた途端、途中でって明らかに動揺し始めた。

「っ!? ラ、ライドウ殿!? 何とかって何かね!?」

 さっきまでの冷静さはどこへやら。大声を上げたあと、あたりをせわしなく歩き回りながらブツブツと何事かを呟き始めた。
 ……娘さんが戦うって話をしたのに落ち着いているな、やはりレンブラントさんは凄い商人だ、などという感想を、僕は静かに捨てた。
 そんなレンブラントさんを、奥さんは片手をあごに当て、呆れた様子で静かに眺めている。
 奥さんの方がよっぽどツィーゲの大商人らしく思えてくるな。
 そこには触れず、平静さを失いつつあるレンブラントさんに筆談で語りかける。

[おそらく腕試しでもしたいのでしょう。私達もこの場に留まり彼らを見守るつもりなので、そこまで心配される必要はないかと思います]
「い、いかんよ? ライドウ殿、それはいかんよ! ここは申し訳ないのだが、君達で何とかこう、上手く事に当たってもらうのは駄目かね? ……だいたい、腕試しなどこのような時にやる必要はないんじゃないかな? 学園の治安維持を目的として軍らしきものも編成されていると聞くし……いや、生徒が前線で戦う事など許されるのか? そもそも、闘技大会からしておかしいのではないかね!!」

 そう僕にまくし立てたあと、レンブラントさんはさっきより一層激しく動き回る。独り言のボリュームも大きくなった。
 ダメだ。この人は娘の事になると本当にダメだ。
 ぜんとする僕達一行。さすがの巴も何も言えないらしい。
 この事態を収めてくれそうなのは、やはり奥さんしかいないか。
 ちらりと彼女に視線を送る。
 旦那さんとは対照的に、取り乱した様子がない。
 こういう時って母親は結構過保護になりそうなイメージなんだけど、彼女は落ち着いているな。

「……他ならぬライドウ様が慌てていないのですから、私も主人も娘達については何も心配しておりませんわ」

 僕の視線で察したのか、奥さんが柔らかい笑みをたたえて口を開く。
 いや、旦那さんは絶賛心配しまくってますよ?

「ライドウ様達がいますもの。最悪の事態はないと確信しています。……あの子達も、自分一人ではどうしようもない現実を知る日がいずれ来るのですから。それがもし今日であったとしても仕方ありません。むしろ、貴方が傍にいらっしゃる時でよかったと思っています。この人も見かけは慌てていますけれど、実はそんな事はありませんから」

 いつかは限界を知るんだから、せつは出来る時にしておけって言いたいのか?
 ……こんな状況でその台詞は怖いよ。
 奥さんはスパルタ教育なんだな。レンブラントさんが甘々な分、彼女がシフとユーノをしっかりしつけているのだろう。
 でも、体の前で右手の甲を包むように握っている左手が細かく震えている。きっと、無理をしているんだ。

[信頼して頂けて嬉しく思います。彼らの講師として責任を持ってお守り致します。ご夫妻はこれからどうされますか? ここには私達もいますし、何より学園の敷地内です。街中よりは危険が少ないと思いますので、特に用がないのであればこのままいる事をお勧めしますが]

 夫妻二人ともに向けた筆談だったのだが、レンブラントさんは全く見てくれなかった。

「……そうですか。あなた、あなた!」

 奥さんが呼びかける。

「いや、最悪、商人ギルドから傭兵ようへいどもを結集させて――」
「あ・な・た!!」
「うおっ! な、なんだリサ。私はこの事態の解決をだな!」
「シフとユーノはライドウ様達が守って下さるから安心よ……。それで、私達はこれからどうするかと聞かれているのだけど? もちろん、ちゃんと見ていましたわよね?」

 最後の一言が怖いです、奥さん。
 彼女の空気に呑まれ、ようやく我に返ったレンブラントさんが汗を拭いながら答える。

「も、もちろん見ていたぞ、リサ! ……ラ、ライドウ殿が、その……な。……そうか、ふぅ」

 どう見てもしどろもどろだ。
 ……まったく、ふぅ、じゃないよ。
 商人ギルドとか、何となく今は聞きたくない言葉まで出して。
 それに傭兵、か。
 ギルド経由だと、格安で傭兵と契約を結べるって以前聞いた事がある。商品の輸送なんかである程度の期間行動を共にするから、その都度冒険者に頼むより割安な彼らを護衛として雇う商人は多いらしい。僕にはあまり関係のない話だから詳細は知らないけど。
 奥さんが再度レンブラントさんに確認する。

「……で、どうなさるの? あの達もいるのだから、ここにいるのも良いと思うんですけど?」
「……いや、一度ギルドに行く」

 ようやくいつもの調子に戻ったレンブラントさんが短く答える。

「ギルド、ですか? 先日行ったばかりではありませんか。それに、今みたいな状況で向かってもまともな応対は期待出来ないでしょうに」

 その通りだ。この混乱で、商人ギルドもてんやわんやだろう。
 今回の騒ぎが商人ギルドに多少飛び火してもかんするつもりの僕としては、夫妻がそこにいるのはよろしくない。

「だろうな。ここの商人ギルドがこんな事態に慣れているとも思えん。外部からの襲撃などほぼ未経験だろう。私はツィーゲでこれまで何度も戦闘を経験し、非常時には指揮を取った事もあるからね。いらぬ被害を少しでも減らす手伝いなら出来るはずだ」

 な、なんですと?
 ついさっきまで娘しか頭になかったのに、いきなりどうしたんだこの人は。
 レンブラントさんが奥さんから僕に視線を移す。

「学園はライドウ殿が守ってくれると言うなら、娘には何の心配もいるまい。それに、ここのギルドの代表とは知らぬ仲でもないしな」

 何かに気が付いたのか、奥さんが少し笑みを見せながら口を開く。

「ここの代表……ああ、ザラさんだったわね。この間、やけに一人でギルドに行きたがったのはそのせいだったのかしら」

 ――ザラ。
 あの代表、確かにそんな名前だった。
 レンブラントさんだけじゃなく、奥さんとも知り合いなのか。
 はぁ、まだあの顔を思い出すだけでため息が出そうになる。

「う、うむ。その話はともかく、今は私も出来る事をせねばな。ここは娘が住んでいる街だ。それに商人ギルドを手伝って損はないのだし……。というわけでライドウ殿、私は商人ギルドに向かい、この混乱の収拾を手伝おうと思う」

 さっきの奥さんの問いかけをはぐらかしつつ、今後の方針を僕に伝えるレンブラントさん。
 そうか、商人ギルドに向かうのか。

「……仕方ありません。なら、私も同行しますわ」

 ため息をつきながらも、奥さんは主人の意見に賛同の意を表す。

「い、いや、リ、リサはここにいてくれても全く……」

 僕に向けていた視線を再び奥さんに戻し、またもレンブラントさんは慌てる。忙しい人だな。
 そんな彼の様子とは対照的に、奥さんははっきりと宣言する。

「いいえ。行きますわ。私もここのギルドの方々よりは荒事に慣れているつもりですから。それに、ザラさんに挨拶もしておきたいですし」
「う……うむ。リサがそこまで言うなら――しかしなぁ……」

 なおもまだ、一人で行きたそうなレンブラントさん。奥さんがいると都合が悪いのか?
 娘さんが通う学園がある街で浮気なんてするわけないだろうしな、この人の場合。そもそも、奥さんにベタ惚れしているのは確定的に明らかだ。
 もしかして、奥さんとザラさんの間に、昔何かあったのか?
 まあそれは置いといて、夫妻が商人ギルドへ向かうのであれば、そこまでの道のりを少しでも安全にするのが僕の役目だろう。
 そう考え、周囲の様子を確認する。
 一般席には僕達以外に人の姿はないが、来賓席はまだ人がいる。
 なら『ここ』で援軍を呼ぶのはまずい。

「ライドウ殿、すまないが娘を頼む。私は私が出来る事をしてみよう。と言っても、火事場に乗じて恩を売りに行くだけなんだがね、ははは」

 レンブラントさんが力なく笑う。
 なんだかんだ言って気丈きじょうな人だ。本当はシフとユーノが心配で仕方ないだろうに。

「では、また後ほど。失礼しますね」
[お待ちを。途中までにはなりますが、お送りします]

 二人だけで行かせて何があるとも限らないから、闘技場の敷地から出るところまでは僕が同行する。そこから商人ギルドまでは亜空の戦士に護衛をさせる。
 僕に味方してくれる数少ない人を、危険な目に遭わせたくない。
 こちらの申し出をいぶかしんでいる様子だったけど、夫妻は同行を受け入れてくれた。
 巴に、エヴァさんとルリアをどこか安全な場所に転移するよう念話で指示を出す。
 彼女が頷くのを確認した後、僕は皆を残してレンブラントさん達の後に続いた。
 観客席から出口へ続く通路に出て、薄暗い道を進む。

[お二人はあの代表殿と仲がよろしいんですか?]
「仲が良いかと言われると……何とも言いにくい関係だね。腐れ縁、なのは確かだが」
「昔は隣同士で店を構えて切磋琢磨せっさたくましていたんですよ」

 言葉を濁したレンブラントさん。しかし、奥さんがあっさりそれを覆す。

「リサ!」
「いいじゃありませんか。隠すような話でもありませんわ。あの頃の二人は出世欲の塊が服を着て歩いているみたいで、似たもの同士でしたしね」

 レンブラントさんが? いまいち想像がつかないな。
 そして、思っていたよりも、代表とレンブラントさんは関係が深そうだ。
 かたや味方であり、よき理解者。ヒューマンの中なら、この世界で最も頼りにしている。
 かたや敵であり、理解なんてしてくれない。ヒューマンの中なら、この世界で最も苦手な相手の一人。
 そう考えると不思議なもんだ。

[そうでしたか。あの方とレンブラントさんが似ていたというのは、少し意外です]

 曖昧あいまいな言い方になってしまった。

「……昨日だったか、君があいつと会ったのは……察するに、何か言われたんじゃないかね?」

 やはりレンブラントさんは鋭い。相手を熟知しているからこそ、僕に対して取った行動がわかるのかな。

[少々、私の不勉強で周囲との摩擦まさつにも気付かずにおりまして]

 余計な心配をかけたくないから、ぼやけた言い方になってしまう。

「私が事前に君と従者の方々について少し話したのだがな。どうやら、上手く伝わっていなかったようだ。すまない」

[いえ、謝って頂く事ではありません。私の対応が未熟でしたので]
「ザラさんに真意が伝わるよう、しっかりお伝えしなかったのではなくて?」
「ライドウ殿の個人的な情報でもある。詳しく話すのもどうかと思っただけだよ、リサ。しかし……私の意図があまり伝わっていなかったとなると、奴はライドウ殿を粗雑に扱ったのだろうね」

 僕は苦笑しながらレンブラントさんに答える。

[残念ながら商人として扱っては頂けず。情けない限りです]
「奴はあれで優しいところもあるんだが、どうにも言葉が足りないタイプでな。時に目を掛けた者にすら誤解される」

 誤解って、誰にでもあんなノリで接していたら仕方ないよ。

「あなたみたいに何も言わずに後ろからブスリ、なんてやり口よりも好ましい商売の仕方をなさっていましたけどね。あの方が口でだいぶ損をなさっているのは間違いないと思いますけど」
「リサ。悪意を感じるよ? 私はただ上手にやってきただけじゃないか」

 ……商人の世界って、やっぱ綺麗事じゃ済まないんだな。
 僕は、かなり手ぬるかったんだなあ。正直、やっていく自信が揺らいでしまう。

[お話を聞くに、相当古いお付き合いなんですね]
「ああ、長いね。留守を頼んできたしつのモリスもザラの事は良く知っている。私は、結局家族が最も大切だと気付いて一線からは退いたようなものだが、あいつは今も独身で、ただ商売だけに生きている。その割にきゅうかくが鈍ったのか、それとも君にちらつく私の影が気に食わなかったのか、ライドウ殿にはまずい対応をしたようだが」
[そうでしたか。ここでやっていくにはまだ早いから、一度ツィーゲに戻って貴方に商人として鍛え直してもらえとも言われました。そちらで再起する分には手を出さないと]
「ほう、そう言ったかね。ライドウ殿の様子だと、さっさとツィーゲに逃げ帰ってコネを頼れ、くらいのひどい言い方だったのかと思っていたが……」

 本当に良く知っているんだな、あの人について。
 正直、レンブラントさんにだからこんな風に言っているけど、僕も実際あの言葉はせろコネ野郎、としか聞こえなかったし。

「ザラさんらしい物言いだわ……あら、もう外なのね。ライドウ様、ここで結構ですわ。後はこの人と私で行きます。どうか娘をお願いします」
「うむ。これでもそれなりの自衛は出来る。安心してくれ。ライドウ殿の事もクズノハ商会の事も。ちゃんとザラに言っておこう」

 いや、泣き言を聞いてほしかったわけでは……まあ、結果的には愚痴ぐちったようなもんか。
 はあ、レンブラントさんにはどうも甘えてしまう。
 闘技場から外に出る少し手前。出口の光を前方に確認出来る場所で僕は立ち止まる。
 じゃ、この辺で道中の護衛を召喚するとしよう。

[少々お待ちを。お二人に護衛をお付けします。先ほどの場所では目立つと思い、ここまでご一緒しました]
「護衛?」
「どなたか従者の方を? でも、皆様席に留まっておられましたけど」

 夫妻の言葉には答えず、僕は霧の門を展開する。
 見た目には等身大のモヤにしか見えない霧が、僕の横に出現した。


 そこに影が現れる。それはすぐにはっきりした姿になっていき――。
 美しいうろこまとったリザードマンが二体現れ、彼らを見た夫妻が息を呑むのがわかった。


 突如出てきた魔物への驚き。
 彼らが放つ存在感と、凶暴性じゃなく知性をうかがわせる静かな佇まいに圧倒された様子だ。

[見ての通り私が召喚した魔物です。頼りになりますので、どうか彼らをお連れ下さい。表向きはレンブラントさんか奥様が魔術か道具で召喚したとでも言っておけば良いでしょう]
「そ、そう言えばライドウ殿は召喚魔術も扱うのだったな。まさか、こんな簡単にやってのけるとは思わなかったので、さすがに驚いたよ」
[共通語を理解しますので、指示がある場合は普通に声を掛けて頂いて大丈夫です。ちなみにこちらの槍を持っているのが……クーガ、弓を持っているのがガンムです]

 僕の紹介に合わせて、レンブラント夫妻に膝を折って敬意を表すミスティオリザード達。
 その様子に、夫妻の緊張もわずかながら緩んだみたいだ。

「言葉は通じるのですか、それは助かりますわね。ライドウ様、ありがとうございます」
「ああ、礼を言わせて欲しい。ありがとう」
[どうか、ご無事で。後ほどお会いしましょう]

 ミスティオリザードなら、護衛の役目はじゅうぶん果たせるだろう。
 ちなみに、召喚したのは四号と五号。三号は生徒に会わせる予定だから、出番はもう少し後だ。
 二人に与えた名前は全くの思いつき、即席だけど、まあ問題ないだろう。
 夫妻とリザードマンを見送り、闘技場に戻るべく、僕はきびすを返した。
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