月が導く異世界道中

あずみ 圭

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11巻

11-3

 剣を持ち、深く頭を下げて退室するエルドワの後ろ姿を見送った僕は、軽く息を吐いてソファに体を預ける。

「やっぱり無理してたんだ、あの態度」

 同じく、少しリラックスした様子の先輩が僕を見て微笑む。

「商会のトップとして振舞う時はああいうのも必要だと、尊敬している先輩に教えられまして。やっぱり分かりますか」
「分かるわよ。貴方は部活でも、後輩にああいう態度ができない人だったじゃない」
「よくご存知ぞんじで。先輩は僕の事なんて覚えていないと思ってましたけど」

 決して目立つ方でもなかったし。

「貴方、深澄君は学校全体で見れば普通の男の子だったけど。弓道部では、それはもう凄く目立ってたから。あの部で生き残って副部長にまでなったとあれば、ある程度は気になりもするわよ。ああそういえば、中高なかこうでは貴方も一部から勇者って呼ばれてたんじゃなかった?」
「……妙な事を思い出させないでください。別にイケメンじゃなくたって、弓が好きで弓道部にいて何が悪いんですか」

 美形じゃないのに一年以上弓道部に残った僕には、そんな今にも投げ捨てたい呼ばれ方もあった。
 何故か代々男女とも美形の巣窟そうくつとして知られる中高なかこう奇跡の弓道部、それを目当てに入部する奴も当然の如く多かったから、一年生は入部してしばらくの間は結構なシゴキを加えられる。振るいにかけられるってやつだ。
 そこで美形も含めて、弓道自体が目的じゃない子なんかはかなり脱落するんだ。例年秋頃には選定完了となり、それ以降は練習が気持ち優しくなる。県下でも有数の実力校だったから、楽というほど甘くはならないんだけどね。
 それでも、ああいう容姿が優れた連中が残るのは、まあ七不思議みたいなものだ。
 かといって、一年以上普通の人がもつと勇者呼ばわりされるのもどうかと思うけど。
 そういえば、久々に部活や高校の事を思い出したな。
 そんなほろ苦い思い出に浸りつつ僕が不満を表明すると、先輩は小さく笑って頭を下げた。

「ごもっとも。うーん、私としては貴方がこの世界に来た理由とか、来てからの経緯けいいも詳しく知りたいんだけど……」
「だけど?」

 う、正直話せないゾーンが満載のエリアだ。

「なんだか急になつかしくなってきちゃったな。こんな話、誰とでもできるものじゃないし、日本の話でもしよっか。昔話になっちゃうけど、深澄君は大丈夫?」
「ええ!?」

 いいのか? 僕としてはこの世界に来た事情なんかを根掘り葉掘り聞かれるよりもずっと楽だから、ありがたい。
 ただ、あの音無響先輩だぞ。
 文武両道の完璧な人だ。勇者としてだって、聞こえてくる噂は立派なものばかり。
 意味もなく思い出話なんてする人か?
 いや、違うと思う。

「そういえばさ、私がこっちに来るしばらく前なんだけど……弓道部の部長さんと、一年の弓道部で可愛いって噂になりはじめてた娘が、揃って不機嫌になっていた時期があったのよ。同じ部なら覚えてるでしょ?」

 ――っ。
 思いっきり覚えてる! ……けど、いきなり数少ない話せない話題から!?

「あれって、副部長の貴方なら何か知ってるんじゃない? 向こうにいた時は話せない事もあったでしょうけど、ここだったら物理的に時効みたいなものだし、いいわよね?」

 物理的に時効って、なんですかそれは!

「そ、それは……」
「今日はもう予定も全部おしまいにするわ。元々、ロッツガルドに寄ったのだって剣の事以外は私的な用事ばかりだったから、仲間とは別行動にしたんだもの。それも片付いたし、お互い日本を思い出してみるのもたまには良いものよね、きっと」

 にっこりと笑ってみせる先輩は、やっぱり綺麗なままで。
 向こうでの圧倒的な力関係をなんとなく思い出しはじめていた僕は、笑顔の圧力に押されて頷く。
 先輩後輩って結構有無を言わせない何かを感じるんだよなあ、体育会系の部活だった僕としては。
 ま、日本の話だったら、特に警戒が必要だって事もない。
 女神とか、ラルヴァとか、そういう一部の事に気を配っていれば、同郷同士でする他愛ない楽しい会話で済むか。
 話し上手で聞き上手な先輩との会話は予想よりもずっと弾んで、僕達は応接室で長く思い出話に花を咲かせた。




 2


 良いにおいがする。
 先輩は話の途中から僕の隣に移動してきて、髪からほのかに香る匂いが心地好ここちよかった。
 日本の事、荒野の事、ツィーゲの事……。何を話しても響先輩は楽しそうに頷いてくれるし、代わりに先輩のパーティの事も色々教えてくれた。
 仲間の男性騎士の成長が頼もしいとか、でもたまに危なっかしいとか。
 まだ小さいのに巫女みこの責任と向き合っている少女を尊敬しているとか。
 妻帯者さいたいしゃの男性魔術師を見ていると、強かろうが異世界だろうがしりに敷かれる人は尻に敷かれると悟ったとか。楽しい仲間に囲まれていて、国での状況も概ね順調らしい。
 流石だ。
 リミア王国の風潮ふうちょうでもある選民主義? というか、貴族は偉いみたいな考え方への不満も少し聞いたけど、有志を集めて少しずつ改革をしているんだそうで。それって政治にも参加しているって事なんじゃないかと、驚くばかりだ。
 最初から勇者として国の重要人物になっている人は、やはり違う。
 もう一人の勇者にも興味が湧いてきた。彼もまた国のり方に関わるような存在になって頑張っているんだろうか。
 響先輩からは彼についてあまり詳しく話してもらえていない。
 実際に会ってみるのが一番だろうと言われた。男の子同士なんだしね、とか何かはぐらかされた気がする。
 ただ、帝国の勇者が持っている魅了みりょうの力の話になった時に、先輩の表情が少し変わった。
 驚いたような、納得したような、不思議な表情の変化だった。すぐに笑顔に戻ったし、話題も変わったから、あまり気にはならなかったけど。先輩は知らなかったのか? 先輩が放ってる力とは多少質が違う感じだから気付かなかったのかな。響先輩のは、カリスマって感じだし。
 あ、そうだ。
 先輩がベレンとどうやって出会って、親しくなったのか、経緯を聞いてみるのも良いな。僕以外の外の人に彼がどう映っているのか、少し興味もある。
 ツィーゲの事を話した時はレンブラントさんの話が多くて、ベレンについては詳しく聞けなかったから。

「あ、響先輩。先輩はツィーゲに来て、ウチのベレンとはどういう風に知り合いに――」

 バンッ!
 突然、乱暴に押し開けられたドアの音。

「え?」

 僕は思わず間抜けな声を上げてしまった。
 そこにはお盆を持った……澪の姿があった。
 わざわざ澪が飲み物を持ってこなくても、そういう雑用は他の人にやらせればいいのに。
 澪の後ろからひょっこり頭を出してニコニコしているのは、彼女と同じく僕の従者、元上位竜のともえだ。彼女は妙に楽しそうだが、澪の方は……なんか凄く怒ってる?
 というか、目がわってるな。これは怒ってます。
 最近は僕が女性と話しているところを見ても大分反応が穏やかになってきてはいたんだけど、また例の発作ほっさか?


「二人とも、来客中だ。いきなり何?」

 一応、先輩に失礼がないように、僕から問いただす。

「申し訳ありません、若。せめてももが密着するまでは様子見を、と言ったのですが。どうやら肩までで限界だったようで」

 巴は笑顔のままそう言って、視線を僕と先輩の間に向ける。
 腿?
 肩?
 ……うおっ!!
 言われて確認してみると、隣に座っていたはずの先輩が、いつの間にか相当近くまで来ていた。
 肩……は確かに触れている!
 あまり気にせずに話に夢中になってたよ!
 ここまで近くで話していて、それを意識もしなかったって、先輩にも失礼な気が……。
 とにかく、気付いた以上、すぐに人一人分くらいの距離を取った。
 発作じゃなくても、澪が見たら怒る状況だ、うん。
 先輩とはそんな関係じゃないし、話の内容にも色気なんてなかったけど。

「あ、その。すまん。話に夢中になってて、そういうところを気にしてなかった。響先輩も、すみませんでした」
「……」

 あれ? 先輩の返事がない。
 澪をじっと見ている。な、何事?
 澪の方も、しばらく先輩を見つめて、おもむろに口を開いた。

「……響、久しいですね」

 澪が先輩と知り合い?
 ……なわけないよな。接点がない。

「……お久しぶりです、澪さん。噂に聞くライドウさんが深澄君だったから一瞬人違いかとも思ったんですけど、やっぱり澪さんが言っていた若様って、彼の事でしたか」
貴女あなたが何故ここにいるのか……は、もう別に言わなくてもいいわ。恩をあだで返すような娘だとは思っていなかったけれど。ねえ響? 料理の恩もあるから選ばせてあげます。右腕と左腕、いらないのはどっち?」
 ――腕っ!?

「澪! 僕の不注意! 落ち着け! この人は僕の先輩で、その、故郷が同じなんだ。それで懐かしくなって、つい話しこんだだけなんだって!!」

 なんて物騒ぶっそうな事を言い出すんだ!
 いつもの軽い感じの怒り方じゃない。
 先輩と澪は何故か面識があるみたいだけど、なんだこれ?
 それに、料理の恩って?
 ……料理。確か、前にツィーゲで冒険者に和食らしきレシピを教わったみたいな話を、澪から聞いた事がある。でも、先輩はそんな事は一言も……。
 んん?

「まあ、澪も本気では……っと、なんじゃ盆なぞ突き出して」

 場を収めようとした巴に、澪は無言でお盆を押しつける。
 お、温度差があるな、巴と澪。

「答えないのなら、両方ひきちぎりますよ」

 ゆっくりと歩を進める澪。

「澪、やめろ!」

 元々先輩と澪の間にいるから移動の必要はない。そのまま立ち上がって澪の方を向く。
 まったく……なんでこの程度の事で修羅場しゅらばにならなきゃいけないんだ! この世界の大抵の男よりはつつましく生きてるよ、僕は!?

「……若様」

 澪がようやく歩みを止める。
 とは言っても、この部屋にいる時点で、先輩はもう澪の射程内にいる。
 安心はできない。
 一応先輩を守るように、不可視のままの魔力体を展開しておく。
 一方で、僕の後ろに座っていた先輩も静かに立ち上がった。
 その様子をうかがう時に、窓から夕陽が差し込むのが見えた。
 ここに来たのが昼過ぎくらいだったから、結構話し込んでいたんだな。

「澪さん、私には彼をどうにかしようって気はありません。私、これでも勇者ですから。今は男の子と付き合う余裕なんてないですし」

 まったくだ。勇者やりながら恋人とイチャイチャなんて、どんな器用な人だ。
 同じパーティならともかく、僕と先輩だと遠距離恋愛確定じゃないか。……って、僕が先輩に相手にされるわけもないけどさ。

「勇者? そんな事はどうでもいいんです。響、貴女気がないですって? そんな顔じゃありませんでしたけど? 随分とびた匂いを出していたじゃありませんか」

 どうでもいいって、お前。
 目の前の女の子が「私、勇者です」って言ったら、もっと他に反応があるでしょうが。
 だいたい、媚びた匂いってなんだよ、発情したけものじゃあるまいし。

「可愛い後輩に会った、ただそれだけです。澪さんとお会いした時に頂いた剣を手入れに出すつもりが、偶然彼に会ったので」
「そう! 偶然! 何故かお前とかベレンとかと知り合いだった先輩が、クズノハ商会に偶然来て、偶然僕に会ったの! 分かった?」

 僕も懸命に取りつくろうが、それに応える澪の声は冷たい。

「……それで二人っきりで三時間以上も、ですか?」
「う、つ、つい夢中になって」
「会議でも三時間もあったら居眠りする若様が、それ以上の時間を楽しく夢中になって、ですか?」

 ぐっ。忙しいのが重なった時だけじゃないか、会議中に寝るのなんて。
 今日の澪は意地が悪い。
 でも、ごめんなさい。気をつけます。
 涙ぐまれるの、結構しんどいです。

「本当、ごめん。時間を忘れてた。この人とは先輩後輩の間柄あいだがら。それだけだよ。ただ、その。同年代でこういう風に話したの、本当に久しぶりだったんだ。理由になってないけど、ごめん澪」
「ええ。同じ学校に通ってはいましたけど、名前を知っているくらいの関係で。向こうでは私、少し立場が強かったものですから、つい調子に乗ってしまいました。澪さんへの配慮が欠けていました。ごめんなさい」

 響先輩が頭を下げる。
 二人がどういう関係か分からないけど、先輩の方が立場が弱い感じなのか? ツィーゲで知り合ったのなら、澪が荒野で子守りしていた冒険者の中に先輩達がいた?
 後で聞かないと何も分からないな。
 念話は着信拒否されてるから通じないし?
 澪のご機嫌取り、今回は結構大変そうだなあ。今から憂鬱になる。

「……」

 ジトッとした目つきで押し黙る澪の肩を、巴が小突こづく。

「ほれ、従者のお主が若にここまで言わせて勇者殿ともども頭まで下げさせて、いつまでもむくれとるでないわ」

 巴、助かる。
 何故かお前も念話を弾いてくれてるけど、お前はへそを曲げてないって事でいいんだよな?

「……若様、エマが呼んでます。あと、いくつか味見をお願いしたいものがありますので、一緒に屋敷へ参りましょう。今すぐ」
「わ、分かった。それじゃあ、先輩。ローレルまでお気をつけて」

 先輩に軽く頭を下げて、別れを告げる。
 少し名残なごり惜しくはあるが、早く行かないと色々とマズそうだ。最後の「今すぐ」っての、本気のやつだ。

「……ええ。ヨシュア様が連絡を取りたがっていたから、近いうちにご連絡差し上げてくれる?」
「ああ、分かりました。数日中には」
「お願いね」
「若様!」

 さっさと廊下に出た澪が、こちらを振り返らずにトゲのある声を出す。
 急ぐか。

「早く参りましょう。……あんな剣、渡すんじゃありませんでした。ブツブツ……」

 乱暴に開け放たれたままになっているドアの前まで行くと、澪から更に急かされた。
 なんか不穏ふおんな事も言ってるし。
 あのベレンの剣、澪も関わっていたのか。

「若、勇者の事はわしにお任せください。そこまで送っていきましょう」
「巴? でも先輩ならそれほど心配はいらないと思うぞ?」
「いやいや、クズノハ商会のお客人ですからな。きちんといたしませんと。ライムも手が空いていませんし、儂は幸い時間がありますからな」
「……右腕も左腕もダメだぞ?」
「澪と一緒にせんでください。なに、多少話をするだけです。間違っても危害なぞ加えませんよ」
「なら、任せる」
御意ぎょい

 巴はそれほど怒ってないようだから大丈夫だとは思うが……。
 ――!!
 まさか、先輩の記憶も探る気か?
 先輩なら僕の知らないような知識も持っているだろうし、あり得るな。
 止めるか?
 いや、亜空の資料庫の奥を見られでもしない限り、これは露見しないか。
 ……なんだかな。自分の記憶を全部晒しているからか、最近では人がそうされる事にも抵抗が薄くなってきている気がする。この辺りは少し考えを改めないと。
 僕は澪と一緒に商会の一室を出て、亜空に向かう。
 この時間だとまだ少し余裕があるから、夕食までに一度商会に戻れるか。
 店を閉じて在庫を確認するのは、その時でいいな。


 ◇◆◇巴◆◇◆


 おうおう。
 情報の整理に忙しい事じゃな。
 若が澪と一緒に亜空に戻っていった後、儂は若に伝えたようにリミアの勇者、音無響と連れ立って通りを歩いていた。
 応接室でああも若と密着して、だが確かに他意はなさそうな表情をしていたこの娘が、実際に何を得たのかを細部まで知るのが、儂の目的の一つ。
 記憶をこっそり見せてもらっておるが、若との会話からクズノハ商会のライドウとしての若の情報を大分集めたようじゃ。

「あの、巴さん? 私なら一人で大丈夫ですから」
「勇者殿はご存知かどうか分からぬが、この街は少し前に変異体と呼ばれる怪物によって甚大じんだいな被害を受けたばかりでな。若のお客人に万が一の事があってはいかんのだ。許されよ」
「はぁ……。あの、巴さんも深澄君の部下、になるんですか?」
「勿論。そうじゃ、勇者殿。若からライドウなる偽名については話を聞いていると思うが、若を呼ばれる時は深澄かライドウ、どちらかで頼む。マコトという名では混乱を招くゆえ」
「分かっています。彼からもそう言われました。それにしても、荒野から始まった商会と聞きましたけど、本当に亜人の雇用が多いんですね」

 ふむ。
 勇者の記憶から、まずは先ほどの会話を重点的に洗った。
 若、随分と話したのう。むしろ話させられた、と言った方がいいであろうが。
 女神との関係はぼかしたようだが、荒野もツィーゲもロッツガルドも、かなりの情報をこの娘に渡してしまっておる。面識がある識と、亜空についてはなんとか黙っているが、学園の講師である事や変異体騒動の事も大分話している。
 む、イルムガンド?
 確か、あの騒動の発端ほったんになった生徒じゃな。
 かなり気にしておるようじゃが、あれは若も全てを知っておるわけではない。この娘、響も詳しく調べようとはしたが、諦めたらしい。
 儂らもまだイルムガンドがあの騒動にどういう経緯で関わる事になったか、完全には把握しておらんし。
 変異体と化したイルムガンドは、生徒が八割方めっして、澪がトドメを刺したんじゃったか。
 若が知っておるのは生徒が倒したところまで。
 トドメを知っておるのは澪と儂だけじゃ。
 この辺り、少しつつくか。
 後々の面倒になっても困るしな。
 なんにせよ、若と識がリミア王都で暴れた件に関連してここを訪れた、というわけではないようで安心したわ。
 何故か響の中では、白いスーツを装着していた人物はヒューマンという事になっておる。
 どこからそう判断したのかは、後で詳しく見るとして。
 響は若を人間だと思っておるから、二人は別人という認識になっておった。
 ……もっとも、これは少し怪しいがな。若は両親がヒューマンであった事を予想できる程度の情報を響に話してしまっておるし、下手をすれば行き着く可能性はある。

「若は亜人を差別せず純粋に能力だけを見る。それが商会に亜人が多い理由の一つじゃな。同じ故郷という事は、本質的に勇者殿もそうなのでは?」
「……ええ最初は。でもこの世界の風習や慣習を知っていくと、私のような考えは圧倒的に少数派だと分かりました。ヒューマンと亜人の関係は、根っこでは戦争にも関係する重い問題だとは認識していますが、今すぐに対処すべきなのは、起こってしまっている戦争の解決です。もちろん、亜人に対するヒューマンの態度は、肯定こうていはしません。けど今は、積極的に否定もしません」
「黙認、というわけか」

 無難なところじゃ。実に、賢い。
 日本で暮らした経験は同じでも、若と響では大分考えが違うようじゃなあ。

「まだ元の常識が邪魔をしますが。私達にとって亜人とはあくまで尻尾しっぽや耳など一部の特徴が人間とは違う人、ですから。でもヒューマンから見た亜人は、自らへの奉仕ほうし者であり……はっきりと言えば家畜かちくです。大多数のヒューマンは、亜人を自分達と同じ人だとは考えていません」
「うむ、そんなところか」
「どれだけ亜人に好意的なヒューマンでも、彼らの人権まで認めようとするのは稀ですし。最近分かりましたが、深澄君ほどに亜人を肯定する者は、異常なペット愛好家という目で見られます。勇者の立場では彼みたいに振舞うのは難しいです」
「カリスマを振りまく勇者殿にしては、計算高い事じゃな」
「仰る通りです。計算高い、小賢こざかしい人間です、私。リミアの貴族至上主義を改革して、帝国を外交で抑えて……それからじゃないと、亜人の立場向上なんて、私には始められないでしょうね。もちろん、戦争に勝つのが前提ですけど」
「随分と欲しがりな勇者殿じゃ。イメージとは違うが、それほど嫌いではない。なるほど、この街に熱烈な支持者がおったのも頷ける」

 さて……始めるかの。

「支持者、ですか? 私の? 王都から離れた学園都市にそんな方がいるなんて、嬉しいですけど」
「うむ。故人ではあるが、学園の生徒でな。リミア、ホープレイズ家の次男で、イルムガンドという子じゃ。少々難のある性格じゃが、勇者殿を随分と信奉しんぽうしておった」
「っ!!」

 響の顔つきが変わった。

「もっとも、学園祭前に随分と荒れて、結局は団体戦の最中に怪物に変じ、遂には同じ学園生にたれたが。確かその様子は、貴国の国王陛下へいかもご覧になっておったよ」

 ほう、イルムガンドは響と面識があったか。
 ふ、当時の奴はキラキラした純粋な目で理想を語っておる。
 響が王国に貴族の義務を思い出させようと活動している一環で、二人は出会ったか。
 儂が少しだけ見たイルムガンドは既に正気を失った様子じゃったが、なるほど、響の記憶にある姿は、実に好青年じゃ。
 理想に燃えて、学園でも勉学に励み、卒業後は勇者の力になりたいと思っておったようじゃな。
 憧れに満ちた顔で語った言葉に、嘘はあるまい。それ以前に伸び悩み、鬱屈うっくつとした時期も過ごしていたらしいが、響との出会いで自らの進む道から迷いを消し去ったか。
 その様を見ていた当人からすれば、奴が狂人の如く振舞い、しかも殺されたと聞かされては、気にもなるか。

「……本当に、イルム君、イルムガンドはおかしな真似まねをした挙句あげくに暴れて、怪物になって、討伐とうばつされたんですか?」
「間違いない。若も見ておる。何か理由があるのかもしれぬが、間違いなく奴自身の行いじゃ。そうなる前の異常な行動も、学園の生徒やクズノハの従業員なら、ある程度知っておる」
「クズノハ商会の皆さんも?」
「うむ。奴は何故か若を目のかたきにして、ちょっかいを出してきおったからな。ギルドへの圧力や、リミアの商会を使った嫌がらせ、それに若の生徒にまで学園祭のもよおしの場で手を出した。とばっちりを受けた生徒は気の毒じゃった」

 儂の言葉を受けて、響の顔にはありありと困惑の色が浮かんでおる。

「……彼は私の理解者でした。領民の事をきちんと考える事ができる、大貴族には珍しい子で、ホープレイズ領でもその死がいたまれています」
「見る方向次第で、いくらでもその人の評判は変わるものじゃ。儂らの目に映ったイルムガンドは、勇者殿の手前言い難くもあるが、腐敗しきった醜悪な貴族の姿そのものであっただけに、にわかには信じられん事じゃが。あの者にそのような一面もあったのなら、死んだのは残念な事よ」
「私には、どうしても彼の変貌へんぼうが信じられません」
「原因の究明は、学園もリミア王国も行なっている。真相はいずれ明らかになるじゃろう」
「必ず、何かあると思います」

 ……根拠はないが、確信はある、か。
 直感の類か?
 だが、正解じゃ。魔族の干渉がどのようなものかを、この娘が知る機会があるかは別にして、な。
 ふふ、そしてこれは……良いものを見つけた。
 この娘、剣道と剣術を学んでおるのか!
 これは、良い。本当の剣術に触れられるかもしれん。
 響の記憶から思わぬ収穫を見つけ、儂は笑みがこぼれるのを抑えられなかった。
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