文字の大きさ
大
中
小
522 / 551
七章 蜃気楼都市小閑編
高すぎるハードル
なんだか、モリスさんが少しばかり疲れているような。
レンブラント商会の代表に仕える執事ともなれば激務は確定だ。
やはりこの好景気の中で圧倒的な舵取りを続けるここでも、上の人ってのは休みなしが普通らしい。
上に行くほど忙しいというのは、正しい企業の姿のようで、夢のない現実のようで。
結局僕も一線を退かない限り暇になんてならないんだろうなと悟りの境地を垣間見た。
「ようこそ、ライドウ君、そして……ミスラ君」
「おはようございます、レンブラントさん」
「おはようございます!! 本日はお招きいただきましてありがとうございます!」
僕ら二人を名指しで呼び出したレンブラントさんがつやつやした笑顔で歓迎していくれた。
ミスラは一応僕の教え子の一人であって生徒なんだけど、今日何故か時間があったら是非と僕まで呼ばれた理由は何か。
申し訳ないけれどミスラに頼られても力になれないかもしれない。
窮地には助け船の一つや二つ出してあげたいところだけどね……。
レンブラント商会に入る前にちゃんとすまんとは謝ってあるから、後はすべてが終わった後のフォローで何とか対応しようと思う。
そうだ、ニクヤに行こう。みたいな。
「うわ……」
思わず呻いてしまった。
何かレンブラントさんの傍にあるホワイトボードが凄い事になっている。
あーこれ識のやつ。
研究室とかで喧々諤々やってる時によく見る感じのだわー。
おっかしいな、レンブラントさんは商人で豪商な感じで、ついでに為政者じみたとこもあるけど研究者じゃないのにな。
「せ、先生。あの全く意味がわからない数式とか図形は一体……」
「聞くな、多分これから解説してくれるだろう。あー、レンブラントさん。出来れば、今日僕らを呼び出した理由を先にお伺いしても?」
ミスラから早くもタスケテの目が向けられるも無視。
一体何の用事で呼び出されたのかをはっきりさせるのが先だ。
用件次第では商会の誰かにバトンパスも考えなくちゃ。
あの数式に付き合うとか無謀もいいとこだぞ。
ドラマで大学の天才教授が書いてそうなふいんきが満ち溢れてる。
僕には危険すぎる。
「当然、この件でね」
ホワイトボードをペンでこつんと示すレンブラントさん。
よし、帰ろう。
ロッツガルド学園のエリートたるミスラ君が何とかしてくれるに違いない。
多分頭は僕より良いだろ、座学の成績かなり良いみたいだし!
「なるほど、その件ですか。では商会から適任者を呼びますので私は失礼させていただこうかな」
「ちょ! 先生!?」
「ミスラは座学も優秀ですからきっと斬新で革新的な意見を出してくれるかと思います」
「俺を一人ここに残すんですか!?」
「ちゃんと商会から優秀なのを連れてくる」
「せ、せんせー……」
「ええい、義父となるかもしれない人に良いところを見せるチャンスじゃないか。気合を入れろミスラ」
「……」
ふとレンブラントさんとモリスさんを交互に見つめ、そして首を横に振るミスラ。
大きな体をしているくせに僕の背に隠れようとするんじゃない。
「む、無理と結論がでました。圧に身が保ちません。胃が穴だらけになります。ダメージディレイが通用しない分野しかありません」
「あのなぁ……」
「ははは、面白いじゃないか」
『っ!』
レンブラントさんの笑いと突っ込みで僕らが動きを止める。
「ライドウ君に帰られたら困るし、ミスラ君を呼んだのも娘の事など関係ない。ただ先日の議論の中で君の意見や考え方が少しばかり今日の話題に向いていると思ったまでだ。私は要らんが、もし必要であれば酒を用意しようか?議論を交わすのに飲み食いが必要なタイプもいる、遠慮はいらんよ?」
「朝っぱらから酒はいりませんよ、ですがあまりお力になれないかもしれませんよレンブラントさん」
「わ、私もお酒は必要ありません! お腹も空いておりませんのでお気遣いは不要です!!」
ミスラはガチガチに緊張している。
僕にまで移りそうなほど、ダダ洩れの緊張である。
こんなミスラは久々に見るな……。
まあレンブラントさんはカリスマでガールフレンドの父親だ。
年頃の男なんだから、確かにこれ以上なく緊張する状況か。
義理の父親になるかもしれない人物に値踏みされるというのは。
もし……僕だったら。
巴や澪に親はいないし……長谷川や東……は付き合ってすらいないからイメージもないわな。
現実味が無さすぎてミスラの心境が字面でしか理解できんな。
すまん、ミスラ。
「む、そうかね。では、早速。ポイントカード……はまあ軽くで良いかな」
ポイントカード?
あの数式と記号のもにゃもにゃーが、え、ポイントカードですって?
……やばい。
もう既についていける気がしない。
「この間見えられた時に話をした、あのお得意様向けのサービス、の事でしょうか?」
「その通りだ。流石だな、ライドウ君。モリスでさえ昨夜すぐにはわかってくれなかったが……」
いやわかってないデスヨ。
あ、さっきのか。
この件、ああその件と。
ただの相槌です!
「……」
え、マジかよって顔して僕を見てくれるなミスラぁ。
大丈夫だ、まったくわからない。
「ほ、本題でなければ軽くにすべきだと思います。レンブラントさんの中で既に答えが出ているのでしょうし」
「うむ、答え合わせのようなものだな。正直信用紙幣の考え方については未だ我が身は濃い霧の中、忌憚ない意見を大いに期待しているよ」
……。
信用、しへい?
あの、人の顔が印刷してある……お札の事?
はて。
本当に何の事を言っているのかさっぱりわからないんですが。
大体お金について言えばこの世界はある意味現代より発達してるんじゃないかと感心してるくらいなのに。
だってヒューマンは総じて銅貨銀貨金貨で価値観がある程度共通してて両替も楽だし。
亜空は巴が悪ノリして江戸時代みたいに東と西で両替するんじゃーとか色々してくれたけどね。
円ドルポンドみたいに単位が違うわ両替レートも気にしなくちゃいけないわで大変な地球よりも、純粋に使われてる金属の質と量だけで価値を共有できる方が優れてる、なんて僕は思っちゃうんですが……。
この分だと……駄目なんだな。
勉強は好きだ。
ただ……ついていけるレベルであれば。
上機嫌でポイントカードを導入する寸前である事を告げて饒舌に解説してくれるレンブラントさん。
モリスさんは微かに苦笑している。
そこそこ長い付き合いになったからこそわかる微妙な表情の変化だ。
まあ、それさえも面子が緩いからふと見られる本当にわずかなものだけど。
◇◆◇◆◇◆◇◆
駄目だ、これは駄目だ。
はいともいいえとも言えないし、相槌も迂闊にしたくない。
唯一安心なのが僕だけじゃなくモリスさんもミスラも僕と同じ心情なのが見てわかるってとこだけだ。
「予想できる困難はやはり兌換紙幣から不換紙幣への変換だろう。どうやって国民に納得させるだけの発行元、つまり国家への信用或いは幻想を持たせる事が出来るのか……だな」
「せ……先生」
「通貨単位をクズノハにするのに断固反対したところで僕の容量も限界だぞ、ミスラ」
「銅貨以下の金銭価値の創出がどうとかってところで俺は無理です。意味が解りません」
「旦那様は時々議論の最中でもご自身の世界に旅立たれてしまうのが数少ない欠点なのです、お二方」
紙幣の話なんてレンブラントさんにしたっけなあ。
記憶にないんだけどなあ。
僕としてはもう銅貨銀貨金貨で馴染んでるからそのままで一向に構わないのに……。
あ、魔銀貨と黄金貨もあったか。
仕入れとか大きな買い物でもしなきゃ一般人には縁がないプレミア通貨。
冒険者や商人、貴族に王族になるとそこそこやりとりがある。
嵩張らないから重宝するんだよ黄金貨。
原材料がモリア銀と真金で、澪が時折おやつにするのが問題なくらいだ。
そこまで美味しいか、あれ。
澪との仲が、ええっと交わりが、いや、関係……もういいや。
色々深くなった所為かおかげか。
最近、僕も食の守備範囲がおかしな事になりかけてるんだよな。
味覚が変わってるでもないし問題は特にない。
「価値の細分化かね、ミスラ君。考えてもみたまえよ、銅貨一枚以下の価値しかない物であっても価値そのものが無くなる訳ではない。丁度の貨幣が存在しないだけの事だ」
「は、はい。まあ食材とか最小単位の端切れとか、正直これだけの商会を回す御方が何故気になさるのかもよくわからないというのが正直な意見です……」
「……コトの最小単位を考えるのに商売の規模など関係あるものか。物の価値を正確に値付け出来ないのならば既に今の貨幣制度には不足があるという事じゃないかね?」
「しかし一つでは銅貨一枚にも満たない果物や野菜であっても数や重さでまとめて扱えば問題にならないのでは?」
「良いかね、例えば銅貨一枚を百で割ってみよう。この場合君が言った果物、野菜にも一つ一つに値が付く事になる。するとどうなると思う?」
「?ど、どう?それは、売り手が納得すればですが一つからでも売買できる、とか」
「その通りだ!! 数多有る利点の一つだが正解だ」
「ありがとうございます」
うーん。
でも一個から買えてもね。
一人暮らしなんてここじゃ結構レアだし。
銅貨一枚放って幾つか果物買って仲間内でばら撒くとかのが普通だ。
一人暮らしの冒険者ってならそこそこいるけど、連中、街に滞在してる時に自炊なんてまずしない。
そもそも、ミスラが言うように売り手もそんなやり方認めるのかな。
「例えばライオネの実。これに今の季節で値を付けるなら店頭価格は五個で銅貨一枚といったところだ」
ライオネ……ああ。
丁度今ぐらいが旬の果実だ。
リンゴ位の大きさで食感、食味は大きめのブドウ。
生でよし焼いて良しジャムにしても良し。
シャインマスカットとまでは言わないけど、ちょっとした高級品なのが玉に瑕かな。
当然、旬を外れていけばいくほど特に生のは値段が上がっていく。
ちなみに冷凍品を解凍したのもここでは生として扱われてる。
ライオネも一年を通じて取り扱いはされてるけど、一番高い時で二個で銅貨一枚くらい。
「はい」
「つまり銅貨一枚を百クズノハとするなら一つ二十クズノハという――」
「ストップ。済みませんがそこは仮であってもレンブラントとかリサとかモリスという単位でやって頂けると」
聞き捨てならない単位が聞こえたのでその場できっちり修正依頼を入れる。
なし崩しはさせません。
ええ、絶対に。
「恥ずかしいじゃないか」
「断固、固辞致します」
即答。
……じゃあ、うちの名前も使わないでホントに。
「なら単位の仮称はミスラで行きますか」
「嫌です!!」
「むう。折角面白くなってきているのに少々興が削がれてしまったな。仕方ない。通貨単位については……そうだなシェルとでも付けておこう」
「大昔には貝殻が貨幣として使われたりもしたとか。なるほど、人名よりよっぽど良い感じの、あるじゃないですか!」
「面倒な客を相手にした時に嫌々読んだ本の知識に過ぎんよ。即答でこう返ってくるから君と話すのはやめられんのだがね」
「……だそうだぞミスラ。お義父さんと上手に付き合う方法が一つ分かって良かったじゃないか」
ええい、こういうのは流すに限る!
ついでに話自体終わってくれい!
「まだそうなると決まってもいないからねライドウ君!?」
「俺……在学中に図書館の本読みつくすつもりで知識をかき集めます。やってやれない事なんて、そうそうないんですから」
うん。
本を読むのが無駄になる事はない。
いつか役に立つ事はあってもね。
世界有数の蔵書量を誇るロッツガルド学園の図書館を自由に使える意味とありがたみを少しでも理解できたなら有意義な時間になったんじゃなかろうか。
僕にとっては無数の疑問符が浮かぶだけで緊張感マックスの恐怖タイムだったけどね!
「ま……君は座学も得意なようだ。今やれる最高を目指すのは恵まれた環境を与えられた幸運に対しての義務だな。怠れば相応の報いというのはいずれ降りかかるものだ、そのやる気を絶やすなよ」
「は、はい!」
「もっとも」
「?」
「共同幻想を用いての疑似無限経済発展などという怪物の発想は、書物からでは絶対に出てはこない。ライドウ君と識殿に師事する幸運も、無駄にせんことだ」
「……はい」
きょ、げ、経済?
まだ深奥が残されていたっていうのか。
レンブラントさん、恐るべし。
いや、わかってたけど恐るべし。
「うむ。で二十シェルという価値が確立する事でだ」
「まだ続けるんですか!?」
しまった。つい大声で突っ込んでしまった。
「うん?まだと言われても、冒険者ギルドと現存の銀行との連携、まず交換紙幣を用いてのツィーゲ内における紙幣制度の試験、更に国民全員を冒険者ギルドに加入させる事で可能になる現金不携帯の決済方法の実現性についても意見を聞きたい。革命的思考を有するライドウ君と柔軟で年の割に物を知っている若者の考えは良い刺激になってくれているからな」
だがレンブラントさんは気にしない。
退路は、絶たれたか。
……おおう。
きょ、今日中にはおうちに帰りたい……な。
レンブラント商会の代表に仕える執事ともなれば激務は確定だ。
やはりこの好景気の中で圧倒的な舵取りを続けるここでも、上の人ってのは休みなしが普通らしい。
上に行くほど忙しいというのは、正しい企業の姿のようで、夢のない現実のようで。
結局僕も一線を退かない限り暇になんてならないんだろうなと悟りの境地を垣間見た。
「ようこそ、ライドウ君、そして……ミスラ君」
「おはようございます、レンブラントさん」
「おはようございます!! 本日はお招きいただきましてありがとうございます!」
僕ら二人を名指しで呼び出したレンブラントさんがつやつやした笑顔で歓迎していくれた。
ミスラは一応僕の教え子の一人であって生徒なんだけど、今日何故か時間があったら是非と僕まで呼ばれた理由は何か。
申し訳ないけれどミスラに頼られても力になれないかもしれない。
窮地には助け船の一つや二つ出してあげたいところだけどね……。
レンブラント商会に入る前にちゃんとすまんとは謝ってあるから、後はすべてが終わった後のフォローで何とか対応しようと思う。
そうだ、ニクヤに行こう。みたいな。
「うわ……」
思わず呻いてしまった。
何かレンブラントさんの傍にあるホワイトボードが凄い事になっている。
あーこれ識のやつ。
研究室とかで喧々諤々やってる時によく見る感じのだわー。
おっかしいな、レンブラントさんは商人で豪商な感じで、ついでに為政者じみたとこもあるけど研究者じゃないのにな。
「せ、先生。あの全く意味がわからない数式とか図形は一体……」
「聞くな、多分これから解説してくれるだろう。あー、レンブラントさん。出来れば、今日僕らを呼び出した理由を先にお伺いしても?」
ミスラから早くもタスケテの目が向けられるも無視。
一体何の用事で呼び出されたのかをはっきりさせるのが先だ。
用件次第では商会の誰かにバトンパスも考えなくちゃ。
あの数式に付き合うとか無謀もいいとこだぞ。
ドラマで大学の天才教授が書いてそうなふいんきが満ち溢れてる。
僕には危険すぎる。
「当然、この件でね」
ホワイトボードをペンでこつんと示すレンブラントさん。
よし、帰ろう。
ロッツガルド学園のエリートたるミスラ君が何とかしてくれるに違いない。
多分頭は僕より良いだろ、座学の成績かなり良いみたいだし!
「なるほど、その件ですか。では商会から適任者を呼びますので私は失礼させていただこうかな」
「ちょ! 先生!?」
「ミスラは座学も優秀ですからきっと斬新で革新的な意見を出してくれるかと思います」
「俺を一人ここに残すんですか!?」
「ちゃんと商会から優秀なのを連れてくる」
「せ、せんせー……」
「ええい、義父となるかもしれない人に良いところを見せるチャンスじゃないか。気合を入れろミスラ」
「……」
ふとレンブラントさんとモリスさんを交互に見つめ、そして首を横に振るミスラ。
大きな体をしているくせに僕の背に隠れようとするんじゃない。
「む、無理と結論がでました。圧に身が保ちません。胃が穴だらけになります。ダメージディレイが通用しない分野しかありません」
「あのなぁ……」
「ははは、面白いじゃないか」
『っ!』
レンブラントさんの笑いと突っ込みで僕らが動きを止める。
「ライドウ君に帰られたら困るし、ミスラ君を呼んだのも娘の事など関係ない。ただ先日の議論の中で君の意見や考え方が少しばかり今日の話題に向いていると思ったまでだ。私は要らんが、もし必要であれば酒を用意しようか?議論を交わすのに飲み食いが必要なタイプもいる、遠慮はいらんよ?」
「朝っぱらから酒はいりませんよ、ですがあまりお力になれないかもしれませんよレンブラントさん」
「わ、私もお酒は必要ありません! お腹も空いておりませんのでお気遣いは不要です!!」
ミスラはガチガチに緊張している。
僕にまで移りそうなほど、ダダ洩れの緊張である。
こんなミスラは久々に見るな……。
まあレンブラントさんはカリスマでガールフレンドの父親だ。
年頃の男なんだから、確かにこれ以上なく緊張する状況か。
義理の父親になるかもしれない人物に値踏みされるというのは。
もし……僕だったら。
巴や澪に親はいないし……長谷川や東……は付き合ってすらいないからイメージもないわな。
現実味が無さすぎてミスラの心境が字面でしか理解できんな。
すまん、ミスラ。
「む、そうかね。では、早速。ポイントカード……はまあ軽くで良いかな」
ポイントカード?
あの数式と記号のもにゃもにゃーが、え、ポイントカードですって?
……やばい。
もう既についていける気がしない。
「この間見えられた時に話をした、あのお得意様向けのサービス、の事でしょうか?」
「その通りだ。流石だな、ライドウ君。モリスでさえ昨夜すぐにはわかってくれなかったが……」
いやわかってないデスヨ。
あ、さっきのか。
この件、ああその件と。
ただの相槌です!
「……」
え、マジかよって顔して僕を見てくれるなミスラぁ。
大丈夫だ、まったくわからない。
「ほ、本題でなければ軽くにすべきだと思います。レンブラントさんの中で既に答えが出ているのでしょうし」
「うむ、答え合わせのようなものだな。正直信用紙幣の考え方については未だ我が身は濃い霧の中、忌憚ない意見を大いに期待しているよ」
……。
信用、しへい?
あの、人の顔が印刷してある……お札の事?
はて。
本当に何の事を言っているのかさっぱりわからないんですが。
大体お金について言えばこの世界はある意味現代より発達してるんじゃないかと感心してるくらいなのに。
だってヒューマンは総じて銅貨銀貨金貨で価値観がある程度共通してて両替も楽だし。
亜空は巴が悪ノリして江戸時代みたいに東と西で両替するんじゃーとか色々してくれたけどね。
円ドルポンドみたいに単位が違うわ両替レートも気にしなくちゃいけないわで大変な地球よりも、純粋に使われてる金属の質と量だけで価値を共有できる方が優れてる、なんて僕は思っちゃうんですが……。
この分だと……駄目なんだな。
勉強は好きだ。
ただ……ついていけるレベルであれば。
上機嫌でポイントカードを導入する寸前である事を告げて饒舌に解説してくれるレンブラントさん。
モリスさんは微かに苦笑している。
そこそこ長い付き合いになったからこそわかる微妙な表情の変化だ。
まあ、それさえも面子が緩いからふと見られる本当にわずかなものだけど。
◇◆◇◆◇◆◇◆
駄目だ、これは駄目だ。
はいともいいえとも言えないし、相槌も迂闊にしたくない。
唯一安心なのが僕だけじゃなくモリスさんもミスラも僕と同じ心情なのが見てわかるってとこだけだ。
「予想できる困難はやはり兌換紙幣から不換紙幣への変換だろう。どうやって国民に納得させるだけの発行元、つまり国家への信用或いは幻想を持たせる事が出来るのか……だな」
「せ……先生」
「通貨単位をクズノハにするのに断固反対したところで僕の容量も限界だぞ、ミスラ」
「銅貨以下の金銭価値の創出がどうとかってところで俺は無理です。意味が解りません」
「旦那様は時々議論の最中でもご自身の世界に旅立たれてしまうのが数少ない欠点なのです、お二方」
紙幣の話なんてレンブラントさんにしたっけなあ。
記憶にないんだけどなあ。
僕としてはもう銅貨銀貨金貨で馴染んでるからそのままで一向に構わないのに……。
あ、魔銀貨と黄金貨もあったか。
仕入れとか大きな買い物でもしなきゃ一般人には縁がないプレミア通貨。
冒険者や商人、貴族に王族になるとそこそこやりとりがある。
嵩張らないから重宝するんだよ黄金貨。
原材料がモリア銀と真金で、澪が時折おやつにするのが問題なくらいだ。
そこまで美味しいか、あれ。
澪との仲が、ええっと交わりが、いや、関係……もういいや。
色々深くなった所為かおかげか。
最近、僕も食の守備範囲がおかしな事になりかけてるんだよな。
味覚が変わってるでもないし問題は特にない。
「価値の細分化かね、ミスラ君。考えてもみたまえよ、銅貨一枚以下の価値しかない物であっても価値そのものが無くなる訳ではない。丁度の貨幣が存在しないだけの事だ」
「は、はい。まあ食材とか最小単位の端切れとか、正直これだけの商会を回す御方が何故気になさるのかもよくわからないというのが正直な意見です……」
「……コトの最小単位を考えるのに商売の規模など関係あるものか。物の価値を正確に値付け出来ないのならば既に今の貨幣制度には不足があるという事じゃないかね?」
「しかし一つでは銅貨一枚にも満たない果物や野菜であっても数や重さでまとめて扱えば問題にならないのでは?」
「良いかね、例えば銅貨一枚を百で割ってみよう。この場合君が言った果物、野菜にも一つ一つに値が付く事になる。するとどうなると思う?」
「?ど、どう?それは、売り手が納得すればですが一つからでも売買できる、とか」
「その通りだ!! 数多有る利点の一つだが正解だ」
「ありがとうございます」
うーん。
でも一個から買えてもね。
一人暮らしなんてここじゃ結構レアだし。
銅貨一枚放って幾つか果物買って仲間内でばら撒くとかのが普通だ。
一人暮らしの冒険者ってならそこそこいるけど、連中、街に滞在してる時に自炊なんてまずしない。
そもそも、ミスラが言うように売り手もそんなやり方認めるのかな。
「例えばライオネの実。これに今の季節で値を付けるなら店頭価格は五個で銅貨一枚といったところだ」
ライオネ……ああ。
丁度今ぐらいが旬の果実だ。
リンゴ位の大きさで食感、食味は大きめのブドウ。
生でよし焼いて良しジャムにしても良し。
シャインマスカットとまでは言わないけど、ちょっとした高級品なのが玉に瑕かな。
当然、旬を外れていけばいくほど特に生のは値段が上がっていく。
ちなみに冷凍品を解凍したのもここでは生として扱われてる。
ライオネも一年を通じて取り扱いはされてるけど、一番高い時で二個で銅貨一枚くらい。
「はい」
「つまり銅貨一枚を百クズノハとするなら一つ二十クズノハという――」
「ストップ。済みませんがそこは仮であってもレンブラントとかリサとかモリスという単位でやって頂けると」
聞き捨てならない単位が聞こえたのでその場できっちり修正依頼を入れる。
なし崩しはさせません。
ええ、絶対に。
「恥ずかしいじゃないか」
「断固、固辞致します」
即答。
……じゃあ、うちの名前も使わないでホントに。
「なら単位の仮称はミスラで行きますか」
「嫌です!!」
「むう。折角面白くなってきているのに少々興が削がれてしまったな。仕方ない。通貨単位については……そうだなシェルとでも付けておこう」
「大昔には貝殻が貨幣として使われたりもしたとか。なるほど、人名よりよっぽど良い感じの、あるじゃないですか!」
「面倒な客を相手にした時に嫌々読んだ本の知識に過ぎんよ。即答でこう返ってくるから君と話すのはやめられんのだがね」
「……だそうだぞミスラ。お義父さんと上手に付き合う方法が一つ分かって良かったじゃないか」
ええい、こういうのは流すに限る!
ついでに話自体終わってくれい!
「まだそうなると決まってもいないからねライドウ君!?」
「俺……在学中に図書館の本読みつくすつもりで知識をかき集めます。やってやれない事なんて、そうそうないんですから」
うん。
本を読むのが無駄になる事はない。
いつか役に立つ事はあってもね。
世界有数の蔵書量を誇るロッツガルド学園の図書館を自由に使える意味とありがたみを少しでも理解できたなら有意義な時間になったんじゃなかろうか。
僕にとっては無数の疑問符が浮かぶだけで緊張感マックスの恐怖タイムだったけどね!
「ま……君は座学も得意なようだ。今やれる最高を目指すのは恵まれた環境を与えられた幸運に対しての義務だな。怠れば相応の報いというのはいずれ降りかかるものだ、そのやる気を絶やすなよ」
「は、はい!」
「もっとも」
「?」
「共同幻想を用いての疑似無限経済発展などという怪物の発想は、書物からでは絶対に出てはこない。ライドウ君と識殿に師事する幸運も、無駄にせんことだ」
「……はい」
きょ、げ、経済?
まだ深奥が残されていたっていうのか。
レンブラントさん、恐るべし。
いや、わかってたけど恐るべし。
「うむ。で二十シェルという価値が確立する事でだ」
「まだ続けるんですか!?」
しまった。つい大声で突っ込んでしまった。
「うん?まだと言われても、冒険者ギルドと現存の銀行との連携、まず交換紙幣を用いてのツィーゲ内における紙幣制度の試験、更に国民全員を冒険者ギルドに加入させる事で可能になる現金不携帯の決済方法の実現性についても意見を聞きたい。革命的思考を有するライドウ君と柔軟で年の割に物を知っている若者の考えは良い刺激になってくれているからな」
だがレンブラントさんは気にしない。
退路は、絶たれたか。
……おおう。
きょ、今日中にはおうちに帰りたい……な。
感想 3,667
あなたにおすすめの小説
月が導く異世界道中extra
あずみ 圭 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
こちらは月が導く異世界道中番外編になります。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
真の皇帝は俺です ~面倒だから幼なじみに帝位を任せていたら、婚約者に捨てられました。正体を明かしたら全員後悔してももう遅い~
由香皇帝の仕事が面倒だったレインは、信頼する幼なじみアレクシスに表向きの皇帝を任せ、自身は陰から帝国を支えていた。
だがある日、婚約者エミリアは「権力も将来性もない」と彼を見限り婚約破棄を宣言する。
しかし彼女は知らなかった。
帝国を動かしていた真の支配者が誰なのかを。
これは全てを持ちながら隠していた男と、見るべきものを見失った者たちの後悔の物語。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
「お姉様の刺繍は素人ね」と笑った義妹の婚礼衣装——裏地を見た女官十二人が、一斉に針を置いた
歩人(あゆと)「お姉様の刺繍は、素人の手習いに見えますわね」――王太子妃となる異母妹アデリーナは、王宮女官たちの前で姉ローゼを笑った。翌週の婚礼の朝。式典装の最終確認のため、十二人の女官が衣装の裏地を検めた瞬間――一人、また一人と、針を置いた。裏地に縫い込まれていたのは、女官たちが十二年間ずっと探していた一筆の銀糸。即位式の絹外套、二人の王女の婚礼ドレス、亡き王太后の弔意の喪服。王家儀礼衣装のすべての裏地に、同じ手で、同じ糸で、同じ銀の花が縫い込まれていた。「アデリーナ様、これは――あなた様の手では、ございません」縫い手は、ずっと一人だった。それを十二年間、誰の名でも呼べなかっただけのこと。
薬師だからってポイ捨てされました~異世界の薬師なめんなよ。神様の弟子は無双する~
黄色いひよこ@Index ©薬師のロベルト・シルベスタは偉大な師匠(神様)の教えを終えて自領に戻ろうとした所、異世界勇者召喚に巻き込まれて、周りにいた数人の男女と共に、何処とも知れない世界に落とされた。
─── からの~数年後 ────
俺が此処に来て幾日が過ぎただろう。
ここは俺が生まれ育った場所とは全く違う、環境が全然違った世界だった。
「ロブ、申し訳無いがお前、明日から来なくていいから。急な事で済まねえが、俺もちっせえパーティーの長だ。より良きパーティーの運営の為、泣く泣くお前を切らなきゃならなくなった。ただ、俺も薄情な奴じゃねぇつもりだ。今日までの給料に、迷惑料としてちと上乗せして払っておくから、穏便に頼む。断れば上乗せは無しでクビにする」
そう言われて俺に何が言えよう、これで何回目か?
まぁ、薬師の扱いなどこんなものかもな。
この世界の薬師は、ただポーションを造るだけの職業。
多岐に亘った薬を作るが、僧侶とは違い瞬時に体を癒す事は出来ない。
普通は……。
異世界勇者巻き込まれ召喚から数年、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。
勇者?そんな物ロベルトには関係無い。
魔王が居ようが居まいが、世界は変わらず巡っている。
とんでもなく普通じゃないお師匠様に薬師の業を仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。
はてさて一体どうなるの?
と、言う話。ここに開幕!
● ロベルトの独り言の多い作品です。ご了承お願いします。
● 世界観はひよこの想像力全開の世界です。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさんパーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃコミカライズ企画進行中です!!
3巻発売です!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&3巻出版!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
12日には、楽天koboにおいてファンタジー5位となりました!皆様のおかげです!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(3巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
夏にはいよいよコミカライズ連載開始予定です!乞うご期待!!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
オリコンランキングライトノベル 週間BOOKランキング 18位(2025年9月29日付)