月が導く異世界道中

あずみ 圭

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8.5巻

8.5-3

 皆で協力して負傷者を一箇所に集め、エマさんと翼人で治療ちりょうほどこしていく。
 で、僕の感想も「カトンボ」ってわけで。
 巴め、上手い事言うな。面白いように狙い撃ちだった。
 こう言っちゃなんだけど、弓とか遠距離攻撃魔術を持った相手からしたらカモそのもの。
 いくら空飛べるからと言っても、これは酷い。
 カクンさんもショナさんも、この結果にかなりショックを受けている模様だ。もちろん彼ら以外の戦士の皆さんも、始める前とは全く表情が違う。
 ただ、なぐさめる言葉を探そうにも、本気で見つからない。
 むしろ突っ込みどころだらけで、どこまで指摘するか悩んでしまう。
 それでも、彼らは僕の言葉を待っている。
 模擬戦の時間はまだ取ってあるけど、今日これ以上彼らの相手をしても、お互いに時間の無駄だと思う。
 二回目からは僕だって遠慮なく上昇中を狙い撃ちさせてもらうつもりだし。そうなったら、試合は数分とかからずに終わるだろう。
 何なら、飛ぶのを待たずに撃ち込んでもいいわけだし。
 まあ最初だし……少しソフトに所感など申しましょう。

「あー、えっと。まずはお疲れ様でした」

 僕が口を開くと、翼人達は緊張した面持おももちで姿勢を正す。

「皆さんとは今回が初めての模擬戦でしたので、まずはじっくりと皆さんの戦闘法を確認させてもらいました」

 じっくりとは言っても、実際はものの数分だけどね。彼らもそれは気にしているようで、様子見しながら手加減している僕にすら、数分と持たずに全滅させられたという衝撃的事実に打ちのめされてた。

「えー……。皆さんの利点はやはり空を飛べるという点ですね」
『……』

 中には下を向いてうつむいている者もいたが、大半の翼人達はまっすぐ僕を見て評価を待っている。
 駄目だな……ソフトに言おうと思っても駄目出しばっかりになりそうだ。ここはハッキリ言っておこう。
 ごめんね、翼人のみんな。

「でもそれに甘えすぎです」
『!!』

「空を使って戦うのであれば、相手の射程外まで高く飛ぶ事と同じくらい、相手の射程が上回った時の対処、つまり逃げられない場合の備えをしておく事が重要です。しかし皆さんは高高度への慢心から後者への対策がお粗末そまつです」

 翼人達が息を呑むのが分かる。

「また、負けない戦いに慣れすぎているせいで、決定的な攻撃手段を持っていません。これから僕や他の種族との模擬戦を重ねていく上で、『負けないだけの勝てない戦い』をしていても意味はありません。攻撃手段の多様化と威力の向上は急務です。遠からずハイランドオークもミスティオリザードもドワーフも、皆さんの現状の火力を完封し、お互い決め手がなくなる状況になります」
『っっ!?』
「そうなった時、圧倒的に不利なのは皆さんです。何故なら決め手となる攻撃がないから。このままでは彼らが戦術を洗練していくほどに、皆さんが追い詰められるのは明らかです。だからと言って、最後にカクンさんとショナさんが見せたような特攻頼りで火力を出すつもりなら、それはやめたほうがいいですね。集中砲火による迎撃の餌食えじきになるのは目に見えています」

 僕の言葉にとどめを刺された翼人達は、見るからにへこんでいた。

「まず皆さんの基本戦術を見直し、攻撃手段を増やし、威力も高めるのが重要です。それに、肝心の上空に出る方法もきちんと練り上げて下さい。そこからが皆さんのスタート地点です。次回、空に出る前に終わらないよう訓練をしておいて下さいね。以上」
「わ、若様!」

 沈黙していた翼人達の中でただ一人、族長のカクンさんが真剣な表情で僕を呼び止めた。

「はい? なんでしょうか、カクンさん」

 おっと、つい学園の講師モードっぽくなってしまった。
 もう少し自重じちょうしないと。ただでさえきつい事言ったんだから。

「我々は、この亜空でハイランドオークやエルダードワーフ、ミスティオリザードの皆さんと同様に開拓作業や調査、また亜空ランキングなる強者の集いにも参加したいと考えております」
「ええ」
「それには若様の許可が頂けぬ事には前に進めぬと聞いております。我々も、参加してよろしいでしょうか」

 凄いなカクンさん。
 あれだけボロクソに言ったのに、参加するつもりなんだ。

「……亜空ランキングは、ある程度のルールの中での力のぶつけ合い。自己責任の前提で誰でも参加して構いません。ですが、亜空の開拓については、現段階では許可しません。皆さんの戦力では……不向きな面もありますので。亜空における開拓だとか調査は、防衛的な戦力よりももっと臨機応変な、それでいて攻めに向いた戦力が必要な分野です。失礼ですが、今の皆さんはそれを満たしていないと僕は考えています」

 翼人の面々は皆一様にがっくりと落胆らくたんした様子で、分かりやすく顔が歪む。
 ごめんね、でも無駄に危険にさらしたくないんだよ。

「ですから今は力をたくわえて下さい。仕事については集落が落ち着き次第、エマを通していつでも紹介出来る状況です。何も手に武器を取るだけが仕事じゃありませんから。それじゃあ、今日はお疲れ様でした」

 そう言って、僕は模擬戦の会場を後にする。

「エマ、行こうか」
「はい、真様」
「っ、訓練にお付き合い頂いた若様に礼!」

 翼人を代表してカクンさんが号令を出し、僕の背中に翼人の声がかけられる。

『ありがとうございました!!』

 相性とかじゃなくて、空って空間の使い方がなってないんだよなあ。
 厳しい事を言ったけど、彼らをむざむざ危険にさらすのは嫌だし、力については率直に反省して再出発してもらうしかない。
 あの様子だと、当面はもう僕が相手をする意味もないような。
 あ、でも。僕が常時詠唱を続けて魔術を使いっぱなしの状態にして、固定砲台みたいな役割で彼らの相手をするって事ならどうだろう。
 魔術の行使状態を維持して魔力を常に流し込み続ける――それならルトの教えてくれた修練法の一つを兼ねるから僕自身も身になる。
 どの道、これは継続しか上昇が見込めないんだし、やらなきゃ損だ。
 うん、やっぱ今後も翼人との模擬戦は続ける事にしよう。
 継続は力なり、って言うしね。




 2


 大きく育った広葉樹が数多く生い茂り、既に十分な規模に広がった森の中。
 ナニカが居る――経験から導かれるその直感で動きを止めた者がいた。
 今、この亜空は深澄真の家が建てられた場所を中心にして、急速に街が発展している最中だ。
 その真の家の裏手から見える森の入口で、ハイランドオークによる開拓と調査が行われている。足を止めた者は、その調査隊の一員である一人の戦士だった。
 彼ほど明確な直感ではないにせよ、何らかの危険を察知した他の戦士数人も動きを止め、戦闘に準ずる警戒態勢が組まれる。

「何かいるぞ」
「ああ。だが場所を気取けどらせん。ただの獣ではなさそうだな」
「ここじゃあ『ただの獣』でも魔獣クラスはざらだ。何であれ、油断せず進むぞ」
「おう」

 再び戦士達の隊列は動き出し、先ほどまでと比べてゆっくりしたペースで調査が再開される。
 植物の採取、樹木の採取、そして狩猟しゅりょう
 まだまだ亜空では未確認のものが沢山ある。
 日々探索し、少しずつでも未知を既知に変えていかなければならない。
 それは時に危険を伴い、そして果てしない任務でもある。
 その任につく事を許された彼らは皆、自らの仕事に責任と誇りを感じていた。
 実力も気勢きせいも十分。
 だが、それでも相手は未知の環境と生物。
 ここ、亜空では真の異世界での記憶や知識が環境を形作る側面がある。
 その為、真の知識を予習する事で少しばかりの対策は出来るのだが、それでも決して完全なものにはなり得ない。
 最初にナニカの存在に気づいたハイランドオーク一の戦士、アガレスはこの日、身をもってそれを学ぶ事になった。
 どさり、と重い物が地に落ちる音がした。
 先頭で警戒態勢を保ちつつ進んでいたアガレスが一瞬振り向いた。

「っ!」

 今しがた油断をしないように確認し合ったばかりの仲間の一人が崩れ落ちている。
 僅かな風が彼の頬をでた。
 アガレスはまだ、ナニカの存在を曖昧あいまいに感じる事しか出来ていない。
 対して、そのナニカは既に警戒段階から行動へと転じていた。

「襲撃だ、そなえっ……!?」

 注意を呼びかけようとしたアガレスの耳に、鈍い振動音が届く。
 見ると、すぐ横の太い木の幹が震えていた。
 アガレスはすぐに襲撃者の痕跡こんせきを発見する。
 爪痕つめあとだ。
 鋭く、強い。
 そして何よりも、速い。
 姿を捉える事すら出来なかった。
 アガレスの言葉が途中で断ち切られたのも、木の振動を感じたからだけではない。既に彼以外の仲間全員が、その時点で意識をり取られていたからであった。
 世界の果ての荒野でまれ、数々の種族と戦い、環境にあらがい、生き抜いてきたハイランドオークの精鋭せいえいがあっという間に倒されていく。
 一人目の崩れる音から、アガレスが言葉を発するまでのほんの数秒。彼が言葉を言い切る事すら出来ない間に、ナニカはアガレス達を全滅に追い込んでいた。
 彼一人はまだ無傷で、意識も力も残しているとはいえ、他の者が全てやられてしまえば、隊としては全滅に等しい。
 戦士としても隊長としても、アガレスは圧倒的に敗北した事になる。

「この爪痕、まさかオオカミか!? だが、以前遭遇そうぐうしたオオカミはこれほどの力などっ……!」

 調査隊に選抜された者は皆、真の知識や記憶を学ぶだけでなく、真から直接生の言葉で意見やアドバイスを受ける。
 主と直接言葉を交わす、それもまた彼らの誇りを高める要素であった。
 アガレスは、真から聞いた中で最も注意しなくてはならない存在として挙げられた、二つの名を思い出していた。
 森の脅威の筆頭として真が挙げたのは、「狼」と「熊」。
 どちらも強いのだろうが、特に狼に遭遇してしまったら交戦せずすみやかに退くよう、彼らは皆言い聞かせられている。
 出来れば戦わないで欲しい――と。
 真のその言葉から、彼にとって何か特別な意味がある生物なのだと戦士達は理解し、手を出さぬ事を誓った。
 アガレスも、以前調査の過程でそれらしい生物を見つけた事がある。その時は命令のまま交戦せず報告するのみに留めたのだが……。
 しかし……目の前のナニカは似て非なるもの。

(あの時遭遇したのは、やはりヤマイヌという種だったか? 若様もその可能性が高いねと苦笑しておられた。だが、今襲い来るこれこそがオオカミだと言うのなら……)

 アガレスはいつの間にか抱いていたらしい自らのおごりを全力でじる。
 手を出さないなど――この相手にはとても使える言葉ではなかったと。
 少なくとも、森での戦闘においては自分より格上に違いなかった。

「……ふぅぅ」

 だがアガレスも熟練した戦士。

(格上だからといって、一矢いっしむくいずにやられてやるなど到底できん相談だがな)

 一度は揺らいだ精神をすぐに立て直すと、槍斧ハルバードの柄を握り直し、一か八かで襲撃を迎え撃たんと身構える。
 オォォォォォォォォン!!
 その時、彼の全身を突然のすさまじい遠吠とおぼえが貫いた。

「!?」

 痙攣するかのような、強烈な震えが全身をめぐる。同時に、身が縮み上がるほどの殺気がアガレスの全身を締め上げた。

(これは、咆哮ロアの一種なのか? オオカミとは犬の魔獣のようなものではないのか? 下手な、いや俺が知る限りのどの竜の咆哮よりもこれは……!)

 油断はなかった。
 警戒もしていた。
 それでも、狼から浴びせられた咆哮はアガレスに見事に作用し、彼の体は自由を失い釘付けにされる。
 それは闘気までも根こそぎ削ぎ取るような、圧倒的な遠吠えだった。
 そして、初めて自分に向けられた殺気の根源を……た。
 確かに犬に似た、だがどこか圧倒的な気品を備えたその獣の目と牙と爪と、香るような見事な毛並みがよぎるのを。
 目ではなく、感覚で、心で捉えた。

られる)

 今の自分と相手との力量差が捕食者と被捕食者のそれだと把握したアガレスは、一瞬でその結論に達する。

(っっっっっっ!! 馬鹿ばかな! まだ死ねるものか! 俺は! 生きねばならん!!)

 そして一瞬で否定した。
 正反対の二つの思考の間で揺れる彼の脳裏に、荒野での生活や亜空での生活、身に刻んだ戦いの記憶がどっと流れ、彼を生への執着しゅうちゃくへと導いた。

「はぁぁっ!!」

 気合いの叫びを上げ、咆哮で拘束された体を自分のコントロール下に戻す。
 一時的に限界を超えた集中力を発揮した状態のアガレスは、倒れた仲間達を守る位置に歩を進める。その目には不退転ふたいてんの決意を宿していた。

〝……戦士であったか。この森に手を出さぬなら此度こたびの非礼は特にゆるす。……一度だけだ。去れ〟

 落ち着いた様子の低い声が、アガレスの頭の中に響いた。

「っ、誰だ!?」

 アガレスの声がむなしく響く。
 その問いに答えはなく、そして次の言葉もなかった。
 森につかの間の静寂せいじゃくが戻る。
 先ほどまでアガレスが感じていた気配、つまり狼の気配は既にない。

「見逃されたのか、俺は」

 危機を乗り切ったアガレスは呆然ぼうぜんと呟いた。
 自身のつぶやきの意味が頭に染みこむにつれ、彼の体から力と緊張が抜けていく。
 そのまま、倒れこむように一歩後ずさる。
 しかし、それ以上後退する事はかなわなかった。
 ハイランドオークの体躯たいくは目の前の狼とは別の何か――巨大で、柔らかな、思わずうっとりする極上の手触りの毛皮――に受け止められたのだ。

(何だ!?)

 アガレスがつばを呑み込む。
 背後からじわじわと覆いかぶさってくる触感を確かめるように、彼は振り返る。
 狼の気配を察してから、アガレスはそちらに気を取られ過ぎていた。強烈な存在感に集中を余儀よぎなくされ、この場に接近していたもう一つの気配に気が付かなかったのだ。
 見上げると、そこにはハイランドオークの中でも巨体を誇るアガレスよりも、更に巨大な獣がいた。
 黒い毛皮に全身を包み、つぶらな目は愛らしく、殺気も感じさせない。
 二足で立ち、木に片手をかけ、もう片方の手は無造作むぞうさにぶらぶらさせている。
 襲い掛かってくる様子はない。
 だがアガレスは、先ほどまで感じていたのと同じ種類の緊張と全身のこわばりを覚えていた。
 彼自身は未だそれを何と定義していいか分かっていないようだが、それは紛れもない恐怖だった。
 絶対に勝てぬ状況で強者と遭遇する恐怖。
 真や彼の従者である巴達が相手では、格が違いすぎて感じる事すらない種類の――現実味を帯びた恐怖。

(く……ま?)

 たしか真は「恐ろしく強いみたいだから、気を付けてね」と、言っていた。
 目の前の獣が、ゆっくりと空いている方の腕を振り上げた。
 殺気は感じない。だが……恐い。
 狼といい熊といい、一体何なんだ。
 同時に出会うなど、主の不運が乗り移ったかのような奇運である。

「あ、ああああああ!!」

 恐怖に突き動かされ、アガレスの体が反射的に動く。
 武器を振るうには間合まあいが近すぎる。彼は持っていた槍斧ハルバードを使わず、防具を着けた肩でほぼゼロ距離からの体当たりを仕掛けた。
 熊に避ける気配はない。
 当然攻撃は直撃し、熊の体にアガレスの体が深く沈む。
 しかし、それだけだった。
 ビクともしない。
 アガレスの肩の防具越しに絶望的な感覚が伝わってくる。

(そうだ、俺は聞いていたはずだ。熊は見た目に以上に厚い脂肪で体が覆われていると。単純な打撃は余程のものでなければ通用しないかもしれないと。俺は今何をして……)

 どん、とはじき返されるアガレス。
 再び正面に熊を見据えた彼の視界に、無造作に振り下ろされる熊の右手がよぎる。
 反応は間に合わない。
 強烈な衝撃を感じ、胸部から腹部にかけてを真っ二つに引き千切られたかのような鋭い痛みを最後に、アガレスの意識はそこで途絶とだえた。
 実際には派手な出血こそあれ、アガレスの胴体はくっついたまま。攻撃を受ける直前、無意識に体の前に出していた槍斧ハルバードがへし折られて、多少のクッションになったのも、彼が致命傷を負わずにすんだ要因になっていた。だが、恐怖に駆られたアガレスは、無意識のうちに熊の攻撃を実際より強大なものと錯覚さっかくしてしまったのだった。
 熊は、倒れて動かなくなったハイランドオークの片足を掴み、森の奥に消えようとする。

〝そこまでだ、熊の若造わかぞう

 アガレスも聞いた狼の声が、今度は森に響いた。
 熊がやや上を見て、周囲を見渡す。

〝その者は我がゆるしを与えた者。今、手を出す事はならん〟
「……」

 熊は無言だ。

〝もし愚かにも次があらば、その時は止めぬ。好きにせよ。だが此度はならぬ。よもや我の交わした約束に傷はつけまいな?〟
「……」

 完全に納得して、という様子ではない。
 本当に渋々といったふうではあったが、熊は獲物の片足を放し、森の深みに消えていった。
 同時に狼の気配も消える。
 アガレスの傷の治療まで面倒を見る気はないようだった。
 あるいは、意識を断たれた彼の仲間が目覚め始めた事を把握していたからかもしれない。
 この日、満身創痍まんしんそういで森から戻ったアガレスの調査隊は次のような報告書を上げる。
 狼と熊に遭遇、と。
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