月が導く異世界道中

あずみ 圭

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七章 蜃気楼都市小閑編

先輩(上)

「あら、ロッツガルドの学生さんたち」

「う……ソフィア、さん」

 夜が深まりきった頃。
 修学旅行中のロッツガルド学生はナイトサファリ気分で夜のツィーゲを見学中だった。
 賑やかな昼食の後、間食と三時のおやつと間食と夕食と夜食も済ませた一行は孤児院でのお勤めも終えて夜の街に繰り出したという訳だ。
 とはいえ、各々自由行動とはいかない。
 彼ら自身もただでさえ規格外なこの辺境の街の夜を一人でふらふらするお気楽さは既に払拭していたからだ。
 
「確か……ジン君、正解です。ミランダでもお姉さんでもなく、ソフィアです」

『?』

 二人にしかわからない返事でジンに応えたのはソフィア。
 冒険者ギルド直属の優秀な冒険者であり、父の命で世界中を飛び回って活躍する女性だ。
 見た目の年はジン達と同じくらい。
 だが経験も実力も文字通り桁が違う、雲の上の存在である。

「今日は皆一緒じゃないんだね。えっとレンブラント家のご令嬢と妻子持ちで手癖の悪い坊やがいないんだ?」

 冒険者ギルドで一応顔合わせは済ませている一同。
 妻子持ちで手癖の悪いダエナのおかげであまり良い印象はもってもらえていないだろうと、ジン達は思う。
 ソフィアの思い出し方にも多少の悪意が込められているように窺えるものだった。
 ちなみにシフとユーノ、そしてダエナはレンブラント邸である。
 日中パトリック=レンブラントの人柄にやられたダエナが一足早くレンブラント商会にお邪魔して今夜は客として泊まる事になっている。
 そこはダエナでなくユーノの恋人であるミスラが行くべきだしレンブラント商会からの招待でどなたか一名程度前泊なども云々と書かれた同行許可にしても彼を見越した文言とみて間違いない。
 彼女の実家という環境を想像したミスラが今にも倒れそうな真っ青な顔をして辞退を申し出て、ダエナが即座に空いた枠に立候補した。
 そんなカオスな状況が先ほどまで蠢いていた。
 つまり今夜のツィーゲを楽しんでいるのはジンとアベリアのバイトコンビ、ローレル連邦出身で建築土木マニアと化したイズモ、それに今も若干顔色が悪いミスラの四人。

「……」

「ソフィアさんはこんな時間もお仕事なんですか?」

 何を話してよいかわからず沈黙しているジンの代わりにアベリアが会話を続ける。

「そ。この先に何があるかは知ってるかな?」

「先……確か、荒野に出入りする門が」

「うん、優秀。基本的に荒野に侵入するのは日中なんだけど、目的次第ではこういう時間に出立する事もある。けれど同時に夜の闇に乗じて良からぬ事をする輩もいる。つまり――」

「監視と確認ですか」

「そういう事。……」

「?何か?」

「折角だから、一緒に行く? ちょっとだけさ、夜の荒野」

『!!』

「じょ、冗談はやめてください!」

 ソフィアの発現に皆に緊張が走る。
 ツィーゲといえば荒野。
 荒野といえばツィーゲ。
 ロッツガルドからこの街を訪れた学生が荒野に興味を持たない訳がない。
 既に彼らはツィーゲに並ぶ数々の魅惑的な品々を目にしてしまっている。
 あれらが荒野のほんのひと欠片だとすれば、そこは紛れもなく宝の山だ。

「んー冗談ではないかな。父からも貴方たちの事を気に留めておくよう言われているし。ライドウ先生の生徒さんだし。先生には明日にでも私から話をしておいてあげるよ?」

 にんまりと笑うソフィア。
 ジン達と冒険者ギルドで顔を合わせた時の真面目な彼女とは打って変わって年相応の女性が見せるソレは、アベリアの警戒を確実に緩めさせた。
 しかし彼女は恋する女性である。
 いけない、とすぐに首をもたげた好奇心を抑え込む。
 単なる理性では難しかったかもしれないが、恋心が原動力であればさほど難しい事ではない。

「結構です。お仕事の邪魔になってはいけませんし、自由行動でも荒野に入るのは先生から禁止されてますから」

 仲間が迂闊に首を縦に振らないよう、きっと睨みつけておいてから誘惑をかわすアベリア。
 現に心が揺れているのが丸わかりなジンなどはバツが悪そうに視線を逸らした。

「ふぅん……君、アベリアちゃん?」

「はい」

「クズノハ商会に入りたいって娘は、しっかりしてるんだねぇ」

「へ?」

 ソフィアが魅惑的かつ人懐っこい笑顔を顔から消して、目元だけの微笑みでうんうんと頷く。

「でも」

「っ」

「他の子は大分危なかったかな。まあいっか、君に免じて全員セーフ!」

「は、はい?」

「連れて行く訳ないでしょ。もし頷いてたら明日には全員強制送還よ」

『!?』

 不意に醒めた顔をして苛烈な事を言い放つソフィア。
 冗談を言っている様子は全くない。

「だって危なっかしいんだもの。ギルドの一件にしてもそう。その制服とライドウ先生、識さんにどれだけ助けてもらってるのか自覚が無さすぎ。大体――」

「あの!」

「!?」

 唐突に大声を出したジンにソフィアが言葉を詰まらせる。

「やっぱり、貴女は似すぎてる。本当にミランダって名前に心当たりはないですか? もしかして姉妹がいるとか、従妹だとか」

「……あのね」

 ソフィアからすれば何度も繰り返された問い。
 彼女自身にまるで心当たりが無いのだから、いい加減苛立ちも覚えるというものだ。

「まあまあその辺で。夜の色街で徘徊するよりは良い方向に歩いてると思ってあげようじゃないですか」

「……貴方、アルパインの。ホント、人の縁には恵まれた子たちね」

「そちらの女の子に免じたんですから、ここはひとつ私にも免じて見逃してあげてください」

「わかったわ、でも代わりに貴方がきちんと寝床まで案内してさしあげる事。良いですか、ハザル殿」

「はい、喜んでソフィア殿」

 会話に割って入ってきた第三者、ハザルと呼ばれた優男と短くやりとりをかわしたソフィアは連れを伴って荒野に続く門の方へと消えていった。
 皆彼女の後姿を目で追い、次いでハザルにその視線を戻した。
 ジンの不用意な質問で怒気を孕んだソフィアと上手に話をつけてくれた恩人に。

「あ、ありがとうございます」

 ゆえにジンが一同の中で最初に彼に礼を言ったのも必然かもしれない。

「本当にその気が無くてもこんな時間にこの辺りをぶらついてたら声を掛けられても仕方ありませんよ、学生さん」

「不用意でした。人の集まってる気配があったので何かと気になって……」

「ここは別名が眠らない街、不夜城などなど。人の気配なんて辿ってたらどんな危険に巻き込まれるかわかったもんじゃありませんよ、気を付ける様に。出来の悪い先輩からの忠告です」

「あのソフィアさんが配慮するような冒険者の方が出来が悪いなんて……俺らより全然」

「そんなの当たり前でしょう?一体どれだけここで荒野入りを繰り返してると思ってるんです。私もこれまでの自分の軌跡に自負はあります。アルパインの一員になってからの自分を出来が悪いとまでは虐げません。出来が悪いと言ったのはそれよりも更に前、ロッツガルド学園に通ってた頃の私の事です」

「……え?ロッツ?」

「ま、ま。ライムさんから時間があれば私も君らを見るよう頼まれてますんで。暇潰しに少しだけお付き合いしますよジン君、アベリアさん、ミスラ君、イズモ君」

「まさか、俺たちを尾けてたんですか!?」

「なぜ?」

「タイミングが、だって、いくらなんでも」

「名前と顔は一致しますけども。そこまで暇を持て余している訳でも。そこは完全に偶然です。そもそも私、お会いするのは本来明日の予定でした」

「そ、そうですか」

「何か教育的指導を受けてるのがいるなと目を凝らしてみたら見たばかりの顔がありましたとさ、ってとこですね」

 どこか飄々としたハザル。
 頼りないというよりは泰然として見えるのは彼が潜り抜けてきた幾つもの死線によるものか。
 彼が意図したかはともかく、ここまでで学生らから見たハザルは謎めいた確かな実力者っぽい人、である。
 掴みは良し。

「ただ……折角夜の街に出てきたのに寝床にすぐ帰還じゃかわいそうかな」

「いえ十分堪能しました」

 アベリアは間髪入れずにハザルに答えた。
 もう戻った方が無難だと判断したのだろう。
 しかし顔の方はといえば彼女のみならず、全員が物足りないと物語っている有様だ。

「顔はそう言ってないんだよなあ。そうだ、私の馴染みの店で少し飲もうか。あまり話し込んでも明日話す事が無くなっちゃうから、酒を交えて少しだけね。うん、そうしましょう、そうしよう」

「で、でも」

「あー私はそういうトラップは仕掛けませんからご安心あれ。そうだ、買い物ガイドなんてどうだい? この街に初めて来ると大体の冒険者は財布をすっからかんにして、でも欲しい物は沢山で泣く泣く帰るのが通例なんだけどね?君らの力にそれなりに見合った店について相談とか紹介とかしてもいいよ?」

 ハザルの言葉には抜群の効果があった。
 全員の現状にこれほど刺さった言葉もない。
 先生であるライドウ、真の言葉の中で唯一全員が結果的に無視しているのが何を隠そう使った金額、である。
 あれもこれも欲しくて堪らない信じがたい街なのだ、ここは。
 戦士も魔術師も学者も惹きつけてやまない宝が溢れている。
 上を見ればきりがないというのもまた、悩ましい。
 自分に合った武具や道具が手に入るのが至上だが、目にはそれを超える業物が次々と飛び込んでくる。
 そのある種の地獄に放り出された彼らの前に、この街を拠点とする現役の冒険者が水先案内人をしてもいいと名乗りを上げてくれた。
 そう、是非もなかった。

『よろしくお願いします!』

 五つの心が一つとなって一礼する姿は実に美しかった。

「なら行きましょう。朝までやってるとこじゃありませんが、そこそこ酒も味も良いですよ。ローレル発祥のおでんなるメニューをツィーゲ風に改良してまして」

「おでん!」

 懐かしい味を思い出してテンションがあがったイズモがつい料理名をオウム返しで繰り返す。
 こうして、またも真たちが予定していなかった出会いが進むのだった。

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