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七章 蜃気楼都市小閑編
旅の終わり④
「そして初心に帰る」
むふーっと気を吐いて上機嫌でペン回しをしながら呟いたのはイズモだ。
最終日ただひたすらに地図と睨めっこしてツィーゲの魔建築を堪能した彼は日暮れ時を前にウェイツ孤児院に戻ってきた。
その表情にはやりきったといわんばかりの達成感が半分、あと一週間は欲しかったという悔しさが半分。
今日のイズモに万歩計アプリでも持たせたら十万を超える歩数が出ただろうが、魔術を本職としながらもライドウの講義で肉体も鍛えられている彼の足に疲労は溜まっていない。
地味な成果だった。
すっかり馴染んだのか孤児たちともにこやかに言葉を交わし、イズモは休むでなく初心であるウェイツ孤児院を堪能し始める。
イズモにとってここは今住みたい物件ナンバーワンだった。
孤児院だとか、仕事も押し付けられるとかは一切関係ないのだ。
世界遺産マニアが世界遺産に滞在して文句が出ようはずがない。
「この、魔術を帯びた樹木を用いた防衛機構も凄い。建造物の天敵であるアースクエイクどころか儀式魔術の直撃にすら避難する余地を生むんじゃないか……」
壁に這う末枝と濃緑で幅広の葉を見つめたイズモが独白する。
誰かの回答は求めていない、感動のままの独白だ。
続いて内部の仕切りの組み方に水場、作業場の機能性に一々感動してはメモ、メモ、メモ。
変質者にしか見えない奇行で間違いないが、既に何日もの間イズモの奇行は孤児院の子どもたちと職員に披露されている。
つまり彼らは既に慣れていた。
「……美しい」
遂には壁に手をついて目を閉じるイズモ。
手から伝わる壁の食感を存分に楽しんでいた。
いわゆる土壁、左官仕事によって独特な仕上げを施された確かに美しい壁だ。
エルドワ達が遊び心で残したそれは子どもたちの興味も惹いたが、何よりイズモの度肝を抜いた。
各階に合わせて塗られた京壁や聚楽壁、漆喰塗など様々な技術が目を楽しませる。
この作業風景はイズモに渡された映像にも残されていなかった為、彼は宿泊初日にこの技を不意打ちで目撃し衝撃を受けた。
何人ものエルドワが時間との勝負だと緻密なコテ仕事を次々披露していく様は、価値がわかる者が見れば見とれてしまったに違いない。
孤児たちにしてみればすげー!の一言で終わってしまう曲芸でしかなかったが。
「そして極めつけはこの昇降機、エレベーター」
イズモは中に入ると上に下へと自らの魔力を使ってエレベーターを無駄に稼働させた。
魔力の消費もあり気分が悪くなりそうな光景なのに当のイズモはうっとりとしている。
「迷宮のギミックみたいなものを住居に使うという発想、何て柔軟なんだろうか」
職人として目の付け所が違うと感嘆すべきか。
それとも良い具合に頭が沸いていると驚嘆すべきか。
「使い様次第で高層建築だって見えてくる凄まじい仕組みかもしれない……」
従来でも建てようと思えば塔のような高い建物だって土属性の魔法で造れるのだ。
それこそ、十階建て、二十回建てでもだ。
だがそんなものを作っても上の階に物を運ぶ手間ばかりが増えて使いこなせず、無意味だと考えられていた。
イズモですら、そう思っていた。
修学旅行でツィーゲに来て、これを見るまでは。
「ツィーゲ、か。ここなら本当にローレルとの間にトンネルを掘りきるかもなぁ」
それはローレルにとって間違いなく大きな変化を生む大波になる。
イズモはツィーゲとローレルの距離が縮む事を良い変化と捉え、そして今のうちに南部の土地にも影響力を持てるようになっておくべきかと考えていた。
エレベーターで無意味に上下移動しながら。
「ゴラ」
「!?!?」
唐突に後ろから掛けられた短い言葉にイズモは文字通り少しだけ飛び上がった。
エレベーターはさほど広くない。
上下移動している間は密室で、最初イズモは一人で乗った。
つまり声を掛けられるなんてあり得ないのだ。
だが声は確かにして、イズモは振り返る。
誰もいない。
上を見て、下を見る。
いた。
見知った小柄な人物が自分を見上げていた。
「園児から通報だ馬鹿野郎。学園の兄ちゃんばっかりエレベーターで遊んで狡い、の罪だよ」
「え、ええええエリスさん」
「そうだよ、お前の所為で仕事を増やされたサビ残中のエリスさんだよ!」
褐色の肌、森鬼の女性エリスは極めて不機嫌な様子を隠さず短杖をイズモに向ける。
「ど、どうやってここに」
「転移」
「てんい、っすか」
「閉じこもって上に下に移動してる馬鹿のとこに来るにはこれしかないでしょうが。そういうのは遊園地でやってくれっての」
「ゆーえんち」
「……いや、わからなくていいめんどい。とにかくさっさと降りろ、降りないとグロントのおばちゃん呼ぶぞ」
「た、ただいま降ります!!」
この街でとばっちりを受けて無理矢理受けさせられた試練の竜、上位竜グロントとの鍛錬。
体を無数の細かな砂ですり下ろされる熱と痛みは生涯忘れる事はないだろうとイズモは顔を青くする。
何よりおばちゃんだのおばあちゃんだの言われた彼女と対峙するなど言語道断だった。
グロントにとっては死ななければある程度取返しはつく事なのだろうが、イズモらにとってはそうではない。
生きていても地獄には行けるのだな、と何度自発的に覚悟を決めさせられた事か。
イズモからすれば、やらかしたダエナと元々揉まれる予定だったミスラに巻き込まれたようなエクストラ鍛錬でありアレさえなければもっといろいろな建物を見て回れたのに、と枕に涙したい気分にさせてくれる名前こそグロントであった。
一階でエレベーターのドアが開き、二人が廊下に出る。
両の瞳にうずうず、わくわくと刻まれている小さな悪魔、ではなく孤児たちが二人を迎え場は混沌に包まれた。
「……ただでさえお腹減ってるというのに」
「……す、すみません」
巻き込まれたエリスもウェイツ孤児院では下手に魔術をぶっ放して子どもを黙らせる訳にもいかず、青筋を立てて子どもたちにもみくちゃにされ彼らが飽きるのを待つ事しばし。
ようやく解放されたエリスの口から放たれた恨み節にイズモは平謝りするばかりだった。
「本当にもう、はは、怖いもの知らずな子たちですよねぇ、ははは」
「ここでなければ何人か宙に舞わせてる……!」
「エリスサンハ本当ニ冗談ガ上手デスヨネエ」
「ふん、お前がエレベーター如きではしゃぐからだ、反省しろい」
「……! 俺でなくても、この道の職人なら皆が皆こうなりますよ!」
エリスの言葉にイズモが反論する。
珍しい事だ。
だがイズモはウェイツ孤児院が示す未来の建築、可能性についてかなり大きく評価している。
だから臆しながらも、それでも価値あるものは価値があるのだとエリスにたてついた。
「いつから大工になった、イズモは殿様でしょ」
「! そ、そりゃそうですが」
「エレベーターだの壁の遊びだの、マジで建物マニア」
「いやお言葉ですが。ツィーゲ、本当に凄いんですって。あんな滑らかに敷き詰められた平らな道、他で見た事がありませんし。大工って言いましたけど、彼らだってモノが違う。職人が建築の図面を見て細かい議論してるとこなんて俺はツィーゲで初めて見たかもしれません」
「? ロッツガルドでもしてた」
「種類が違うんですよ。滅茶苦茶精密なんです。職人とはいっても大体はスキル持ちが図面を描きだして、下に材料の指示やらするのが普通ですけど。ここだとスキル持ちがいなくても図面を手で引いたりするんですよ!?」
「? 引くだろ、そりゃ」
「普通は図面、設計図なんてスキル持ちがやるんですよ! 商人だってそうでしょ、試験の時以外は大体みんな仕入れや品勘定、棚の整理や管理だってスキル持ちが担当しなきゃ実務なんて成り立たない。そりゃ、店先で勘定する程度なら慣れたらスキル無しでやっちゃう人もいるかもしれませんけどね!?」
「なるー」
「? でしょう? 専門性がある事ほどジョブに選択して済ませるのが基本だし、俺はそこはジョブ頼りに出来ないから設計は諦めて実務と見聞……ん? エリスさん?」
醒めた目でイズモを見ながら自身を指さしているエリス。
その意味が解らずイズモは言葉を止めた。
「イズモの目には私はあれか、商人系のジョブについてる奴に見えてる訳か」
「な訳ないですよ。エリスさんは間違いなく魔術師でしょ。多分アークメイジとか? グレイソーサラーとかですかね」
「そのジョブには接客とかのスキルがあるとでも?」
「ありませんよ、なんですさっきから?」
「スキルなんぞなくとも仕入れも棚の管理も客の勘定も出来るってことだイズモ少年」
「! いや、それは慣れで――」
「やれやれだよ、まったく。ジンやアベリアに聞いてみればいい。あいつらも計算は頭でやってるし、棚の整理だってスキルを使っちゃいない。スキルがなきゃ専門家の領域に行けないなんて誰が決めたんだって話だよ。あたしゃジョブで言うなら無職だよ」
両手で天を仰いでやーれやれと肩を上下させるエリス。
対してイズモは目を点にしていた。
「……え?」
「ツィーゲの職人にしてもそうだぜい? 奴らがレベルのたけー会話ってのをしてるように見えたとかイズモは言ったけど、連中のジョブなんて半分は戦闘系冒険者のだと思うね」
「……そんな」
「そんな訳あるんだよね。図面や技術について細かい会話をしてたならそりゃそいつらが勉強したってだけー残念」
「?」
「若と識サマの講義で散々無茶をさせられてきたんだろうに、肝心の自分の夢とやらについては常識とやらにはまり込んでガッチガチときたもんだ」
「っ」
「何で建材やら街の造りについては勉強するのに図面や計算は出来ないって決めつける? 浅はかー」
「あんな緻密な分野を、勉強で身に着けるっていうんですか。いや、出来ると?」
「魔術だって十分そうでしょ。若でもない限り魔術の開発や改良なんて一生もんよ。イズモも、戦闘系でしょ。ならどうして研究系ジョブの奴に任せずに自分で詠唱を弄りだしたのさ」
「!!」
「やーねー下手に優秀だと視野が歪だわー。こんなんだからエレベーターで遊んじゃうんだわー」
「う」
ふざけつつも何やら凄く大事なナニカを教わった気になるイズモ。
エリスの詐術、いや話術によるところが大きいのだが実際イズモはスキルで行う分野とそうでない分野をいつの間にか都合よく分けて考えている節があったのも事実だ。
彼自身がというよりも、ロッツガルドで土建分野に関わるようになって付き合いを持った職人たちの価値観をそのまま共有してしまった。
ある意味で仕方ない事でもある。
しかしエリスはライドウの講義を受けて常識は必ずしも絶対ではないと学んだ癖に情けない、とイズモに説教をしたのだった。
「という訳だ、イズモ。わかったら帰る前に人生の先輩にお詫びの差し入れをすること。ちとついてまいれ。財布を空にしてやろう」
「半分くらいで勘弁してください、センパイ……」
「子どもらにもおやつを用意しなくちゃだろ。学園のお兄さんよう」
「りょ、了解です、うう……」
エリス行きつけの店を梯子し、ウェイツ孤児院の子ども達にも差し入れを購入。
イズモの財布は見事に余力をゼロにしたのだった。
涙目のイズモだったが、結果的にロッツガルド学園からの修学旅行組の中で孤児たちに一番印象が良くなったのも彼で、その事が後々彼の人生に大きくプラスに働く事を彼はまだ知らない。
そして精々感謝しろよ、とエリスが呟いたか否かも定かではない。
むふーっと気を吐いて上機嫌でペン回しをしながら呟いたのはイズモだ。
最終日ただひたすらに地図と睨めっこしてツィーゲの魔建築を堪能した彼は日暮れ時を前にウェイツ孤児院に戻ってきた。
その表情にはやりきったといわんばかりの達成感が半分、あと一週間は欲しかったという悔しさが半分。
今日のイズモに万歩計アプリでも持たせたら十万を超える歩数が出ただろうが、魔術を本職としながらもライドウの講義で肉体も鍛えられている彼の足に疲労は溜まっていない。
地味な成果だった。
すっかり馴染んだのか孤児たちともにこやかに言葉を交わし、イズモは休むでなく初心であるウェイツ孤児院を堪能し始める。
イズモにとってここは今住みたい物件ナンバーワンだった。
孤児院だとか、仕事も押し付けられるとかは一切関係ないのだ。
世界遺産マニアが世界遺産に滞在して文句が出ようはずがない。
「この、魔術を帯びた樹木を用いた防衛機構も凄い。建造物の天敵であるアースクエイクどころか儀式魔術の直撃にすら避難する余地を生むんじゃないか……」
壁に這う末枝と濃緑で幅広の葉を見つめたイズモが独白する。
誰かの回答は求めていない、感動のままの独白だ。
続いて内部の仕切りの組み方に水場、作業場の機能性に一々感動してはメモ、メモ、メモ。
変質者にしか見えない奇行で間違いないが、既に何日もの間イズモの奇行は孤児院の子どもたちと職員に披露されている。
つまり彼らは既に慣れていた。
「……美しい」
遂には壁に手をついて目を閉じるイズモ。
手から伝わる壁の食感を存分に楽しんでいた。
いわゆる土壁、左官仕事によって独特な仕上げを施された確かに美しい壁だ。
エルドワ達が遊び心で残したそれは子どもたちの興味も惹いたが、何よりイズモの度肝を抜いた。
各階に合わせて塗られた京壁や聚楽壁、漆喰塗など様々な技術が目を楽しませる。
この作業風景はイズモに渡された映像にも残されていなかった為、彼は宿泊初日にこの技を不意打ちで目撃し衝撃を受けた。
何人ものエルドワが時間との勝負だと緻密なコテ仕事を次々披露していく様は、価値がわかる者が見れば見とれてしまったに違いない。
孤児たちにしてみればすげー!の一言で終わってしまう曲芸でしかなかったが。
「そして極めつけはこの昇降機、エレベーター」
イズモは中に入ると上に下へと自らの魔力を使ってエレベーターを無駄に稼働させた。
魔力の消費もあり気分が悪くなりそうな光景なのに当のイズモはうっとりとしている。
「迷宮のギミックみたいなものを住居に使うという発想、何て柔軟なんだろうか」
職人として目の付け所が違うと感嘆すべきか。
それとも良い具合に頭が沸いていると驚嘆すべきか。
「使い様次第で高層建築だって見えてくる凄まじい仕組みかもしれない……」
従来でも建てようと思えば塔のような高い建物だって土属性の魔法で造れるのだ。
それこそ、十階建て、二十回建てでもだ。
だがそんなものを作っても上の階に物を運ぶ手間ばかりが増えて使いこなせず、無意味だと考えられていた。
イズモですら、そう思っていた。
修学旅行でツィーゲに来て、これを見るまでは。
「ツィーゲ、か。ここなら本当にローレルとの間にトンネルを掘りきるかもなぁ」
それはローレルにとって間違いなく大きな変化を生む大波になる。
イズモはツィーゲとローレルの距離が縮む事を良い変化と捉え、そして今のうちに南部の土地にも影響力を持てるようになっておくべきかと考えていた。
エレベーターで無意味に上下移動しながら。
「ゴラ」
「!?!?」
唐突に後ろから掛けられた短い言葉にイズモは文字通り少しだけ飛び上がった。
エレベーターはさほど広くない。
上下移動している間は密室で、最初イズモは一人で乗った。
つまり声を掛けられるなんてあり得ないのだ。
だが声は確かにして、イズモは振り返る。
誰もいない。
上を見て、下を見る。
いた。
見知った小柄な人物が自分を見上げていた。
「園児から通報だ馬鹿野郎。学園の兄ちゃんばっかりエレベーターで遊んで狡い、の罪だよ」
「え、ええええエリスさん」
「そうだよ、お前の所為で仕事を増やされたサビ残中のエリスさんだよ!」
褐色の肌、森鬼の女性エリスは極めて不機嫌な様子を隠さず短杖をイズモに向ける。
「ど、どうやってここに」
「転移」
「てんい、っすか」
「閉じこもって上に下に移動してる馬鹿のとこに来るにはこれしかないでしょうが。そういうのは遊園地でやってくれっての」
「ゆーえんち」
「……いや、わからなくていいめんどい。とにかくさっさと降りろ、降りないとグロントのおばちゃん呼ぶぞ」
「た、ただいま降ります!!」
この街でとばっちりを受けて無理矢理受けさせられた試練の竜、上位竜グロントとの鍛錬。
体を無数の細かな砂ですり下ろされる熱と痛みは生涯忘れる事はないだろうとイズモは顔を青くする。
何よりおばちゃんだのおばあちゃんだの言われた彼女と対峙するなど言語道断だった。
グロントにとっては死ななければある程度取返しはつく事なのだろうが、イズモらにとってはそうではない。
生きていても地獄には行けるのだな、と何度自発的に覚悟を決めさせられた事か。
イズモからすれば、やらかしたダエナと元々揉まれる予定だったミスラに巻き込まれたようなエクストラ鍛錬でありアレさえなければもっといろいろな建物を見て回れたのに、と枕に涙したい気分にさせてくれる名前こそグロントであった。
一階でエレベーターのドアが開き、二人が廊下に出る。
両の瞳にうずうず、わくわくと刻まれている小さな悪魔、ではなく孤児たちが二人を迎え場は混沌に包まれた。
「……ただでさえお腹減ってるというのに」
「……す、すみません」
巻き込まれたエリスもウェイツ孤児院では下手に魔術をぶっ放して子どもを黙らせる訳にもいかず、青筋を立てて子どもたちにもみくちゃにされ彼らが飽きるのを待つ事しばし。
ようやく解放されたエリスの口から放たれた恨み節にイズモは平謝りするばかりだった。
「本当にもう、はは、怖いもの知らずな子たちですよねぇ、ははは」
「ここでなければ何人か宙に舞わせてる……!」
「エリスサンハ本当ニ冗談ガ上手デスヨネエ」
「ふん、お前がエレベーター如きではしゃぐからだ、反省しろい」
「……! 俺でなくても、この道の職人なら皆が皆こうなりますよ!」
エリスの言葉にイズモが反論する。
珍しい事だ。
だがイズモはウェイツ孤児院が示す未来の建築、可能性についてかなり大きく評価している。
だから臆しながらも、それでも価値あるものは価値があるのだとエリスにたてついた。
「いつから大工になった、イズモは殿様でしょ」
「! そ、そりゃそうですが」
「エレベーターだの壁の遊びだの、マジで建物マニア」
「いやお言葉ですが。ツィーゲ、本当に凄いんですって。あんな滑らかに敷き詰められた平らな道、他で見た事がありませんし。大工って言いましたけど、彼らだってモノが違う。職人が建築の図面を見て細かい議論してるとこなんて俺はツィーゲで初めて見たかもしれません」
「? ロッツガルドでもしてた」
「種類が違うんですよ。滅茶苦茶精密なんです。職人とはいっても大体はスキル持ちが図面を描きだして、下に材料の指示やらするのが普通ですけど。ここだとスキル持ちがいなくても図面を手で引いたりするんですよ!?」
「? 引くだろ、そりゃ」
「普通は図面、設計図なんてスキル持ちがやるんですよ! 商人だってそうでしょ、試験の時以外は大体みんな仕入れや品勘定、棚の整理や管理だってスキル持ちが担当しなきゃ実務なんて成り立たない。そりゃ、店先で勘定する程度なら慣れたらスキル無しでやっちゃう人もいるかもしれませんけどね!?」
「なるー」
「? でしょう? 専門性がある事ほどジョブに選択して済ませるのが基本だし、俺はそこはジョブ頼りに出来ないから設計は諦めて実務と見聞……ん? エリスさん?」
醒めた目でイズモを見ながら自身を指さしているエリス。
その意味が解らずイズモは言葉を止めた。
「イズモの目には私はあれか、商人系のジョブについてる奴に見えてる訳か」
「な訳ないですよ。エリスさんは間違いなく魔術師でしょ。多分アークメイジとか? グレイソーサラーとかですかね」
「そのジョブには接客とかのスキルがあるとでも?」
「ありませんよ、なんですさっきから?」
「スキルなんぞなくとも仕入れも棚の管理も客の勘定も出来るってことだイズモ少年」
「! いや、それは慣れで――」
「やれやれだよ、まったく。ジンやアベリアに聞いてみればいい。あいつらも計算は頭でやってるし、棚の整理だってスキルを使っちゃいない。スキルがなきゃ専門家の領域に行けないなんて誰が決めたんだって話だよ。あたしゃジョブで言うなら無職だよ」
両手で天を仰いでやーれやれと肩を上下させるエリス。
対してイズモは目を点にしていた。
「……え?」
「ツィーゲの職人にしてもそうだぜい? 奴らがレベルのたけー会話ってのをしてるように見えたとかイズモは言ったけど、連中のジョブなんて半分は戦闘系冒険者のだと思うね」
「……そんな」
「そんな訳あるんだよね。図面や技術について細かい会話をしてたならそりゃそいつらが勉強したってだけー残念」
「?」
「若と識サマの講義で散々無茶をさせられてきたんだろうに、肝心の自分の夢とやらについては常識とやらにはまり込んでガッチガチときたもんだ」
「っ」
「何で建材やら街の造りについては勉強するのに図面や計算は出来ないって決めつける? 浅はかー」
「あんな緻密な分野を、勉強で身に着けるっていうんですか。いや、出来ると?」
「魔術だって十分そうでしょ。若でもない限り魔術の開発や改良なんて一生もんよ。イズモも、戦闘系でしょ。ならどうして研究系ジョブの奴に任せずに自分で詠唱を弄りだしたのさ」
「!!」
「やーねー下手に優秀だと視野が歪だわー。こんなんだからエレベーターで遊んじゃうんだわー」
「う」
ふざけつつも何やら凄く大事なナニカを教わった気になるイズモ。
エリスの詐術、いや話術によるところが大きいのだが実際イズモはスキルで行う分野とそうでない分野をいつの間にか都合よく分けて考えている節があったのも事実だ。
彼自身がというよりも、ロッツガルドで土建分野に関わるようになって付き合いを持った職人たちの価値観をそのまま共有してしまった。
ある意味で仕方ない事でもある。
しかしエリスはライドウの講義を受けて常識は必ずしも絶対ではないと学んだ癖に情けない、とイズモに説教をしたのだった。
「という訳だ、イズモ。わかったら帰る前に人生の先輩にお詫びの差し入れをすること。ちとついてまいれ。財布を空にしてやろう」
「半分くらいで勘弁してください、センパイ……」
「子どもらにもおやつを用意しなくちゃだろ。学園のお兄さんよう」
「りょ、了解です、うう……」
エリス行きつけの店を梯子し、ウェイツ孤児院の子ども達にも差し入れを購入。
イズモの財布は見事に余力をゼロにしたのだった。
涙目のイズモだったが、結果的にロッツガルド学園からの修学旅行組の中で孤児たちに一番印象が良くなったのも彼で、その事が後々彼の人生に大きくプラスに働く事を彼はまだ知らない。
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著者: よっしぃ
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悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。
かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。
※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。
※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です