月が導く異世界道中

あずみ 圭

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七章 蜃気楼都市小閑編

ライドウ、首を傾げる


 何かを察したのか微かに鼻をひくつかせながらレンブラント姉妹がいそいそと店舗に降りていく。
 ……確かにそろそろ菓子を補充する時間だけど、一応主人である僕でも特に気配の変化を感じなかったタイミングなんですが。
 
「本日はモンブランとレアチーズケーキの様です、若様。シフとユーノが気に入っている抹茶使用タイプもあるようですね。お飲み物は何がよろしいでしょうか、私のおすすめはシルバー――」

「冷たい緑茶で」

「グリーンティーでございますね、承知しました」

「……甘くないのだからね。普通の緑茶ね」

「……はい」

 一旦部屋を出ていく識。
 僕は今日並ぶスイーツの予定は把握してなかったけど、流石だ。
 きっと朝礼か何かで話し合ってたんだろうな、特に報告なんかはなかったし。
 ……だよね?
 レンブラント姉妹と同じかそれ以上の謎直感で察した訳じゃあ……ない、はず。
 
「ん、若様。練り切りの試作が幾つかと干菓子もあるようですが」

 少しだけ鼻が動いたような気もしないでもない識がこちらを振り返る。
 珍しいラインナップだ。
 でも、うん。
 ケーキよりは干菓子のが食べたい気分だな。

「じゃ、僕の分はケーキ類なしで干菓子と練り切りを一つか二つで頼むよ」

「すぐお持ちします」

 干菓子か。
 一つずつの大きさは控えめでコイン一枚より少し小さいくらい。
 口に放ると優しい甘さでさらっと溶けて、けれど瞬間の甘さはそれなりに強くもあり。
 お茶請けには僕個人としてはかなり上位に入る一品だ。
 練り切りの方はまあ、デザイン重視。
 見て楽しみ、味はお馴染みの安定感。
 五個も十個も食べる物じゃないけど一つ二つあると嬉しい、そんな和菓子だ。
 巴の熱意のおかげもあってこの辺りも充実してきて嬉しい限り。
 ただ和菓子は識には物足りないようで、彼はケーキの方を好んで食べている。

「……」

「なんだ、ダエナ。心配しなくともお前らにも一口二口は多分持ってきてくれるぞ?」

「いえ、そうじゃなくて。もちろん、ご馳走して頂けるのは有難いですが」

「……お前はまあわかりやすいな。識の傍で講師として目指すべき姿を勉強してるってとこか?」

「ですね。お二方より優秀な教師を俺は知りません。こちらによくお邪魔させてもらってるのは少しでも勉強するためです……ただ」

「ん?」

 ダエナの表情が曇る。
 悩みと迷いが頭の中をぐるぐるしてるのが丸わかりの表情だ。
 さっきまで熱血教育論を語っていたかと思えば忙しい子だな。

「先生も識さんも本職は別に講師じゃないんですよね」

「そうだな。私は商人で、識はその私を助けてくれている側近だ」

 従者というのは何か違う気がして、側近と言葉を変えて答える。

「俺は、自分がやりたい事生きて成したい事を見つけました。より多くの人々に教育を通じて優れた個人の知識や技術、体験を学んでもらう事。それをもって皆が、各々の人生で己が生きるべき道に必要な力を身につけられるようにと。そして死線をくぐらずとも、死を覚悟せずとも成長できる教育を追求していくんだと」

「立派なもんだと思うぞ」

 むしろ学生が言う言葉じゃないとすら感じる。

「俺は先生たちの講義でこんな事を考えるようになりました。感謝してもしきれないほどに感謝してます。でも、そうすると俺にはどうしてもわからないんです」

「……」

「優れた講師になるには自らが力を身につけるのはもちろんの事、教える技術を高めていくのが必須です。なら最短は学園でひたすら学び、教育技術や信念についても並行して勉強して身につけていく事だと思うんです」

「まあ、そうだな」

「でもそれじゃあ、先生たちの説明が付かない。最も効率的で無駄が無い道は学園で徹底的に勉強する事だと思うのに、それだと先生たちみたいにはなれない。優れた教師になるための一番の方法とは一体、なんなんでしょうか」

 あーなるほど。
 僕らの存在がダエナにとってはイレギュラーに見えるけど、その例外こそを彼が目標にしている。
 だから自分が立てた道筋と現実が矛盾しているように見えて……ごちゃごちゃしてわからなくなっている。
 やりたい事がはっきりしたから一刻も早く走り出したい、辿り着きたいダエナの気性が空回りしかけてる訳だ。

「極論だが、お前の疑問はたった一つの最適解など存在しない問いで望む答えなんぞない、というのが一番の回答だろうな」

「そ、そんなぁ」

「ダエナが言った様なのは最高の講師になる方法じゃなく、最短でロッツガルドの講師になる方法だ。学園を優秀な成績で卒業し、専門分野を作り研究の道に入り学生たちへの教育手法も同時に学ぶ。この方法が最も早くダエナに講師としての毎日を送らせてくれるだろう」

「……ですよね」

「が」

「っ」

「これはいわばロッツガルドでの講師としての要件を満たす方法でしかない。考えてもみろ、一度も現実の社会を見た事がなくただただ学園で知識や技術を蓄え、それを他人に教える為の技術だけに習熟した人物、その彼彼女をお前は尊敬できるかというところだよ。お前らの周りにもいるだろう? 学生どもに舐められまくって浮いたり沈んだりある日突然いなくなったりする講師連中の何割かはこれだ」

「……あ」

「ダエナは講師にその先を望んでいるし、そうなりたいと思っているのが問題だ。十分な社会経験を持ち教育に己なりの信念を持ち、かつ学生たちに実力の向上という最高の成果を提供し続ける。誰もが識のようになれる訳じゃないんだ」

「先、ですか……」

「そう、先だ。あまり遠くばかり見続けていると足元が疎かになるのは理解できるな? いきなり経験豊富な講師になんてなれやしない。時期は前後するだろうがダエナは絶対にただの新人講師から始まるんだからな。識の様になりたいなら知的好奇心ってやつを失わない事だ。なあなあで講師としての毎日を過ごさない。必要ならしばらく学園を留守にしてでも自分を高める時間を設けるとか、或いはかつての友人を訪ねて新たな経験を積むとか。ま、色々やりようはある。頭の中だけで考えるなんて下らない真似をせず、今出来る最善を尽くせばいい」

 今出来る最善、ってのがまた難しいのは置いといて。

「ありがとうございます。なんか、今日のライドウ先生は優しいですね。正直レア過ぎる先生と話せて俺ラッキーです」

「相談されれば真面目に応えるとも。私は講師で、お前らは生徒なんだから。ダエナの場合、周囲も軒並み特殊な連中ばっかりなんだから、皆との関係を太く保つだけでも大分人生変わるだろ」

 僕の言葉にダエナだけじゃなくイズモも深々と頭を上下させている。
 当然だがイズモも特殊枠だ。
 ローレルの有力者になる事が確定していて、しかも学生の身で年の差結婚もしてる勝ち組野郎なんだから。

「確かに……濃いのばっかです。嫁も含めて」

「だろう。レンブラント姉妹もイズモもジンもアベリアもミスラもお前じゃ全くわからない事を知ってるし、絶対に出来ない事をやってのけたりもする。そういう友人ってのは大人になっても貴重なもんだ」

 神童って括りじゃ同じにしても。
 ジンとダエナ、ミスラじゃ前衛ってとこまで一緒なのに戦闘スタイルは全員見事に違う。
 更にいえばダエナは学生結婚して子供までいるし、ミスラには神殿関係者の毒親っぽくも感じる両親がいる。
 レンブラント姉妹の生活は他とはレベルが違うし彼女たちにしか出来ない金の使い方だってあるだろう。
 アベリアみたいに、難しい相手との恋に全力投球する年相応の同級生もいるよな。
 イズモはお家事情から許嫁がいたけど命がけでバージンロードを駆け抜けていろはちゃんと結婚しちゃってる。

「お待たせしました。ダエナとイズモもお茶でも飲んで少し休憩していきなさい」

 識が大きなトレーにかなりのケーキと菓子、飲み物を乗せて戻ってきた。
 レアチーズケー、キ?
 ホールかい。
 三角形をイメージしていた僕は心の中で小さく突っ込んだ。

『ありがとうございます、ご馳走になります!』

 二人の返事は綺麗にハモっていた。
 良い笑顔で言うもんだ。

「若様、一口ずつでも味見をお願いします」

「ん、了解」

 考えてみれば店に出す商品だもんな。
 ちゃんとどんなものかは知っておかないと。
 自分の好き嫌いなんて二の次だってのを、つい忘れてた。
 反省。

「あーそうだ、イズモ。前に渡したあの孤児院の建築風景なんだが」

 わざわざ一口分取り分けて置かれていたモンブランとチーズケーキ、そして緑色バージョン、和菓子と味見をしながらイズモに気になっていた事を聞いてみる。

「? はい」

「誰かに見せたか?」

「っ、え、ええ。復興作業でよく一緒になる土建の親方や職人さんたち数人とは一緒に見ましたけど……」

「そうか……」

「何か、まずかったですか? ちょっとした事故みたいなものだったんですが」

「いや、問題ない。先日あの孤児院にロッツガルドから視察の要望があってな。先方はロッツガルドの職人組合の一つを名乗っていて確かにそこから出されていた事も確認できている。イズモから職人の何人かに漏れたのなら、あれを間近で見たいと思った者がいても不思議は無い」

「!?!?」

「イズモ?」

「清々しいほどの抜け駆けとはこの事だよっ!?」

「お前にも内緒で視察したいと申し出てたのか」

 街の復興で懇意になった手伝いの学生一人。
 職人組合の側からすれば別に視察の是非を相談する必要はない。
 一方、抜け駆けという言葉にも何となく頷けるものがあり。
 面白い。

「近頃のツィーゲは本当に話題に事欠きませんね」

「全ての街を見て回った訳じゃないけど、多分あそこが今世界で一番活気があるだろうね」

「うあぁぁ、俺もツィーゲ行きたいです先生、識さん!!」

「学園も本格的に再開してるのに無理をいうなイズモ」

「次の長期休暇になったらシフとユーノの帰省に同行できるようお願いでもしてみればいいでしょう」

 と識。
 まともなようで、レンブラントさんが男の同級生と娘が帰省してくるのを許可するかどうか。
 確かに……ジン達に一度あそこを見せておくのも勉強になるとは僕も思うのだけど、やっぱり難しいだろうな。
 連れていく口実も無いし。

「確かに学生の内に行っときたいよなツィーゲ。ここより栄えてる街なんてリミアの王都とグリトニアの帝都以外には無いと思ってたけどもしかするしさ。な、イズモ。識さんの言う通り次の長期休暇に頼んでみようぜ。ミスラを生贄にすれば二人の親父さんも友達何人かくらい気にしないかもだぜ?」

 だ、ダエナよ。
 その考えは黒いぞ。
 ミスラにとってツィーゲはかなりの危険地帯でもあるんだから。
 まあ、彼こそシフとユーノが良き時期を見計らって一度連行するだろうけど。

「……」

 既に皿を綺麗にした識がふむ、と顎に手を当てて何やら思索している。
 
「事務局には貸しが腐るほどある事ですし、図書館の方は少し時間を置いた方が良いでしょうから……」

「識、どうした?」

「ああ、いえ。確かにジン達も良く励んでいますし一期生という括りにすれば、なのですが」

「?」

「ツィーゲは絶好の教材になり得る街にして国家。若様、ジン達を引率してツィーゲに修学旅行、などというのは如何でしょうか?」

「しゅう、がくって……」

 ……。
 あまりにも懐かしく、そして思えば高校のそれは見事に生き損ねた行事の名前。
 まさか識から聞かされるとは思わなかったその単語は、僕に阿保みたいなボーっとした顔をさせるには十分で。
 意味が理解しきれず、思わず僕は首を傾げた。
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