月が導く異世界道中

あずみ 圭

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10巻

10-2

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「交渉成立だな。〝霧の神殿ニヴルヘイム〟解除。では、自分達の身くらいは自分で守ってみせる事だ」
「……分かったわ」

 識の指から指輪が一つ消えた。
 同時に、辺りを包んでいた霧が急速に消え去っていく。

「しぶとい。だが、この際勇者ごとで良いか。我の真なる剣で滅ぶがいい」

 ランサーは、空に浮かべた十本の剣を識に向けて――ではなく、それぞれ見当違いの方向に放った。

「どうやら奴は本領を発揮はっきする準備が整ったようだ。勇者とその仲間達よ。全力で身を守れ。死にたくなければな」

 識はランサーの行動の意図を察し、響達に警告を発した。
 続いて方々で悲鳴が上がった。

「っ!?」
「なんだっ!」
「一体、何が……!?」

 響達も次々に戸惑とまどいの言葉を口にする。

「くくくく。恨むのなら我の前に立った愚か者共を恨むがいい。うつわの剣で死んでおけばよいものを、下手へたに生き延びてしまった半端はんぱな強者共をな」

 ランサーの言葉に応えるように、放たれた十本の光の剣が再び宙に舞い上がる。
 否、光の剣ではなかった。
 赤、黒、銀、白……意匠も様々な、実体化した本物の剣がそこに浮いていた。

「……刃竜じんりゅうランサー。刃の竜にして、人の竜。二つの命を持つ変わり種か。なるほどな、ルト殿の言葉は実に正しい。竜でありながら人の姿を取り、かつその力は更に増大するのだからな」
「ルトだと!? 貴様、何故その名前を!」

 識の呟きに、ランサーが敏感に反応した。
 聞き捨てならない単語をその中に認めたからだ。

数多あまたの名剣に囲まれ〝御剣〟と呼ばれる上位竜。その剣の正体は、お前に挑んだ強者達の末路か。まるで人の力を取り込んでいるようにも見えるな」

 ランサーの言葉を無視し、淡々たんたんと語る識。

「到底生かしておけぬな。貴様は知りすぎている」
「ふん。自らに挑む者、目をつけた強者、それらを返り討ちにしてはコレクションを増やしてきたというわけだ。比較的人の領域に近しい場所に居を構えるのも道理だな。一石二鳥だっただろう」
「ラルヴァ、それ以上喋るな。勇者ともども、我の力の一つとしてやろう!!」

 ランサーの言葉を合図に、剣が識達に殺到していく。

「〝我はこの身に怨念おんねんを纏う〟グロス・シア、〝揺蕩たゆたう銀のおりは矢を払う〟マルギリ」

 識は防御のために退くのではなく、逆に一歩踏み出した。
 彼が得意とする言霊ことだま詠唱えいしょうを発し、術を展開しつつランサーに向けて高速で迫っていく。
 ごく短い詠唱で識の体は赤黒い何かを纏い、その表面にいくつかの波紋はもんが生じた。


 十本の剣のうち、七つの剣が識を標的にしている。
 だが、彼は止まらない。
 前方、そして側面、更に背後から迫る剣を無視して、識はランサーに杖を突きつけた。

「貴様!」

 五つの剣が識に当たる直前、波紋がその軌道きどうの邪魔をする。
 直線的な軌道が大きく歪められ、剣はあらぬ方向に逸れる。
 残る二つの剣は、識が纏った赤黒い衣に接触するやいなや、ぐずぐずに腐り果てて地に落ちた。
 ほぼ同時に、後方で大きな閃光せんこうまたたき、識とランサーにも衝撃が伝わった。
 響達を襲った三つの剣だろう。

「……私は本当に運が良い。こんな都合つごうの良い事などあるわけがないと思っていたのに、それが実現してくれるのだから。竜殺しソフィアと上位竜ランサー。あの方を傷つけた片割れを、巴殿や澪殿に気兼ねする事なく殺せるのだ。本当に幸運だ」
「我を殺す? 真なる剣を一度凌いだ程度で、よくもそこまで調子に乗れる!」

 識が突きつけた杖は、彼からランサーへの宣戦布告だった。
 その杖を一旦下ろし、独り言のように幸運を喜んだ。

「そしてお前は運が悪い。私はお前を調べたぞ。竜のおさであるルト殿の協力を得てな。私はお前の事をよく知っている」
「やはりルト。奴と繋がりを持つリッチとはな。となれば魔人も……」

 魔人とルト。ランサーにとって無視できない二つの存在だ。
 両者に関わる識の存在に、ランサーの戦意も高まる。
 その圧力を前にしても、識はあくまで涼しげな態度を崩さない。

「人が持つ最高の武器は智であると私は考える。私は人でしかないが……竜殺しをもって、この考えが正しいという事を証明しよう」
「ここは、戦場だ。魔族の精鋭やツィーゲの冒険者もそれなりに転がっている。我の力になる強者たる者はまだまだ多い。その余裕、すぐに押し潰してくれる!」

 ランサーが動き出す前に、識の詠唱が始まる。

「〝第六の我に相応しき〟」
「――っ!」
「〝さやを放ちて刃となれ〟、来い……アスカロン」

 詠唱に会わせて識が大剣を持つように両手で杖を握った。
 飾り気の少ない黒杖が、赤い月に似た光と共に姿を変え、長大な大剣となる。
 クレイモア。
 それも、かなり大きなサイズだ。

「貴様、術師では……」
「そう、術師だとも。その認識は正しい。これは毒と呪いにまみれた剣、アスカロン。いつか貴様を狩れるかもしれぬという期待を込めて、ドラゴンスレイヤーの一振りから名をつけたが、生憎あいにく行儀の良い名剣ではない」
「確かに毒と呪いの塊。名剣の輝きは微塵みじんもない。妖気しか放たぬ剣か」
「ソレでいい。私が使うのだからな。名剣などは似合わぬよ」

 斜めに下ろした剣先を地に触れさせ、両手でアスカロンを持つ識。
 仮に彼が力を誇る剣士であれば、逆袈裟きゃくげさに斬撃を浴びせる事も出来る構えだ。

「どちらにせよ、術師に使える剣ではない。それが武器だというのなら、貴様は選択を間違えた」
「第六階梯かいてい〝フレイ〟解放。〝剣帝憑依ソードスピリテム〟」
「あくまでそれを扱う気か! 術師が我に剣をもって挑むなど、愚弄ぐろうを!!」

 ランサーが怒りをまき散らしながら一気に飛び退いた。
 距離を取って識を仕留めるためだ。
 同時に光の剣を無秩序に放ち、力を持つ者を貫き、取り込んで、剣を実体化させていく。

「そちらこそ、有象無象うぞうむぞうの命で出来た剣などでアスカロンとフレイを相手にするつもりか。笑わせる。存分に味わうがいい、恐怖をな。そしてさっさとお前の自慢のコレクションを出してみせろ」

 識が纏ったオーラに呼応するように、全身から更に赤黒い力がほとばしる。
 その力が長大ながら鋭いアスカロンの切っ先まで行き届いた時。
 それまでと一変して、識は彼らしからぬ、戦士の動きをもってランサーとの距離を一瞬で詰めた。
 普段から使いこなしていなければ分かるはずもない大剣の間合いをピタリと把握し、骨の両手がアスカロンをそのまま振り上げてランサーの首へと走らせる。
 何本ものランサーの剣が自動防御の如く凶刃きょうじんと彼の間に割って入るも、アスカロンの刃の前に次々と砕かれて、その用を為さない。

「ぐっぅ!!」

 ランサー自身も咄嗟とっさの反応しか取れずに、ただ闇雲やみくもにその場から更に後退する事しか出来なかった。
 だが、短い苦悶くもんの声は自らの反応への苛立いらだちだけで漏れたものではない。
 彼の右手から血がしたたっていた。

「確か貴様らは、我が主の指をねたのだったな。どうだ、痛いか?」

 ランサーが指を三本失っている事に気づいた識は、酷薄な問いを投げかける。

「き、さま……許さん!!」

 ランサーの秀麗しゅうれいな顔が怒りに歪んだ。

「ふっ。み合わぬ会話を続けてきたが、ようやく同じ気持ちになれたな」

 今度は上段からアスカロンでランサーを狙う。
 接触の瞬間、強い光が生じた。

「これはまた、少し毛色の違う剣を。……ああ、そうか。お前のコレクションか。それも一級品。過去の英雄達を〝使った〟剣というわけだ。さながら英霊剣とでも言おうか?」
「それだけではないぞ!!」

 ランサーが口を大きく開けると、一瞬で赤い光が集束し、そのまま至近距離の識に向けて放たれた。
 それは真との戦いでソフィアが多用している攻撃に酷似こくじしたものだった。

「なっ……!?」

 しかし、驚愕きょうがくの声は識ではなくランサーから漏れた。

「どうした。私は術師だ、障壁くらいは張れて当然だろう」

 識を焼き尽くすはずだった赤い閃光は障壁に曲げられ、空に消えた。
 術師らしからぬ大剣ぶき、剣士らしからぬ強固で器用な障壁じゅつ
 指の負傷を青い光でいやしながらも、ランサーは確実に混乱におちいりつつある。

「さあ、続けよう」

 ランサーを更なる混乱に導くため、識の攻勢が激しさを増す。
 識のうつろな眼窩に輝く赤い目の光が強く瞬く。
 上段、中段、下段。
 時に空手の浴びせ蹴りのような奇手の斬撃まで繰り出し、識は重量のあるクレイモアを完全に使いこなして隙のない剣舞を展開する。
 そこに割って入ろうとする光の剣も実体化した剣も、濁流に呑まれる木の葉のように無残に弾かれ、砕かれていく。
 ランサーの周囲に呼び出されている特別製の剣達が、必死になって識の猛攻から主人を守っている。

「〝穿うがつは活力の輝き〟ステアセロット」

 識が作り出した夜よりも色濃い闇が、ランサーにまとわりついていく。

「貴様、この剣戟けんげき狭間はざまで術の詠唱を!?」

 ランサーの動きが鈍る。
 傍目はためからはそれほど大きな変化ではないが、当事者からすれば洒落しゃれにならない効果だった。

「〝剣は自らに帰れり〟ロットカウンター」

 自身に届こうとした剣をえて打ち払わず、更に術を繰り出す。
 剣は識を包むオーラのころもを裂いたが、その体を傷つける前に甲高い音を立てて砕け散った。
 自らを斬りつけたかのように。

「英雄の剣を砕いただと!?」

 焦りと驚きに満ちたランサーの声。

「お前が滅ぶまでに一体いくつ砕けるか、数える余裕など一切与えんよ」

 識の言葉には高揚が感じられたが、その動きは完全に冷静さを保ったままだった。
 ランサーから見れば、目の前のリッチは相当に不自然な存在に映っていた事だろう。
 口調と動きのアンバランスさだけではない。
 極度に集中しなければ出来ない事を、二つ同時に行なっているのだ。
 剣と術。
 その様子は、唯一の観客である勇者パーティにも十分に伝わっていた。
 やや離れた場所で見ているだけでも、識がランサーを、上位竜を圧倒している事は一目瞭然いちもくりょうぜんだった。
 彼らは気を抜くと見惚みとれてしまいそうなほど激しくハイレベルな戦いを、結界の中から見ている。
 結界を張りながらウーディの治癒を行なう――それだけで既に他の事に気が回らなくなっているチヤの様子と見比べれば、あの剣戟の中で二つ以上の術を並べて展開する識がどれほど異常かがよく分かる。
 まるで〝体と精神が別々に動いている〟かのような、気持ちの悪さを感じさせる、何かを超越した動きである。
 上位竜と呼ばれる、世界の高位者――その一角が、今まさに崩れようとしている戦局を、響達はただ、見守っていた。




 2


(ちっ)

 識は心中で舌打ちした。
 彼が予想した展開の中でも、かなり悪い戦況になっていた。
 ランサーが、彼のコレクションの劣化版ともいえる剣を即席で作るだろう事は、識も予測していた。周囲の状況次第だが、ランダムで敵の戦闘力が上がるところまでは折り込み済みだ。
 だが、その性能がかなり高かった。
 ただでさえ本体が識の想定をずっと上回る力を持っていたというのに、この追い打ちだ。
 理由は容易に見当がつく。
 この王都には巨人の魔将イオが率いる魔族の軍の精鋭達と、勇者響に協力するためにツィーゲから出てきた冒険者達がいたからだ。
 それぞれの剣が意思を持つように絶え間なく襲い掛かってくる。
 誰がどの剣なのか、そんな事は識には分からないし興味もない。
 それでも、中には古今ここんの英雄を素材にしたランサーのコレクションに匹敵する力を持つ剣も生まれ、識は大いに苦しめられた。
 第三者の目からは、識が圧倒的に有利な状況に見えるだろう。
 いや、対峙するランサーでさえ、この状況に驚愕し、焦り、当初の余裕を失っていた。
 識の計算通りに。
 しかし、実際は違う。
 識は流れを左右する場面でことごとく先手を打ち、かつ一切の加減なく全力で突っ走っていた。後先考えず、といってもいいくらいに。
 だからこそ、圧倒的な戦いに見える。

(それでも、苦戦さえ臭わせずに殺す。このランサーだけは。若様の従者と名乗った以上、無様ぶざまな姿など晒せるものか)

 実のところ、識の実力は決してランサーを圧倒してなどいない。
 むしろ純粋な力比べだけなら、劣っているかもしれないというほどだ。
 何しろ、ランサーは大幅にその力を増していた。
 高威力の炎を集束させて口から吐くばかりでなく、識の放つ闇を同じような属性で後から相殺そうさいし、彼がアスカロンで浴びせ続けている数々の毒を中和して効果を弱めてしまう。
 はっきり言って、前情報もない状態で正面から戦っていれば識がかなう相手ではなくなっていた。
 瞬間的な戦闘能力なら拮抗きっこう出来ても、勝ち切れるほどの利はない。
 現状は、まさになり振り構わずの捨て身の猛攻が生んだ奇跡の賜物。
 ランサーの剣や術、得意とする戦術を、識はあらかじめ考えていた対策を駆使して次々に完封する。
 時に、底上げした能力でもギリギリの状況に追い込まれながらも、識はあせり一つ見せずに対処した。
 確実に流れを引っくり返しうる馬鹿げた威力のブレスを至近距離から放たれても、何食わぬ顔でらしてみたり。
 識は想定すらしていなかった脅威きょういにも即座に対応した。
 本来なら当たらなくても場を仕切り直しに持っていける攻撃を出されても、決して手を止めない。
 ここまで、識はそうやって格上のランサーを圧倒していた。
 普段から自分よりも強い相手と戦い慣れていなければ、とてもこんな真似は出来ない。
 識の主人である真は、彼をランサーよりも強いと評した。
 もしランサーが、真と戦った時から多少成長した程度の、ただの上位竜であったなら、それは正しい。
 多様な戦闘手段を選択出来る指輪のスキルと識の判断力があれば、実力が近しい相手に対しては相当有利に戦えるからだ。
 しかし、ソフィアと同程度に他の竜の力を取り込んでいるらしい今のランサーでは、まるで話が違う。
 結果として、的外れだった真の言葉は、識のファインプレーによって今の状況に即したものになった。
 だが、ここから更に予想外の事が起きる前に勝負をつけなければ、この戦いで識に勝ち目はない。
 幸いにも、アスカロンの毒は少しずつランサーの体をむしばみつつある。
 ランサーの持つ回復や解毒の力をアスカロンの毒が上回りだしたのだろう。
 既にランサーの右手の一部には石化の呪いが発動しているし、毒に侵されて肌が赤黒く変わった場所も目につくようになってきた。
 識は確実にランサーを追い詰めてはいる。 

(気付いてくれるなよ。このまま、死ね……!)

 彼が考えるところの〝予想外〟に繋がる要素に、ランサーが未だに気付いていないのはただの幸運にすぎないと、識は理解している。

「魔人本人ではなく、その従者如きに!!」

 ランサーも必死だ。
 振り回す剣は数え切れないし、振るって強力な斬撃を繰り出す以外に、飛び道具として突き刺しにくる剣もある。
 数多の剣を同時に操作して戦う彼の能力もまた、十分化物じみている。
 識の剣がランサーの剣に。
 識の術がランサーの術に。
 それぞれぶつかり合う。
 剣も術も、今は識が若干まさっている。
 だから均衡きんこうは崩れ、常に負傷するのはランサーだ。
 剣戟に押しつぶされるのも、いつもランサーの方だった。
 勝負は徐々に決しつつある。

「おおおおっ!!」
「ぐ、ぎ!」

 横に一閃いっせんしたアスカロンが捉えたのは腹ではなく足。
 跳び退いたランサーの足を斬り飛ばした。
 ここぞ、と勝負をかけようとした識だったが、後方から届く声に反応して突進を止めた。
 ランサーの攻撃が誰かを貫いたか。
 悪い読みが当たったかもしれない。
 識は一瞬そう考え、ゆっくりと振り向いた。

「いや、そうでもないようだ。まだ運は私にある」

 人知れず胸を撫で下ろす識。
 確率は五分の二だった。
 もしランサーが〝その事〟に気付いたとして……。
 識は賭けに勝った。
 彼の視線の先には、何かを伝えようと手を伸ばし、口を動かすツィーゲの冒険者の姿があった。
 だが、彼の遺言であろう言葉は識に届かない。識からは距離が遠すぎる。
 もしかしたら巴や澪と面識があったのかもしれないが、識とは初対面の男だ。
 男は光の剣に体を貫かれていた。
 ローレルの巫女が張った結界は破壊され、彼女は冒険者に突き飛ばされてよろめいている。

(巫女をかばってくれたか。感謝するぞ、冒険者よ。もしその少女か勇者がランサーの剣になっていたら、私は敗北していた)

 今まで識は、チヤが新たに張った結界を、さも自分がそれまで展開していた結界であるかのように偽装していた。
 ランサーを相手に戦闘を繰り広げる最中に、自分用ではない強固な結界を維持し続ける余裕は、今の識にはなく、それ故の苦肉の策だった。
 実際のところ、チヤが張り直した結界に光の剣を防ぎ続けるだけの防御力はない。
 もし攻撃を集中されたら、ものの数分で破壊され、響のパーティは全滅していただろう。実体化した剣で攻撃を受ければ一撃で砕けたかもしれない。
 識は己の結界でランサーの剣三本を弾いてみせてからその結界を解き、チヤのそれを巧妙に偽装する事で自身の負担を減らした。次々に新しい手札を切ってランサーの注意も警戒も自分に集中させておいて、一番見破られたくないものから目を逸らす。
 識の思惑おもわく通り、ランサーの実体剣での攻撃はほぼ識のみに集まり、響達がランサーの力として取り込まれるという最悪の事態は起きずに済んだ。
 響達のうちの誰かが事情を察したのか、なんの言及もせずにいてくれた事も、この危険な選択を成功に導いた。
 勇者と巫女。
 この二人が剣にされてしまうのが、識にとっては最悪のケースである。
 ランサーにどれだけの力を与えてしまうか分からない。
 しかも響が犠牲になってしまっては真からの命令も守れなくなる。それは絶対に避けなくてはいけない。
 彼女がそう簡単にやられる事はないだろうと読んでいたが、実際に悲鳴を聞けば、識も不安を覚える。
 しかし、勝機は訪れた。
 勝負の分かれ目はここだと、彼は強く認識した。
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