月が導く異世界道中

あずみ 圭

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9巻

9-1

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 ロッツガルド学園の正門。
 普段なら夜更よふけでもそれなりの数の学生が出入りし、不夜城ふやじょうごとく明かりが消える事のない場所。
 しかし今は人影もなく、アンティークなガス灯にも似た魔術式の街路灯が、無人の石畳いしだたみを寂しく照らすだけだった。
 僕――深澄真みすみまことは従者のしきと二人だけでそこを歩いている。
 どこか目的地があるわけじゃない。要はさわぎをのがれて来ただけだ。
 何かあれば駆けつけるつもりだけど、すぐには呼ばれないだろう。
 ロッツガルドの現状は小康しょうこう状態。街中で暴れていた変異体の増殖はひとまず落ち着いてるし、僕達の根回しも功を奏して、討伐もまあそこそこに進んでいる。どちらかと言えば、魔族から奇襲を受けたという知らせ以外詳細が分からないリミアとグリトニアの方が深刻だと思う。

「相当あせっていましたな。リミアの王も、グリトニアの皇女も」

 少し考えるようにあごに手を当てて、識が口を開いた。

「当然じゃないか? やっぱり国の首都を攻撃されるっていうのは、戦局としてはよくないでしょ?」
「そうですね。場合にもよりますが、今回のように奇襲を仕掛けられるのは相当に〝まずい〟状況です」
「だったらあの人達だって焦るよ。それにしても……魔族側はロナと、もう一人魔将がいるらしいけど、鉄壁の守りをほこるステラとりでに陣取っていた彼らが、なんで自分から攻撃を仕掛けたんだろう? 砦から出ちゃったら、せっかくの防御力をみすみす捨てるようなものだよね」
「相手の戦力をぐだけの目的なら籠城ろうじょうしていた方が得策です。ただそこは戦争ですから、いつかは攻めなければ相手を倒せません。まあ、常時砦にこもっているという印象を相手に与えておけば、奇襲はかけやすくなります。これまでの守勢こそ、奴らのいたエサだったのかもしれませんね」
「うーん、確かにそうなんだけど……」

 今回の魔族の進軍について、識の見解を聞く。
 リミアの王都ウルとグリトニアの帝都ルイナス、魔族はこの二箇所に同時攻撃を仕掛けていた。これも僕には意味が分からない。
 歴史の授業で習った限りだと、戦争において二正面作戦――つまり戦力の分散は、決まって悪手あくしゅだ。余程国力に差がない限りは負けるんだそうだ。
 戦略的な事を詳細に聞いたわけじゃないけど、その時先生が言っていた事はなんとなく分かる。
 敵が二人いるなら、同時に相手にするよりも一人ずつ順番に倒す方が絶対楽だと思うから。
 二国が同時に攻撃してきてもしのげる防御手段を持っている魔族なら、尚更だろう。
 今まで聞いた話から推測すると、魔族にも攻勢に出るほどの余裕はないと思うんだけどなあ。

「まあ、ヒューマンを倒すという魔族の目的を考えれば、攻めるのは不思議じゃないのか……」
「しかし、リミア、グリトニア両国の戦況を知る立場にいる王族達の焦り方は少々異常でした。彼らに魔族の動きが予測出来ていないはずは……いや、ヒューマンならばそれも有り得るのか? 魔族がいつまでも攻勢に出ないなどという保証はどうやっても得られるはずはないが……」

 識は僕に答えてくれているようでいながらも、自分自身の思索にふけっている。彼にも今回の魔族の侵攻には納得がいかない点があって、色々整理が必要なんだろう。
 と言っても、僕よりは状況がよく見えているはずだ。
 他の二人の従者――みおは用事に行ってまだ戻らないし、ともえ亜空あくうだから、識に教えてもらうのが一番早い。

「何か変なところがあるの?」
「魔族は十年前の大侵攻を中断した後、内政と軍備、それに技術研究に時間を使ってきました。端的に言えば国の力を高めていたという事になります」

 識の言葉はすごく分かりやすくて良い。つまり、力を付けるために一旦立ち止まったんだな。

「国土を広げたから、そういう時間が必要だったんだよね?」
「はい。言い換えると、今の彼らは大侵攻をかけた時の彼らではないという事です。成長しているのです」
「女神の干渉かんしょうを削ぐような道具まで持ってるし、そうだろうね」
「恐らくあの道具とて、対策を打たれるのを承知の上で見せたのでしょう。魔族は現在、間違いなくヒューマンを遥かに上回る魔術を得ています。ヒューマンも当然、それは考慮しているはず……なのですが」
「が?」
「奇襲の知らせを受けた時の両国の反応を見ていると、まるで予期していなかったように感じられました。私でも今回の魔族の攻撃のネタは分かります。彼らは姿を隠す術式を発展させていましたから、それを用いて部隊を少しずつ移動させて森や谷に隠し、後から転移のマーカーを使って一箇所に集合させたのでしょう。帝国の場合は部隊が数箇所に出現したようですが、方法はさほど変わらぬかと。マーカーを増やしただけで対応出来ますし」
「……なるほど」

 確かに姿を偽り隠す魔術ならば、識が言ったように部隊単位での隠蔽いんぺいも可能かもしれない。
 魔族はヒューマンに偽装して、平気でこの街ロッツガルドにも来ていたし、ローレル連邦にも入り込んでいる。
 そういえばローレルの祭事を取り仕切るお偉いさん、彩律さいりつさんの護衛にも魔族が二人まぎれていた。彼女にあの二人が今どうしているか聞いたら、国元からの指示で帰還したって言っていたが……それはつまり、ローレルにはあの二人に指示を出せるような立場にすら魔族が入り込んでいるって事になる。
 転移だって、湖のほとりにマーカーを作っておいて、そこに集合するように制御するのはそこまで難しくない。魔族にも識くらいの知識があるとしたら――多分あるんだろうけど――出来ない事じゃないだろう。
 念話にしても偽装にしても、転移の技術にしても、魔族が扱う魔術はその一つ一つがヒューマンのかなり先を行っている。
 ヒューマンは女神や精霊に祝福や助力を授けてもらう事に慣れているから、魔族のように自力でガシガシ発展させていくという発想が一部の人にしかないように感じる。その辺りの違いも大きいかもしれない。
 ただし、ヒューマンにはまさにその女神というアドバンテージがあるから、そこまで一方的に魔族優勢って構図にはなっていないけど。

「もしこれほど深く攻め込まれてなお、ヒューマンが魔族の実力を低く見ているか、女神の加護だけでどうにか出来るなどと思っていたとしたら……彼らはこの戦いで大きな敗北を喫するかもしれません」
「まさか」
「いえ、私もまさかとは思います。流石さすがに女神の覚醒かくせいと勇者の降臨だけで勝利出来るなどと思ってはいないはずですし、リミアやグリトニアのような最前線の国家なら、魔族の技術を幾つも盗んでいてしかるべきです」
「そりゃ、相手の方が優れた術を使うなら当然だよね」
「しかし、今回の騒動で彼らはこの程度の念話の妨害にも対処出来ませんでした。もちろん、国王や皇女が対処出来ないのは別段おかしくありません。彼らは為政者いせいしゃであって技術者でも術師でもないのですから。ですが、本職がいる両国の都からこの街に念話を届けられないという事は、戦場で飛び交う念話すら盗めていないと考えてもいいでしょう」
「……」

 確かに、識の言う事はもっともだ。

「もう一つ、リミア王もグリトニアの皇女も、〝この街がおとりとして襲撃を受けた〟と言っていました。これもまるで状況が見えていない事を証する発言です」

 ん、そこは当たってるんじゃ?

「なんで? ロッツガルドに各国の要職の人間が集まったところで事件を起こす。そうしたら各国は鎮圧ちんあつと救援のために軍を動かさざるを得ないんじゃない? 僕らがいようとお構いなしでやられたのは腹が立ったけど」
「若様。よろしいですか? この騒ぎが本命か囮か……それを考える事自体が問題の本質から目を逸らす為の魔族の罠と言えるでしょう。そういう意味では、王族クラスが学園祭の来賓らいひんとしてこの街に集まった時点で、ロッツガルドでの作戦は完成していると言えます。王族の救援に大軍が動けばもうけもの。逆にもし囮と判断し、事態を軽視してどの国の軍も動かなかったとしても、その時は変異体が街中にあふれて学園都市が滅ぶだけ。ヒューマンは背後に危機を放置する事になり、魔族に損はない。実際、我々がいなければ変異体の数はあっという間に数百を超えていたでしょうから」

 騒ぎから二日目で増殖をほぼ止めたから百足らずで済んだけど、放っておけば何百体かは発生していたかもしれない。となると、今の戦法で変異体に対処しても、純粋に数で押し切られる。多分増援を待つまでもなく、この街は終わっていただろうな。

「どっちに転んでも良かったって事か。じゃあ、この街の被害状況がどうあれ、ロナの計画にとってはあまり重要ではないわけだ」
「ええ。王国と帝国の一部の軍を引き寄せられたのと、アイオン王国のステラ攻めの援軍が周辺都市で足止めを食っている事。この辺りが最低限思惑通りに行っていますから。ただ、かけた手間を考えると、もう少しこちらの被害を期待していたでしょうね」
「ローレルは?」
「元々ローレルは物資しか送る気がないと踏んでいたでしょうから……どうでしょう。護衛に魔族が紛れていたとお聞きしましたが、もしかしたら略奪や妨害を考えていたのかもしれません。その魔族が去っているので詳細は分かりませんが」

 物資すら素通りさせまいとしてたんだったら……なんか怖いな。
 まさに囮! って感じだよ。

「でもそれって、立派な囮じゃない?」

 僕は改めて識に問いかける。

「……もしロッツガルドを囮にするなら、確実を期してもう少し騒ぎの規模を大きくしたでしょう。若様、ロナが考えている本当の囮は……帝国です」
「っ!」

 なんで!?
 あんまり僕と情報量は変わらないはずなのに、どうしてそんな結論が出るんだ!?
 意表を突いた識の発言に驚かされた。
 識は僕のリアクションにポカンと口を開けて、沈黙している。
 もしかしてあきれられた?
 これでも、頑張っているんですが。
 ……もう少し猶予ゆうよをください。

「王都へは星湖せいこからウルめがけて一斉進軍。一方帝都へはステラからルイナスを目指すための部隊が、ルイン川を渡河した辺りを中心に数箇所に分散して進軍しています。そして両国の主力の性質や魔族の現状、時期などを考慮すると、答えはおのずと導かれます。事実として攻撃を仕掛けた以上、此度こたびの戦い、狙いは王国です」

 識の目がキラーンと光った。
 ああ、なんか昔の識、いやリッチを思い出すな。
 色々たくらんでいた時のいやらしい目をしてる。

「王国を落とす、って事?」

 それは一大事だな。また一つヒューマンが追い込まれる事になるんじゃ。

「いいえ。奴らの狙いは王国の至宝」
「至宝?」
「勇者です。ここで何がなんでも王国の勇者をち取る気です」
「!?」

 またしても衝撃的な一言。
 僕らがここに来てまだ一年ほどしか経っていないけど、魔族はもう勇者を殺す段階まで戦争を進めているのか?

「かの勇者達の資質は、私も話に聞いた程度しか知りません。しかし、傀儡くぐつを作る帝国の勇者と、狂信者を生む王国の勇者……両者の性質を考えたなら、将来的により大きな脅威きょういとなり得るのは後者でしょう」

 傀儡と狂信者。
 ああ、確か巴と澪が以前に話していたな。
 人を魅了する力と人をきつける力。
 澪はどちらも同じものと考えていたようだけど、巴が違いを説明していた。
 相手を魅了してとりこにする――魅了された人間は、やがてその者の言葉がなければ何も判断出来ず、嫌われる事を恐れるあまり動けなくなる人形と化す。
 一方、他者を惹きつけて引っ張る場合、その者のために死力を尽くそうとする意思を持った狂人を作る事になる。突き詰めるとそうなると、巴は言っていた。
 魅了も途中まではカリスマと同じような作用らしいんだけど、到達点が違うとかなんとか。
 限界までその影響を受けた人なんて、僕はどちらも見た事がないから、なんとも言えないけど。
 ――ふと巴と澪のやりとりを思い出す。


「まあ、魅了されきって、相手の言葉がなければ動けぬなど、哀れの極みじゃの。相手が望んだ以外の行動をすれば嫌われてしまう、捨てられてしまうという恐怖が全てをしばるのじゃからなあ。それで何も出来なくなっておれば、本末転倒じゃ。いちいち細かく指示を与えねば何も出来ぬやからなど、ゴーレムと変わらん」
「私は若様に魅了されきっていても、そんな事はありませんが? かといって、魅了の深さは誰にも負けませんよ?」

 巴のたとえ話に、澪は何故なぜか不満げな顔で反論した。

「力による魅了か、そうでないかの違いじゃなあ。……いや、澪が特別なのかもしれんが。なんにせよ、おぬしはそうはならんじゃろう。安心せい」
「……それは喜んでいいのか、私が至らないと言われているのか」


 こんな会話をしているなんて、ウチは平和だな。
 改めて識の話を吟味ぎんみすると、一つの疑問がいてくる。

「狂信者を生む……だから王国の勇者を先につぶしたいって事か。だけど、確かツィーゲから何十人かの冒険者がリミアに行ったよね? 勇者に連れられてとかなんとか。彼らが合流したとなると、魔族にとっては王国の方が戦力としてはきつい相手なんじゃないの?」

 リミアに移ったのは荒野でそれなりに戦える冒険者だ。戦いのノウハウだって持っているはず。

「王国で今一番力を持っているのは、若様のおっしゃる通り、その冒険者上がりの兵と勇者のパーティでしょう。ですが、その冒険者上がりの兵には大きな弱点もあります」
「弱点?」
「彼らは荒野で鳴らした実力者です。向こうで調練に参加すれば、ある程度の集団戦闘はすぐ覚えるでしょう。戦場でも活躍かつやくが期待出来るほどには」
「そりゃあね」
「しかし、元々染み付いた気質という物があります。彼らは冒険者。攻めるのは得意でも、街や拠点を、特に大規模な戦闘で防衛するのは苦手です。傭兵ようへいや騎士なら話は別ですが、冒険者は本来身軽。守りの戦闘では百ある己の力のうち、精々五十も出せれば上出来かと思います」
「そこまで極端じゃないさ。ツィーゲに魔物が襲撃をかける事だってあるんだから、防衛の戦闘も出来るだろう?」
「そうであれば良いのですが……荒野に点在するベースで一年った場所は栄える、などという言葉があります。私が攻め手で冒険者を相手にするなら、彼らに守りをいる展開を狙いますな。確実に落としたいのならば特に。住民の安全を気にかけ、守るものを目一杯に背負わされた防衛戦など、騎士でも苦労する状況。奇襲も加われば……さて士気はどうなりますやら」
「……王国、沈むかな?」

 識に可能性を聞いてみる。
 会った事もない勇者、それも女神の息がかかった相手。
 助けに行くべきか?
 リミアにまで助けに行けば、関係も深くなってしまう可能性が高い。行かずに済むならそれが一番だ。

「どうでしょうか、滅亡まではいかぬと思います。魔族も決して余裕があるというわけではありません。この戦闘には再侵攻の始まりを大々的に知らしめ、威圧する目的もあります。つまりは、ハッタリですな。その象徴として勇者さえ殺せれば、王国の蹂躙じゅうりんまでやる気はないかと。もし国が沈むほどの被害が出るとしたら、肝心の勇者がどこかに逃げているという場合でしょう。もちろんこれは、私の推測にすぎません。一部不明な点もありますし、魔王やロナの考えを全て見通すのは流石に難しいので」

 そう言って識は苦笑する。

「まだそこまで深入りはしない、か」
「じきに北は冬になります。そうなれば攻めるも守るも雪と氷が邪魔をしますからな。極寒の中で行軍するなど自殺行為です。今は勝ち逃げをするには良い時期とも言えましょう」

 ハッタリかあ。でも、勇者を殺す気だけは満々、と。
 月読つくよみ様の言葉を思い出す。
 ――気にかけてやってくれ、か。
 しかし助けに行くにしても、僕らも結構手詰まりだったりする。
 そもそもリミアまで行く〝手立て〟がない。

「……助けに行こうにも、転移するのはなあ」
「あ、そうでしたな。巴殿が……」

 そうなんだ。転移を使うとまずい事情があるのだ。
 ついさっきの事――巴を含めた偉い人とのやりとりを思い出した。


 僕と巴、それに識は来賓でもトップクラスの権力者であるリミア王、リリ皇女、彩律さんらに呼び出されていた。
 アイオンの一番偉い人はもうこの街を出発してステラに向かったらしくて不在だったけど、各国の重鎮じゅうちん揃い踏みである。
 彼らはリミアとグリトニア両国への転移を求めて僕らに詰め寄ってきた。
 転移は巴の持つ脇差わきざしの能力だという事にしていたので、巴はここでも一芝居ひとしばい打って、「この混乱で何度も使ったので、もう限界に近いのです」などと、嘘八百を並べる。
 のらりくらりと矛先をかわしながら申し訳なさそうにしている巴に対して、リミア王とリリ皇女は頭を下げたり、深読みすると脅迫きょうはくとしか思えないような言葉を並べたり、手段を選ばずに転移を要請してきた。
 ごうを煮やしたお二方が標的を僕に変えてきた時なんて本気で怖かったよ。
 流石に国を背負っていると迫力が違う。リリ皇女なんて僕より少し年上くらいの年齢だろうけど、胆力たんりょくというか何というか、僕とはまるでオーラが違ったしね。
 血筋によるものなのか教育のたまものなのかは分からないけど、凄い人達だ。
 ただ、怖くはあったけど、商人ギルドのザラさんに感じたような苦手意識は、不思議と感じなかった。心に余裕がある状態であれば聞き流せる。

(若、もう十分です。うなずいてやってください。良い仕事でしたぞ)

 巴からの念話。
 そろそろ頃合いだろうと巴に合図しようかと思っていたら、彼女の方から話を振ってくれた。

[分かりました。緊急事態ですので仕方ありません。巴、出来るか?]

 ちょっとばかり険しい表情を作って、魔力の筆談で皇女達に返事をする。
 転移が無理だっていうのは交渉のためのブラフ。後は巴がなんとかするだろう。

「……若、出来ぬ事はございませんし、やれと言われればこの巴、やってご覧にいれます。しかしこの上二度も転移を行えば、剣がとても保ちません」
[どういう事だ?]
「破損するでしょう。おそらく直せませぬが……本当によろしいのですか? クズノハ商会を支えてきたこの剣を失っても」

 なるほど……。僕はようやく脇差に転移能力をつけるなどという、よく分からない猿芝居の真意を知った。
 転移の根拠を道具に移す。それによって、道具が壊れればもう転移は使えないと相手に思わせるのか。
 すると、これからは転移なしでやっていけば良いのかな。それとも、巴は今後も転移を使うために別の理由を考えてあるんだろうか。
 ともかく、ここは巴の芝居に乗っかるべきだ。

[構わない。魔族との戦争を支えておられる方々の願いだ。私達で力になれるなら協力しよう。その剣の代わりがあるかどうかは分からないが、縁があればまたどこかでめぐり逢う]
「……分かりました」

 沈痛な面持おももちで少し悩んだ後、巴は僕と識から少し離れて、リミア王、リリ皇女、彩律さん、それにいつの間にかいたルト――いや、この場では冒険者ギルドのマスター、ファルスと名乗ってたか――と一緒に何やら相談を始めた。
 王都までは距離が遠すぎる、とか帝国なら街道の端であるロビンまでだ、などと仔細しさいを詰めているようだ。
 少しすると、巴は脇差を抜き放ち、勿体もったいつけて霧の門を二つ開いた。
 リミアの王と騎士が霧の門をくぐって消え、続いてリリ皇女と側近らしい数名が別の門に消える。残ったのは、リミアの王子と帝国の侍従が数人。
 ご丁寧な事に、リリ皇女らの姿が消えたところで脇差が砕け散った。
 悲壮感溢れる顔をしてひざを突く巴。
 よくやるよ、それ偽物じゃないか。もちろん、口にはしないけど。
 巴の様子を見て、彩律さんとリミアの王子、それに侍従の顔にわずかながら安堵あんどが浮かぶのが分かった。僕達が転移出来なくなって安心したのか。
 僕達が変異体相手に見せた戦力に転移能力が加わると、彼らには脅威に思えるんだろうけど、辛そうにしている巴の前でその感情を見せるのはどうかと思う。
 少し抗議したくもなったが、それよりも先に僕は巴に歩み寄って、そっと肩に手を置いた。

[大丈夫か、巴。脇差の件、すまなかった]
(くくく、奴ら安心しておりますな。まったく、そんな甘い頭だから魔族なぞにいいようにされるのです。愚か愚か)

 ……ちょっとでも心配して損した。
 結局、巴はしばらく一人にして欲しいと言ってこの場を去った。一人になる――つまり亜空に行ってきますと念話で僕に言ってきたから、今巴は亜空にいる。
 こういう経緯けいいがあって、僕達が今リミアまで転移すると色々まずいのだ。
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